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SS詳細

『薊』

登場人物一覧

綾敷・なじみ(p3n000168)
猫鬼憑き
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式

 個を定めるならば、形を作るために必要な鎖がある。それは古来より容易な方法であるのだが、どうにも難しいのだ。
 それを個とするならば認識をすれば良い。本質をも見定めるならば、鎖で繋いでしまえば良い。妖にとって、それは名だ。
 真名というのはそれがそうしてあるためのものなのだ。綾敷なじみが『猫鬼』と呼んでいたのは正しく悪鬼としての存在でしかなく、それを善たり得るものとするならば、改める必要があった。
 名前を付けて欲しいとなじみが汰磨羈に頼んだのは彼女が『猫鬼』との分離を願っていたことを知っていたからだ。
 それが叶わなかったのは、正しく、なじみと定の『約束』に猫鬼を封じ込めたことだ。その記憶はなじみに対しても深く紐付いている。代償をも支払いながらも存在を『固定』しままでいられたのだから御の字だとひよのはそう言っていた。
 ――本来は消え去る定めでしたから。それでも、なじみが『猫』と共存したまま生きていけるのであれば一番の救いであったのかもしれませんね。
 怪異の専門家たる音呂木の巫女にまでそう言われてしまったとしても汰磨羈は考えを捨てたくはなかった。
 もし、猫鬼がなじみとは別の未来を歩みたいとなれば、姿を改めてやろう。個としての存在を与え、人として生きてやれば良い。
 それがなじみとあざみの為になるならばその選択肢だけは最後に用意してやろうと考えて居たのだ。
 さて、その為には――
「……責任重大過ぎないか、これは?」
 名前だ。
 任されること自体は喜ばしい。なじみがその役目を汰磨羈に望んでくれた事だって汰磨羈の想いを汲んでのことだったのだろう。
 けれども。
「しかしこう、私が付ける名となるとなぁ……」
 ――『読める名前でお願い』
 そんな突っ込みを友人から入れられるほどなのだ。難しい漢字の方が箔が付く。それに、漢字には意味合いが複数込められる。けれど、だ。
「……平仮名かなぁ」
 ひらがなが良いだろうか。漢字にすれば無数の意味を与え難しくその名を造りあげてしまう。いやしかし、妖だ。妖だというならば難解な字を宛がえばより強くなるのではないか。
(どうだろう? ダメか? ダメかな? ……ダメだよなぁ)
 それではきっと、なじみに「読めないぜ、たまきちちゃん!」などと言われるだろうか。ああ、言いそうだ。彼女はあっけらかんとものを言うタイプだからだ。
 それになじみは『なじみ』だ。ひらがなで名を表している。母の深美は漢字ではあるがそれも難解な字ではなく、その名で簡便に表している。
(さて、どうするか――どんな名前にするべきか)
 汰磨羈は悩ましげに頭を抱えた。産まれた時から一緒だったと考えるべきだ。紆余曲折の末になじみの相棒となった猫鬼。
 むしろ、血に憑いている存在だった。父親からなじみへと『移った』と言えども、それはなじみと共に在った存在だ。
「ほぼ姉妹では?」
 いや、其れ処ではない。ほぼほぼ義理の家族と呼べるのではないだろうか。
 なじみは父親の話はしないが(凄惨な死に様であり、それには汰磨羈が現時点で名を与える『猫鬼』が絡んでいる)、母親の名前は知っている。
 ならば彼女の家系の名に似せて遣った方が妥当ではないだろうか。深美となじみ。
「なるほど、読みは3文字で最後が『み』か」
 ――つまり、〇〇み。
 汰磨羈は紙を前に腕を組んでうんうんと唸った。「あゆみ、まゆみ、かなみ」と字を当て嵌めてみる。三文字で『み』が末に来る名前にするのだ。
 似合わない。どれもこれも、猫鬼のイメージではない。
 汰磨羈は頭を悩ませながら「はなみ」と呟いた。いやいや、はなみ。花見。桜でも見る気か。これは没だ。
 汰磨羈はちらりと冷蔵庫を見て「ゆきみ」と呟いた。いやいや、大福か。
「ぬうっ、普段から漢字に走りすぎている弊害が……!」
 おのれ、とボヤいてから頭をテーブルへと押し遣った。コレでは何もかもが上手くいかない。コンビニエンスストアで購入した珈琲に口を付けてから嘆息する。
 案外、コンビニのコーヒーは美味いのだ。なじみなどは「苦いぜ」とミルクを所望すると思い出した。その頭でも猫の耳がピコピコと揺れていたか。
 ふと、窓の外を眺めてから汰磨羈は眼に入ったその花にゆっくりと近付いた。
「ああ。そういえば、そんな季節だったか」
 からからと窓を開け庭先の紫の花に指先を伸ばす。
 葉には棘がある。ちくりと痛いからこそ美しい。何者をも寄せ付けやしない雰囲気を持った美しい紫。
「――あざみ」
 薊。
 紫の薊の花言葉は『厳格』に『気品』、そして『高貴』。
 その花は日本文化においては好機とされた紫を宿していた。「高貴、か」と呟けば、思わずその姿が浮かぶ。
 なじみの髪色と同じ紫色をその身に纏う猫はなるほど、黙っていれば高貴な猫に見えるだろう――などと言えば、彼女は怒るだろうか。
「ふむ……いいんじゃないか?」
 汰磨羈は紙にその名を書いた。
 綾敷あざみ。
 怪しいけれど『なじんでいる』なじみさん。それから、『妖しい』あざみさんだ。
 どちらにせよ、彼女が綾敷を名乗るかどうかは『猫鬼』次第だ。その名をあざみと改める事だって伝えなくてはならない。
 aPhoneを取り出してからなじみに「名前が決まった」と連絡すれば直ぐに返事が返ってきた。会うと決めたのは猫鬼と共に話したカフェだ。
 クリームをたっぷり乗せたラテを一緒に飲みたいと約束していたことを思い出し「その店は猫も入店可能だったか」となじみに確認をとった。
 テラス席ならばペットの同伴OKだと帰ってきたが、ペットと調べたら顕現した猫鬼が怒っていると楽しげな文字列がメッセージアプリに並んでいる。
 ああ、それだけでどうにも頬が緩むのだ。可愛らしい『友人』はペット扱いされると怒るのか。そんな新しい発見を胸に、汰磨羈はカフェへと足を運んだ。

「やあやあ、たまきちちゃん!」
 テラス席ではオレンジジュースとクリームたっぷりのラテの二つを注文したなじみの姿があった。その膝には猫鬼がちょこんと座っている。
 猫がラテを求めている様子は何とも言えないがなじみは「まあ夜妖だし」と軽く流している様子である。
 猫の耳が生えていないなじみというのは新鮮だ。猫の尾と耳がないからだろう。普段から帽子を被っていた彼女は『帽子を被らなくて良い』と告げた途端に同窓の学生達に髪を一頻り弄られた後らしい。
「ああ、待たせたか?」
「ううん。私こそ講義の後でって話だったしおまたせしました! お名前って大事だからね。此処で良かったかい?」
「ああ」
 汰磨羈自身もラテを注文し、席に着く。テーブルの上にノートを広げていたなじみはそそくさとそれを仕舞い込んでから姿勢をぴんと伸ばした。
「ほら、猫も」
「わたしも?」
 いやだと言いたげな『猫背』な猫の背をなじみはとんとんと叩いている。そんな姿を見ることが出来ただけでも汰磨羈からすれば感無量なのだ。
「だって、たまきちちゃんが猫に名前をくれるんだぜ? それって猫の為なんだからさ。猫が確り聞かなきゃ」
「なじみが聞けばそれで良い事になるよ。そもそも、外に出てこいとか、凄かったのはなんで?」
「猫がちゃんと有り難うって言わなきゃ」
「……猫が言うの?」
「そう」
「……いいけど」
 照れているのか、と汰磨羈は思い当たった。あれだけのことをした後だからバツが悪いのだろう。出てくる事を最近は拒絶していることも多かったと笑うなじみに汰磨羈は小さく笑みを零した。
「全て丸く収まったのだから大丈夫だ。猫、それ程に気にする事は無いだろう?」
「……まあ。でもね、わたしも良い猫じゃないんだから。それだけは忘れないで欲しい」
 なじみの父親を『空っぽ』にしたのは猫鬼だ。なじみ自身はそれをも理解した上で、猫と向き合っている。だが、なじみの母親である深美からすれば理解し難い存在であることは確かだ。
 どうしたって猫鬼と深美の間には溝がある。その間に立たされるなじみは「まあ、いつかは分り合えるよ」と楽観的ではあるが――
(……どうしたって母親と娘の関係性に対しては誰もが気になるだろうよ。猫鬼本人が気にしているとは意外だったが)
 汰磨羈は猫鬼が感じている責任や『その様に変化した有様』をまじまじと眺めてから小さく息を吐いた。
「まあ、猫の好きに聞いてくれれば良いさ。早速だが、名前を決めた」
「うんうん」
 なじみが嬉しそうに頷いている。何なら、彼女は赤子に対して使うような命名書まで持参していた。筆ペンはひよのに借りたというのだから用意周到だ。
 汰磨羈は用意が良すぎるなじみへと苦笑しながらすう、と息を吸って――

「あざみ」

 その三文字を告げた。あざみ、とひらがなで命名書に書いたなじみは「どう?」と猫を見遣る。あざみ、あざみ。猫の名前だ。
 紫色の花。好機にも見えるその姿。話せば残念なのは宿主にも良く似てしまったのだろうと揶揄えばなじみは「むーん」と汰磨羈の爪先をつんつんとスニーカーで突いた。
「はは。なじみも知的で高貴だ」
「知ってるぜ、ふふふ。あざみ、あざみだって。良いね。私と姉妹みたいだ」
「うん。あざみ。わたしはあざみ」
 繰返す猫鬼は尾をゆらがせた。なじみは「あざみのお花っぽい首輪ってないかな?」とそわそわと身を揺らしている。印を彼女に与えたいと願ったのだろう。
「綾敷さんちの姉妹の一人として名乗るならば、綾敷あざみ。それっぽいだろう? 綾敷姓を名乗るのかは御主次第だ」
「わたしはなじみのペットだから。……本当はたまきちの為に一人の人間になりたいと願えば良いんだろうね。
 でもね、わたしはそれをしない。どうしてって、わたしはなじみのピアスに封じて貰ったから、なじみの傍で、なじみを護る為の役割があるだろうね」
「どうしてそう思った?」
 猫鬼――あざみは尾を揺らがせてからラテを舌でぺろりと舐めた。口の周りはクリームだらけになる。なじみは可笑しそうに笑ってからあざみへと「教えてよ」とつんつんと突いた。
「喰った記憶が、多すぎるくらいだから。恩返ししなくっちゃね。
 もし今後、ずっとずっと先に、なじみが死んでしまったら、その時は人の形を得るのも良いかもしれないさ。
 わたしはなじみとは別の存在になって終ったから、なじみが居なくなって仕舞ったら一人になって終うだろう?
 もしも、なじみの次の世代が生まれて、その子がわたしを望んだとしたって、わたしはなじみのものだからね」
「そうか。……ああ、そうだな。もしも、そうなった遠い未来が来たら一緒に生きよう」
 その為に、あざみの肉体を考えたって良いだろう。練達の技術者となって夜妖が自由に使える肉体の素を準備して遣っても良いだろうか。
 蕃茄のように力の強い真性怪異ならばその技術の流用が出来ただろうが、あざみは普通の夜妖だ。形を押し込むためにはもう少し技術が必要になるだろう。
 澄原 晴陽達に助力を乞うて、それでも足りないならば自らが研鑽していく必要があるか――そう考えてから汰磨羈は「その時までに、御主の体を用意しなくては」と力強く決意をする。
「あ、でも、そうしたらあざみはどんな外見になるんだい? なじみさんと同じじゃないだろうしさ」
「あー、そうだね。わたしはわたしだ。なじみの体を使ってることが多かったけど……屹度、わたしは新しいわたしになると思う」
 その時の姿は汰磨羈に考えて貰ってもいいかもしれないとあざみは満足げにそう言った。まだ、随分なときがある。
 なじみよりもずっと長生きをすることになる汰磨羈と、同じように永い時をこれから過ごすあざみならばまだ得られる先があるだろう。
(……なじみが居なくなったら、か)
 その時まで互いが互いを支えて過ごす事を選んだのだろう。その姿は正しく家族であり、姉妹そのものだ。そうして、共に生きていくことを選んでくれたことが何よりも嬉しくて。
「あざみ」
 その名を呼んだ。とことこと遣ってきたあざみが汰磨羈の膝の上で丸くなる。
「あざみ」
「何?」
 つんけんとした態度をとったあざみに汰磨羈の唇が緩んだ。ああ、愛おしくて可愛らしい友人は欠伸をして其の儘丸くなるのだ。
 気ままな猫のように、何不自由なくこれから生きていってくれる。
 それだけが、汰磨羈にとっての救いであり――『これから』のはじまりなのだ。

  • 『薊』完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2023年08月04日
  • ・仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831
    ・綾敷・なじみ(p3n000168

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