PandoraPartyProject

SS詳細

花に願いを

登場人物一覧

深道 明煌(p3n000277)
煌浄殿の主
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者

 白く強い夏の日差しが窓の外の庭木を照らす。
 窓の中に入ってくるのは青く茂る葉を反射した爽やかな木漏れ日だ。
 目の前の磨き上げられたテーブルの木目にそれが映り込む。
 遠くから静かなクラシック音楽が聞こえ、合間に誰かの話し声が微かに届いた。姿は見えない。

 程よいホワイトノイズに囲まれたカフェの中で明煌とジェックは向かい合って座って居た。
 どちらかと言えば大柄な自分の身体を支えるだけの確りとしたソファを明煌も気に入っている。室内は程よく空調が効いていて過ごしやすい。廻が勧めてくるのも納得が行った。
 居心地が良いカフェというものは初めてだったけれど、胸の奥のザラつきが少しだけ和らぐようだ。

「ほんまに良かったん? 名前書いて貰わんで?」
 テーブルの上に並んだ『お誕生日ケーキ』に視線を落す明煌。
 次にジェックへと目を向けると少しだけ頬を膨らませている。何故なのか。
「いいよ。ネームプレートは……」
「お誕生日ケーキはこうするものじゃないん? ジェックちゃんこの前してくれたやん」
「あれは、特別に作って貰ったから。ここはカフェだもの。それに、明煌がここに連れて来てくれただけでアタシは嬉しいよ」
 人混みや知らない場所が苦手な明煌がジェックの誕生日を祝う為に、わざわざこの静かなカフェまでエスコートしてくれたのだ。歩幅も違うから一緒に歩けば置いて行かれるかもしれないと思っていたけれど、廻やミアンと外出するからだろう、歩く速度を緩め、ゆっくりと散歩しながら此処まで来た。

「そうか、ちょっと嬉しかったから……ジェックちゃんも嬉しいかと思ったんやけど」
「人前だと恥ずかしいし」
 確かに名前が書かれたチョコプレートを他人に見られるのは恥ずかしいかと明煌は納得する。
 同時に、先程頬を膨らませていたのは恥ずかしさからと腑に落ちた。
 廻や呪物たちは遠慮無く素直にそういう事を明煌に伝えてくる。だから明煌も有りのまま返すのだ。
 けれど、ジェックは少しだけ違うのだろう。
 以前の明煌なら分かりづらいと倦厭していたかもしれない。所詮他人とは分かり合えないと。其れは変わらないのだけれど、ジェックだけはその少しの『分かりづらさ』が楽しいと思えるのだ。
 どうして、恥ずかしいと思ったのかを理解した時、少しだけ彼女と親しくなれた気がしてしまう。
 一つ、ジェックのことを知れた。それが単純に嬉しいのだ。

 暁月に向けるような恋い焦がれ、執着している感情ではない。
 嫉妬から物みたいに扱って、今は大切な存在である廻に対する愛着でもない。
 呪物達に向ける守るべき者としての責務などでもない。
 言えないこと、言いにくいこと、そんなものどうでも良くなるような。
 ただ、お喋りしているこの時間が楽しいと思える存在、それがジェックだった。
 いつまでも、幸せでいてほしい人。

「――ジェックちゃんは俺の一番の友達やから」
「……」
 突拍子もない言葉にジェックは紅い瞳を見開く。
 こういう時にどう返事を返せばいいのか。戦闘時のように的確な判断が出来ない。
 恐らく明煌の性格からして、『嘘』では無いはずだ。場を楽しませる為の嘘が吐けるなら、煌浄殿で引きこもってはいないだろう。嘘を吐いてまで作り出す、場の雰囲気の調和に意味を見出さないタイプだ。
 つまり、これは偽りの無い本心であるのだろう。
「あ、えっと……ごめん、ちゃうで。ジェックちゃんにも一番の友達を求めてるとかそういうんやないで」
 返事に迷ってしまったからか、明煌が視線を逸らす。頬が少し赤くなっていた。
「明煌?」
 追いかけるように首を傾げるジェック。
「うん、ちゃうねん。色々考えてたらそう思っただけやから」
「何を考えてたの?」
「…………」
 しばらく視線を泳がせた明煌は、観念したように口を開く。
 辿々しくつっかえながら、途中で紅茶を飲んで、自分の考えていることをジェックに伝えた。

「暁月でも廻でも呪物に対するものでもない、ジェックちゃんと話してる時間は楽しいなって。
 だから、ずっと幸せでいてほしいなって、それはジェックちゃんが俺の『一番の友達』やから」
「明煌……」
 今度は嬉しさでジェックは目をまん丸にする。
 他人には本心をあまりさらけださない明煌が、自分にはきちんと話しをしてくれた。
 その内容はきっと誰しもが持つ純粋な心なのだろう。
 けれど、明煌の場合それを口に出すには多大な時間を要しただろうし、相当に重い意味を持つ。
「何もないけど、いま凄い楽しいねん……」
「うん、アタシもだよ。明煌がそんな風に自分のこと話してくれるのも、アタシを一番の友達って言ってくれるのも全部嬉しい!」
 ジェックが見せた笑顔に明煌はほっとした表情を浮かべた。
 自身の内面をさらけ出すのは、誰だって緊張するものである。
 ましてやそれが一番の友達ならば、尚更、嫌われやしないかと心配にもなる。

 緊張が解れ表情を和らげた明煌は、紅茶を一口飲んでから「あっ」と声を零した。
 紅茶のカップを置いた明煌はソファの横の手荷物から紙袋を取り出しテーブルの上に置く。
 上質なエンボス加工が施された紙袋に目を瞬かせるジェック。
「誕生日のプレゼント」
「え……、このケーキだけじゃないの? ええ……?」
 紙袋を受け取ったジェックは感動のあまり気が動転してしまった。
「この前は何すればいいか分からんくて、直接聞こう思たら、日付間違えてたし。今回はちゃんと自分で選んだからな」
「本当に? 明煌が?」
 嬉しさに頬を染めるジェックは「開けて良い?」と明煌を見上げる。
「うん。いいよ。食べ物じゃないし」
 紙袋の上に張ってあるシールをそっと剥がして、ジェックは中身を取り出した。
 薄紅色の鮮やかな花と、それを飾るように白い小さな花とレースが添えられているコサージュ。

「ローダンセっていう花なんやって。ミアンが花言葉の本を持ってて一番良さそうなのを選んだ」
 広葉の花簪(ヒロハノハナカンザシ)と呼ばれ、美しいピンク色の花を咲かせる。
「枯れると悲しいから、加工してもらって、それでコサージュにしてもらった。髪にも飾れるみたい」
 胸元や髪に飾られたコサージュならば大丈夫かと思い用意してみたのはいいものの、それでも不安だからと前日まで悩んでいたらしい。
「ちょっと不安やったから、廻と暁月に相談したら。二人とも大丈夫言うから」
 年の離れた少女。それも一番の友達にあげる誕生日プレゼントなのだ。
 明煌にとって、それは特別な意味を持つ。「はじめての一番の友達への誕生日プレゼント」だ。
 嫌じゃないだろうか喜んでくれるだろうかというマイナスの考えが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
 それ以上に、喜んでほしいという期待が明煌の瞳に浮かんでいた。

「うん、……嬉しいよ! すごく嬉しい!」
 満面の笑みで応えるジェックに明煌もつられて笑顔になる。
「ジェックちゃんが喜んでくれたら俺も嬉しい」

 ――ローダンセの花言葉は、「終わりのない友情」「変わらぬ思い」なのだという。
 この友情がいつまでも続きますようにと、強い願いが込められているのだ。


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