PandoraPartyProject

SS詳細

いにしえの魔法

登場人物一覧

フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)
灰薔薇の司教
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
アレクシア・アトリー・アバークロンビーの関係者
→ イラスト

 アンテローゼ大聖堂に訪れたアレクシアを前にしてフランツェルは「お疲れ様」と微笑んだ。浮かない顔をして居るのは彼女が『呪い』とも呼べる『代償』を背負っているからだろうか。
「こんにちは、フランさん。それから、師匠」
「ああ」
 ティーカップを傾けながら大量の紙束を眺めて居たイルス・フォル・リエーネは眉を動かして合図をした。アレクシアの来訪に気付いてからテーブルの上の紙を乱雑に端へと避ける。
「ちょっと」と非難めいた声を上げたフランツェルにイルスは不機嫌そうに「フランツェルが押し付けるからだろう?」と嘆息した。
「押し付けてなんか居ないわ。この紙束がイルスのことを好きだと言ったのよ」
「紙が話したというのならばその現場を是非とも見て見たいけれどね」
 相変わらずの二人を眺めてからアレクシアはふふりと小さく笑った。長く伸ばしたピンクブロンドを揺らした灰薔薇の司教は嘆息しながらそれらを整頓し、サイドテーブルへと避ける。イルスに促されてからアレクシアが着席すればフランツェルは「お茶を持ってくるわね」とそそくさと席を立った。
「あ、私がやるのに」
「アレクシアは座っていなさい。疲れた顔をして居るから」
「……師匠も、きっと、フランさんもそうかな? お見通しだね」
 肩を竦めるアレクシアにイルスは「まあ、長く見ているからね」と小さく笑った。そうと言えども、アレクシアは幻想種としてはまだまだ『短い』時間しか生きてはいない。人間種ならば大人になってしまう程の年月でも幻想種にとっては瞬きのように感じる事がある。イルスがそれでも『長く』とそう言ってくれただけでアレクシアは嬉しくもなる。
 押し掛け弟子であったとしても師匠はきちんと『師匠』をしてくれているのだ。
「何か聞きたいことがあってきたんだろう? フランツェルも私も、君のことは気に入っているからね。答えられる範疇ならば。先に、一つだけ忠告をさせて貰うけれどね?」
「忠告って?」
 アレクシアはまじまじとイルスの表情を見た。柔らかなイルスの眸は澄んだ菫の色をしている。静謐湛えたその眸が我が子のように慈しむ弟子を眺めてから頭をぽすんと撫でた。
「二度とは無理をしないでくれ。私は年なんだ。これ以上心臓に負荷を掛けたら死んでしまうよ」
「あはは、肝に銘じます」
 くすくすと笑ったアレクシアにイルスは小さく頷いた。その様子をこっそりと眺めて居たのだろうフランツェルが「さて、何の話をしましょうか」とにんまりと笑いながら着席する。
「……あのね、代償は支払った。けれど、『奇跡』は兄さんを一時的にだけ元に戻したよね。それって同じ事は『また』出来るかな?」
「断言は出来ない。けれど、出来る『かもしれない』さ」
 イルスはアレクシアを責めるような眸で見た。その意味は良く分かる。『出来る』だろう。だが『そうしたときに何が起こるかは分からない』と言いたいのだ。
「どうして、そう思ったのかしら?」
「……フランさんは知っていると思うのだけれど『博士』の研究がね、気になったんだ。
『博士』は魔種を人工的に作ろうとしていた。旅人が、偽反転と呼ぶ事象を再現しようとしていた事から……そう思ったんだ」
 博士――ピオニーが『そう』しようとした理由だってアレクシアは理解している。イレギュラーズが『ファルベライズ遺跡』で彼と相対した時に、ファルベリヒトの狂気を打ち払わんとしたからだ。イレギュラーズを目にして、この行動原理を理解しようとしたのだろうか。真逆、自身達の行動を見て博士が「ならば君達のために世界法則を打ち破る可能性を見つけ出そう」などと言い出すとは思えなかった。
「博士は偽反転状態の存在を作ることで、そこから更に反転状態を戻す為の実験を始めようとしていたのだと思う。
 実験を行なうために、魔種を捕獲することは難しいだろうから、実験材料を用意しようとした……って事だと認識しているもの」
「そうね。私も同じ認識よ。博士は偽反転状態という個体の変化の推移を実験していたのでしょうね。
 狂気に触れ、呼び声によってその精神をも蝕まれる状態を確認した上で再度、アレクシアさんの言う通り『戻す』というフェーズに進もうとしていた」
 フランツェルはティーポットを傾けて三人分の紅茶を淹れる。イルスは何も言わず自分のカップにはミルクと砂糖を三つ入れた。何時もならば「甘すぎるでしょう」と咎めるフランツェルも何も言わない。茶菓子を一つ摘まみ上げてから「まあ、進めなかったみたいだけれど」と肩を竦めた。
「うん。……私が兄さんを『戻せた』、ううん、『一時的に戻せた』のは奇跡によるものでしょう。ソレに頼らないで戻る可能性というのはあるのかな」
「さあ、どうかな。そもそも、起こらないからこその奇跡だからね。その……博士という旅人だってそう思っているだろう。
 奇跡とは元来存在しない者であると認識するべきだから、我々はその存在を過程においてはいけないんだよ。魔種を研究する度に思うよ、片道切符なのは『どこまで』だろうかな、って」
 イルスは嘆息して見せた。魔種の研究を行なっている彼は練達やラサなど各地を歩き回って情報を収集する事があるらしい。それでも危ない橋を渡らないのはある程度理性的な人間であることと、アンテローゼ大聖堂の魔女達と知識の共有を行なう事が多いからなのだそうだ。当代のヘクセンハウスは『アテにはならないタイプ』だとは認識しているが、イルスの日常には存在しなかった人間であるからこそ、面白半分で共に過ごしている節はある。
「アレクシアさんとしては魔種は敵とは言い切れないでしょう?」
「正直ね。不倶戴天の敵だって言ってる人も居れば、倒すべきって言う人も居るけれど……。
 私にとってはそれが存在そのものが世界に仇なす存在だって一つの種族だと思ってるよ。そうなってしまっただけ、だし。その人達にも『色々と事情』があると思って居るから。
 ……だから、出来るだけ手を取り合って生きていければ、って思ったんだ。魔種になった事で自分の本意じゃない欲望が溢れることもあるし、元の通りに過ごせたら」
 誰も悲しまない世界が作れるはずだからとアレクシアは呟いた。勿論、元に戻るというそれが簡単には起こらないことだと知っている。
 アレクシアとて、己の身に『代償』が課せられているのだからその現状を思えば二度とは同じ事は起こらないとも感じているのだ。何せ、あれは半ば命を投げ捨てても良いと言う覚悟の上での行いだった。その覚悟が代償へと変化してくれたのだとすれば命拾いしただけに過ぎない。
「アレクシア」
「大丈夫だよ、師匠。私は『同じ事はもう二度とは起こらない』って思ってるよ」
 奇跡はそう容易く起こらないのだと分かって居る。それこそ、命を賭して、死してしまう可能性をも考慮した上で願わねばならないことだとも。
 アレクシアは微笑むが、その眸には確かな決意が乗せられているのだ。イルスは嘆息した。皆を幸せにしたい、誰も取りこぼさないようにしたい。そんな『優しすぎる弟子』の自己犠牲は師匠としては懲り懲りだが、ソレを止めろと言って止める様な娘でないことくらいは知っている。
「アレクシアは馬鹿だからなあ」
「えっ!?」
 どう言う意味だと目を剥いたアレクシアにイルスはくつくつと喉を鳴らした。何かあればその身を賭してしまう彼女は、まだまだこれから得るものも多いだろうに、世界全てに満足したような顔をするのだ。それがイルスにとっては納得できることではないのだが――
「まあ、考えてはいたよ、ね。フランツェル」
「ええ。まあ、私達って優しいから」
 悪戯めいて笑ったフランツェルにイルスは「よく言う」と嘆息した。にんまりと微笑んでいるフランツェルはイルスが先程まで眺めて居た紙束を引き寄せる。
「これは石花病の資料なの。これと、魔種についての繋がりを調査していたわ」
「……石花病の?」
 アレクシアは意外な繋がりを感じたようにフランツェルを見た。『石花病』と言えばアレクシアが保護したルクア・フェルリアールという娘が罹患している。
 R.O.Oでもそれは目にした病ではあったが――その情報を持ち寄った古都を思いだしてからアレクシアはフランツェルから渡された資料を眺めた。
 R.O.Oでは治療が可能な病であったが現実では見つからない不治の病となっている。花を一輪咲かせ崩れ落ちていく病ではあるが、R.O.Oの中ではそれは『ウィルスに対抗するワクチン』の役割を果たしていたとも言われている。詰まる所、それを現実に当て嵌めれば滅びのアークによる何らかの状態変化を指しているのではないかとの事だ。
「石花病はアルティオ=エルム特有の病だ。ほぼ、アルティオ=エルムにしかない。だからね、そこに注目してみたら……少しだけ見付けることが出来たんだ」
古語魔法ロストスペル……?」
「まあ、色んな呼び方は在るけれどね」
 アレクシアはぱちくりと瞬いた。古の知識を蒐集し続けるヘクセンハウスの魔女と、魔種の研究者の二人がその謎は新緑の内部に存在して居るのではないか、と言うのだ。
「例えば、滅びのアークを何らかの方法で発生させる『存在』があったとして、それが風土病のように肉体を蝕んでいる可能性があるならば」
「石花病は仮想反転のような、状態へ緩やかに移行しているって事? ……花になって崩れ落ちるのは緩やかな変化で肉体が保てなくなるから、とか?」
「その可能性は十分にある。そうなれば『どうやって病を治すことが出来るか』だろう?」
 アレクシアはイルスへと頷いた。博士の行なう『疑似』反転状態と同様の現象だと考えたとき、その大元となる存在の対処が求められるのではないだろうか。
 例えば、博士の烙印は博士によるコントロールも存在していたが、博士が取り込んで存在をも変容させていた大精霊が特効薬となって現象を取り除いていた。その様に、石花病の特効薬となるものも『原因の近くにあるのではないか』と言うのだ。
「そうした事象から見るに、反転状態から回帰させるならば大元を叩かねばならない、というのが意見の一つ。
 冠位魔種を全て倒しきった後に待ち受ける原罪そのものを排除すれば滅びの気配は去り、魔種そのものも『戻る』のではないかな」
「それから……石花病に関係あるのも、その規模を見る限り深緑に根付いた何らかの滅びの可能性だと思って居るわ。
 ……リュミエに叱られて仕舞うかも知れないけれど、そろそろについても紐解かなくてはならないわよね」
 フランツェルが何気なく言ったその言葉にアレクシアは目を丸くしてからはっと息を呑んだ。
 象徴。それは、幻想種にとっての信仰の的であり、心の向かう先である。あタリ前のようにソレが存在して居たからこそ、今まで疑問を抱くことはなかったが――「どうやって、アルティオ=エルムは成り立ったのか、ってこと……?」
 フランツェルは頷いた。古びた書籍を一冊取り出して、手書きで記された文字をなぞる。その文字は見慣れてはいないが、深緑の奥地で暗号として利用されている古い言葉なのだそうだ。混沌に存在するそれはバベルでの判読も出来ず、読み解く為にはある程度の知識が必要なのだろう。アレクシアはぱっと見てソレを読むことは出来なかったがフランツェルは指先で一字一字をなぞっていく。
 ――
「いにしえの、魔女?」
「ええ。いにしえの魔女と呼ばれた存在が、アルティオ=エルムの始祖だとも言われているわ。原初の魔女とも呼び返られるかも知れない。
 彼女は霊樹の民であり、大樹ファルカウにも縁の深い存在だと記されているわ。出自や細かな情報は記されてはいないのだけれど、彼女がアルティオ=エルムの祖であるのは間違いが無いはず。
 ……そして石花病についての記述は魔女が姿を消してから発生している。つまり、このいにしえの魔女がアルティオ=エルムを作りその姿を消すまではそんな病は存在して居なかったの」
 フランツェルが真剣に告げればアレクシアは考え込むように俯いた。その原初の魔女が途方もない昔に存在したことは分かって居る。
 リュミエさえも会ったことは無いだろう世界の祖。リュミエ・フル・フォーレからすれば先祖にあたるやもしれない存在だ。全ての幻想種にとって、結びつく先は彼女なのかも知れないという妙な高揚感と共に調という新たな疑問が首を擡げた。
「私が調べておくから、また皆を誘うわね。……一寸最近、古語に詳しい人と出会ったのだけれど彼女も忙しそうだから」
「ああ。彼女か。確かに忙しそうにしていたね。古語に詳しい人間は早々いないから仕方が無いのかも知れない」
 イルスは「見かけたら声を掛けておくからね」とアレクシアへとそう告げた。全ての流れを紐解けば、石花病を解決に導けるかも知れない。更に言えば、その反転状態に何らかの影響を齎すかも知れないのだ。
『反転にも似た状態からの回帰』が可能なのであれば、それを創意工夫すれば反転状態から戻せる『かも』しれない。だが、その可能性の為にとやり方を間違ってはならないのだ。
(屹度、博士だってソレには行き着いている。だからこそ、その戻す為の実験を烙印で行なおうとしていたんだ。
 ……確かに博士の言うとおりだよね。正攻法じゃ、どうしたって戻らない。世界の法則がそうあるようにと決定づけてきているんだもの)
 アレクシアの難しい表情を見てからイルスははあと息を吐く。「博士のようになってはいけないよ」と忠告する彼にアレクシアはぱちくりと瞬いてから笑った。
「実験なんてしないよ」
「自分で実験もしてはならないよ」
「し、しないよ」
「しそうな顔をして居る」
 イルスがアレクシアの鼻先をつんと突いた。まるで幼い子供にでもするかのような仕草にアレクシアは鼻先を押さえて「えへへ」と小さく笑う。肩を竦める彼女にイルスは「全く以て油断も隙もない弟子だ」とぼやいた。
「フランツェルもしっかり見ていてほしいものだよ。アレクシアは気付いたら直ぐに命を擲って仕舞いそうになるところがあるのだから。
 自殺でもされたら、師匠になった事を後悔するよ。押し掛け弟子であったって、弟子であることには違いないんだからさ」
「イルスは魔種を研究しているくせに打たれ弱いわよね。魔種だって元は人だったでしょう? なら、世界の敵だからと殺されることを考えれば心が痛いんじゃないの?」
「……だからだよ」
 イルスが渋い表情を見せればフランツェルはソレが聞きたかったと言わんばかりに微笑んだ。全く以て酷い女だとイルスは呟いた。
 自身がアレクシアと同じように魔種とは人間であり、世界に仇なし滅びへと誘う存在と聞いたとて『救いがあるのではないか』と考えて居ることを明るみに出す。
 博士の研究を耳にしたときにイルスは真っ先に彼とのコンタクトをとりたかったのだ。どこまで研究が進んだのかを知りたかった。魔種を人に戻すという大それた願いは何処まで叶うのだろうか、と。フランツェルが止めなければイルスは真っ先に月の王国にでも向かっていたことだろう。
(考えて居ることを分かって居るくせに、そうやって揶揄うのだから酷い女だ。アレクシアに聞かせようとするのだから。
 ……勿論、そうだ。これだけ長く生きてきたって『ソレを戻す為にはどうにかならないか』と考える程度には感情は生々しい色をしているのだから)
 どうしようもない世界法則に阻まれているのだろうとイルスが感じたのは冠位暴食が反転より回帰することが出来ず、もしも『反転状態から戻そう』と考えたならば人の身ではなく、霧散して消え行く定めにあると聞いたときだった。
 滅びとは、それそのものの事象として存在しており容易に治すことの出来る病ではないのだと実感したのだ。不治の病とも呼べやしない。人体の全ての変化がその性質にまで影響を齎すことで人ならざる存在へと昇華しているのだから。
(ただ――その大元となった事象が消え去れば、変化はもたらされる可能性がある。ただの狂気であったならば、ソレをも打ち払う事は出来ていたからだ。
 ……なら、アレクシアが目指すのは全ての大元となった『原罪』の撃破なのだろうな。それは危険を帯びた厄介な代物だとは分かって居る。分かってはいるけれど――)
 イルスは『そうしなさい』とは言えなかった。アレクシアに言えば彼女は真っ先にそうやって飛んで言ってしまうからだ。
 その前に出来る限り平和的で、安全な道を与えてやりたかった。それが『原初の魔女』についてだった。彼女が『いにしえの魔法』を使用してアルティオ=エルムを造り上げたという建国秘話を耳にしたときそれをアレクシアに与えて調べさせようと思ったのだ。
「師匠?」
「何にも」
 ――意地悪なんかじゃない。ただ、勘だった。
 何かがある。原初の魔女を紐解けば必ず滅びに行き着く可能性を感じている。ソレが何故かは分からない。
 だが、彼女が消えてから『石花病』が発生したならば彼女そのものも滅びに触れた可能性があるのだから。調べる価値はある。
 イルスはアレクシアに「調べることは決まったのだから、待っていなさい」と告げてから甘ったるすぎるミルクティーを喉へと流し込んだ。

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