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100周年記念『男の子とふっくらやわらかまくら』より解説頁
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解説から読み始める諸氏は本文を読んでから本解説に目を通されたい。そして本解説を読んでから、もう一度本文を読むことをお勧めする。
表題となっている『男の子とふっくらやわらかまくら』は100年前にク・サレ星から混沌へ発信され、子供から大人まで幅広く受け入れられているク・サレ文学の一つである[1,2]。内容は、本文を読んでの通り、やんちゃな男の子に恋するふっくらやわらかまくらの一日が描かれている。本著では、近年発見された原本版とク・サレ人による翻訳版とを掲載している。この童話を読んでク・サレ人になったという事例や、ク・サレ人として深みを増したという事例もある[3,4]。
ク・サレ人とは電波を発信し、似た脳波を持つ者をク・サレ人に変容させるという特性がある[5]。ク・サレ人に変容して変化することはク・サレ文学を好み、BL電波を発するようになる程度の違いであるため、特に問題視されていない[6,7]。BL電波に載る文学はク・サレ文学と呼ばれる男性同士の恋物語であり、その特性から女性のほうが潜在的に罹患しやすいと言われている[8,9]。
ク・サレ文学がもたらされたのは、混沌暦1300年から1500年のヴィネッラ期だといわれている。華やかな時代で知られるヴィネッラ期にはク・サレ人と化した女性は選ばれし者と呼ばれ尊ばれた。サロンでは選ばれし者達が受信したク・サレ文学を交換し合い、ク・サレ人の深淵に迫ろうと試みた記録が残っている[10,11]。当時の資料はク・サレ古典文学として数多くの研究がなされている[12,13]。ヴィネッラ期のク・サレ文学は奔放な恋が多かった[14]。しかしながら、戦乱期であるラネッタ期(1600年〜2000年)では、ク・サレ人は人理に反する魔女と見做され、魔女狩りにあい、多くの研究資料が失われた[15]。それでもク・サレ人達は秘密裡に暗号を使い、ヴィネッラ期の名作や新たに受信したク・サレ文学の記録、保存に努めた[16]。この時代の冬の時代と呼ばれ、死に傾倒した作品や悲恋が多く残っている。ラネッタ期から後、謎の空白期間が続く[17,18]。この時代にはク・サレ人が極僅かしか生まれなかった[19]。そして、約100年前にイレギュラーズの大規模召喚が起きた[20]。それにより、果ての迷宮が攻略され始め、10階層が踏破された時、境界図書館と混沌が接続した[21]。そこで初めてク・サレ星の人々が発想の枯渇に陥っていることが判明し、3名のイレギュラーズが派遣された[22]。その内の一人、ノリア・ソーリア(女性)が創作したのが原本版である。それを受信したク・サレ人によってク・サレ文学へと翻訳され、先に普及したのが翻訳版である。なおイレギュラーズの活躍により、ク・サレ星はヴィネッラ期以上の勢いでク・サレ人を増やし、表舞台で堂々とク・サレ文学を語ることができる時代が到来した。再起のきっかけとなった3作を研究することは非常に有意義である。原本版はその研究の一環で発見された文書である。
原本版と翻訳版との違いにク・サレ文学界は大いに揺れた。最も大きな議題は主人公である男の子の使う枕の記載が異なることである。原本版では『お姫様が使うかのような』とあり、翻訳版では『大きくて柔らかな羽毛枕』とある。男の子が使う枕としてお姫様が使うかのような枕は不自然であり、その使用者は自然と女性を表す。つまり男の子は女性のことを暗喩している可能性がある。この仮定を満たすとすれば、男の子は著者であるノリアである可能性が最も高い。
先ほどの仮定の下で考えると、作中の男の子にはノリアの願望が投影されているとみるのが自然だ。男の子は外をかけずり回り、おかあさんに怒られたりする、とてもやんちゃな男の子と表現されている。母親から怒られる男の子というのは、たとえ男の子がどんな悪童であろうとも愛がなければ怒られることなどない。つまり、無条件で愛されているという証拠である。そして、やんちゃな男の子は怒られても悩まず、悔やまず、自分自身が愛されているということに自信をもっている。願望は自ずと執筆時点でのノリアの悩みを写す。つまり、ノリアは対価がなければ自分は愛されない存在で、且つ、何かひとつでも誤れば、悔やみ、悩み、自分は愛されていないと思ってしまう環境にあることが窺い知れる。ここだけでノリアが強烈に愛に飢えていたことが分かる。
ノリアが誰からの愛を強く求めていたかという疑問が起こる。ノリアには当時膨らんだお腹が特徴的なオーク男性の恋人がいたと記録されている。また、原本版では、包容力のある、大きなお腹に恋していることと、ノリアの経験を元にこの創作が創られたことが明記されている。これらのことから男の子に恋する枕はノリアの恋人のお腹であり、包容力であることが推測できる。ノリアは本来、恋人の大きなお腹に包まれ、包容力で安心させて欲しかったのだろう。しかしながら、ノリアとその恋人の関係は、ノリアから見て危ういものであることがこれまでの議論から推測できる。しかしながら、危ういものであったとしても、恋として成り立っていた筈であるのに、本作は両思いではなく、枕からの無条件の片思いとして描かれている。繰り返しになるが、本作はノリアの願望を投影したものである。もしノリアが破局したなら、恋したこと自体を無かったことにしたいであろう。それでもノリアは恋人から愛して欲しいという願望が伺える。だから、敢えて、恋人のことを全く忘れてしまったという環境を設定し、そんな環境下でも恋人から無条件に愛されるという創作をしたのであろう。本作で、夜の間、枕は男の子の微かな動きを僅かな感覚だけで必死に求め続けている。それはノリアの一挙手一投足を恋人に反応して欲しいと願っていると思われる。つまり、ノリアは母親が赤ん坊を愛するように、恋人に無条件かつ全力で愛して欲しいと望んでいる。しかしながら、それを現実に口にすれば、ノリアから見て危うい関係であるノリアとその恋人の関係は脆く崩れてしまうだろう。原本版には『誰も知らない片思いなんだと、思いますの』と締め括られている。これは誰にも知られてはいけない願望を創作という形で吐き出すしかなかったノリアの愛されたいという願いと、恋人との関係を崩したくないという願いの狭間で苦しむ繊細なノリアという女性の心を表している。
しかしながら、ノリアから見た恋人との関係は本当に危うかったのであろうか。枕は何も話すことができない。恋人に存分に甘やかしてほしいならば、存分に甘い言葉を人間に語らせればよいものである。一方、枕はありのままを受け入れてくれるだけの存在である。ノリアの願望もノリアの不安も受け止めてくれるような恋人であったことが推測できる。それをノリアも知ってるが故に、あえて枕と男の子を、光や音すらも邪魔することない、忘れてしまいそうな夜という世界に置いたのではなかろうか。
ノリアは、ク・サレ文学に親しみがなかったと記録されている。このことから、『お姫様が使うかのような』という文言が無意識に入ってしまったのではないかと推測される。『男の子とふっくらやわらかまくら』はク・サレ文学に男女の恋心を組み込んだ革新的なク・サレ文学の一つであるといえる。
参考文献
《省略》