PandoraPartyProject

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何度も、何度も。

登場人物一覧

アルム・カンフローレル(p3p007874)
昴星



 時折、他者が酷く『羨ましい』と感じる瞬間がある。
 言葉を交わす声に、自身を射抜く視線に、青銅の様な『重み』を感じることがある。それは己に……アルム・カンフローレルという人物にはものだ。
 その人間が生きていく中で蓄積した知識。
 その人間が人生として重ねてきた記憶。
 その人間が、その人間として培ってきた……"歴史"。
 その重さに木の葉のような自分は対峙していて吹き飛ばされてしまう様な錯覚すら覚えてしまうのだ。

『──なに、そうクヨクヨするなよ少年。忘れてしまったって、積み重なるものはあるさ』



 どぷんっ!

「!? がっ……ごほっ…!」

 大きな衝撃の後、気がついたらアルムは水の中にいた。ごぼごぼと肺の中から空気が抜けていく感覚、歪む視界。どちらが上か下かもわからぬまま、パニックを起こしたアルムはただ滅茶苦茶に腕を振ってもがくしかできない。

 (ここはどこだ。苦しい。痛い。誰か、誰、誰が──どこ──?)
「落ち着いて」

 不意に、誰かの『声』が聴こえた。そこが水中であるとか、誰の声であるとかそんなことを考える暇すらなくアルムは自身の手首が掴まれ、強い力でどこかへ引っ張られていくのを感じる。

 ──ざばあっ!

 引っ張られていた時間は実際のところほんの10秒ほどのことではあったが、アルムにとってはそれが気の遠くなるほど長い時間の様に感じられた。水面に顔を出した瞬間に感じた光、次いで肺の中へ入ってくる新鮮な空気を肺が取り込み、体の中から水を追い出してアルムはたまらず咳き込む。

「いやぁ、びっくりした。急に空中から転がり出てきたと思ったら水の中に沈んでいくものだから。大丈夫かい少年」
「……君、は」

 咳き込み、涙の滲む視界の中。それでもアルムの目を引いたのは炎が燃える様な鮮烈な赤い髪だった。赤い髪の女──アルムのことを少年と呼んだ、アルムより年若い容貌を持つ『女』は朗らかに笑っている。アルムは呼吸を整え、ようやく自身の周囲の状況を理解する落ち着きを取り戻した。

「……小舟?」

 アルムは小さな……ゴンドラ程度の大きさの船に乗っていることに気がついた。辺りを見回すと陸地らしいものは見当たらず、代わりに空恐ろしくなるほどに澄んだ水の底には、民家らしき建物がポツリポツリと点在しているのが見える。

「そりゃあ舟だとも。舟が無いとどこにも行けないからね」
「どこにも行けない?」
「知らないのかい、少年。この世界は500年前に『神様』が全てを水の中に沈めてしまってね。200年くらい前までは酷い雨で大きな箱舟の中でしか人が住めない有り様だったんだ。あそこに見える民家は、かつての文明の名残さ」
「そう、なんだ……。まずは助けてくれてありがとう。それから、ごめん。俺は何もわからなくて……」

 赤髪の女がゆっくりと舟を漕ぐ中、アルムは彼女にぽつりぽつりと身の上を話す。今此処にいるのは自分の意思では無いこと、自分がどんな出自で、今まで何をしていたのか思い出せないこと……おそらく『世界』そのものが今まで自分が居たところとは違うのだとは、流石に言えなかった。こんな話を初対面の人間に信じてもらえるかなんてわかったものではない。

「ほぉん? 平たく言うと記憶喪失者ってことかい。難儀だなぁ、少年」
「……流石に、少年って言える様な年齢では無いと思うけどね」
「そうかな? まあいいや。どっちにしろ行く場所もないんだろう? じゃあ暫く私の世話になっている集落に世話になるといい」
「え。いいのかい……?」
「なに、気のいい人たちだからね。右も左もわからない、舟も無い人間を放り出すような人たちじゃあ無いさ。私の様な流れ者を既に受け入れてくれていることだしね。お姉さんに任せるといい」

 赤髪の女は、一度ゴンドラを漕ぐ手を止めるとアルムに向かって手を差し出す。

「改めて、ようこそ少年。水の神に愛されすぎた世界、『ハルファート』へ」



「──少年。少年?」

 ハッとアルムは顔を上げる。目の前にいる赤髪の女が不思議そうな顔で自分を見つめていた。

「どうしたんだい、ぼーっとして」
「ああ、ごめん。なんでもないんだ。ちょっと考え事をしていて……」
「ふふ。まあ確かに、いつものことか。こんな時まで変わらないねえ」
「君だって。世界の危機だっていうのに余裕そうじゃないか」
「お姉さんらしいところを見せたいからね」

 アルムの流れ着いた世界は今、危機に陥っていた。
 善なる神が深き水の底へと封印した悪神が復活し、世界を再び魔物達の楽園にしようと動き出している……そんな、まるで御伽噺の様な状況にただの(と言うには少し特殊ではあるが)旅人であったはずのアルムが関わることになったのは全くの成り行きではあった。

「いやぁそれにしても。君が私にここまで協力してくれるとは思ってなかったよ、少年」
「そんなに薄情に見える、俺?」
「いや? でも少年は人と距離を置きがちだからね。私が積極的に関わらなかったらひっそりと暮らし続けるだろう?」
「……流石にこんな状況で、そんな楽な生活ができるとは思えなかったからね」
(まあ、いつまでこの世界にいるかわからないからってのもあるけど)

 世界を移動して、忘れて。もしかしたら今この瞬間、また世界を移動してしまうかもしれない。そう思うとこの作業が意味のあることなのか、それすらも疑いたくなってくる。酷く虚しくなって投げ出したくなってくる。……それでも。自分によくしてくれた彼女が困っているのを見て見ぬふりするのは、『流石に無しだ』と茫漠としたが思ったのだ。それならば、その気持ちに素直に従うべきだった。

「こういう、歴史を紐解く作業というのは少年の方が得意だからね。実に助かる」
「記憶喪失者の俺が、歴史世界の記憶から世界を救う手がかりを探すっていうのも凄い皮肉だけどね」
「なに、そうクヨクヨするなよ少年。忘れてしまったって、積み重なるものはあるさ」
「……クヨクヨはしていないさ。忘れたものは仕方ないし、前向きに生きる様にしてるよ」
「ほぉん? そうかな? ……ああ、こうしていると

「ふふ。懐かしいね」

 アルムは天井を見上げる。広大な空間に天井一杯まで敷き詰められた本棚とその中にぎっちりと詰め込まれた本の群れ。図書館と呼ぶに相応しいその場所で、彼らはその頁を開かれるのを乾いた空気の中で静かに、今か今かと待ち侘びている様だった。

「少年」

 アルムは彼女へ視線を送る。見慣れた赤い髪が鮮烈に揺れ、甘く煌めく瞳が自分を射抜く。自分には無い、

「必ず救おう、この世界を……

 赤髪の女は、世界の危機にも関わらず酷く楽しそうにアルムを見て笑い──

 ………………
 …………
 ……



「……ふぁ……あ、……」

 アルムは目を覚ますとベッドの中で欠伸をひとつして大きく伸びをした。彼が拠点としている『黄金の大楠亭』……かつては酒場兼宿屋だったその建物の一室は古めかしさはあるものの、今はアルムの手が入りなかなかに居心地のいい空間となっている。ベッドから起き上がってカーテンと窓を開けると、朝の爽やかな空気が部屋に流れ込んできてアルムの身体を刺激しすっかりと目が覚める。

「なんだか……夢を見ていた様な気がするのだけど」

 非常に重要な夢だった様な、全然そうでもなかった様な。優しい夢だった様な、疲れを感じる目まぐるしい夢だった様な。夢なんていうのはそういうものだ。記憶の指を伸ばした先から解けていく。

 ぐぅ。

「……朝ごはん」

 暫くぼうっと考え込んでいたアルムだが、自身の腹が空腹を訴えたのを皮切りに霧散する夢をかき集めるのを諦めて自室を出る。旅人というものは何はともあれ身体が資本、食事をしっかりと摂らねば何も始められないのである。

「何が残ってたっけ。パンと、ハムと、チーズでサンドイッチを作って、それから昨日の野菜クズのスープを温め直して……」

『──■■、■■■■■■■■■■少年。お■さ■■つい■■■■』

 微かに耳に残っていた声は、赤い残滓と共に解けて溶けていった。

  • 何度も、何度も。完了
  • NM名和了
  • 種別SS
  • 納品日2023年07月14日
  • ・アルム・カンフローレル(p3p007874

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