PandoraPartyProject

SS詳細

いつだって、悪は悪

登場人物一覧

結月 沙耶(p3p009126)
少女融解

 人には誰しも、隠したいことがある。
 それが自分から見れば善であっても、他者から見れば悪だと判断されるものならなおさらだ。

 これは『怪盗』として生きた末に悩む彼女の物語。
 誰かを助けるために悪を演じた者の物語。



 『怪盗リンネ』。
 その名は元々はある異世界で騒がれた、弱者を救う者。
 混沌世界でも知る人は知る、悪の貴族から次々と金品を盗んでは弱者へ渡していた。

 その正体は誰にも分からない。
 すぐに姿を表しては素早く盗んで姿をくらまし、逃げ道さえも隠すほど。
 誰も素性や目的を知らない、謎の怪盗。それが現在混沌世界で噂になっている『怪盗リンネ』。

 けれど、1人だけ。結月 沙耶だけは知っている。
 怪盗リンネが誰で、どんな人物なのか。
 なんのために怪盗を行っていて、どのような理由で逃げ続けるのか。

「すごい……人数だな」

 沙耶の視界に入ったのは辺りで情報収集する者達の姿や、警戒態勢を強いている騎士の姿。
 話を聞くに、どうやら怪盗リンネを捕まえるために組まれた部隊のようだ。

 日々大きくなる、悪の貴族達が作り出す怪盗リンネの包囲網。
 これまで怪盗リンネが手を出した者達は皆、かの怪盗を捕まえるべくお互いで情報交換を行い網を敷いていた。

 広がる悪意、大きくなる執着。それがただの通行人である沙耶にもひしひしと感じられる。
 それは沙耶以外の通行人にもしっかりと感じ取れているようで。

「……」

 『必ず怪盗リンネを捕まえてやる』『絶対にあの悪党を捕まえるんだ』。
 なんて、誰もそんな一言を発していないのに、何故か沙耶にはその感情が突き刺さっていた。

 ――怪盗リンネの正体は、今、まさに通行人となって貴族達の声に耳を傾けている結月 沙耶。
 元の世界で行っていた盗みを幻想世界で行っていたところ、今回このように包囲網を敷かれる羽目になってしまった。

 弱者を守る怪盗としての顔がバレてしまう前に、自分の正体が怪盗リンネだとバレてしまう前に。
 どうにかして、この包囲網を抜けなくてはならない。

「……っ……」

 悔しい。
 その一言が喉から出るのをぐっとこらえて、沙耶は舗装された道を歩く。

 弱者を守るための怪盗が、今ではこんな大きな悪党として取り上げられている。
 それはいわば、これまで助けてもらった弱者にも迷惑がかかる行為でもあり……果てにはこの幻想国に住まう普通の住人にも迷惑がかかってしまうものでもある。

 包囲網を敷く、と言えば聞こえは良いだろう。
 だがそれは姿を知らぬ怪盗を捕まえるため、怪盗のことさえも知らない住人にも情報収集を行う者達の手が伸びる。
 もっと言えば、自分が助けていった人々にも手が伸びることになる。

(皆に迷惑をかけてしまうだろうし、ここには……もう、いられないな……)

 誰にも見られないように、悔し涙を浮かべた沙耶。
 こんな姿を他の皆には見せられない。こんな自分を見せる訳にはいかないと歯を食いしばり、舗装された道を歩いていく。
 悪の貴族達が怪盗リンネの正体に気づいてしまう前に、沙耶はその場を離れていった。



「……でも、どうしようか……」

 包囲網から抜け出し、次なる拠点を探すと閃くのは簡単だ。
 だが抜け出したところであてがあるわけでもなく、新たに拠点を作れる場所がすぐに浮かぶかと言えばそうでもない。
 でも、それでも今はこの国を抜け出さなければならないため、慎重に事を運んだ。

「次の拠点は……鉄帝辺りにでも向かおうかな。うまくいくかは、別として」

 この混沌世界に来た時の事を思い出す沙耶。
 空腹で倒れ、混沌世界に突如やってきたというあの日の出来事を思い起こしながら、また新たな怪盗の道を歩もうと決めた。

「……――」

 荷物をまとめて、引っ越しの準備を終わらせた沙耶は何かを小さく呟く。
 それは誰かへの謝罪かもしれないし、次に至るための決意の言葉かもしれない。


 その言葉の内容を知るのは、沙耶――怪盗リンネだけなのだ。

  • いつだって、悪は悪完了
  • NM名御影イズミ
  • 種別SS
  • 納品日2023年07月07日
  • ・結月 沙耶(p3p009126
    ※ おまけSS『けれど誰もが悪と認めるわけではない』付き

おまけSS『けれど誰もが悪と認めるわけではない』

 不意に、かりかり、かりかりと音がする。
 引っ越し準備中の沙耶がなんの音だろうと辺りを見渡してみると……。

「わぁ」

 窓の縁で爪を立て、窓をかき鳴らす少し細い猫の姿がそこにはあった。
 入れてといいたげな猫は何度も何度もかりかり、かりかりと音を立てては訴えかける。
 お腹が空いているのだろうか?

「んん……しょうがないな」

 その姿がこれまで救ってきた人と重なってしまった沙耶は窓を開け、猫を迎え入れる。
 猫は助かったといわんばかりに、にゃぁんと鳴いて沙耶を見上げた。

「ごはん? ……食べられるもの、あったかな……」

 猫が食べられそうなものを見繕い、餌をあげた沙耶。
 にゃむにゃむと何か、お礼のようなことを告げながら食べる猫。
 その姿があまりにも可愛くて、しばらく見とれていた。

 ――猫から見れば、沙耶は恩人だ。
 ――彼女を悪なんて認めることはないだろう。

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