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変わるもの、変わらないもの
登場人物一覧
●誰が為の力か
いつか憧れたあの星々を。
いつか近くで見たいと思ったあの星々を。
この手の内に。
だから、死ぬ訳にはいかないのだ。
周りを囲むゴブリンの群れに思わずため息が出る。普段なら窮地ではない。しかし、一人である今は話が違う。
観光客を襲うゴブリンを倒して欲しいという依頼に基づき、ウィリアムは幻想の森の中へ足を運んでいた。
ゴブリンを警戒させないように一人で来て欲しいというもので少々骨は折れそうだが、折角見つけた良さげな依頼、一人で遂行してみせるのが
そしてウィリアムは敵を見つけた。ゴブリンの群れだ。
手にした相棒──星を携えた杖が、ウィリアムの意思に反応するように煌めいた。
其の光は星の魔力を放たんと、魔力を溜め込み放出しようとしている合図だ。
「多勢に無勢とはよく言うけど、あまり舐めてくれるなよ。先制は俺からだ。
星々よ、集い切り裂く剣となれ──
フードの奥、星の色によく似た碧の瞳が煌めいた。
刹那、結集された星の魔力は蒼く煌めく星の剣を生成し、切り裂く。
突然血を巻いあげた同胞の姿に一瞬怯んだゴブリン。しかし叫びながら襲いかかろうとするものなら、その身からも血飛沫が舞い上がる。
「ギャァァァァァァァ!!!!!!」
しかしゴブリンは群れである。単独で来たウィリアムを殴ると、得意げに笑むのだ。馬鹿め、とでも言いたげに。
背を殴られたウィリアムは思わず前によろけた。男性の中では細身である彼は、鎧よりも簡素なマントを羽織るのみである。
殴られたことに苛立ちを覚えたウィリアムは、目付きをさらに悪くしてゴブリンを睨みつけた。
「……ってえな、もう手加減しないからな」
クールなウィリアムも、根底は男の子である。
やられたらやり返すくらいの気持ちがあると言うものだ。
「其の力、此方へ還元せよ──
俺の星の魔法は、そう簡単に負けるわけにはいかないんだ」
杖が閃光を放つ。その光を浴びたゴブリン達の一部は、力が抜けたようにへたり込み、呻き声をあげる。
ウィリアムへと還元されたその力は、ウィリアムがゴブリンから奪った力だ。
「さて、仕上げといこうか。星の魔力は心剣とならん──
星の魔力より生み出された剣は、あまりにも鋭く、あまりにも美しく。
流星のように尾を引きながらゴブリンにトドメを刺そうとし──やめた。
それにはゴブリン達も困惑し動きを止めた。
「……はぁ。これに懲りたら、もう人間なんて襲うなよ」
すぅ、と杖を下げれば星の剣もきらきらと光を残して消えてゆく。
「……ギャァァ」
小さく頷いたゴブリンは、後退するとウィリアムを一瞥し森の奥へと帰っていった。
「叫ぶしかねえのか……」
やや苦笑しつつも、星の杖をカン、と地面に打ち付ける。
戦いの終わりの合図。依頼は無事に終わったのだった。
「ふぅ……和解出来て良かった」
安心したようにため息をつくと、先程殴られた背が少し痛んだ。
空には橙が滲み始めていた。
●変わるもの。変わらないもの。
人混みを掻き分けるのは面倒だから、と彼は夜にローレットを覗くことが多い。仕事終わりの青年はいつもより少し遅れてローレットの扉を潜った。
よぉ、と顔を出す頃言われるのは、「子供が出歩く時間じゃねえぞ」という
今年
兎も角、彼がローレットの依頼掲示板を覗くのは、
望んでいるような依頼がないことも多々ある。
ローレットの扉を押して空を見上げた頃には、夜は満ちていた。
ウィリアムは手を伸ばした。
星見の台へと進めていた足を止め、アラザン煌めく遥か上空、宇宙に広がる濃紺の海に。
慣れたように。
何時ものように。
届く筈もない。
そうやって、そっと手を降ろす。
いつも通りのワンシーン。
冬の空は、四季折々の空の中で最も美しいと言えるだろう。
その答えは、空気が乾燥しているからだ。星を曇らせる理由に水蒸気が関係している。
故に、空気が乾燥しているこの時期は星を見るのにうってつけなのだ。
星を愛する彼がそのことを知らないはずもなく、白く靄のかかった吐息を掻き分けるようにして歩みを進めた。
こつ、こつ、こつ、こつ。
こつ、こつ、こつ、こつ。
石畳の音に合わせて赤茶の毛が、歩みのリズムよく左右に揺れる。
ローレットに依頼を探しに行ったが、余りいいものはなかった。
明日はいいものがあるといいのだが。
いつもの角を曲がれば、今度は視界にディープグリーンの木々が広がる。
此処を越えれば小高い丘へと辿り着く。其処には青年の住処である星見の台がある。
さく、さく、さく、さく。
さく、さく、さく、さく。
土を踏みしめる音につられるように、青年のマントは風に揺れる。
今日は少し遅くなった。ヨカゲは眠ってしまっただろうか。
俺も晩飯がまだだった気がするけれど。
森を抜けた先に広がるのは、星満ちた天空と石造りの塔だけがあった。
後ろには街灯のひかりで満ちた見慣れた街が広がっている。
強い風が吹いた。はらり、とフードが取れた拍子に、振り向いたウィリアムは、その街明かりに目を細めた。
それは、青年が護ってきた街並みだ。
形は違えど、依頼内容は違えど、そして、その結果は違えど。
青年が特異運命座標として護り続けてきた街のひとつだ。
そして恐らく、これからも。
故郷の人達とは違う種族の仲間と出会えた。
故郷では出来ない体験ができた。
それは勿論、嘗て青年の身に降りかかった星の災いが原因なのだろうが、然し今ばかりは感謝せねばならない。と、思う。
二年前。まだ捻くれていた自分と友になってくれたひとがいた。一歩ずつ踏み出す勇気を得た。
一年前。戦いで仲間が死んで行ったこともあった。護れなかったいのちもあった。
そして今。二年間積み重ねた経験を活かして、少しずつ
非力だった自分は、少しずつ力を付けた。
病弱だった自分は、少しずつ魔力を蓄え力へと変えた。
星の魔力で満ちたその身体は、少しずつ青年を変えていったのだ。
片手に握った星の杖が煌めいた。
平凡な自身をあの日からずっと支えてくれた相棒が。
魔術師としての才を持たぬ自分を。
星を堕とすための魔法を扱おうと進む自分を。
杖は煌めいた。語りかけるかのように。
これまでの自分ならきっと気づかなかっただろう。
今の自分は違う。空の色も、草の音も、名も知らぬ花さえも。
美しいと思えるようになった。
知りたいと思えるようになった。
其れは予想していなかった変化ではあるのだが、しかし悪くないと思う。星を堕とすことだけに執着していた頃の自分では、知ろうとすることは無かっただろうから。
(……何考えてんだろうな、俺。早く寝よう)
ふ、と微笑んだウィリアムは街明かりを暫く眺めたあと、台の階段を登っていった。
変わらない景色と変わりたい理由を胸に、ウィリアムは床へとつくのだった。