PandoraPartyProject

SS詳細

盛夏の候、冬を結びて愛は咲く

登場人物一覧

寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)
秋縛


 アノマ本島に夏の風が吹いた。
 見上げると爽やかな青が視界いっぱいに広がるかと思えば、大きく存在感のある入道雲が目を奪う。
 どこかで虫が鳴いている。短い命を呪う事なく、今を精一杯いきているんだと主張する。さざ波が濡らす波打ち際で、魚の影がぴちゃんと跳ねた。
 館のバルコニーで風にあたり、涼をとるのは特別な二人。

「いい天気だね、しーちゃん。風がある分、いくらか今日は涼しく過ごせそう」
「そうだね。こうやって正しく新しい季節がやって来ると、無辜なる混沌が滅びに向かってるなんて忘れそうだ」

『かみさまの仔』冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)の何気ない呟きに応じた『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)は、言葉とは裏腹に少し沈んだ声色だった。

「いいじゃない、たまには忘れても。しーちゃんは大黒柱だけど、いつも頑張りすぎだもん」

 もっと甘えていいのに、と睦月は笑った。
(その笑顔を守りたいから、つい頑張っちゃうんだけどなぁ)

 またひとつ、史之は独白に本音をしまう。

 主人と従者。立場をわきまえ接する為に、大切な言葉が唇から零れる前から、そっと隠してしまう事――これは最早、癖のような物だ。
 今も主従関係である事は変わらないが、せっかく奇跡の果てに幸せなゴールを迎えられたというのに。

「あのさ……カンちゃん」
「なあに?」

 同居人の千尋と日向は境界図書館に向かったらしい。あそこは本を保管するため、最適な環境が維持されている。つまるところこの時期は涼しくて快適なのだ。
 二人きりの時間が好きだけど、きっとこの後、しーちゃんは仕事に向かうはずだ。忙しくても、ほんの一瞬でも馴れ合う時間を作ってくれるしーちゃんが好き。
――そんな風に思っていたからこそ、次に来る史之の言葉に、睦月は心臓が止まりそうになった。

「今日は……俺の我儘を聞いてほしい」
「いきなりどうしたの? しーちゃん」
「従者がそんなこと考えちゃダメなのは知ってるけど、一回だけでいいから、俺の我儘聞いて」

 円らな赤い瞳がいっそう丸くなって、こちらを覗き込んでくる。小首を傾げて揺れる触覚。
 嗚呼、と小さく吐息が漏れた。こんなに奥さんが可愛いのに、俺は今までどうやって気のないフリをしてたんだっけ?

「最近の俺ね、カンちゃんといると、どうしても不埒なことを考えてしまって」
「ふら…っ!?」
「それで仕事に逃げていたんだ。だからね、今日は一日中一緒に居たい」

 このどろりとした愛情を、まっすぐ向けるのがほんの少しだけ怖いから――
 耳元に唇を近づける。吐息がかかるほどの距離で、甘い囁きは短く早く。

「……デートしたい」

 すぐこうやって、小手先のテクニックで睦月ヒロインの心臓を壊そうとする。俺は狡い男オオカミかもね。
 顔を離して様子を見れば、カンちゃんは耳まで真っ赤だ。顔を隠そうと俯くなら抱きしめて、かぷりと耳輪を甘噛みしてやる。腕の中で震える小さな温もり。

「俺の気持ち、聞いてくれる?」
「~~っ!!?!」

 嬉しくって、幸せなのに、しーちゃんに上手く伝えられない。気持ちが溢れて言葉にならない!
 睦月ぼくはこくんと頷いて、そのまましーちゃんに身体を預けた。そして決めたの。

「今日はね、僕からのワガママはなし。代わりにいっぱい、しーちゃんのを聞いてあげる!」


 情景切る翼は高く高く。アノマ本島の上を滑るように飛ぶ。

「しーちゃんって、海洋の英雄だよね」
「どうしたの? 唐突に」
「前に蒼矢さんが読んでくれた本を思い出して」

 太陽を目指して空を飛んだ英雄は、翼が溶けて落ちて死んでしまったって。どこかの世界の切ない神話。

「いま、しーちゃんが飛べなくなっちゃったら、抱き上げてもらってる僕も一緒に落ちちゃうね」
「ううん。死なないしよ、俺もカンちゃんも」
「どうして?」
「俺がカンちゃんと、カンちゃんの幸せを守るから」

 カンちゃんの笑顔が間近で弾ける。太陽よりも温かく、俺を照らしてくれる大事なヒカリ。
 大切に大切に、落としてしまわないようにとしっかりカンちゃんの身体を抱きなおす。汚れひとつ無い純白のワンピースが、眼下のひまわり畑によく映えた。
 もう少しで湖にさしかかろうという所で、黄色い声が下から届く。

「母さま、見て! お空に領主さまと奥さまがいらっしゃるわ!」
「そうだね。ちゃんとご挨拶しましょうね」

 向日葵との背比べを中断し、少女が母親らしき人物と共に二人の方へ大きく手を振ってくる。

「りょーしゅさまー! おくさまーー!!いつも、ありがとー!!」

 睦月は手を振り返した後、史之の首筋に腕を絡めた。

「さっき、しーちゃんは"仕事に逃げた"なんて言ってたけど、あれはあれで大事な事だよ。
 僕の事をおもって夫さんが頑張ってくれた事に、無駄な事なんてひとつもないんだから!」

 いつもありがとうと労いのキスを頬にしたら、すぐに唇へ柔らかい感触が返ってくる。さっきときめかされた仕返しが瞬時に倍返しされて、睦月は嬉しそうにはにかんだ。
 落とされる心配は絶対にない。大好きな夫さんが絶対に守ってくれるから。自分を抱え上げる二の腕は鍛えられて逞しく、首に腕をまわしてすり寄ると、シャツから柔軟剤とお日様のやわらかい匂いがした。
 湖の近くまで滑空し、つま先だけ水面につけて水を切りながら飛んでゆく。二人が過ぎた後には、ざあぁと白い飛沫と軌跡が愛情の余韻を残して消えた。
 遠くに見えはじめた影を指さして、睦月が声を弾ませる。

「しーちゃん、あれ。あそこにある木、立派だね!」
「折角だから寄って行こうか。丁度休憩したかったし」

 島の領主として地図上では知っていた事でも、実際に立ち寄らなければ気づけない美しさが沢山あるのだと史之は口元を緩ませた。
 自由気ままに空を飛んで、疲れたら木陰で休憩して、啄む様なキスをして――

「ふふ、僕たち何だか、鳥みたいだね」
「今の蒼矢さんが聞いたら『鴛鴦おしどり夫婦ってやつじゃん!』とか言いそう」
「頭の中で再生されたよ。しーちゃんも段々、案内人さん達と馴染んで来たよね」

 大木の幹にもたれながら指を絡めて手を繋ぎ、他愛のない話をする。誰よりもそばでカンちゃんの笑顔を独占して、体温すらも分かち合って。
 もう十分じゃないか寒櫻院・史之。なのにどうして、こんなにも欲望が疼くんだろう。


「……睦月」

 心臓が跳ねあがる。僕は目を見開いた。どうしたのしーちゃん、怖い顔して。
 ぐるんと世界が回った。押し倒されたと気付いたのはその数秒後。だってしーちゃん、僕が頭をうたない様に、こんな時でも腕をまわして大事にしてくれるんだもの。

「俺、もう我慢できなくて。――…不埒な事、シていい?」
「――っ!」

 息をのむ。しーちゃんのこんなに余裕のない顔、はじめて見たかもしれない。繋いだ手の感触を確かめる様に握り直されて、何が始まるのかと唾をのみ込む。
 心臓が早鐘をうって、爆発しちゃいそう…!

「いい、よ……。しーちゃんになら、何をされても…いい」
「カンちゃん……」

 手の温もりが離れていく。これからどんな事が起きるんだろう。でも僕たち夫婦だし、どんな愛し方でもしーちゃんがしてくれるなら、嬉しいかもしれな――

「両手を出して」
「ん……」

 しゅるり。……きゅっ。

「……?」

 軽い衣擦れの音がしたかと思うと、気づけば手首に赤いリボン。手錠というにはあまりにも優しい絹の感触と、器用なしーちゃんらしい綺麗なリボン結びに目を瞬く。

「しーちゃん、これ?」
「……すごくドキドキする。前からずっと、縛ってこうしてみたかったんだ」

 待って、しーちゃん! 耳まで赤くなって…これ、だけ?
 何だかちょっと拍子抜け。僕、姉さんからもっとすごいことされてきたの知ってるくせに。

(言えないっ…「天井から吊り下げられるのはパスかなあ。あれ呼吸できなくて普通にきついから」なんて思ってたなんて!!)

 僕がどんな思いでいるか気付く事もなく、しーちゃんは耳まで赤くなったまま僕の事を見下ろしている。そんな無防備な顔されたら、僕の方がどうにかなっちゃうよ…!

「睦月を俺だけのものにしたみたいで嬉しいな。自由であるべき俺の主を……」

……そっか。しーちゃんは従者だから、こんなにゆるい束縛でも、今までの自分の殻を破った大きな欲望だったんだ。

「あーもう、変態だよな。こんな俺、本当は睦月に見せたくなかったんだけど――」
「そんな事ない!」

 条件反射で言い返すと、今度はしーちゃんが目を丸くする番だった。僕の夫さんは格好よくて、可愛くて……幼馴染でずっと一緒だったのに、まだまだ僕の知らない魅力的なところがいっぱいあるんだ!

「嬉しいよ。しーちゃんがそうやって、僕限定で自分のルールを踏み越えて愛してくれるって」
「それでも、こんなの従者失格だよ。本当にごめんね。また明日からはちゃんとするから……」

 躊躇いがちに続きを濁そうとしたしーちゃんの唇に、そっと人差し指をあてる。

「ちゃんと言って。大丈夫だから。嬉しいから」
「――キスして、いい?」

 温もりを分かち合う様に触れ合って、身を寄せ合って、抱きしめて。何度も何度も愛を重ねる様にキスをして、心がじんわり満たされていく。
 心の境界線が揺らいで、曖昧になっていく。……ああ、このまま一つになっちゃえたらいいのになぁ。

「睦月、睦月、好きだよ、好きだ、睦月……幸せだ」

 僕もだよと微笑んで、しーちゃんにまた触れるだけの優しいキスをした。
 空に茜がさし、日が沈んでいく。世の中にとっては何でもない日が過ぎていく。けれど僕は、今日という日を忘れない。
 宝石みたいにきらきらした、大切な思い出だから。

  • 盛夏の候、冬を結びて愛は咲く完了
  • NM名芳董
  • 種別SS
  • 納品日2023年07月05日
  • ・寒櫻院・史之(p3p002233
    ・冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900
    ※ おまけSS『想い、刹那に契りて』付き

おまけSS『想い、刹那に契りて』


『しのにい!』『史之!』
 遠くで懐かしい声がした。
――空が堕ちていく。
 世界が崩れて、形成された心の檻が打ち砕かれた事に気付いて、俺は直感した。

 もうすぐ、現実に戻る事ができる。大切な人に――カンちゃんに、もうすぐ会える。
 ただひとつだけ、気がかりがあった。

に居るんだよね、『刀神』」
『――』

 神様それは幼少期の俺とそっくりな顔をしていた。髪は白く肌は浅黒く。身体をめぐる紋様と金の瞳が浮世を離れた神秘めいた雰囲気を感じさせる。
 今だって立派とは言えないけれど、未熟な頃の自分と向き合うような感覚がして、何だか少し気恥ずかしい。

「君は死ぬの?」
『そうみたいだね。死神の力が俺の存在を砕いていくのを感じるよ』

 刀神は、この世界と一緒に朽ちていく運命らしい。
 硝子の様に身体はひび割れ、ぽろぽろと砕けた欠片が落ち、風にさらわれては消えていく。
 徐々に失われゆく力を留める努力をする気はないのか、彼は儚い姿で立っていた。

「悪いけど、俺は他の神様のものだ。君をこの身体の中に留めておく訳にはいかないよ」
『うん。それはよく分かっているよ。俺はからね』

 モットヨコセ。モットオシエロ。

は今こそ、この姿を借りて立っていられるけど、君が祭具殿へ俺を破壊しに来た時は何もなかったから』

 自我が目覚めた時、俺は何者でもなかった。祭具殿の最奥に奉られた、神なる器。空っぽの入れ物で、何もないのが怖くて仕方がない。
 一刻も早く、知りたかった。自分が誰なのか。何をするために生まれてきたのか。

「赤斗さんが言ってた。特異運命座標が干渉しないと、君はこの世界を壊してしまう存在になるんだって」

 本来であれば、刀神は史之を取り込んだ時の様に、祭具殿が選んだ人柱を取り込みニンゲンを知る筈だった。
――しかし、取り込むニンゲンの悪意に触れて、この世への憎悪に触れて。そこから先は聞くに堪えない。荒神と化して苦しむ前に眠らせてやった方が、救いになると思うから。

「本当はギリギリまで、俺も赤斗さんも他に道がないか調査を進めたんだけど、どうにも出来なくて……ごめん」
『いいんだ。君が君の事を沢山教えてくれたおかげで、俺は幸せを知る事ができた』

 春宮さんは元気いっぱい、そばに居るだけで楽しくて。
 夏宮さんは厳しいけれど、それは優しさから出来たもので。
 睦月さんは――俺と同じ。祭具として奉られて、お飾りの神様にされるはずだった。

『史之。君は睦月さんを、守ってあげてね』

 君は驚いた顔で俺を見た。最後に笑ったつもりだったけど、自分がどこまで消えてしまったか分からなくて。
 ちゃんと笑えてたかな。きもち、とどいていたら いいな。

 ありがとう しの。

―――。

「おかえりなさい」
「……うん。ただいま」


「しーちゃん、どうしたの?」
「うわっ!?」

 一日中、愛を確かめあって幸せを再認識したその日の夜、史之はバルコニーで何かを夜空に透かしていた。
 睦月が後ろから抱き着いてから声をかけると、普通は声かけてから抱き着くでしょと困ったように彼は笑って、手元のソレを睦月に見せた。

「鉱石? 刀の欠片みたいだけど、うっすら光ってるね。それに……」

 戦神の直感、あるいは本能か。その欠片は神力を宿していると睦月は感じた。

「しーちゃん、それ何処で拾ってきたの?」
「これは……カンちゃんが知ったら驚くと思って黙ってたんだけど、俺がライブノベルの世界で取り込まれちゃった時に――」

 そこから史之は、睦月に助け出される前の刀神との話を、隠し事なく睦月に話した。彼女は真剣な様子で最後まで話を聞いて、その欠片をまじまじと見つめて呟いた。

御先みさきの証……」
「み……なにそれ」
「あのね、しーちゃんが混沌に帰って来た後、赤斗さんのお見舞いに行ったの。そうしたら――」

 生傷だらけでロクに立ってもいられないのに、顔を見るなり赤斗は睦月へ土下座をしようと起き上がりかけた。
 慌てて止めさせると、今度は資料らしき物を睦月へ手渡した。彼曰く、『史之が刀神に憑かれた影響が後から出て来るかもしれない』との事で、独自に調べた情報を慌ててかき集めたのだという。

「赤斗さん、俺が寝込んでる間にそんな事してたの?」
「…みたい。看病してたロベリアさんの耳に入っちゃって、その後ベッドにベルトで固定されてたけど」
「それは身体が治っても別の意味でトラウマになりそうだね」

 余談ではあるが、刀神から解放された翌日、史之は高熱で一日うなされる事となり、お粥を作った睦月があーんしてくれるというサプライズがあった。
 煮詰めすぎてぐずぐずになったお粥を食べさせていいか迷う睦月の顔がすこぶる可愛かったのを此処で明言しておく。

「資料の中でね、『御先』っていう言葉があったの。御先は神様なんだけど、他の神様にお仕えする為の神様なんだって」

 そして資料には、こうも書いてあった。人が神の力を上手く取り込めば、『御先』として神の従者になれるのだと。
 刀神は、どういう訳か史之の事を気に入った。最後の力を振り絞り、その選択肢を彼へそっと提示したのだ。

 史之は人であっても特異運命座標。秋宮の者として、睦月に仕える為に修練を積み重ねた手練れだ。そうやすやすと誰かに負けるような事はない。
 だが、もしも――終末に向けて、どうしても力をその場で欲する事があるならば。この欠片は、ひょっとしたら力を与えてくれるかもしれない。

「『御先』の力……か。まぁ、そんな都合のいい物かも定かじゃないし、今すぐ使う事もないだろうね」
「じゃあ僕が欠片の入れ物、作ってあげるね。お守り袋みたいなやつでいいかな」
「それ、外袋の方がご利益ありそうじゃない??」

 睦月が自分の為に手作りしてくれるなら、正直なんでもいいなどと、口が裂けても言えなかった。

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