光の中を進んで

登場人物一覧

　散りばめられた星の光が夜空から降り注ぐ。
　窓の外を見上げ、ベネディクトは星空の美しさを称えた。
「やはりヘルムスデリーから見る夜空は凄いな」
「そうだろう。俺も気に入ってるんだ」
　振り返ればギルバートとディムナが視界に入る。
　ギルバートは大戦を終えて一段落したヘルムスデリーに、友人であるベネディクトを招いたのだ。
　テーブルの上には果実酒と『新妻』が作った美味しそうな料理が並んでいた。

　ランプが揺らめく室内で談笑は続き、夜も更ける頃。
　ギルバートはベネディクトに顔を向けた。
「まだ、君に話していなかったように思うのだが……」
「何だ改まって」
　ギルバートはベネディクトを見つめ笑みを浮かべる。
「母方の来歴――調停の民については、ベネディクトもある程度知っていると思う。
　光の神である雷神ルーを信仰する者たちと、闇の神であるバロルグを信仰する者たち。
　彼らは元々は調停の民として協力しあっていたそうなんだ。ハイエスタの王家を支えるためにね。
　均衡を保つ上でも必要であったけれど、いつしかそれも失われて細々とヴィーザルの各地にその末裔が生き残っているだけだった」
「ああ、その話しはある程度聞いている。だから、統王シグバルドはハイエスタの王家を潰し、闇の眷属を斬ったのだと」
　真意は定かでは無いが、悪鬼バロルグの復活を阻止するため、己の覇道を成す為シグバルドは動いていたのかもしれないと言われている。

「ああ、そうだ。君も知っている通り、俺はその調停の民の血を引いている」
　他にも母やカナリーなどが居るのだとギルバートはテーブルの上にある杯を手にする。
　一口飲んだギルバートは翠の瞳を数度瞬かせた。
「父方の話しをまだしていなかったなと思ってね……」
「フォーサイスの？」
「そうだ。俺は騎士として翠迅を賜っている。けれど、それは『誰に』仕える騎士なのかと疑問を覚えるかなと思ってね。まあ、世間話の類だから気軽に聞いて欲しい」
　ギルバートはベネディクトの杯に果実酒を注ぐ。
「別に勿体ぶる話しではないからね？」
　くすりと笑ったディムナにギルバートは酒瓶を渡した。
「フォーサイスもグレスターも、ヴァイスも元々はハイエスタの王家に仕えていた騎士なんだ。ただ、まあ君達が想像するような幻想国や天義国の貴族や騎士とは違うかもしれない。もっと規模の小さい農民騎士というようなものだ。華美な建物に住んでいるわけじゃないし団を持っている訳でも無い。戦士というのが近いかもしれないね。けれど、大切な人を守るという意志は誰にも負けないと思っているよ」
　シグバルドに殺されていなくとも、すでにハイエスタの王家は先細り何れ無くなっていただろう。
　フォーサイスやグレスターも力が小さくなっていく王家の元を離れるよう命じられた。
　誰しもがハイエスタの王家が無くなってしまう事を予測できたのだ。

「だから、今は『誰にも』仕えていないことになるのかな。王家があった頃は王に忠誠を誓っていたのだろうけれど、俺には仕える王すらも居ない」
「そうだね。だから僕達は内なる信念の元に騎士であることを続けている」
　ギルバートとディムナはそれを何でも無いことのように告げる。
「この手の届く人達を守る。それが俺の立てた誓いだ」
　王に仕える騎士とではなく、自らが大切だと想う人々を守る為の騎士。
　翠の瞳は強く輝き、その意志がベネディクトにも伝わって来た。

「守らねばならぬ者も増えたしな」
「……ああ」
　ベネディクトは笑みを浮かべ、ギルバートの左手の薬指を見遣る。
　其処には銀色の指輪がランプの光を反射していた。
　ギルバートはその指輪に愛おしそうに触れる。
「必ず守ってみせるよ。この命に代えても」
「命に代えるのはまずいのではないか？　共に生きなければ彼女が悲しむぞ」
　ベネディクトの言葉に「分かっている」とギルバートは眉を下げた。
「共に歩み、共に過ごし、苦楽を共にし、笑みを絶やさずに居たい」
　酒を煽りながらソファにもたれ掛かったギルバートは少し考え込むように静かになる。
「子供は何人ぐらいがいいだろうか」
「……ギルバート酔ってるね？　ベネディクトが来てくれたから楽しいんだね」
　ギルバートの持っている杯を水と交換するディムナ。

「ただ、その前に為さねばならぬことがある。この地に正しく春が訪れるようにしなければならない」
　未だ悪鬼バロルグの脅威は完全に無くなってはいない。
　虎視眈々と復活の機会を伺っているのだろう。
「その為にもベネディクト、君の力が必要だ。
　……君は強い。そして、雄々しくありながらも心根が優しい。まるで王のようだな」
「翠迅の騎士様に言って貰えるなんて光栄だな。まあ、何かあれば必ず駆けつける。友としてな」
　ベネディクトの言葉に「ありがとう」と笑顔を向けるギルバート。

　見上げた星空にベネディクトはこの地と友人達の行く末が良き物であるように願るのだ。