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練達の「神さま」
登場人物一覧
探求都市国家アデプト。いわゆる練達という
だが混沌世界に存在する以上、練達にも魔術的な代物が混在する。
『神さまの呼び方。教えます』
真っ暗な子供部屋の中で内容を主張するようにビカビカと光を発するモニター。目の前にいる少女は、食い入るようにそのページを注視した。
幻想や天義といった国々では、神への信仰という概念はごく一般的なものである。だが練達という国家においては、神はあまり歓迎された存在ではない。敵愾心を抱いている者すらも居るくらいだ。国家の成り立ちを鑑みるに、それは当然の事かもしれない。
ゆえに、その扱いが軽率な文献というのも散見された。少女が今現在見ている『神さまの呼び方』という種別のものが、インターネットスペースで“都市伝説か何か”という調子で書き連ねられる事も珍しくない。
練達の大人達からしたら取るに足らないイタズラと映る文章でも、この少女にとって今縋りつける「神さま」には違いなかったが。
ローレットギルド練達支部の近く、小さな学園にて。
「傭兵さん、ありがとうございます」
学園の教師はギルドから遣わされた旅人――人型で頭部は稲刈り鎌――の傭兵に頭を下げ、約束の報酬が入った封筒を恭しく渡そうとする。
「いいえ、まだ解決出来たとは限りません」
傭兵さんと呼ばれた丹下は断るような手仕草をしながら、首もとい鎌を振る。
最近、この学園の生徒達に奇妙な儀式めいた遊びが流行っていた。
チョークで描いた魔方陣の上に動物の死体を捧げるというタチの悪い冗談めいた遊びである。
道端で偶然死んでいた猫や犬を使っている内はまだよかった。しかし生徒のごく僅かが道徳の一線を越えて、学園で飼育していた鶏を儀式に使おうとしたのである。
その鶏が殺される前に、丹下が捜査に立ち入って問題の生徒をすぐに捕まえ、小規模な事件に相成った次第だが……。
「まさかウチの生徒がこんな事をしでかすとは」
教師は苦々しく口を曲げた。普通の人間なら、遊び感覚で生き物が殺されるのはあまり気分が良いものではない。
こういった事柄に人一倍の関心と見識を持ち合わせた丹下は、何か直感めいたものを感じつつ丁寧な口調でその教師へと願い出る。
「僕は、もう少し調査をしたいのです。よろしいですか?」
こうして個人的に調査の許可を得た丹下であった。もしかしたら自分の追い求めているものに近づくかもしれないという可能性も、少し念頭にあった。
「新鮮な死体を神さまに捧げるっていうまじないの事?」
「噂だけなら聞いた事があるよ、願いが叶うってあれでしょ? でも嘘くさーい」
マトモな生徒に聞き込んでも、そういった淡泊な反応が返ってくる次第である。挙げ句、いざ事に及んだ生徒達に直接詰問しても黙り込むか、泣き出すかで要領を得ない。
「あぁ、泣かないで! これ以上キミを責めるつもりは……うぅ、
狐狗狸さん。文字が書かれた紙の上にコインを置いて宣託を読み取る。いわば占いの一種。それらも元々は、動物や先祖への信仰といったものが起源である。けれども、信仰は軽薄になるにつれて、娯楽の様相に移り変わる。
それらがネガティブとは限らないが……泣いている生徒を目の前にして不承不承、「他人の信じるものを否定するのは気が進まないなぁ」と鎌首をもたげる。誰かに迷惑を掛けているのならば止めてあげた方が生徒の為だろうと自分へ言い聞かせた。
そうして丹下が聞き込みを続けて早数時間。時刻は過ぎて宵の口。生徒どころか教員にすら出会う事もまばらになってきた。
しかし嫌な予感、もといギフトで感じ取れる気配が薄れない。それも、イタズラな信仰などではなく、強く縋る様な類いの。
「……余程、叶えたい願いがあるらしいですね」
その確信めいたものを頼りに校舎の内外を徘徊する丹下である。だからひとけのなさそうな場所にわざわざ入り込んでみれば、建物裏で十かそこいらの少女がうずくまっているのをみとめたではないか。
「もし」
怪我をしているという可能性も考慮した丹下は、出来るだけ穏やかにその背中へと声を掛ける。
だが少女はぎょっとしたように肩をふるわせると、そのまま反射的に逃げだそうとして――背後に突っ立っていた丹下と力強く激突した。
「のわっ!?」
「きゃあ!!」
幸いといっていいのか丹下のみぞおちの痛みと引き換えに、逃げだそうとしていた少女は尻餅をついてその場に倒れた。
丹下は悶絶しながらも少女が屈んでいた場所を視界に入れれば、灰色のコンクリート地面にチョークで線を引いた怪しげな魔方陣。一番目を引いたのは、その中央に小綺麗な猫が眠っている事である。いや、不自然な姿勢から既に死んでいるのか。
少女はそれを見られた事に理解して、顔面を真っ青にさせた。同じ事に及んだ生徒達のように、手酷く叱られるに違いないと思ったのだろう。
「わた、わたしは……」
少女が蒼白な顔でぱくぱくと口を開閉するサマを見て、丹下は宥めるような身振り手振りをする。
「僕は丹下と申します。怪しい者じゃあございません。怒って殴りつけたりも致しませんよ」
そういいながら、事情を聞こうとした。何故にそんな儀式をしているのか。少女は震えた声色ながら、丹下の質問に答えるように言葉を交わす。
「神さまに、願いを叶えてもらおうと……」
「願い?」
「ペットのミーちゃん!」
悲痛な表情で猫の死体を指さした。成る程、飼い猫を蘇らせる願い事をしようと思ったのか。丹下はそう理解しつつも、この様な儀式は他人からすればタチの悪いイタズラに過ぎない。
とはいえ少女の表情は真剣そのもの。迷信に過ぎないとバッサリ斬り捨てるのも酷な気がする。
どう言葉を掛けたものか思い悩んでいるウチに、落書きめいた魔方陣の上で……猫の死体がよろりと動いた。
「……? ミーちゃん!」
少女は猫が立ち上がったのに気がついて、大層喜び始めた。あぁ、まさか、寝ていただけというオチでは……。
そんな希望も束の間、猫は魔物か何かの類いの如く、牙を剥いて少女に飛びかかる。
「危ない!!」
咄嗟、丹下はその身を挺して少女を庇った。これは、神さまなんていう慈悲深いものではない。世にいう魔術めいた、悪魔憑きそのものではないか。
腕に食らい付いた猫を振り払いながらも、こんな不道徳めいた物が自分の求めるものではなかったと安堵すると共に、徒労だったのかとため息をつく。
「ミーちゃん、やめて、ミーちゃん!!」
丹下に噛みついた猫を見て、少女は泣き喚いた。それが猫に届いている様子は無い。
徒労であろうがなかろうが、自分はこの子達を救うべきだろう。そう判断した丹下は二揃えの妖刀を喚びだして、両手にそれを構える。
「擬神憑臨ノ御座、朔日講……いざ」
一合二合の激しい死合を経て、再び骸と成り果てた飼い猫。これ以上どうしようもない事をヤット理解して、少女はその傍でグスグスとすすり泣いた。
「……神よ、どうかこの猫が救われん事を」
丹下は少女の頭を撫でながら、未だ見つからない自分の神へ祈りを捧げる事しか出来なかった。