SS詳細
とある千殺万愛と蛇なる貴方
登場人物一覧
●ご挨拶
この度はお時間を頂きましてありがとうございます。嬉しく思いますよアーマデル。
貴方と同じ依頼へ同道することは多かったですが、
……おや。何も頼んでおられないので? では、そうですね……あちらのハイビスカスティーなど如何でしょう。
我の貴方へのアイとして、召し上がって頂ければ幸いです。
●貴方の強さ
さて。イレギュラーズでも貴方との縁はかなり長いように感じますね。
初めて会ったのは……希望ヶ浜のマジ卍体育祭でしたか。霊や死者を名付ける、という行動。その後にご一緒した依頼でも幾度か目にした記憶があります。
初めて弾正と一緒にここへ来てくれた、ミラーメイズの件。あれからは度々、二人で依頼に応じてくれることが増えましたね。貴方の新たな面を
他にも『はづきさん』や、再現性九龍城、アドラステイアに『遂行者』の一連の依頼……いつも、頼もしい働きに感謝していますよ。
我が依頼の中で貴方に感じたのは……間違いなく、貴方はお強い、ということでしょうか。
イレギュラーズとしての経験はもはや一線級と言っていいでしょう。身体の運びに迷いを感じません。ご自分の振る舞い方を理解して、活用されているのでしょう。素晴らしい力です。
その迷いの無さは、精神の面にもあるように思います。霊のような存在に語りかけ寄り添うには、自分が揺らぐようではいけないでしょうから。思い悩むことが無い、というわけでも無さそうですが……弾正とある限り、貴方の強さは揺らいでも消えることは無いでしょう。アイし、アイされる。良い関係ではないですか。
●貴方の大切なもの
我は未だ貴方の全てをアイせてはいないので……あくまで、我が
何にも代え難い頼もしき拠り所であり、壊れぬよう守るべき場所。弾正とは、そのようなものではないですか?
我の勘違いであればご容赦を。ただ、貴方にとっての彼は強くも在り、弱くも在る。我にはそう映りましたので。
それから、八三二橋の時に感じたのですが。何か……大切なものを喪った『虚』が、今もあるのではと。それがひとつなのか、複数なのかは存じ上げませんが。
『虚』は、無理に埋めずとも良いと我は思います。埋まらぬその孔こそ
確かに在ったはずのアイを強引に掻き消してしまうのも、また
●貴方の愛
アーマデルにとっての『愛』とは、何でしょうか?
貴方が弾正とアイし、アイされる間柄であることは疑いようも無いのですが、貴方が彼に向ける『愛』とは何なのかと思い悩んでしまいまして。
これは我が思い悩んだ結果の妄想、妄言と受け取って頂きたいのですが。彼への『愛』とは、貴方にとっては稀有な強い執着、なのではないかと。友情よりは強い執着……その執着が、「相棒としての信頼」や「拠り所としての依存」で撚り合わされて、特別に強いものとなっているのではと。
恋慕の情とは似て非なるもの、と感じております。特別な独占欲だとか、弾正が他の誰かを思う姿に燻る思いだとか。そのようなアイに心当たりはおありで?
もし、おありでしたら……ええ、ええ。我はとても興味があります。
●千殺万愛のアイする貴方
貴方はご自分の『使い方』を解っておいでです。ギルドに並ぶ依頼のほとんどで柔軟な立ち回りができることでしょう。とても良いことだと思います。
特に貴方の俊敏さは自ら表に立って先陣を切るためというより、先手を打って影から仕込む……といった使い方の方が性にお合いなのでは。あるいは、疾く動けない誰かと共に強襲を仕掛ける、とか。有り体に言ってしまえば縁の下の力持ち、という事にはなりますが……そのようなアイされ方も良いではないですか。我は心強く思います。
真面目な戦闘から、カジキマグロの里まで幅広くこなす貴方。逆に何が苦手なのかと問いたいくらいですが……我が特に
寄り添う言葉も、静かに怒れる言葉も。貴方のアイを強く感じます。
だからでしょうか。我が知る限り、言葉をかけるべき死霊や子供がいる依頼に於いて、貴方のアイも特に強いように感じます。両者の揃っていたアドラステイアでもそのように感じておりました。
『はづきさん』では……、……。……思えばあの場所も、貴方がたとの縁が無ければ向かうこともなかった場所でした。不思議なものを感じております。
さて、さて。
お話ししたいことは尽きませんが、いつの間にやら時間も経ってしまった様子。
またいずれかの機会に貴方の、貴方がたのアイを
楽しみにお待ちしております。
おまけSS『とある終天が見た景色』
●騎士団リハビリブートキャンプ
一度『遂行』に失敗した場所なんて戻る理由はない。ただ、あの時の騎士団だけはその後が少し気になった。
あれだけの痛みを記憶に刻みつけられて、『元通り』に戻れるとは思えない。
そのためのワールドイーター達だったし、実際にそうなってるのか確かめたんだ。
……そのつもりだったんだけど。
*
「リハビリブートキャンプって何だイシュミル」
「騎士団の命は助かった。でも、メンタルが傷付いたままの者が多い。それでは真の意味で助かったとは言えないだろう? 精神医療は私の分野だからね。何か力になれると思って」
アーマデルとイシュミルの前には、一様に視線を伏せた騎士団員達。
その目元に刻まれた濃い隅が、彼らの精神状態が眠れないほどに芳しくないことを示している。
「それはわかる。その上で何で『ブートキャンプ』なんだ」
「聞いたことないかい? 『筋肉は全てを解決する』って」
「そういう単純なものではないと思うんだが」
眠ることすらできない者が、体力の限界まで身体を動かすことなど不可能なのではないか。
アーマデルの懸念に対しても、イシュミルは心配ない、問題ないとの一点張りだ。
「いきなりきつい運動をさせるつもりはないよ。私はこれでも医療技官だよ? その辺りの加減については大船に乗ったつもりで任せてもらいたい」
「医療の腕は疑ってはいないが……変なドーピングとか薬とか使うなよ……?」
「…………」
「つ か う な よ ?」
「ああ、わかったよ。(私基準で)変な薬は使わないとも」
悪戯っぽく笑ったイシュミルが、団員達に指示を出す。
初めは深呼吸から。次に腕を振ったり、肩を回したり。全身を徐々に解すような動きは確かに激しいものではなく、準備運動の体操のようなものだった。
これなら問題ないか――と見守っていたアーマデルだったが、その視線がやがて訝しげに細められる。
「はい、身体が解れてきましたね。次はもう少し思い切ってみましょう、リズムに遅れないように腹筋8回!」
(リズム……?)
イシュミルの軽快な手拍子に合わせて腹筋運動をする団員達。少し息が荒くなってきている。
「次はもっと負荷を上げていきます! 少しテンポを上げて腹筋8回!」
(問題ない……、か?)
少し早くなった手拍子にも懸命に付いていく団員達。呻き声も上がり始めている。
「今度は腕立て8回! はい休まない! 遅れない!」
「ぐ、うおおおお!!」
呻き声は雄叫びへと変わっていくが、団員達はその後も何とかイシュミルの指示に付いていく。メンタルを病んでしまっても、元々地力のある彼らだからこそできることなのだろう。
一連の体操が終わる頃には団員達は肩を上下させ、全身汗だくになって寝転んでいたが、その表情は体操の前より血色が良いように見える。
「今日のところは以上です。私はもう数日残りますので、一緒に鍛えていきましょう。その後もこの体操は続けて下さいね」
(……何だかんだで、確かに効果はあるみたいだな)
胡散臭くはあるが、やはりその医療の腕は信頼に値する――そんな彼の背を見送っていたアーマデルの視界に、イシュミルが手荷物から取り出した書類に何かを書き付けていくのが見えた。
「事前に投薬した向精神薬のグループ分けは……こちらは効果があれば副作用としてキノコが生えてくるはず。こちらは小さな花が咲くはずだから……」
「イ シ ュ ミ ル」
その肩をむんずと掴む。変な薬は使うなと言ったのをもう忘却しているのだろうか。
「ああ、問題ないよ。副作用で生えてくる物は根を張るようなものじゃ無いし、勝手に枯れ落ちるから」
「自分の身体からキノコが生えてきたら別のトラウマが生まれるとは思わないのか?」
「笑顔が可愛いキノコにしたはずだけど……駄目だったかな」
「人面キノコ」
その夜。騎士団の宿舎からいくらかの悲鳴が響くことになるが、この時の彼らは知る由も無い――。
*
「意味わかんねえ……」
あいつら、トラウマを除きに来てトラウマ増やしてんのか……?