PandoraPartyProject

SS詳細

無機質な部屋。或いは、かつて、それが世界の全てだった…。

登場人物一覧

華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス

●退屈で無機質で、そして一番幸せな時間
 窓も無い白い部屋だ。
 天井に埋め込まれたライトの光に照らされて、部屋は明るい。
 部屋には角がなく、丸く縁どられている。角に頭や足をぶつけて怪我をしないようにという配慮だ。
 見る者が見れば、その場所はまるで精神病棟のようにも見えただろう。
 無機質な部屋には、色取り取りのクッションやカラフルな積み木、ぬいぐるみなどが溢れている。この部屋に住む2人……エリーとサンドリヨンの趣味だろうか。
 彼女たちは1日の大半をこの部屋で過ごす。
 部屋の隅の大きなベッドで、肩を寄せて眠るのだ。起きて、食事を摂るのも、遊ぶのも全てがこの白い部屋で行われる。部屋の外に出る機会は、毎日の投薬と検査の時と、数日に1度のシャワーの時だけ。
 変わり映えのない毎日だ。
 10数年。
 生まれてから今まで、エリーとサンドリヨンはこの部屋で過ごした。
 この部屋だけが、2人の世界だ。
「サンドリヨンは太陽を見たことがあるのだわ?」
 白い画用紙にクレヨンを走らせながら、エリーは問うた。
 画用紙に描かれているのは、クレヨンで描かれたとは思えないほど精緻な草原の絵だ。積み木を高く積み上げながら、サンドリヨンはエリーの方へ視線を向けた。
「見たことあるわけないだろ。外の空気を吸ったことも無いし、そもそも外の世界なんてものが本当にあるのかどうかさえ知らないよ」
「そうよね。もしかしたら、外の世界は既に滅んでいて、この世界に生きているのはわたしとサンドリヨンの2人だけなのかもしれないのだわ」
 クレヨンを置いて、エリーは小さな溜め息を零した。
 それから、近くにあった熊のぬいぐるみを抱きしめる。
「ここの人たちがいるだろ」
「あの人たち、何もお話ししてくれないわ。お勉強の時だって、映像を見せられるだけなのだわ」
「確かにそうだけど……」
 つまらない毎日だ。
 日々の楽しみと言えば、こうして2人で話をしている時間だけ。それだって、いつまで続けられるかは分からない。
 研究所の職員たちの都合によって、あっさりと引き離される。サンドリヨンとエリーには、研究所の大人たちに抗うだけの力が無い。
「ところでサンドリヨンは、さっきから何をしているのだわ?」
「うん? これか?」
 ぬいぐるみを抱きしめたまま、エリーは問う。
 サンドリヨンは、ひたすら高く積み木を積み上げ続けているのだ。慎重に、時には大胆に。サンドリヨンの積んだ積み木は、既に彼の背丈を超えている。
「新記録に挑戦中なんだ。今日は調子がいいからな。2メートル超えも狙えるかもしれない」
「……ふぅん」
 サンドリヨンは、エリーの方を見ていない。
 積み木にばかり意識を向けるサンドリヨンの態度が気に入らないのだろう。エリーは近くに転がっていた白い虎のぬいぐるみを手に取ると、積み木タワーへ向かって投げた。
「あぁっ!?」
 がしゃん、と大きな音がして積み木タワーが崩れ落ちる。
 片手に赤い積み木を持ったまま、サンドリヨンが悲鳴をあげた。その瞳には涙が溜まっているように見える。
「何するんだよ!」
「知らない」
「知らないじゃないだろ!」
「知らないのだわ! わたしがお話しているのに、積み木で遊んでいるサンドリヨンなんて知らない!」
 床に散らばる積み木を見下ろし、サンドリヨンはその場にへたりと座り込む。唇を噛んで、嗚咽を堪えているようだ。
 声をあげて泣かないのは、サンドリヨンのせめてもの矜持だろう。エリーより1歳だけ年上なのだ。そして、サンドリヨンにも年上としてのプライドがある。
 だけど、あんまりだ。
 せっかくの積み木タワーが崩れてしまった。
 これはどうにも、耐えられそうにない。
「うぅ……ごめんなさいなのだわ」
 悲しそうなサンドリヨンを見ているのが辛かったのだろう。
 エリーはぬいぐるみを手放し、背後からサンドリヨンを抱きしめた。
「……うん。いいよ」
「良かった。今度は一緒にもっと高いタワーを作るのだわ」
「うん。2人ならきっとできるよな」
 喧嘩しても、すぐに仲直りできる。
 兄妹とはそういうものだ。
 サンドリヨンとエリーには血の繋がりはない。だが、物心ついたころから2人はずっと一緒だった。サンドリヨンにはエリーしかいないし、エリーにもサンドリヨンしかいない。
 退屈で、寂しい毎日の中で“幸せ”なのは、2人で遊ぶこの時間だけなのだから。

●無機質で退屈、そして辛い時間の話
 サンドリヨンとエリーには日課がある。
 それぞれ、別々の部屋に連れていかれてカリキュラムに沿って色々なことをやらされるのだ。例えば勉強。用意された映像資料に従って、計算や文字の勉強をさせられる。
 勉強の内容は簡単だ。
 少なくとも、サンドリヨンにとっては1度、映像を見ればそれだけで理解できる程度の難易度でしかない。それゆえ、サンドリヨンは勉強の時間が嫌いだった。
「こんなもの覚えたって、いつ使うんだよ」
 サンドリヨンが受けさせられる勉強の中には、IQテストも含まれている。テストでサンドリヨンはかなりの数値を出しているのだが、それが彼に教えられることは無い。
 研究所の職員たちにとって重要なのは、自分たちの造り出したデザイナーベビーの脳の出来が、どれだけ優れているのかという点だけだからだ。テストの結果をデータとして採取できればよくて、サンドリヨンにそれを伝えることに何のメリットも見いだせない。
 
 カリキュラムには体力テストも含まれている。
 内容は日によって違うが、例えば延々と走らされたり、ボールを投げさせられたり、パネルに映る光を追いかけさせられたりする。
 体力、腕力、反射神経……様々なデータを採取されるだけの、何の楽しさも無い時間がエリーは大嫌いだった。
 エリーの身体能力は低い。
 10分以上の時間を走ることは出来ないし、ボールを投げればほんの2、3メートルほどしか飛ばないし、反射神経なんてものは常人に比べても鈍すぎて話にならないレベルだ。
「サンドリヨン……もう、嫌なのだわ」
 ぼやいても、誰も助けてくれない。
 足が痛くなっても、腕が上がらなくなっても、何度も何度もエリーは走らされ、ボールを投げさせられ続ける。
 エリーはこの時間が嫌いだ。
 自分が良い結果を出せていないことを十分に理解しているからだ。
 例えば、今より数年ほど前まではサンドリヨンの他にも何人かの子供がいたのだ。彼らは少しずつ数を減らしていった。
 消えて行った子供たちには共通点がある。
 彼らはサンドリヨンやエリーに比べて、IQテストの点数が低く、体力テストの結果が悪かったからだ。消えて行った子供の中には、生まれた時から自力では歩けない者も含まれている。そんな子供たちがどうなったのか、賢いエリーは理解していた。
 廃棄処分。
 捨てられたか、殺されたか。
 どちらにせよ、昔一緒にいた子供たちは既に生きていないだろう。そもそもの話として、消えて行った子供たちには名前も付けられていなかったのだから。
「嫌、嫌……もう嫌なのだわ。怖いのだわ」
 次に処分されるとしたら、それはきっと自分だろう。
 処分されたら、もう2度とサンドリヨンに会えなくなる。
 それが嫌で、エリーは走った。
 身体中が痛いし、酸欠で頭はくらくらしているが、それでも走った。
 そんなエリーの様子を、カメラ越しに研究員たちは観察していた。

「サンドリヨンの方は、負けず嫌いな性格ね。少し反抗的だけれど、年齢を考えるのなら許容範囲内……飽きっぽいせいで、データの振れ幅が大きいわ」
 夜も遅い時間のことだ。
 研究施設の1室で、数人の男女が顔を突き合わせて何事かを話し合っている。
 サンドリヨンのデータについて見解を述べたのは、白金色の髪をした細身の女性だ。無表情のまま、淡々と言葉を紡ぐ様はどこか機械的でさえある。
「エリーは好奇心が旺盛だな。特に記憶力がいい。体力が無いから、この調子で実験を続けていくと、そう遠くないうちに潰れてしまうかもしれない」
 次にエリーについての所見を述べたのは、眼鏡をかけた黒い肌の男性だ。
 IQテストの結果に比べると、エリーの体力レベルは低い。同年代の一般的な少女と比べても、極端なほどに。
「潰れるのなら、それでもいいわ。エリーの細胞は採取しているのだから、それを元に“次”を作ればいいだけよ」
 モニターに映った2人のデータを見比べながら、研究者たちは言葉を交わす。
 研究者たちにとって、サンドリヨンとエリーの2人は実験用のマウスとさほど変わらない程度の存在なのだ。

●いつかきっと
 熱を出したエリーを、サンドリヨンは抱きしめた。
 体力テストがきつかった日、エリーは決まってこんな風に熱を出す。そうすると、研究所の職員が幾つかの錠剤を渡してくるので、それを飲んで、眠りに就く。
 眠っている間、エリーはずっと苦しそうにしていた。
 だが、薬の効果はあるのだろう。翌日には熱が下がっている。
 熱が下がるから、問題ない。
 なんて、そんな風にサンドリヨンは思えない。
「なんで、エリーがこんな目に合わなきゃいけないんだよ」
 辛そうなエリーの様子を見ていると、サンドリヨンも泣きたくなった。
 エリーをこんな目に合わせた奴らに怒りさえ覚える。
 けれど、しかし……。
 サンドリヨンの怒りには何の意味もない。
 サンドリヨンにはエリーを救うことは出来ない。
 サンドリヨンには、それだけの力も知識も無い。
「でも、いつかきっと……」
 エリーと一緒に、外に出るのだ。
「一緒に、太陽を見ような」
 汗ばんだエリーの額を撫でながら、サンドリヨンはそう言った。
 
 これから、数ヵ月ほど後のことだ。
 トールと華蓮の手によって研究所は破壊され、サンドリヨンが外の世界に連れ出されるのは。

  • 無機質な部屋。或いは、かつて、それが世界の全てだった…。完了
  • GM名病み月
  • 種別SS
  • 納品日2023年06月09日
  • ・華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864
    ・トール=アシェンプテル(p3p010816

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