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少し先の晴れの日の為に

登場人物一覧

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
シフォリィ・シリア・アルテロンドの関係者
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シフォリィ・シリア・アルテロンドの関係者
→ イラスト

「良かったですね、ちえりさん、お兄様」
 1通の手紙を撫でながらシフォリィは微笑んだ。

 始まりは半年前、海の向こうの楽園都市、シレンツィオリゾート。
 そこに構える和菓子屋『あるてろんど』支店。
 この店はシフォリィの3番目の姉、カプリセットが店長兼オーナーを務めるカフェ形態も持つ和菓子屋である。
 シフォリィも依頼で立ち寄った時や癒されたい時には良く来る店だ。
 その日、シフォリィは新作和菓子を食べに来ていた。
 一口大に焼いた団子にフルーツを乗せて、生クリームを絞ったものだ。
 とてもシフォリィの小さな口では一口は難しく、箸で串から外していた。
 そこへ店員の平幕ちえりがシフォリィの元へ駆け込んできたのだ。
「シフォさんどうしようお見合いすることになっちゃった!」と。
 一瞬面食らったシフォリィは動きを止め、すぐ再起動した。
「どうしたんですか、急に。お見合い? ちえりさんが?」
 ちえりは明るく素直な性格で人に好かれる女性だ。
 そんなお見合いとは、少々意外だった。
 それがね、と客が少ないことを見計ってから向かいにちえりが座る。
 カプリセットと月末の締め作業を一緒にしていた時だったとちえりが語り出す。
「せっかくリゾート地に出てきたのに出会いがないんですよって社長に愚痴っちゃったんですよ。そしたら、ならお見合いするかって」
 ちえりがそういえばお見合いは考えたことないから良いかもと、軽く流し気味にしたところトントン拍子に決まって、気付いた時には会う算段まで行っていた。
「ちなみにお相手は?」
「シフォさんのお兄さん」
 瞬間、シフォリィは飲んでいた和紅茶を気管に詰まらせた。
 せっかく農家さんとの交渉が上手く行って店に出せるようになった紅茶だと言うのに、少しばかり溢してしまった。
(いえ、今はそれどころじゃありませんね?!)
 自分ツッコミを心の中で終えると、何とか深呼吸して落ち着く。
 そしてすぐさま姉に連絡を取ると、自分がちえり側で同行すると強引に決めたのだった。

 お見合いの場所はシレンツィオにある美しい庭園が人気の旅館だった。
 ちえりに訪問着と呼ばれる着物を着せて、シフォリィは付け下げの着物で場に合わせた。
 そしてアルテロンド家の嫡男であり、お見合い相手でもあるリシャールも場に合わせてか、着物を着ていた。
 ちえりはあまりこういった雰囲気に慣れていないのだろう。今にも緊張で倒れそうだ。
 シフォリィはちえりを支えつつ、自らの兄へ向き直る。
「本来なら仲人代理の私が口上を述べるのでしょうが、身内ばかりですので省略します。……それでお兄様、どうして急にお見合いを?」
「実は……」
 リシャールの語るところによると、シフォリィの1人目の姉にしてアルテロンド家の長女、コンセリエが言い出したことだという。
 現在のアルテロンド家当主であるリシャールは政治家として仕事はすこぶる出来、周囲からの信頼も素晴らしい。
 ……なのだが、その厳格な性格ゆえかそれとも別の要因か。女気がほとんど無いまま34歳を迎えた。
 このままでは家の箔も付かない上に跡取りも心配だった。
 なによりイレギュラーズとして名を馳せる妹のシフォリィの支援にも支障が出てしまうと言われてしまっては考えなければならない。
 それならば、会ってからこれから考える方針でお見合いに同意したそうなのだ。
「私からはこんな所だろうか。あと、そうだな。ちえりさんに趣味はありますか?」
「はへっ?!」
 一通りシフォリィへ説明を終えたリシャールは、さも当たり前だと言わんばかりにちえりへ水を差し向けた。
 お見合いの基本的な流れはこなしておこうという、リシャールなりのやる気が垣間見て取れた。
 とはいえ、いきなり始めるのは兄の一般的な対人スキルがやや低いと言わざる得なかった。
「ええ、と……そうですね。人並みに読書とか……?」
「ほう、最近はどのような本を?」
 軽く嗜めた方が良いかと思ったが、それよりも先に立ち直ったちえりがリシャールの問いに答えた。
 それにシフォリィは安堵して2人を見守ることにした。
(一体どんなことになるかと思いましたが、これはかなり相性が良いのでは…………?)
 リシャールとちえりは読んだことがある本が被ったことを発端に、しばらく楽しそうに話をしていた。
「マルガリータ女流の新作は読まれましたか? 久しぶりのリアナシリーズの短編でしたが」
「買いはしましたが、まだですね。しかし彼女が書いた長編ミステリは読みました」

 それから仕事や幼児期の話などに行き、それも結構楽しそうにしていた。
 そろそろお開きを検討しようかという時刻。
 シフォリィがそう兄へ進言すると、それではと、リシャールはちえりを正面から見つめた。
「最後に私へ紅茶を淹れてくれませんか?」と。
 カプリセットから事前にリシャールは茶のことにはかなり詳しく厳しいと、ちえりは聞かされていた。
 だからもしかしたら、テストされるかもしれないとも。
 そのため、分かっていてもこの申し出にちえりは途端に緊張した。
 すかさずシフォリィがその背を支えた。
「大丈夫です。お店で淹れてくださるのと同じように、ね?」
 その言葉に落ち着いたちえりは深呼吸をひとつ、旅館の人にお願いして熱湯と温度計、茶器類を借りると慣れた手つきで淹れ始める。
 白湯でティーカップを温め、その間にゆっくり茶葉が開くのを待った。
 頃合いになった所で白湯を捨てたティーカップへ波立たないよう静かに注ぎ、リシャールの前へ差し出す。
「私は茶を点てるのを見て人となりが分かると考えている。そしてそれは紅茶を淹れる時も同じと。
ちえり殿は淹れる時の技術を見せるでも、量を正しくでもない、ただ私の事を考えて淹れてくれたと感じ取れました。
貴女は常に店に来る人の事を考え紅茶を淹れているのでしょうね」
 ちえりが淹れた紅茶を飲んだリシャールは、微笑んでそう締め括った。そしてそれはカプリセットから貰った言葉だったとちえりはすぐ思い出した。
 それを告げると、やはりリシャールは微笑んだまま実践するのは難しいこと、流石カプリセットの選んだ人だと言った。
 ──お兄様は始めから、お姉様たちと私が信頼した女性がちえりだから、お見合いを決めたんだ。
 なんだか嬉しいような、くすぐったい気持ちがシフォリィを満たした。

「ちえり殿、私と貴女はまだ会ったばかり。理解も薄く、それぞれの仕事もある。まずは文通から始めて理解を深めましょう。それを半年続けて、貴女の気が変わらなければ、私は貴女を生涯の伴侶としたい」
「本当に良いんですか? 私、鬼人種ですよ。貴方は幻想貴族なのに……」
 改めてちえりと向き合ったリシャールが文通を中心とした交際を申し込む。
 それにちえりは迫害された歴史を持つ己の種族を理由に1歩退いてしまう。
 リシャールと読書の言い合いは楽しかったし、厳つい第一印象よりもずっと素敵な人だった。
(でも、向こうは貴族で私は何の取り柄もない一般人。釣り合わないよ…………)
 顔を俯かせたちえりに、リシャールが語り始める。
「私の母は幻想種で祖母も鉄騎種、そもそも家系を辿れば開祖は旅人との番。今更種族なんか、拘りません。それでも言う輩がいれば叩きのめしてやるさ」
 そう笑うリシャールは、とても自然で。きょうだいのシフォリィすら見たことなくて見惚れるほど、優しかった。
 ちえりもその言葉と笑顔でリシャールの気持ちを感じ取ったのだろう。
 覚悟を決めた笑みをリシャールに返した。
「半年後、ちゃんとお返事をします。だから待っていてください。貴方は素敵な人だから、真剣に答えを出します」
 そうして和やかな天気の中、お見合いの場は終わった。

 それから2人は約束通り、巡るお互いの日常を手紙で知らせる交流を始めた。
 例えばリシャールは、仕事でそれまで行ったことのない地へ赴いて、ちえりの桃色に良く合う髪飾りを見つけたから同封する旨の手紙を贈った。
 例えばちえりは、店のテラス席近くの樹が花を付け、自然に落ちたものの中で綺麗なものを押し花にしたから同封したと告げる手紙を贈った。
 ある時は、リシャールが仕事でシレンツィオリゾートへ訪れた際は必ずアテンドをちえりに頼んだし、ちえりも喜んで受けた。
 またある時は、有給を取ったちえりがリシャールたちのいる幻想へ遊びに来ては忙しい合間を縫って顔を見せてくれるリシャールと、数分デートした。
 リシャールとちえりは、そうやって半年という時間を2人が2人として向き合う時間として使った。

 そして、冒頭の時間に戻る。現在の幻想。
 そろそろ冒険者たちが報告書とお宝を抱えて帰ってくる夕刻。
 ローレットから帰宅したシフォリィの部屋のポストに、その手紙は入っていた。
 差出人の名前にシフォリィは可能な限りで着替えてシャワーを浴び、食事を準備した。もちろん、ちょっと良い酒もだ。
 ミニテーブルを窓際に寄せて、ゆっくり封を切る。
 桜色の封筒から優しい生成り色の便箋が姿を現す。
「そういえば、お兄様と文通するようになってから文具に凝るようになったと言ってましたね」
 それもきっと兄を、お互いが抱き始めたのかもしれない恋を想えばのことなのだろう。
 そう思えばシフォリィの胸も暖かで自然、口許が笑みを形作った。

「拝啓、シフォさんお元気ですか。近頃は各国で様々な騒動を聞き及ぶので、店長ともども心配しています。
さて、話は変わりますが先のお見合いではありがとうございました。
私、平幕ちえりはアルテロンド家に嫁ぎます。
半年間、リシャールさんと手紙を交わし、本当に時々会ったりしてお互いのことを見つめました。
そしたらとても自然に、この人ならと思えました。それはきっとリシャールさんも同じだったのでしょう。
貴族の暮らしはきっと想像以上に大変なのだと思いますが、頑張って慣れるつもりです。
これからもよろしくお願いいたします。敬具」
 夕暮れ空に優しい風が吹いていた。
 シフォリィはその風に身を任せながら、もう一度、おめでとうと口にした。
「明日からダイエットしなきゃいけませんね。きっとお兄様とちえりの結婚式はすぐだわ」
 少しでも良い形で2人の門出を祝いたい。
 そのためのドレスも、シフォリィは心を込めて選びたかった。

 

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