PandoraPartyProject

SS詳細

クウハとルミエールとパルルと子供たちの話~いらっしゃいませ~

登場人物一覧

リリコ(p3n000096)
魔法使いの弟子
ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)
永遠の少女
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい
クウハの関係者
→ イラスト

 まがりくねった暗い隧道。コツコツと靴音響く。
 出口はまだ見えない。
 これは空間と空間をつなげる誰かさんの権能をちょっとばかり拝借したもの。すなわち眷属たるクウハの力。コツコツ、靴音響く。ふわふわ、風船浮いてる。クウハの後をついていく子供が一人。影がないその子は、ふんわり漂う。色とりどりの風船とともに。
 クウハが振り向く。美しい髪がしゃらりと揺れる。
「ルミエールにパルル。はしゃぐのはいいが、はしゃぎ過ぎて妙な事すんなよ。特にパルル。オマエだ、オマエ」
 パルルと呼ばれた子供は、憤慨したのかついとそっぽを向いた。
「妙なコトってなにサ〜! ふんだ、ボクやルミエールの方が子供達と仲良く出来るもんネ! ねー、ルミエール?」
 話を振られた少女は謎めいた微笑を見せる。小さなバスケットを腕から下げたまま。
「ふふ、そうね。私たちなら大丈夫。ええ、私たちならね。蜘蛛の糸のように絆を紡ぐ私たちならね」
「絡めとるな絡めとるな。誘惑も禁止だ」
「あら、そんなことしないわ。笑いかけるだけよ。乙女にそうされて、うれしくない人などあろうはずもないわ」
「やれやれ」
 穏やかに笑むルミエールに、クウハは疲れたように首を振る。やがて一行の目の前に、ぽかりと出口が現れる。月のような、とまでは言うまい。なぜなら日の光をまとっているからだ。緑したたる風景。厳かにたたずむ屋敷。眷属として記憶のかけらを共有するクウハとルミエールには見慣れたものであり、そうではないパルルには初体験。
「ぷわわ~。磨きたての金貨みたいに陽の気配を感じル! ねえどこ!? ここどこ!?」
「さあ、どこだと思う?」
「リリコちゃん! リリコちゃんがいるとこロ! 気配を感じル!」
「あたりだ、パルル。たまにはやるじゃねェか」
「リーリコちゃーん!」
「あ、おい。パルル!」
 ふわりと駆けていく背中を、止めようと手を伸ばしたのはクウハ。少女は楽し気に笑い続けている。
「ああなってしまったらもう止めようがなくてよ。そうではなくて? 紫苑の月」
「ったく、またベネラーと出くわしてケンカにならなきゃいいんだが」
 クウハは頭をぼりぼりかくと(まだどこか人間くさい彼の者であるがゆえに)、肩をすくめた(まだどこかしらで人間臭さを愛しているのかもしれない彼の者であるがゆえに)。

 ぽかりと光る白い窓をくぐり抜けると、そこは豊穣だった。
 年代を感じさせる重い瓦屋根が背筋をキリッと伸ばしてくれる。心地よい緊張感。ルミエールは庭先でぽかんとしている少年少女を目にし、スキップした。クウハは苦笑しながら彼女を見守る。ルミエールは子供たちの顔色など気にもとめず、ぱっと手を広げた。小さなバスケットが揺れる。
「ご機嫌よう、可愛い子供達! まってちょうだいね、自己紹介は。私が当ててみせるわ。いつも父様が私になにくれとなく話してくださるのよ」
 少女はもっとも背の高い少年のもとへ近づいた。あたふたしている彼は平々凡々としていて、取り柄などなさそうだ。ただ血のように紅い髪と目が印象的だった。
「んーと、赤の瞳、赤の髪。最年長に見える。あなたはベネラーね?」
「は、はい。初めまして、ええと、お嬢様」
「そんな堅苦しい呼び方はごめんよ。ルミエールと呼んでくださらない? 紅星」
「え、それ僕のことですか?」
「そうよ。あなたの瞳、光を弾いてまるで星のよう。紅の髪もとてもきれいね。うっとりするわ」
 ルミエールが雑にくくられたベネラーの髪へ手を伸ばそうとした時、横から伸びてきた白い手が、がしっとルミエールの腕をつかんだ。
「ちょ、ちょっとちょっと、初対面でちょっとなれなれしくない? 髪に触れるなんて!」
「まあ嫉妬の匂い。かわいいわね、愛らしいわね。金の髪に青と緑のオッドアイ。健康的な白いお肌。あなたはさてはミョールね」
「そ、そうだけど、とにかく! 離れなさいよ! あと嫉妬とかじゃないから!」
「うふふ、一生懸命吠えて恥ずかしさを隠しているのね。かわいらしいフェアリーアイズ。愛された娘」
「は? フェアリーアイズ?」
「ええ、あなたの呼び名よ。いま決めたわ。そのえぐり取ってそばに置きたいほどきれいな瞳はフェアリーにとりかえっこされたのかも」
「ば、バカ言ってんじゃないわよ! 物騒ね!」
 ミョールがルミエールの腕をはなし、一歩離れる。そんな様子もかわいらしく、ルミエールは微笑みを隠せなかった。
「ねえねえ、あなたの言う父様って、もしかして……?」
 振り返ったルミエールがうっとりと笑う。
「あら、そう言えば私の自己紹介を忘れていたわね。シトリン?」
「シトリン?」
「ええ、ええ、生きる喜びに輝くその瞳、シトリンと呼ぶよりほかはないわ、ロロフォイ。それに、あなたのその愛らしいワンピース、父様が買ってさしあげたものね。聞いていてよ?」
「すごい、当たってる! さすが、ええっと……お知り合い?」
 言葉に迷うロロフォイの肩を優しく叩き、ルミエールは片足を一歩後ろへ引くと、子どもたちへ向けてうやうやしく一礼した。
「私はルミエール。ルミエール・ローズブレイド、眷属にしてムスメと愛されるモノ。人は呼ぶわ、狂愛の魔女と。ふふふ、何故かしらね、私自身にはちっとも自覚がないのだけれど?」
 心とろけるような笑みを浮かべるルミエール。少年たちの頬がほんのり朱に染まった。当然だ。永遠の少女に微笑みかけられたのだから。
「そしてこちらが、紫苑の月こと……」
「クウハだ。久しぶりだな」
 これまでそばに立ってルミエールと子どもたちの交流を眺めていたクウハが一歩前に出る。
「お久しぶりです」
 ベネラーがちょいと会釈をし、その隣で金髪のウルフカットの少年がにやにや笑う。
「よっ、クウハのにーちゃん。向こうのにーちゃんは元気か? いや、殺しても死なねーのは知ってるけど、オヤクソクってやつだ」
「慈雨のことをよくもまあぬけぬけと、なれなれしいのはそっちだろ」
「ちょっとしたアイサツだって、本気に取るなよ、なっ?」
 渋面を作るクウハに、ルミエールは小さくうつむいて忍び笑い。
「その誰にでも明るく接する姿、カフェオレ色の肌、あなたはユリックね?」
「あたりっ! ルミエールのねーちゃん、かわいいなー。顔なんてめちゃくちゃちっちゃいし、手足も超小作りだし。なんてーの、華奢? なんか、俺らと同じ世に生きる存在だって思えねー」
「うふふ、うふふ、その話はまた今度にしましょう、太陽の子。陽の気に愛でられし者よ。仲良くしてくれる?」
「もっちろん! あ、そうそう、こいつが……」
「ザスね? ユリックのあとをついてまわる幻想種の子。愛くるしいこと」
「わわっ」
 ルミエールがザスをふんわり抱擁する。ザスの方はかちこちに固まった。ふわり、ただようは髪の香か。
(う、うわうわうわっ、顔近い、いいにおいっ! オレの知ってる女の子とはぜんぜん違う! この子は特別なんだきっと!)
「心の声が大きいわ、でも褒めてもらえるのは悪い気はしないものね、こもれびの子」
「えええっ! 聞こえちゃった!?」
 あわてふためくザスがおかしくて、ルミエールはころころ笑う。
「ふふ、だって肌を合わせているのだもの、そのくらいは聞こえてしまうわ」
「肌を……合わせ……」
「おーいルミエール、そのガキ、テンプテーションにかかりかけてるぞ。そのくらいにしてやれ」
「あら、失礼」
 クウハに言われてルミエールが離れる。ザスはユリックの後ろへ隠れると、ぺちぺちと両の頬を叩いた。すこしは落ち着いたようだが、まだ顔が真っ赤だ。ルミエールが愛らしくこくびをかしげる。
「本当にごめんなさいね。私、べつにそんなつもりじゃなかったのよ。誘惑するつもりなんて、天地神明に誓ってなかったわ」
「どこまで本気なんだろうな」
「誓って嘘はないわ、私の猫ちゃん? ええ、でも、目の前においしそうなフルーツがあったら、かぶりつきたくなるのが人情というものよね。気をつけるわ」
「そうしてやってくれ」
 短くそういうと、クウハは腰へ両手を当てた。また見守る姿勢に入ったようだ。ルミエールは子供たちひとりひとりと目を合わせ、挨拶し、微笑みかけた。その花のかんばせよ、おそろしく精巧にデザインされたしなやかな肢体よ。靴跡さえ小さく、可憐。麗しの少女よ。
 それからルミエールは小さな小さな女の子の前に立った。背では、ねじくれた翼がゆらゆらしている。
「愛される喜びを知っているのね、水色乙女、愛しいあなたへ祝福を、その翼へも喝采を。飛び立つ未来へ羨望を」
「えへへ、ありがとうでち、うれしいでちよ」
 チナナは恥ずかしそうに口の端をあげた。好奇心が強いのか、白に彩られたルミエールの服をじーっと見つめている。
「まあそんなに熱い視線で見つめられたら穴があいてしまうわ。私の何がお眼鏡に叶ったのか、聞かせてくれるかしら?」
「ごめんでち、ルミエールしゃんのお衣装とってもかわいいから、つい見とれちゃったでち」
「ええ、これは私のお気に入りなの。目を留めてくれてうれしいわ。白のクラシックワンピースに、青い薔薇を一輪。これが私の盛装よ」
「すてきでちねー!」
 チナナは心底感動したのか、ルミエールへきらきらした瞳を向けている。そんな目で見られると、クウハとしても鼻が高い。同じ眷属として、やはりあの存在と契りを交わしたモノが認められ、褒められるのはうれしいのだ。さしずめ、兄の気分だろうか。クウハはチナナをすこしだけ見直した。どこか子供らしさに欠けた子どもたちの中で、チナナだけがひとり、年相応のきらめきをもっている。クウハは骨ばった手でわしわしとチナナの頭を撫でた。
 最後に、ルミエールはその少女へ近寄った。パルルがぎゅうっとくっついているけれど、少女は気にした風もない。いや、表情がないのだ。まったくの無表情は仮面のよう。生気にとぼしい暗い紫の瞳。ひそやかに濡れる桃色の唇。陶器のような頬へ、ルミエールは触れた。冷たく固く見えた頬は、存外にやわらかく、あたたかかった。
「初めまして、リリコ。父様のお気に入り。私たち、きっと仲良くなれるわ。風がそう教えてくれるの」
「……こうして会うのは、初めてね。でも私も銀の月から、あなたのことを聞いてる。大切なムスメだって」
「あら、光栄。父様に愛される喜びを教えてもらったのは、私もあなたも同じということね。おそろいね、私たち」
「……そうね」
 言葉少なに、リリコは肯定した。瞳がゆるい孤を描く。そうなると能面のようだった無表情が薄らぎ、人形のようなおもてが、ほんのりと熱を取り戻して見える。ルミエールはそっとリリコの額を撫でる。
「あら、ここにあるのは、父様の痕ね。祝福されたのね、鈴の音。世界はどう色を変えた?」
「……とっても、とっても、綺麗よ。七色が楽の音に変わって、虫の歌は空を駆けるの。あなたもそう視えているのかしら」
「ええ、父様ほどではないけれど、この世の色とカタチを楽しんでいるわ。あなたもそうするとよくってよ」
「……ええ、ありがとう。楽しむということに私は不慣れだけれど、がんばってみるわ」
「根が真面目なのね、鈴の音は」
 それからルミエールは、リリコの小さな陶磁器みたいな耳朶へ、そっと歯を立て、言葉を注ぎ込んだ。
「あのね。紫苑の月は少し怖く見えるかもしれないけど、とってもとっても優しいわ。仲良くしてあげてくれると嬉しいの。私と父様の、大事な可愛い猫ちゃんなのよ」
「……知ってる。私、あの方のことも、大好きよ」
 その返事に気を良くしたのか、ルミエールは引き下がる。そして芝居がかった仕草で子どもたちの前へ立ち、小さなバスケットを天へ掲げた。
「さあ可愛い子供たち。この中には何が入っているのかわかるかしら?」
 なんだろう、わかんないなあ、いいにおいすんぞ、あれだけ小さいから、もしかしたらキャンディかも。
 きゃわきゃわとしゃべりながら、ルミエールの周りへ集まる子どもたち。クウハは目を細め、永遠の少女と子供たちを見つめた。かけがえのない、あたたかな空気がそこにあった。自身は悪霊ではあるが、人の子の幸福が嫌いというわけではない。それは儚く、脆く、刹那の幻と知っているからだ。だからこそ大切にしたいと思うし、だからこそ何気ない幸福を子供たちには感じてほしいと願う。
「正解は……」
 ルミエールがくるりとターンする。
「ご覧なさいな」
 小さなバスケットは、その瞬間、ぽんと音を立てて、大きなアップルパイに変わった。子供たちが瞳を輝かせる。すごい、魔法みたい!
「魔法よ、ふふ、これでも父様の眷属なのだもの。アップルパイが好きなのよね? 父様の物には劣ってしまうけれど沢山食べてくれると嬉しいわ。大丈夫よ」
 ルミエールは一旦言葉を切り、意地の悪い笑みを浮かべた。その愛くるしいことと言ったら、飛ぶ鳥も引き寄せられるかのようだ。
「毒なんて入れていないもの」
 蠱惑的な瞳に己を見た子供たちがのぼせあがる。クウハはまたもルミエールと子供たちの間へ割って入らねばならなかった。
「せっかくだ、ここの旦那とその部下も呼んでお茶会にしようぜ」
 黒い影たちを従えて、やわらかな人形が席につく。突然のお茶会を喜んでいるようだった。
 パルルが風船を子供たちへ配っていく。
「さぁ、リリコちゃんに皆! 沢山食べてネ! ボクらも作るのを手伝ったんだヨ! ダイジョウブ、毒は入ってないかラ! その風船もやましいものじゃないヨ!」
「ばっか、余計あやしまれるだろ」
「ぷわわ~。本当のこと言ってるだけなのに、クウハはよくわからないところで怒ル~!」
「当然だろうが」
 パルルの頭をぽんぽん叩くと、クウハは子供たちの顔を見回した。
「他に何か好きなものでもあれば教えてくれ。オマエ達とはもっと仲良くなりたいからな」
「……えっと」
 リリコをはじめ、皆考え込んでいる。孤児院での生活が長いせいか、何かを欲しがるということに不得手なのだろう。不憫なことだとクウハは愁眉を寄せる。
 そんななか、ひとりだけ、にやりと笑う子がいた。
「肉! 肉な! 赤身も霜降りもなんでもこいだぜ!」
「ユリック、本当にオマエってやつは……」
 クウハは笑い出した。まったくわかりやすいことこのうえない。みんな遠慮しているというのに、こいつときたら。
「肉、好きか?」
「うん。きのこも好き。いっしょに串焼きにすると美味しい」
 ザスがこくんとうなずく。
「なるほどなあ。串焼きか。あれはいいもんだ。今度、バーベキューでもするか?」
 さんせー! 子どもたちが諸手を挙げて喜んでいる。豊穣の暮らしに慣れたとは言え、やはり幻想での暮らしが恋しいようだ。肉は幻想の食生活の基盤でもある。
「まあ、おいおいな」
 クウハは微笑んで紅茶へ口をつけ、渋い顔をした。
「誰だ、これをいれたのは」
「……ごめんなさい、修行中なの」

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