PandoraPartyProject

SS詳細

はた迷惑な聖剣が残した爆弾

登場人物一覧

ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
チェルシー・ミストルフィンの関係者
→ イラスト
チェルシー・ミストルフィン(p3p007243)
トリックコントローラー


 刃の横腹を、舌の肉が這う。
 柔らかく、ねっとりとした感触。通った後にも残るそれは付着した唾液が風に晒されてのものだろう。悪戯に舌先が触れるのではなく、根本に近いそれが包み込むような肉の感触を全身に肌立たせる。
 サイズは自分の口を両の手で懸命に抑え込みながら、僅かな声も聞こえてくれるなと、漏れるそれを懸命にこらえていた。
 自身そのものである大鎌の刀身。そこに受けた感触がダイレクトな電気信号として、物理的には別れているはずの肉体にもフィードバックされている。
 ようは、全身を舌根で愛撫されているに等しい。サイズは呼吸が荒くなっていることを理解していながらも、それを平静に戻すことは叶わないでいた。
 顔が熱い。きっと誰の目にも分かるほど、赤くなっていることだろう。肌がぞわぞわとしていて、喉に力を入れていなければはしたない声をあげているところだ。
 断続的で早い呼吸の音がいやに大きく感じる。耳の奥で何かが轟々と唸りをあげている。
 せめて声は漏らすまい。チェルシーが何を意図してこのような行為に臨んだのか。それは定かではなく、また問いただすのも躊躇われたが、世界が違うとは、常識が異なるとはそういうことかもしれないと、納得することにした。
 納得したところで、自身の感覚を擦り合わせるなど出来はしないが。刃の根本を舌先になぞられる。それだけで背筋が大きく反りあがり、全身が強張った。
「…………ッ!!」
 強い電気信号の名残。より呼吸が荒くなったのを感じながら、それでも悲鳴は聞かせるまいと手に力を込める。目前の人物と目があった。顔を赤くして(きっと自分とは違う意味だ)、自分やチェルシーから目を離さないその様が腹立たしかった。目に見えてわかるほど大きく唾を飲み込んだのが見えて、嫌悪感が際立った。
 嫌になる。嗚呼、せめてこの男にだけは聞かせるまい。
 刃に舌と、唇の感触。全身に力を込めながら、どうしてこのようなことになったのだったかと、せめてわずかでも意識を逸らせるよう、サイズは拙い努力を始めた。


 また研究をさせて欲しいとチェルシーから打診があったのは数日前のことだ。
 互いに武器を主体とした存在であり、そのことからお互いを調べ合おうとしたのだが、まあなんというか、妙な空気になって上手く行かなかったのである。
 それについて言及をすることは避けよう。武器が主体であるということは、彼らにとって生身とはそれであったのだと、そういうことであるのだ。
 これはサイズとしても願ったりの提案であった。チェルシーの持つ剣の羽根。そこに向けて湧いた興味は未だ満足させられておらず、燻ってはいたのだ。しかし、自分からそれを言い出すのもなんだか気恥ずかしいことというか、妙な意識をしていると思われてしまいそうで、言い出せなかったのである。
 そうして、場所と時間を決めて落ち合ったのだ。

 時刻のほどは昼下がり、互いにランチは済ませた後で、場所はサイズの工房に近い公園で。
 平日では有るものの、大きな公園であるからか、それなりに利用者の姿は見受けられる。
 ベンチで新聞を読む者。犬と戯れる者。泣きじゃくる子供を抱きかかえる母親。見知らぬ同士で行われるボードゲームの野良試合。
 予定よりも一時間ほど早く到着したために、チェルシーはそれらを眺めて時間を潰そうと考えていたのだが、待ち合わせの噴水には既にサイズの姿が見受けられたものだから、それらの想定を脳内でそっと振り払った。
 時間に急いてしまったのは自分だけだと思っていたのに、サイズもこの場に居るということは、そういうことなのだろう。
 どのような理由であれ、自分との時間を楽しみにして、そのために気持ちを割いてくれてくれているのだ。その心遣いが純粋に嬉しいと思うことを、まるで乙女のようだと例えるのは、少々捻くれ過ぎだろうか。
 サイズはまだ自分に気づいていない。時間が早いのだ。到着しているとも思わないだろう。チェルシー自身でさえ、こんなにも早く来るつもりはなかったのだから。
 後ろからこっそりと近づき、声をかけた。適度な、ごめん訂正、少しだけ近い距離で、普通にだ。クラシックに後ろから目隠し、なんてのははしたない行為だろう。淑女であるつもりはないが、品性は重要だ。
 サイズは小さく飛び上がって、表情の読みづらい顔でほんの少しだけ目を丸くしながら振り向いた。こういう相手の、感情の機微が分かるようになると、少し嬉しいものだ。互いの距離、相手への理解、仲の良さ。そう言った、数値化出来ないパラメータを確信した気持ちになれる。
 じっと見つめていると、目をそらされた。単に照れたのか、それとも先日のことを思い出したのか。そこまでは読み取れない。度の過ぎたスキンシップであったことは自覚している。改めるつもりが有るかと問われれば、それはまるで別の問題だと答えるが。
 一歩、距離を詰める。サイズはそれに少し驚いたようだが、同じ方向に退いたりはしない。人を慮れる性格が読み取れた。紳士的、と表現するには、サイズがどちらであるのかわかってはいない。どちらかであるのかもしれないし、どちらでもないのかもしれない。世界は広い上に、多い。その有り様も万別であるだろう。
 わざと天気の話や、最近あった仕事の話をする。今日の目的はそんなところにはないのだが、なんとなく、本題まで先延ばしにしたかった。少しだけ、もう少しだけ、この時間を楽しんでおきたかった。そう、思っていたのに。
「見つけてしまった、我が最大ライバルにして愛人の一人!! チェルシー・ミストルフィンじゃないですかぁ!!」
 聞き覚えのある声。今この瞬間、聞きたくないと考えることすら否定したかった雑音。自然としかめっ面になっていくのを二度、認識させられる。一度目は自分の眉根のシワで。二度目はサイズの驚いた顔で。
 胡乱げというに、これ以上の表現はないだろうという仕草で気怠げに振り向いた。精一杯で全力全開の否定表現であったのだが、どうせこいつには通用しないのだろう。だって、もう、目と鼻の先にいやがるのだから。
「おぉ……相変わらず僕に到底及ばないけれど今日も綺麗だねチェルシー」
 チェルシーの中で、既に怒りのボルテージが天井を叩き始めた。なんでこいつこっちが何か言う前からもう一言多いんだ。
 油を塗っていないマリオネットのような動きで首を動かして、声の主を睨みつける。
 そこには、見た目だけはどこぞの王子様のような背格好のやつがいた。
 声を聞いて、顔を見てしまった。もう気分の底を二度突き破っているぞどうしてくれるんだこのナマクラめ。
「遠路はるばる御苦労様ねキング、もう見飽きたから帰ってくれないかしら?」
 嫌味どころかストレートにジャイロ回転をかけた否定言語のつもりだったが、この男には通用しない。どころか「労ってくれるなんて嬉しいよ」なんて垂れ流している。
 キング・エクスカリバー。聖剣の精霊。
 叶うなら、今は、いや、この先ずっとその声を聞きたくはなかった。
「僕のコレクションになる気持ちに整理は着きましたか? まだ? 全くチェルシーはいつまでも純情レディーですね、ハハハ」
 こいつの眼球部位は生体活動を行っていないのではなかろうか。
 アバズレと呼ばれたいなどとは思わないが、この格好を見てどこに純情を見出したというのだ。だが、付き合いが長いのは事実だ。こういった際の対処法も備えてある。自己美意識の高いこいつのことだ。少し矛先を傾けてやればいい。
 まあ巻き込まれる側としては、溜まったものではなかろうが。純情じゃあないもので。
「残念だったわねキング。今日は大事な人と約束が有るのよ。だからさっさと消えてくれる?」
 そう言って、サイズの方にしなだれかかる。サイズはまだ状況を理解できていない顔をしていたが、それを良いことに話を進めてしまうとしよう。戦いの場ではあれだけ機敏でも、日常では少し呆けているように見えるのだから不思議なものだ。オンオフの切り替えができることは悪いことではないのだが。
「大事な人……? ど、どんな関係だろいうのです?」
 自分の仕草がキングに悪い予感を抱かせたのだろう。内心でほくそ笑む。良いぞ、このまま乗ってこい。
「それはねえ……こういう関係」
「なっ、ちょっと……!?」
 サイズの背にある鎌に口づけた。突然のことにサイズも驚いた顔をしていたが、それよりもキングの眼が大きく見開かれていることにしてやったりだ。
 キングは武器に口づけることを最大の愛を表す行為だと信じている。チェルシーを相手にも、何度もそれをさせたがったものだ。こいつに愛を示すなんてのはまっぴらで、いつだって跳ね除けてきたが。
 それが、キングが望んでもまるで手に入らなかった女が、目の前で自分ではない武器に口づけている。屈辱だろう、許せないだろう、認めたくないだろう。
 だが見せつける。もっと大胆に、もっと艶美に。
 口づけでは飽き足らず、舌を這わせた。サイズの体がびくりと跳ねたのが分かる。良い反応だ。舌先では足らず、舌の腹で刀身を舐めあげていく。曇りのない美しい刃。その上で敏感な部位を曝け出していると思うとゾクゾクする。口づけて、吸い付き、舌で撫でて。そのひとつひとつにサイズが反応していることが何とも愛らしい。
 気分が晴れてきた。少しだけ、口が笑みの形に戻る。往来であることなど構うものか。わざとらしく、いやらしく、ぴちゃぴちゃと音を立てながら、チェルシーは刃の端から端までを丹念に舐め始めた。


 正直、やりすぎたと思う。
 チェルシーは割と反省していた。
 今、割と利用客がいたはずの公園には自分達以外には誰も居ない。一番先に姿を消したのは子供連れの母親だ。さぞかし教育によろしくない光景だったろう。
 ちらちらとこちらに向けられた視線を感じてはいたものの、まるで意に関しないこちらに諦めたのか、彼らも既に公園から居なくなっていた。
 通報だけはされていなければいいなと思う。いいなと思うがそれが確信に変わる要素はまるでないので、早いところこの場を移動したかった。おまわりさん、私です。でもできれば来ないでください。
「こ、こういう関係よ。つまりフィアンセというわけね。よくわかったかしら?」
 地面で顔を真赤にしながら蹲っているサイズを指差しながら言う。時々体を跳ねさせているあたり、非常に申し訳ないことをしたと思いつつもきっと自分はこれきりでやめたりはしないだろうなという確信を持っていた。
 可能なら、これを理由にサイズから責めてくれても良いと思う。寧ろそうしてくれないだろうか。想像してみる。自分を躾けるサイズ。表情に乏しいのって寧ろそういうプレイなら冷酷系に見えて良いのでは。これから2人で工房に行ってお互いをくまなく調べ合いながらサイズが自分にお仕置きだぞ所構わず発情するはしたないメs――
「その得体の知れない馬の骨で出来た鎌がチェルシーのフィアンセだと言うのですか!?」
 キングの台詞によって良い感じの妄想から引き戻された。このままだと今回もろくに研究とかできなかったと思うので寧ろありがたかった。今だけはグッジョブだぞ聖剣サマ。
「その通りよ、残念だったわね」
 隣でサイズがようやく身を起こしている。余韻から覚めたのか、今どんな状況? ねえ今どんな状況? という顔をしている。キングにはただの無表情に見えているかも知れないが。
「断じて、断じて認めませんよ!?」
 わめくキング。仕方があるまい。ずっと自分が粉をかけてきた女があっさりと別の武器の元へ。ナルシズムに傾倒する彼には耐えられまい。
 よって、これで締めだ。嗚呼、自分は悪い子だなと思う。まあ、恨まないで欲しい。恨むなら2人の時にやり返してくれるともっと嬉しい。
「じゃあ、あなたとサイズ、戦って勝てたら貴方の聖剣に口づけして上げるわ。あなたが負けたらそうね……犬の真似をしながら三回まわってワン! って鳴くのはどうかしら?」
「……え?」
 ようやく事態が飲み込めてきたのだろう。あれ、矛先こっちに向けるの? って顔をしているサイズ。うん、向けた。頑張って。
「その挑戦、受けて立ちましょう!!」
 びしっとサイズに指をさすキング。
「ちょ、ちょっとまった――」
「そうと決まれば――」
「そうね、そうと決まれば場所を移すわよ!!」
「「――え?」」
 決闘に乗り気のないサイズとやる気満々のキング。対照的な2人を別にして、チェルシーはとりあえず移動することに決めた。
 ちょっと遠くで足音が聞こえてくる気がするから。はやく、おまわりさん来ちゃう前にはやく。


「このあたりまで来ればいいわね」
「このあたりまで来ればいいんですねよし覚悟ォ!!」
「ちょっと待て切り替え早いなオイ!!」
 先程の公園から程よく離れた場所で、切りかかってきたキングの攻撃を鎌でいなすサイズ。
 もう頭は冷えてきていて、巻き込まれたことは理解できていた。チェルシーに恨みがましい視線を向けたいところだが、そうもいかない。相手は聖剣。魔を軸とする自分との相性は最悪だ。
 このナルシストに聖なる力が宿っているというのも考えものだが、よくよく考えればギルドの聖職第一人者も相当生臭い。世の中そういうものかもしれなかった。
 振り回される聖剣。なんかこう光っぽいオーラが触ったら危ない感をめっちゃ出している。
「ふぃ、ふぃ、ふぃふぃ、フィアンセ!! そんなもの認められません!!」
「それは彼女の嘘だって!!」
「嘘なものか! き、キスを、キスをしてたじゃないですか! 手の甲じゃなく、刀身に!! 愛の証じゃないですか!!」
「……え、待って、そうなのか!?」
 また頭が混乱してきた。武器にキスって愛情表現なのだろうか。いやまあ体にキスとか舐めるとかって考えれば武器じゃなくても十二分に愛情というかじゃああれどういう意味だったんだていうか始めてじゃないんだけど、二回目なんだけど、どういうことなのどう思われてるのちょっとこっち混乱してるんだから武器振り回すなよ聖なるオーラ出てて危ないだろ!!!
「うわなんだこれ!?」
 サイズは純情少年的な思考でこんがらがりつつも血を操って鎖を精製し、キングの背後からその手足に巻き付かせた。人間に近い形状の体を所持している以上、可動域は限られる。激情し、猪武者めいた突進を繰り返しているだけでは、如何な相性差があろうとも戦闘経験の豊富なサイズにキングが叶うはずもなかった。
 四肢に鎖が絡みつき、身動きの取れなくなったキングの首筋に大鎌が添えられる。死神の宣告。どうしようもなく、生命を掴まれた死に体であった。
「ぐっ、そんな……」
「ちょっと待てって今混乱してるんだから。考えが纏まらないじゃないか……」
 打ちひしがれているキングは置いといて頭を抱えるサイズ。胸がどっくんどっくんなっているのは戦闘活動による代謝が原因ではない。どういうことなんだこれチェルシーに直接聞いて良いものなのかいやそれもちょっとどうなのかでもでも。
「負けた。完全に……」
「そうあなたの負けよ。約束、覚えているかしら?」
 隣でキングとチェルシーが何か言っているがあんまり耳に入ってこない。サイズの頭の中はあの行為ってどういうことなのという疑問でいっぱいだ。自分だけでは答えが出ない問答であるために頭の中をぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる回り回ってまるで出てきてくれやしない。
「ぐ、ぐぬぬ……」
「どうしたのキング。まさか、約束を破るつもりじゃないでしょうね?」
「う……美しい」
「……へ?」
 よし、もう一度整理して考えよう。キングは聖剣の精霊だ。年も重ねているだろうから、この世界の生きた武器の常識にも詳しいはずだ。そのキングが、武器にキスをするのは愛の証だと言っていた。じゃあこの世界の生きた武器の常識だとそういうことになるわけだ。
「決めましたよ。今日のところは引き下がりましょう。しかしチェルシーも、そして、サイズ、あなたも! 必ず僕のコレクションにしてみせましょう!!」
 チェルシーは自分の刀身にキスをした。それも一度ではない、二度だ。キスどころか舐めてもいた。ということは愛の証になる。いやしかし自分はこの世界の武器ではない。だからその常識は当てはまらないかもしれないし、チェルシーもそういうつもりはないのかもでもいやしかし体にキスをされたことは確かだしということはつまりえっと。
「首を洗って待っていることです。それではごきげんよう、わんわんわーーーん!!」
「走り去りながら回るなんて器用なやつ……」
 だからもしかしたらチェルシーのあの行為はつまりそういう……え、何?

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