PandoraPartyProject

SS詳細

サンドリヨンの部屋。或いは、ある暖かな最初の1日…。

登場人物一覧

華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
華蓮・ナーサリー・瑞稀の関係者
→ イラスト
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス

●朝には部屋を
「え、えぇぇ!?」
 静かな朝。
 銀の森にトール=アシェンプテル (p3p010816)の悲鳴が木霊す。
 ところは鉄帝。トールの所有する領地の空き家だ。
「な、なんだよ!? 急に叫んじゃってさ……!」
 少し怯えた風な様子で、けれど精一杯の虚勢を張ってサンドリヨンは窓の傍へと身を寄せた。万が一の事態が起きれば、窓を割って屋敷の外へと逃げ出せるような位置取りだ。
 サンドリヨンを保護して数日。
 諸々の手続きを終えて、サンドリヨンの身柄はトールと華蓮・ナーサリー・瑞稀 (p3p004864)の預かりとなっていた。
 そうと決まれば、早速サンドリヨンの部屋を用意してあげなくてはいけない。
 大きな空き家だ。サンドリヨン1人で暮らすには大きすぎるし、何かしらの事情によってトールや華蓮が保護する人が、さらに増えないとも限らない。
 そこで当面は、空き家の1室をサンドリヨンの部屋として貸し与えることにした。
 であれば、サンドリヨンが住まうのはどの部屋がいいか。
 トールと華蓮はサンドリヨンを伴って屋敷の2階にある部屋を見学していたというわけだが、ここで1つ、問題が起きた。
「サンドリヨンさん……男の子だったんです、か?」
 ミニスカートにハイソックスなんて合わせて履いているものだから、てっきり女性だと思っていた。山奥の研究施設でサンドリヨンを保護してから、今の今までずっと勘違いを続けていた。
「下着の替え、女性ものを用意してしまったのだわ……まぁ、履けはすると思うのだけど」
 トールと同じく、華蓮も驚愕に目を剥いている。
 部屋を見て回る道中、雑談の中でサンドリヨンの性別が“男性”であると発覚したのだ。結果、トールと華蓮の2人は内見そっちのけでびっくりすることになる。
「う……どうりで、布地が心もとないと思ったんだ」
 羞恥だろうか。頬を少し赤く染めて、サンドリヨンは視線を窓の外へと向けた。その手はスカートの端をきつく握りしめている。
 とはいえ、性別の取り違えなど些細な問題でしかない。
 サンドリヨンは、サンドリヨンだ。
「あはは……」
 乾いた笑いを零したトールは、サンドリヨンを凝視する。そうしながら、僅かに腰を低く落として身構えた。
 まるで、何かしらの不吉な事態に備えているかのようである。
「? どうかしたのだわ?」
「あ、いえ、何でもないです。はい……何も起こらないみたいだし」
 なぜサンドリヨンがスカートなど履いていたのかは知らないが、何かしら深い事情があるのかもしれない。そして、その“事情”について迂闊に首を突っ込むことは、大きなトラブルや身の破滅の原因にもなりかねない。
 少なくとも、トールの場合はそうだった。
 だから、慎重にならねばいけない。
 そんなことを考えて、トールは内心で冷や汗を零した。

●午後にはお茶を
 甘く、優しい香りが鼻腔を擽った。
 雲ひとつない蒼い空。暖かな風の吹いている午後。屋敷の庭で、トールと華蓮、サンドリヨンはテーブルを囲んで休憩していた。
 温かく香り高い紅茶と、華蓮の焼いたクッキーが3人の前に置かれている。今にも涎を垂らしそうな顔をして、サンドリヨンはクッキーをじぃと凝視している。
「な、なぁ、これ何だろうな? すごくいい香りがして、食べたらきっと美味しいのかな? 美味しいんじゃないかな? な?」
 落ち着きのない様子で、サンドリヨンは華蓮の顔とクッキーの皿を交互に見やる。お菓子を目の前にした子供のようだ。年齢は15と聞いているが、その割には仕草が幼い。
 実年齢に対して、精神年齢が幼いのだ。
 長い間……きっと、生まれてから今までずっと、研究施設に閉じ込められていたのだろうから、精神が成熟していなくても仕方が無い。
 そう思うと、少しだけ哀しくなってきた。
 けれど、華蓮は唇を噛んで暗くなりかけた表情を無理矢理に笑顔へと変える。
 それから、頭を撫でてやろうとそっと手を伸ばした。
「っ!? ご、ごめんなさい!」
「……え?」
 サンドリヨンが謝罪の言葉を口にして、頭を抱えて縮こまる。その様を見て、華蓮は悟った。きっとサンドリヨンは、華蓮に叩かれると思ったのだ。
 華蓮は手を引き戻すと、胸の前で強く握った。
 それから、小さな笑みを零してサンドリヨンの目の前にクッキーの皿を押しやった。
「甘くて、サクサクで、きっとすごく美味しいのだわ。好きなだけ食べてちょうだい」
 その様は、幼子をあやす母のようにも見えただろう。
 もっとも、サンドリヨンは母を知らない。
 母に甘やかされたことも無い。
 だから、華蓮の態度に対して疑問を覚えた。
 他人から受ける優しさに、サンドリヨンは恐怖した。
「た、叩かないの?」
「いい子にしていれば、叩かれることなんてないのだわ」
「……食べていいの?」
「えぇ、もちろん。そのために作ったのだわ」
「苦い薬とか入ってないか? 後で頭が痛くなったりとか、しない?」
「……そんなこと、無いのだわ。絶対に」
 思わず、笑顔が崩れそうになる。
 サンドリヨンが捕らわれていた研究施設……否、サンドリヨンが生まれ育った研究施設と呼ぶ方が正しいだろうか。
 あの場所では、デザイナーベビーの研究をしていた。
 人工的に生命を造り出す禁忌の研究。サンドリヨンは、きっとその“研究成果”なのだろう。
 長い時間をかけて、心身に刻みこまれた傷はそう簡単には消えはしない。
 すぐに慣れろというつもりも無い。
「さぁ、お茶にしましょう。冷えたら、味が落ちてしまうのだわ」
 優しさを。
 サンドリヨンが、生まれてこの方、受け取ることの出来なかった愛情を。
 自分は与えてやれるだろうか。
 そんなことを考えながら、華蓮はカップを手に取った。
 その指先は、ほんの少しだけ震えている。

 サンドリヨンは、愚かではないし、無知でもない。
 むしろ、精神年齢やこれまでの境遇を思えば“歳の割に聡明”であるようにも思える。
 例えば、現状への理解度などがそうだ。
 サンドリヨンは、自分が“実験結果”やサンプルとして、研究対象として生かされていたことを知っている。トールや華蓮に救われたことも理解しているし、2人がサンドリヨンに対して悪意を抱いていないことも把握している。
 自分がこれから、この屋敷で過ごすことも分かっているし、その期間はきっと長くなるだろうとも思っている。
 トールの方から簡単に説明しているが、話を聞いて“分かったつもり”になるのと、実際に“分かる”のはまた別の話だ。けれど、サンドリヨンは聞いた話から、自身の状況をほぼ正しく把握している風だった。
 サンドリヨンが自覚しているかどうかは別の問題として、その本心では“救われたい”と願っている節がある。少なくとも、トールはそれを理解していた。まるで我がことのように、サンドリヨンの思考がトレース出来ていた。
「不思議な感覚ですね」
 なんて。
 思わず、ポツリと声を零したトールを見やって、サンドリヨンは眉を顰める。
「何か言った? 言っておくけど、これはボクのだからね!」
 宝物を守るみたいに、サンドリヨンはベッドシーツや枕、それから屋敷に残されていた積み木などの玩具を胸に抱いた。
 午後の休憩を終えて、時刻はそろそろ夕方に差し掛かる。
 現在、トールと華蓮、サンドリヨンの3人は、サンドリヨンの部屋に入れる家具を選んでいる最中だ。リネン室や物置倉庫、空き部屋を歩き回ってサンドリヨンが気に入った家具を2階の部屋へと運び込んでいるのである。
「別に盗ったりしないですよ。でも、さっきから積み木や玩具を随分と運んでいますけど、そんなにたくさん、どうするつもりなんでしょう?」
「どうするって、玩具なんだから遊ぶに決まってるだろ。部屋を玩具でいっぱいにしたいんだよ」
「……なる、ほど?」
 やはり、年齢に対して精神年齢に幼さを感じる。
 自分の場合はどうだったか、と思案して、すぐにトールは考えることを止めた。トールとて“当たり前”の幼年期を過ごして来たとは言い難いため、何の参考にもならないからだ。
 サンドリヨンの精神年齢に関しては、その境遇ゆえのものだろう。ゆえに、無理に矯正する必要も無いだろうが、ともすると外の世界……この世に生を受けた子供が、当たり前に享受すべき常識が今の彼には欠けている。
 今後、サンドリヨンが研究施設に戻ることはないだろうし、戻すつもりも無い。であれば、トールや華蓮には、サンドリヨンを保護した者の責任として、彼に“常識”を教えてあげなければいけない。
 当たり前に愛して、当たり前に叱って、当たり前の日常を当たり前に過ごせるように、導いてあげなければいけない。
「……何だよ。あ、やっぱり玩具が欲しいんだろ? 積み木でよければ、貸してあげてもいいけど」
 渋々、と言った様子でサンドリヨンはトールに青い積み木を差し出す。それを受け取ったトールは、サンドリヨンが大事そうに抱えた積み木やベッドのシーツがどれも赤いものであることに気が付いた。
 そう言えば、サンドリヨンの着ている服も赤色だ。
 きっと彼は、赤い色が好きなのだろう。

●夜には願いを
 サンドリヨンの住む屋敷に、トールと華蓮はしばらくの間、滞在することに決めた。
 今のサンドリヨンを1人で放り出すつもりになれなかったからだ。
 また、サンドリヨンのいた研究施設について、聞き出せていない情報も多い。無理矢理に聞き出してもいいが、サンドリヨンの境遇や心境を思えばそうするのも憚られる。
 サンドリヨンと過ごし、対話し、心を許してくれたのなら、その時になって初めて聞ける類の話だ。時折、そう言った子供の心情を無視し事情聴取を行うような輩もいるが、それはあまりに無体なことだ。
 子供の心に深い傷を、トラウマを刻みかねない行為だ。
 トールと華蓮は、それを良しとは思えなかった。
「なぁ……昼間のクッキー、まだあるかな? 聞いてほしい話があるんだ」
 だから、サンドリヨンの方からこうして話しかけてくれたということに、何かを話してくれようとしている事実に、2人は少しの嬉しさを覚えた。

「エリーを探してほしいんだ」
 昼間はあれほど嬉しそうに頬張っていたクッキーにも手を付けず、サンドリヨンはそう言った。
「エリー……というと」
 トールは呟く。
 エリーと言う名には覚えがあった。研究施設で手に入れた資料に、何度も出て来た名前である。サンドリヨンと同じデザイナーベビーの成功体で、性別は女性。年齢は14。
 そして、現在は行方不明。
「エリーは、この前の騒ぎの時にふらふら出て行っちゃったんだ。無警戒で、好奇心旺盛だから、目を離すとすぐにどっか行っちゃうんだよ」
 呆れたようにサンドリヨンはそう言うが、その声音には強い不安の色を感じる。
「お友達なのだわね」
「お友達……そっか、ボクとエリーは友達だったんだと思う」
 友達、と何度も口の中で呟いて、その度にサンドリヨンの瞳には涙の雫が溜まって行った。
 やがて、サンドリヨンはエリーの名を呼び、泣き始めた。
 泣いて、泣いて、涙を流して、疲れて眠った。
 そんな彼の哀しそうな姿を、トールと華蓮は見ていた。

 サンドリヨンが眠りについてから暫く。
 リビングで、トールと華蓮は言葉を交わす。
「可能性は3つ……1つは研究施設に今も捕らわれている可能性。もう1つは、遭難してどこかを彷徨っている可能性。それから」
 トールは、唇を噛んで口を噤んだ。
「既に死んでいる可能性、だわね」
 だから、代わりに華蓮が言った。
 言葉にされると、その可能性が現実味を帯びるように思えた。だが、冷静に、そして確実に事を進めるためには、言葉にして認識を共有しておく必要がある。
「僕は、まだ生きている……と思いたいです」
「えぇ、そうね。私もそう信じたいのだわ」
 サンドリヨンは泣いていた。
 行方不明の友達を思い、悲しそうに泣いていた。
 出逢って間もない、トールと華蓮にエリーのことを打ち明けたのは、他に頼れる者が誰もいないからだ。15の子供が、出逢って数日のトールと華蓮に頼らざるを得ないのだ。
 それは、なんと惨いことだろう。
「絶対に、見つけ出して、一緒にいさせてあげたいですよね」
「もちろん、そのつもりなのだわ」
 テーブルクロスに残された、涙の染みに目をやった。

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