PandoraPartyProject

SS詳細

呆れるほどに不機嫌な

登場人物一覧

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
キドー・ルンペルシュティルツの関係者
→ イラスト


「……社長、流石にこれはやりすぎじゃねえかと思うんだ……ですよ」
「あァ? こいつが先に突っかかってきたんだよ。悪いのはコイツだ、俺をイラつかせた」
 地面に哀れに転がった血まみれで痙攣する哀れな肉袋を一瞥し、キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)は唾を吐き捨てた。肉袋はかろうじて呼吸を保っているが、キドーの唾が鼻腔だった場所に入ったものだから哀れにもがき苦しんでいる。
 傍らで彼に不満を述べたのは、セム・アルカレイド。キドー同様、肉袋に……否、つい先程までキドーにつっかかってきたチンピラ一匹に向ける視線は冷たいものだが、だからといって死にかねないほどに暴行を繰り返していいかというと、彼の倫理観からすれば否だ。このまま放置すれば、この肉袋は早晩、本当に肉と糞が詰まった袋として処分されることだろう。抗議の声に漏れた素の口調を慌てて敬語で糊塗した彼の賢しさは、普段のキドーからすれば心地良い変化だったが、今はむしろ中途半端な奴だな、という苛立ちにしか感じない。それでもセムに手を上げないのは、社員だからという義務感、自分がスカウトしたガキだから人生を預かるという責任、そしてセム自身が「オンネリネンの子どもたち」だった頃の仲間を見捨てなかった在り方への共感があってこそだ。どれが欠けていても、顎を蹴り上げていただろう。
「このままほっといたらコイツ死にますよ。死なない程度に応急処置して大通りにスッ転がしておきますけど、構わないっすよね?」
「勝手にしやがれ」
「ったく、社長は最近無茶苦茶っすよ。どっから貰ってきたんだか、そんな病気……」
 キドーに断りをいれて簡単な治療を始めるセムの姿は、いつぞや春先の天義で会った時とはだいぶ違う。以前の彼ならトドメを差していたかもしれないし、治療するにしても勝手にやっていた。目上の人間を敬って判断を仰ぎ、的確な行動を選ぶ判断力は、満足な教育を受けていなかっただけだ、という事実を感じさせた。
 セムが思わずぼやいた『病気』は、キドーの右眼を侵食する水晶の塊にあった。
 烙印、と呼ばれる吸血鬼たちによる感染性の疑似反転を誘発する症状は、キドーを日々ゆっくりと蝕んでいた。最も顕著なのがその右眼だ。
 柔らかい眼窩を侵食する水晶塊の感触が苦痛でない訳もなく、日々精神がすり減っていく実感があった。
 それでもルンペンシュティルツをまとめ上げる身として部下達に気の抜けた顔は見せられない。セムに関しては余計に、である。


 くだんの乱闘より時間はそこそこ遡る。
 派遣会社ルンペンシュティルツは、というかシレンツィオ・リゾートは今日も平和だった。唯一不安要素があるとすれば、絶賛最悪の機嫌を隠しもしない社長自身なのだが、彼は不機嫌は隠さなくても社員や取引先に当たり散らしたりはしない。
「挨拶回り行くぞ、ついてこい」
「俺でいいんですか?」
「お前があの連中の中で幾らかマシなんだよ」
 そんなわけで、庇護下にある商人やらなんやらに顔を出すべく向かう際にセムを選んだことも、苛立っていても冷静な判断からである。
 曲者揃いの従業員のなかにあって、セムは吸収の早い子供で、必要以上に文句を言ったり奇矯な趣味のために周囲を害することがない。社員達の中でも驚くほどに真っ当な人間なのだ。
 そういう意味では、本当にあの時拾ってやったのは成功だったと彼は考えていた。取引先を殺そうとしないだけで、きちんとした挨拶ができるだけで、仕事を叩き込む価値があるってもんなのだ。
「社長、その……今更ですけど『病気』は大丈夫なのか? 俺が気にすることじゃないかもしれないけど……」
 セムはそう問いかけると、キドーの右眼をちらりと見た。数日、いや、それ以上前から原因不明の病気みたいなものを拾ってきたキドーは、日増しに症状と機嫌が悪くなっている。
「出来るだけ無視してんだよ。考えてると余計に頭に響くからな」
「ごめん」
「謝れるだけ上等だよお前。なにしろ面白半分で俺の目を抉ろうとしねえ」
 それとなく「話題に出すな」と脅されて思わず萎縮したが、やはり社長は社長なのだとセムは理解した。子供扱いされるのは癪に障るが、自分のような半端者も一端の子供と同じく接するあたり、損得ありだとしてもいい大人であると。
「おっとォー? オジサン金持ってそうだね。集金かい? 納金かい? ご苦労なこったねえ!」
「まあ集めてるのでも収めに行くでも構わねェのよ、全部俺達アクド一家の財布に入るんだからなぁ!」
 だが、犬もあるけばなんとやら。未だに治安が安定しないフェデリア島だ。無番街周辺が絡めばこんなチンピラも口を出してくる。「アクド一家」とかいう連中のことはセムも知らないが、白昼堂々強盗を働いてる時点で駄目だ。
 大人しくしろ、だの、金をよこせ、だの。
 告げる相手が明らかに間違っている二人組のチンピラを見て、セムは面倒だからノしてしまおうかと腰を落とす。
 だが。
「おう、セム。この馬鹿どもは俺の獲物だから触んじゃねえぞ」
「は?」
 問い返しはセムではなくチンピラ達だった。
 直後、細っこい体の方、そのシャツから炎が上がった。たちまちに顔まで伸び上がったそれはチンピラの顔を焼くが、驚くほどあっさりと炎の流れは消えていく。セムはみた。キドーが強い酒をぶちまけ、腰から引き抜いたククリから散った火花を相手に振りまいたのを。火打ち石程度の火花だったが、火傷と虚仮威しには十分。
「相棒に何しやが、」
「わかってねえなあ」
 細身のチンピラをかばうように前に出た巨漢はしかし、暴力に訴えようとして暴力で返された。いかにもな大振りで振り下ろされたナイフを、簡単に受け止められへし折られたのだ。
 体格差からはおよそ想像出来ない事態に驚く前に、男は股間を押さえうずくまる。顔がガラ空きだ。
 ボールにするには中身のせいでおおよそ軽く、首とかいう不自由な紐。玉蹴りには適さないそれが目の前に転がったのだから、キドーが蹴って遊ぶのは必然だった。
 チンピラ達にとって輪をかけて不幸だったのは、細身の方は(首を除いては)理想的サッカーボールだったこと。
 大柄な方も、腹とかいう適度な脂肪がサンドバック代わりになるから便利にすぎた。
 それからはも、悲惨極まりない。
 キドーただ一人による悲しきサッカーゲーム。飽きたらすぐに消える人間松明だ。
 蹴って燃やしてストンピングで踏み消し、鼻筋を鋭く蹴り砕く。
 幸いにして喉が潰されてなかったので、ひゅうひゅうと心無い呼吸だけはできている。喉に血でも流れ込めば早晩呼吸困難になるだろうが、セムが処置を初めてしまったら文句は言いようがない。
 セムは、キドーが徹底的に残虐性に特化した半殺しぶりに少しだけ驚いたし、正直ヒきはした。
 だが、今回に限ってはチンピラが全部悪い。多分このあと、社長はアクド一家の根城にカチコミ入れて蹴散らしたりとかしかねない。そこまでついていくべきだろうか? 挨拶回りも終わってないのに。
 セムのそんな葛藤をよそに、のびたチンピラを無理矢理起こそうとする社長の扱いが、この日のセムの最大のおお仕事であった。

PAGETOPPAGEBOTTOM