PandoraPartyProject

SS詳細

赤が散る

登場人物一覧

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
キドー・ルンペルシュティルツの関係者
→ イラスト

 太陽が眩しいと思ったのは、砂漠の桜──その桜から落ちる紅の花弁を見たキドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)の身に烙印が刻まれた日からだ。傷口から流れるはずの青は花弁となり、やがて、吸血鬼になるのだという。キドーは吸血鬼になった自分を想像しながら無番街の事務所社長室で煙草をふかしている。三本ほど吸ったところだったか、事務所が騒がしくなったのは。取っ組み合いの喧嘩、野郎どもの声が聞こえた。女がどうとか俺が先に惚れたとかいつものクソみてぇな喧嘩だ。
「まったく、馬鹿野郎どもだな」
 キドーは口元をにやつかせながら、天井に煙を吹く。

 ちなみに馬鹿野郎どもは今も事務所をめちゃくちゃにしている。
「どうよ!」
「まだ軽いな」
 猫耳男のアッパーを爬虫類顔の男が受け止めているところだった。本当に血の気が多い奴ばかりだ。スキンクは視線を馬鹿野郎どもに向け、「そろそろやめてください」
 男達の肩を強く掴んだ。瞬間、スキンクはよろけ、顔をしかめた。鼻の奥から赤い液体がスプレーのように吹き出す。そう、猫耳男の頭突きを鼻にくらったようだ。
「喧嘩はやめてください……」
 息を吐く。猫耳男を引き寄せ、スキンクは頭突きを返した。凄まじい音に爬虫類顔の男は立ちすくみ、猫耳男は床に転がっている。
「……スキンク、社長にはオレが報告しようか? 痛そうだしよ」
 スタッフの女が鏡を見せた。スキンクは見た。鼻血が流れ、切れたのだろう。唇も歯茎すら赤い。
「ほら、派手にやったろ?」
「……そうですね。ただ、おれが仲裁したんでおれが言います」
 スキンクは手の甲で鼻を拭い、手の甲に伸びた鮮やかな赤を見た。見た目ほど痛くはなかった。ただ、血は顔を汚し、いつもの服に赤い染みを作った。スキンクはうんざりしながら指で鼻を圧迫し、社長室の扉を叩く。
「入っていいぞ」
 キドーの声に頷き、スキンクは社長室に入った。白く煙った部屋。キドーは椅子に座り、勧誘チラシに目を通している所だった。
「仕事中、すいません」
 真正面に立てば、「おまっ」
 キドーが驚き、スキンクの赤を指差す。
「すいません、喧嘩の仲裁をしたら頭突きをくらいました」
 小首を傾げる。いつもなら冗談のひとつでもあるはずなのにキドーは静かだった。
「社長?」
 鼻血が指の隙間から流れ、唇に赤が触れた。赤い味が口の中で溶け、スキンクはうんざりする。自分の意思で止められないことがとても面倒に思えた。

 スキンクの声が遠い。
「ん? ああ……」
 赤にぐらあぁとキドーの意識が吸い込まれる。スキンクの息すら美味そうに思えた。
(嫌だねェー)
 キドーは苦笑する。赤に焦がれ、喉の奥が震えている。スキンクを見れば、平静を装っているが、止まらない血に苛立っているようだった。
(なら、俺が飲んでもいいじゃねェかよお)
 ふと、そんなことを考えてしまう。ぼりぼりと頭を掻き、キドーは目を見開いた。溢れ出した赤が手首を伝い、絨毯を濡らしたのだ。
「こんなにも垂れて可哀想じゃねェか……」
 吐き出した声がねっとりと湿っている。キドーはスキンクの腕を掴み、涙を拭うように手首を舐め、服に染み込んだ赤い液体を吸った。途端にスキンクが深く息を吸う。
「はは、やっぱ、あめェな」
 はっきりと感じる赤。もっと、飲みたくなってキドーは机を蹴り飛ばした。立ち竦むスキンクをソファに叩きつけ、むわりとした血の匂いに涎を垂らす。

「社長?」
 重い身体を感じる。ソファに押し倒されていた。押しのけようと四肢をばたつかせるが、キドーは全く動かない。汗が滲む。キドーの瞳孔が獣のように大きく動いている。鼻血が頬を流れる。キドーは汗を流しながら何かに耐えているのだ。
「黙ってろよ……スキンク……」
 キドーの声がスキンクの中に響いた。キドーの汗が、涎がスキンクの頬に、唇に落ちていく。スキンクは激しく動揺した。何が起きているのだろうかと。だけれど、赤い液体はそれでも止まらなかった。
「おい、勿体ねェって……」
 キドーはスキンクの顔を両手で掴み、唇を寄せたのだ。と思った。だが、違った。キドーはスキンクの外鼻孔に口づけ、血をすすりはじめたのだ。奇妙な感覚だった。キドーの舌がうごめき、スキンクの鼻腔に入ろうと震えているのだ。
「社長?」
 スキンクはキドーの顎先を強く押す。だが、動かない。獣じみた力を感じるだけだった。キドーの唾液がスキンクの唇を執拗に濡らす。
「あぁ、クソ……ワインみてェだな……」
 キドーは赤を夢中で舌ですくい、今度はスキンクの赤い唇をべろべろと舐めている。スキンクは声を漏らした。キドーの熱い舌を感じたのだ。
「はは、うめえわ……」
 キドーは唸り、目を細めた。
 
 こんなに美味いもんは初めてだった。青いはずの舌が真っ赤なかき氷を食ったかのように染まりだす。口の中が甘ったるくてすぐに酔っちまう。

 キドーのぬるぬるとした舌と唇が、スキンクの顔を、鼻を、顎先の血を追いかけていく。だから、気が付いた。キドーは血が欲しいのだと。スキンクは途端に瞳を輝かせ、にたにたと笑ったのだ。
「社長、欲しいですか?」
 キドーの前に血がこびりついた指を向ければ、たちまち、キドーは指を熱心にしゃぶりだす。
「赤ちゃんみたいですね、大人なのに」
 べちゃべちゃと爪を、指を、手を、手首を、熱心に舐めている。湿った息にスキンクは喘いだ。
「歯、当てないでくださいよ……」
 スキンクは昂っている。何故だろう。気持ち悪いことが。呼吸が速まる。
「社長、こっちもどうですか?」
 鼻を指差す。
「あぁ……」
 垂れてきた赤をキドーは顔を上げ、べろりと犬のように舐めた。
「はー、美味くて笑っちまう……」
 キドーは震え、ぼんやりとスキンクを見た。
「なら、もっとあげます」
 スキンクは舌を噛んだ。赤い液体が滲んでいく。

 ──欲しいですか?

 スキンクは舌を出し、笑った。舌から血液が流れる。痛みはなかった。
「煽んなよ、スキンク……」
 舌打ちと弱々しい声が聞こえる。
「要りませんか?」
「うるせ……くれよ……」
 喘ぎ、強引にキドーは唇を重ねたのだ。舌が生き物のように動き回っている。スキンクはゾクリとした。嬉しかったのだ。でも、これは、愛なんかじゃない。汗だくでソファをゆっくりと揺らしている。ただ、それだけだ。汗が流れる。息が上がり、涎が零れた。キドーはスキンクの舌を舐め、歯茎を舌でなぞりはじめる。
「あぁ」
 スキンクは支配欲に笑った。優越感でぐちゃぐちゃだった。だからだろう、無意識にキドーの硬い尻を両手で掴み、舌を絡める。

「え? えぇ?」
 暫くして正気に戻ったのだろう。キドーは唇を離し、スキンクの上で怯えた顔をしている。自分が何をしたか知っている。でも、信じたくはない。そんな顔だった。唇の端から唾液が糸のように伸びている。
「社長、おれは美味かったですか?」
 スキンクはソファに寝転がったまま、言った。瞬く間にキドーが青ざめる。
「スキンク……」
「はい」
「ス、スキンクくんは今、何が欲しいのかなぁ〜〜?」
「社長」
「な、なんだよ? 俺はヤらねェぞ……」
「別におれは何も要りませんし言いません」
「へ? なんでだよ……」
「今ので満たされましたから」
「いや、は? 何が……クソ、めちゃくちゃ聞きたくねェな……」
 キドーは苦々しい顔で、楽しそうなスキンクを見つめたのだ。

おまけSS『小競り合いのふたり その後』

「いててて……スキンクさんの頭突きマジ効いたわぁ……」
「あぁ、あれは痺れたねー! かっこよかった! てか、お前さ……スキンク氏に何、頭突きしてんのよ?」
「え? ま〜な! すげぇだろ!」
「いや、駄目だろうよ」
「え、なんでだ?」
「推しに頭突きとかありえねーって……逆だったらご褒美だけどよ」
「推し? ご褒美? なんだ、それ? もしかして、お前、スキンクさんのこと……」
「ばっ、ちげぇって! 推しは推しだからよ!」
「ふ〜ん? まぁ、スキンクさん、クールだしな。分かるわ」
「だろ?」
「てかさ、遅くね?」
「あ? 何がだよ?」
「スキンクさん、社長室から出てこね~なぁって。何してんだ?」
「何ってそりゃあ……二人で仕事の話でもしながら煙草でも吸ってるんだろうよ。あー、良いなぁ! 混ざりてぇ!」

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