PandoraPartyProject

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刻日

登場人物一覧

建葉・晴明(p3n000180)
中務卿
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者

 2023年5月22日――その日に彼の元に訪れる予定はメイメイの中では決定事項だった。
 鏡の前に立って深く息を吐く。髪に揺らぐのは美しい桃色。繊細な細工に桜色の結い紐が愛らしい彼からの贈り物だ。春とともに飾ったのは雪色の紐で彩られた角飾りだった。
 神威神楽らしく和装に身を包んではみたが、衣の色彩には悩んだ。一番に彼に可愛く見られたかったからだ。これがいいか、あれがいいか、姿見の中のメイメイは宛らファッションショーである。


 ふわふわとした髪を指先でいじくってから小さく息を呑む。

 ――俺は思えば、メイメイ殿。
   ……メイメイのことを何も知らなかったのだな。友情にも何もかもにも疎く、距離を測りかねさせて申し訳ない。

 恋情と友情の差異とはどう言葉にすれば良いのだろう。少なくとも、ただの一人の神使ではなく、彼にとって心を許せる友人になれたのは喜ばしいことであろうか。
 メイメイと呼ばれた名に頬が赤らんだ。晴明様と呼び掛ければ「さま」と少し唇を尖らせた顔は彼の実年齢を思えば少しばかり幼くも思えただろうか。
 特別な友人として接して欲しいという彼に、友情以上の感情を抱いていると告げればどの様な顔をするのだろう。そんなことを考えてからはあと息を吐いた。
 まだ、芽生えたばかりの幼い恋心。その全てを自分自身で把握できるわけではないけれど――今日という日は抱いたしがらみすべてを置き去って、伝えたいことがあった。
 高天京の御所に向かう事を伝えた際に、顔を出したのは晴明ではなく黄龍である。灼けに楽しげな神霊は「来たか!」と満足げな笑みを浮かべていた。
 黄龍をここまで連れてくることになった陰陽頭――庚は何処か疲れた顔をして居たが……何時もはその役割こそが晴明なのだと感じると妙な心地にも陥る。
「大丈夫……ですか?」
「大丈夫ですよ。黄龍が今日の中務卿の職務はさっさと終わりにせよと喧し……失礼、申しておりまして……その引き継ぎをして居た次第です」
 メイメイは悪戯っこのように笑う黄龍を見上げて「ああ」と頷いた。どうやら、気易く明るい神霊は5月22日が彼の誕生日である事を承知しているのだろう。
 日付さえも覚えて居ないような遠い目をしていた庚は「シレンツィオ周辺にも天義からの影響を受けていますから」と忙しない日々に止めを刺されたような顔をして居た。
「僕が引き受けますから、メイメイ君は中務卿を引き受けてくださいますか? 先程、霞帝の御前に向かわれていましたから暫くすれば此方に来るはずです」
「その……ご無理を、なさっているのでは……」
「いえ。その、僕ら八百万はそれなりに生きていますが獄人にとっての生誕の日はまだ指折り数える程度みたいなものでしょう。祝ってあげてくださいね」
 にこりと微笑んだ庚は、明日は昼から霞帝が晴明の誕生日を祝うのだと告げた。当日にしなかった理由は、霞帝がすると言えば中務卿は全ての予定をほっぽり出す可能性があるからだという。
 暫く御所の入り口近くに座っているようにと指示をされてからメイメイは緊張したように椅子へと腰掛けた。風呂敷に包んだ贈り物を気に入ってくれるか、此度の衣は彼のお眼鏡に適うだろうか。そんなことばかりを考えて居る。恋をすれば人は変わると言うが、これがそうだというならば些か気恥ずかしささえ浮かんでくるものだ。
 目線をうろつかせていたメイメイは「メイメイ」と呼び掛けられてから肩を跳ねさせた。ああ、『距離感が下手くそな彼』の呼び捨てには未だになれない。
「晴明さま」
「さま」
「は、晴明、……さま」
「はは」
 屈託なく笑って見せた彼は「貴女が来ていると聞いた。待たせてしまったのだろう」と気遣う様にメイメイへと手を差し出した。
 いいえと首を振ってから気付く。普段、御所で彼が仕事をして居る際には身に着ける束帯ではなく、色合いも鮮やかな狩衣を着用して居た。はたと気付いてからはメイメイは「お仕事は、お終いだと……庚さまが」と辿々しく紡いだ。
「ああ。どうやら霞帝が明日、皆とささやかな生誕の宴を開くらしい。その準備があるから、居ては困ると御所を追い出されて仕舞った」
 だからこそ、衣服も参内出来ぬようにと着替えさせられたのか。不服そうな晴明にメイメイは霞帝らしいと合点がいく。『お前の誕生日を祝うのに、お前が手伝おうとしてどうする』とでも彼は叱ったのだろうか。そんな様子が想像に易い辺り、彼等の関係性にも慣れきってしまったと言うべきだろうか。
「それで……何処かに行くのだろうか」
「いえ……お疲れかと、思って居ましたから、贈り物だけでも……と」
 晴明は驚いたようにぱちりと瞬いた。確かに、多忙を極め続けて居る。
 此処最近のことはと言えば、鉄帝国に援軍だと自らが飛び出してきた霞帝に国を任されていた陰陽頭と瑞神が疲弊しており、そのケアにも大忙しであった。
 瑞神はと言えば、他に気になることがあると玄武と共に動いている。庚はそんな瑞神の様子を確認しながらも陰陽頭としての政務に日々を忙殺されているようだった。
 其れ等を統括する長である晴明も庚の卜占の結果を耳にして、じわじわと近寄る影の存在に警戒を続けて居た。神威神楽を護る為には八枚の扇が連携せねばならないのだ。
「確かに忙しいのだが、それだけでは気が滅入ってしまうのでな」
「……?」
「気晴らし程度に何処かに行きたいのだが、どうだろう。御所だとほら……」
 くるりと振り向いた晴明の視線の先には身を隠しているが明らかに此方を伺って居る黄龍と呆れ顔の庚の姿が見えた。神霊に引きずり回される陰陽頭は「さっさと行け」と顔面に貼り付けている。
「あ、え、えっと」
「黄龍。賀澄様の元へ行け」
 呆れた様子の晴明に「晴明よ、女人の事は丁寧に扱うようにのう? えすこーと、と言うらしいぞ、えすこーと!」と燥ぎ廻っている。どこでそんな言葉を覚えたのだと晴明が視線をずらせば共に諸国へと遊学中の陰陽頭が視線を逸らした。
(……庚か……)
 じとりと睨め付ける晴明に庚は「晴明君、さようなら」と輝く笑顔を浮かべた庚が黄龍の首根っこを掴む。いやだ、はなせ、吾も行くと大騒ぎの黄龍を見送ってからメイメイは困ったように晴明を見上げた。
「宜しいのでしょうか……」
「賀澄殿の宴の準備とやらを手伝わした方が良い。そもそも、四神と瑞神、黄龍の主に当たるのは霞帝わがあるじだ。彼の命に従うべきだろう」
 肩を竦めた晴明にメイメイはぎこちない笑みを浮かべた。屹度、宴を明日にすると言ったのも好奇心旺盛すぎる神霊を引き留めておくためだったのだろう。
 晴明には友人と呼べる者が少ない。だからこそ、霞帝はそんな彼が友と過ごせる貴重な一日をつくってやりたいと考えたのか。熟々、想いの君主だ。
「……ふふ」
「どうかしただろうか」
「いえ、霞帝さまは、晴明さまが大切なのだな、と……」
「……まあ、彼は兄代わりのようなものだった。セイメイと揶揄って呼ぶのも愛情だろう、と認識している」
 旅人である彼は生まれ故郷に存在する偉人とやらの名と同じなのだと読み方を変えて彼に親しんでいた。真剣に名を呼ぶときは晴明と呼び掛け、政務ならば中務卿と呼ぶ。
 そんな関係性がはっきりとした二人にはメイメイにも立ち入れぬ関係性があるのだろうか。ならば、少しばかり羨ましくもある。
「あの方がいるからこそ、俺は此処に居るのだと思う」
 御所から街へと歩きながら晴明はメイメイへとそう言った。小さく頷いてからメイメイは「霞帝様は、神威神楽には、なくてなならない存在ですね」と呟く。
「ああ。彼が居なければ俺だって屹度――……いや、もしも、というのは嫌いなのだ。聞かなかったことにしてくれ」
「……? はい」
 屹度、どうなったのかは彼も言いたくはなかったのだろう。ぎこちなく眉を下げた晴明を見上げてからメイメイは頷いてからそれ以上は何も聞くことはしなかった。
 御所から高天京の街へと出て、のんびりと歩いて行く。何処へ向かうのかと聞けば、彼は芍薬の花が咲いたのかを見に行きたいと言った。
 霞帝の居室に花を飾るのだという晴明はその花が咲く場所まで人気無い道を散歩がてら歩かないかと提案する。勿論、彼がそうしたいのであればメイメイが拒絶する理由も無い。
「……なんだか、静かな場所、ですね」
「ああ。一応は此処は霞帝の私用の庭なんだ。と、言っても管理は中務省が行っているのだが……」
「霞帝さま、の?」
「彼は旅人で、この国に生まれていない。だからこそ、御所にしか居場所がなかった彼のためにと用意された御用邸と呼ぶべきだろうか。
 今は専ら神霊の休息地や俺が庭仕事をする場所になってしまっているが……メイメイも何か植えてみるか?」
「植えてもよろしいのですか?」
 美しい庭に、選んだ花や樹を植えても構わないと告げる晴明は花水木を指差して「あれは俺が子供の頃に植えた」とそう言った。
「それから、あっちの桜と金木犀は賀澄殿がつづりとそそぎが産まれた時に植えたものだ」
「わあ」
 記念して植えたのだろう。幼い姉妹の成長を見守る花というのも素晴らしいものだ。
 この御用邸が晴明やつづり、そそぎ、そして賀澄のの地なのだろう。そう思えば妙なくすぐったさを感じた。
「……教えていただいて、よろしいのですか?」
「メイメイは、俺の友人だろう。それに、瑞神にも気に入られている。知っていて悪い事ではないだろう。
 ……それに、何か俺に言いたいことがあるのだと思った。ずっとそわそわとして居ただろう?」
 ゆっくりと振り返った晴明にメイメイは背筋をぴんと伸ばした。どうやら、見透かされていた。人の多い場所では気後れしてしまったことだって彼は気付いて居るだろう。
「ええと……晴明さま」
「さま」
「晴さま」
 それならば許そうかと肩を竦めた晴明にメイメイははあと息を吐いた。
 緊張する。おずおずと、言葉を選ぶメイメイに晴明はただ、じっと待っていてくれた。僅かな間を開けてから意を決して話し始める。
「……お誕生日、おめでとうございます。
 貴方が生まれてきてくれた、とても大切で喜ばしい日に感謝を。この豊穣で、貴方に出会えて。
 ……特別な、あたたかな気持ちを知りました。だから、わたしはこの日が嬉しいのです」
 たどたどしく、しっかりと、その言葉を紡いだ。伝えたい言の葉は山ほど逢ったけれど――一番は『大好きな人』が目の前に居るという幸せを伝えたかった。
 彼が生まれて、それから現在にまで繋がるまでの間にどれ程苦しく悲しいことがあっただろうか。黄龍は晴明を待つ間、団子を囓りながら教えてくれた。
 彼には家族は居ないらしい。今園 賀澄という男は「俺と同じだな」と晴明に笑いかけたそうだ。故に、歪な家族ごっこをして長く暮らしてきている。
 今の彼が居るのは賀澄のお陰かも知れない。それでも、これからは彼の隣に自分が居る事が出来ればと、そう願わずには居られなかった。
「……貴方の人生が幸せに満ちたものとなりますよう、に。これからも思い出を重ねていきましょう、ね」
「ああ、ありがとう。その思い出は、メイメイも共に?」
 じいと見詰める彼の紺碧の眸にメイメイは息を呑む。その眸に見詰められるだけで心臓が早鐘を打つようになったのはいつからだっただろう。
 彼が笑うだけできゅうと苦しくなるのだって、彼の荷物を少しでも背負うことが出来ればと願うようになったのは何時だっただろう。
 苛烈な恋心ではない。ただ、傍らにあれば穏やかな時を刻むような優しく幼い気持ちだった。それを恋と呼ぶ事に気付いたのはつい最近のことだったけれど。
「いつだって、わたしは貴方と共に在り……たいと、願っています、から」
 ぱちりと瞬いた晴明はまじまじとメイメイを見て居た。少し驚いたような表情をしたのは気のせいではない。
 外見は『妹たち双子巫女と同じ』位の少女だ。如何に情熱的ともとれた愛を囁かれたって、彼はその様には認識しないとでも考えて居るかのような――晴明の中でも飲み込みきれないほどのメイメイの感情だった。
「晴、さま?」
「ふふ……ああ、いや。熱烈だな、と思っただけだ」
 かあとメイメイの頬が赤らんだ。何処か照れくさそうに笑った男は幼い少女を見るように眼を細める。そっと手が伸ばされてくしゃりと髪を撫でられた。
 一回り近い年の差がある。本来は外見よりもうんと年上だ。それでも――まだその事実を伝える事が出来ていないまま、メイメイは晴明を見詰めた。
「あ、その……晴明さまに、お誕生日のお祝いの品を……。どんな物が良いか、たくさん考えてみました」
 そろそろと風呂敷のなから取り出したのは贈り物として準備した懐中時計だった。海洋や幻想の店舗を廻り彼に似合う品を用意した。洋装にも、和装にも、その何方にでも合うように。
「時計、か」
「はい……同じ時を過ごしていきたい、という意味があるそうです……」
 ちら、と見上げた彼の表情はまたも表現しがたいものだった。何処か困ったような、それでいて楽しげに眼を細めた晴明は「俺も貴女と共に過ごすことが出来れば嬉しいと思う」と膝を付く。
 ――それは、家族である双子巫女達と同じという意味か。それとも特別な友人として?
 何方もメイメイが望んだものではない。今は、未だ彼は『幼い姿の』メイメイをその様な対象には見て居ないのかもしれない。
 それでも、あなたが隣を歩くことを許してくれるのであれば。
「有り難う。幾久しく共に過ごす事が出来るよう。……貴女の幸せの傍らに俺を置いていただけると嬉しい」
 そっと膝を付いた晴明が低い位置からメイメイを見上げてくる。そうして見れば彼の眸は随分と優しい色彩をして居るのだと思った。
 二つの眼に、メイメイが映っている。メイメイだけを真っ直ぐに見上げる眸がゆるやかに細められた。
「俺も、貴女の誕生日には何か用意せねばならないな。楽しみにしてくれるだろうか?」
「えっ、もちろ――」
 どうして、わざわざ問うたのかとメイメイは考え込んだ。それから、意図に気づいてから頬を赤らめる。
「……朝から、時間はいつでも」
「休みを取ろう。茶屋にでも行かないか。賀澄殿が気に入っている場所があるんだ。帰りは土産を買っても?」
「はい」
 メイメイはふと、思う。中務卿たる彼と恋仲になるとしたならば、一番の強敵は主ではなかろうか――存在が大きすぎる今園 賀澄の微笑みが頭に過った。
 視線をうろつかせたメイメイは「瑞さまにも」とぽつぽつと呟いて。
「構わない。それで、此処からの時間は?」
「……空いて、います」
「では夕餉を共に。行こうか」
 立ち上がった晴明に手を差し伸べられてからやわやわとメイメイは握り締めた。機嫌良く歩いて行く彼の横顔を見上げて、今はこれで良いのだと心地の良い関係性を、噛み締めた。

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