PandoraPartyProject

SS詳細

寓夢亜憚

登場人物一覧

ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
ニルの関係者
→ イラスト
ニルの関係者
→ イラスト


「――――――」
 こえが、きこえる。
 聞いた筈も無いのに、何故だか懐かしく思える少女の声。その方向へと振り向けば、果たして桃色の髪を揺らした少女が『あたたかな声』ニル(p3p009185)に笑いかけていて。
「ニィくん、どうかしましたか?」
「――あなたは」
 時刻は――昼頃だろうか。其処はぽつんと小さい一軒家だけが建った平原で、恐らくは洗濯物を干していたのであろう少女とニルは、互いに向き合った状態で立っている。
 知らない声。聞いた筈の無い声。
 それでも、ニルは……最初から声の主を知っていたかのように、首を傾げながら言ったのだ。
「『ねえさま』?」
「はい、ミラベルはニィくんのお姉ちゃんなのです!」
 ちょっとだけ誇らしげに応えた少女は、そう言ってニルと、「その背後」にも視線を送り、言う。
「ニィくんも、ミィくんも。
 ミラベルにとっては、大切な弟たちなのです」
「……『ミィくん』?」
 言葉と共に、漸く向けられた視線の先に気づいたニルが振り返れば――其処には気弱そうな顔つきをした、背の高い男性の姿が在った。
「――。ねえさま、にいさま」
 青い長髪を流した男性は、どこか所在投げにニルの後ろに立ちながら静かに問う。
「此処は、何処ですか?」
「夢なのですよ」
「………………夢?」
「ミィくん」に代わり、鸚鵡返しに問うたニルへ、ミラベルと名乗った少女は笑顔で頷きながら再び告げる。
「ミラベルたちが、誰かの作為によって生み出されず、誰かの好奇によって利用されず。
 ただ、ありふれた家族として在れた仮定を描いた、普通の夢の中なのです」
 知らないはずなのに、知っている少女と、知っていながら、思い出せない男性。
 ニルの二人との邂逅は、昼日向が届く小さな家の中で始まった。


「ニィくん、お風呂は沸かし終わりましたか?」
「は、はい」
「ミィくんもお掃除、終わったのです?」
「――はい、ねえさま」
 三人が互いの紹介を終えた後、ニル達はミラベルに家事を任され、その作業に従じていた。
 ニルからすれば、それは奇妙な話だった。
 ニルは特異運命座標であること。自分に仲間や友人が居ること。そして自分がそれまで居た場所のことを、今ではすっかり思い出していた。というのに――ならば今居る場所は何処か、ミラベルらは何者か。それを急いて問う気が、未だしていなかったためだ。
「焦ることは無い」と。「きっと話してくれる」と。
 何処か、確信めいた予感を感じていたから。ニルは「ミィくん」――後にミニミスと自己紹介した男性と共に、小さな家の小さな役割を果たしている。
「それじゃあ、おやつにするのです!」
 言葉と共に、冷蔵庫らしき家具からミラベルが取り出したのはガナッシュケーキであった。
 温めたナイフでそれを丁寧に切り分け、ミラベルは淀みなくそれをニルとミニミスに配っていく。二つは同じくらいのサイズで、一つは少しだけ大きめに。
「お茶やコーヒーも在るのです。ミラベルはホットミルクを戴きますね?」
「……その、『ねえさま』」
 言われるがままに、差し出されたケーキにフォークを入れつつ、ニルは今でも慣れない、けれどそう呼ばねばならないような呼称でミラベルに問うた。
「ねえさまは、本当にニルのねえさまなのですか?」
「そうですよ。でもミラベルは今のニィくんが居る場所には居られないので。こうして夢の中だけ逢いに来たのです」
「……それは、」
 どうして? と聞こうとして。
 曖昧な、また悲しさを覗かせる笑顔に、ニルは問うことを止めた。
「この夢は――先ほども言ったように、ミラベルが作った夢の中です。
 ミラベルは、こういう『在り得たはずの未来』を詳細に考えるのが得意なので。誘えたのは、ニィくんとミィくんだけですが」
「それは、何故?」
「向こうに居る『本当の私』が今も繋がることが出来ている存在が、二人だけだったからです」
 ――「ニィくんとミラベルは、とっても近い場所に居るのですよ?」と。
 口元に人差し指をあてながら、ミラベルは笑う。それがどういうことか、ニルには分からなかったけれど。
「だから……何も気にしなくても、この夢はじきに覚めるのです。
 今見ている内容は朝起きると共に忘れて、二人は何時も通りの日常に戻れるのです。安心していいですよ!」
 笑顔を崩さぬまま。ミラベルはまた、ガナッシュケーキを口に運ぶ。
 出会った時から、ずっと。彼女はニルとミニミスに笑顔を浮かべ続けていた。
 貼り付けたものではない。真実、心からの笑顔。それを。
「……なら」
「何故?」
 ニルとミニミスは、どうしてか、無性に悲しいものだと思えた。
 自らが忘れ去られる存在だと知ってなお、何故誘ったのか。そう問うた二人に、ミラベルは訥々と答える。
「――『本当の私』は、ニィくんたちと話せません」
「………………」
「触れ合えません。一緒に遊んだり、ご飯を食べたり、同じベッドで眠ることも出来ません。
 ……嗚呼、うん。だから、ミラベルは」

 ――「それが、少しだけ、残念で」。

 ミラベルは笑っていた。
 笑いながら、次いで、「ごめんなさい」と口にもした。
「だから。ニィくんたちが此処に居るのは、ミラベルの我が儘なのです。
 直ぐに忘れ去られる夢でも。貴方達を勝手に呼んでしまって、本当にごめんなさい」
 ……きっと、ニル達は、それに否定の意を返したかったのだろう。
 けれど、そんな反応を、ミラベルが望んでいないことも分かっていた。どこか心の底、魂に最も近しいコアが訴えかける『姉』としての存在に、だから、ニルたちが代わりに発した言葉は。
「……ねえさま」
 淀みなく、言う。
 可能な限り、そう聞こえるように、ニルは努力して。
「お夕飯も、ニルが手伝います。
 眠るときは、おんなじ部屋が良いです。同じベッドまでは、恥ずかしいから」
「――――――」
 何でもないことのように、ニルは呟き。隣に居たミニミスも、そんなニルの服の袖をつかみながら、小さく頷く。
「……はい、ミラベルも、腕によりをかけちゃいますね!」
 ――「私も、貴方と一緒に居たいのだ」と。ただ其れだけを言えないことの、何と難しいものか。
 それでも、だからこそ。その意図を込めた言葉を精いっぱい読み取った桃髪の少女は、笑顔の中に少しだけ涙を滲ませて答える。
 夢の中でも陽の運航は現実と同様に、中天に浮かんでいたそれは徐々に傾いていた。
 軈てそれは夕暮れに変わり、夜に変わるのだろう。或いは、それを見届けるよりも先に、この夢は覚めてしまうかもしれない。
 それでも。

「ニィくん、お鍋の温度は大丈夫です?」
「! だ、大丈夫……なのです」
「……ねえさま、お野菜、切り終えました」
「ミィくんは器用なのです! それじゃあ、ご飯の時間ですね!」

 快活な少女と、素朴な少年と、気弱な男性が住む小さな一軒家にて。
 いつか来る別れなど気にも留めず、彼らは今この時を精いっぱいに過ごす。
 ――願わくば、どうか忘れじと。そう思いながら。


PAGETOPPAGEBOTTOM