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堂々巡りに愛の手を

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ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
ヤツェク・ブルーフラワーの関係者
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 閉められた窓から差す陽の光は窓辺の植木鉢を暖かく照らしている。
 植えられたヒアシンスは愛らしい青紫の花を咲かせている。
 彼が『いない間にこれを育てて楽しんでいてくれ』と送ってきた花は時期を得て開花に至る。
「……ふふ」
 ヘレナ・オークランドはその光景に微笑みを浮かべ、花をめでる。
 やれることなんて殆どなく、するべきこともほとんどない、けれど穏やかな日々は過ぎ去っていく。
 だから、今日もきっとそんな一日だと――女はそう思っていた。

 控えめに、ドアのノックする音が聞こえたのは、読書を始めてから少ししてからだった。
「……久方振りだな、ヘレナ」
 扉を開き、ヤツェク・ブルーフラワー (p3p009093)は深呼吸と共に声をかけた。
「ヤツェク様、ご無事だったのですね……良かったです」
 そう薄っすらと微笑みを刻んだヘレナの表情には確かな安堵が見えた。
「あぁ、鉄帝に行っていてな」
「ええ、その話は新聞で拝見しました。
 なんでも、冠位憤怒が鉄帝国を滅ぼさんとした、とか」
 こくりと頷いて、ヘレナはヤツェクの方を見やる。
「お怪我は、ありませんか?」
「あぁ、問題ない。死地に飛び込んでしまった。
 アンタを守るためにも、死ぬわけにはいかないだろう?」
「ふふ、ありがとうございます……ヤツェク様?」
「……なんだ?」
「何か、あったのですか? 何もなければいいのですが……最近はお手紙の1つ、花の1つもありませんでしたから」
「あぁ、少し、思うところがあった」
 ヤツェクはそっと椅子に腰を掛けると、詩人らしく詩に乗せて語ることにした。
 それはあの男のことだ。
 ――自分が探りを入れたから、あの男は追い詰められたのかもしれない。
 そんな感情のままに、アーカーシュに挑んだ日々の事を。
 自分の子供がもしいれば――そんな感情も渦巻きながら、あの男を倒して、奴が目覚めさせた兵器が憤怒を穿つその瞬間まで見届けた。
(……それに)
 ヤツェクは胸の内に独白する。
 ギターの音色は落ち着いていた。
(アンタにもいい所を魅せたかった。
 戦えない人々の為に、苦しんでいる人のために戦って、救うことができたのなら――あんたも微笑んでくれるんじゃないか)
 そんなこと、とても口になんてできやしない。
 ぱちぱちぱちと、控えめな拍手にヤツェクは顔を上げた。
 穏やかに笑うヘレナとちらり、視線を交え、思わず視線を逸らした。
「ヘレナ……ずっと、言わなきゃと思ってたことがある。
 ずっと、不安に思っていた。
 おれは、アンタの元旦那との約束もあって、アンタを守ると言ってきた。
 だがそれはおれがアンタを縛り付けてるみたいだろう?
 アンタの未来を潰しちゃいないか? もっといい相手がどこかにいるんじゃないか?
 そう、ずっと考えていた」
 真っすぐなヘレナの瞳に気おされるように、ヤツェクは口を滑らせた。
「……ヤツェク、様。結局のところ、どうなさりたいのですか」
 ふと、ヘレナが声をかけてくる。
 微笑みながら言うヘレナの声色は平時と変わらない。
 穏やかに、柔らかく、湛えた微笑みにもそれ以外の意味はないのだろう。
 けれど、ヤツェクはその声を聞いた時、声を詰まらせた。
「貴方はわたくしとどうなりたいのです」
「どう、なりたい……だって?」
 ヤツェクは思わず顔を上げた。
 穏やかに笑う婦人の顔がそこにはある。
「貴方様の庇護を受けていました。ですが、別れたいのでしたら、わたくしはそれでも構わないのです」
 静かに、重ねるように女は言う。
「亡き夫は貴方様に……いえ、貴方様を始めとするローレットの手により討ち取られたのでしょう。
 それを気にかけているから、あまり顔を出されないのかと思い、ならば仕方のないことだと思っておりました。
 しかしながら、どうです、言うに事欠いて、私に相応しいものが他にいるのではないか、と」
 そう穏やかなままに語るヘレナはどうにも激しい怒りを覚えているのだと、ヤツェクが漸く理解すれば。
「わたくしだって貴族の端くれです。
 叛逆の徒となった者が、その家族が本来どうなるのかぐらい、分からないわけがないのです。
 本来、ヴィーグリーズの戦後処理でわたくしも処断されるのが筋というもの。
 それを貴方様の手で庇護されたのですよ? 死んでいたはずの命、今更この先に何を憂えます」
 真っすぐな目はヤツェクを射抜くように見ていて、後ずさるように椅子がぎぎ、と音を立てた。
 それの音に我に返れば、それまで気丈であった彼女が、悲しそうに瞳を揺らしていることに気付いた。
「おれは生き方を変えられない。いつ死ぬか分からないんだ。
 そうじゃなくても、アンタより先にくたばるだろう。
 こんな奴より、いいやつはきっといるだろうさ」
「わたくしは、待つしかないのです。貴方様が別れたいと仰るのなら、今すぐお帰りくださって結構です。
 それが嫌ならば……どうか、わたくしの手を取って、目と目を合わせて言葉にしてください。
 あの時のように、わたくしを失うのが嫌だと、生きているのが見たいんだと、そう言ってください」
「――おれは」
 どくんと胸を打つ。
 逃げ道は用意されている。だから、庇護に留め踵を返せばいいのだ。
 騎士願望だなんてものは捨て置いて、悪かった、冗談だ。いつになるかは知らないがまた会おう、そんなことでも言って踵を返せばいい。
 きっと、目の前の女性はそれでも今にも消えそうな微笑を浮かべて受け入れるはずだ。
「おれは、別れたくは、ない。だが……」
「ヤツェク様は……わたくしよりも大人なのに、わたくしよりも子供っぽい所がおありのようですね」
 目を合わせられず、伏せ気味に言えば、そんな柔らかな声と共に影が降りる。
「花の一輪、お手紙の一枚、そんな物でも構いません。
 わたくしは、それだけで充分です。でも……それではヤツェク様は困るのですね。
 ここにいるのは、ただのヘレナです。
 この手で、貴方様がわたくしを欲しいと、そう言って下されればそれで構わないのですよ」
 そう言って笑う彼女は、ヤツェクの退路を意図的に用意しているのだろう。
 だが、それは選べなかった。
 選びたくないと、どこかで自分が声をあげていた。
「……おれはいずれアンタを残して死んで、それでアンタを泣かせるぞ?」
「……いいえ、わたくしを泣かせてください。
 わたくしを抱きしめ、わたくしに愛を囁き、わたくしと共に生きてください。
 今のままでは、わたくしは貴方のために泣くことも許されないのです。
 それが、どれだけ悲しい事か、貴方には分からないのですか?」
 静かに、まっすぐにヤツェクを見るヘレナの手が、そっと自分の手を包み込む。
「だが、おれはアンタの夫殺しで、娘にだって刃を向けた。そんな奴の血濡れた告白なんて、困るだろ」
「幻想貴族として生まれ、幻想貴族として生きてきた女に、今更そのようなことをおっしゃらないでください。
 その程度の悪行、この国で今更というものです」
 ――あぁ、全く、ヤツェクはその時になって気づいたのだ。
 下らぬ騎士願望だと、若い恋など出来やしないと言い聞かせてきた自分には、どうにも後など用意されちゃいないらしい。


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