PandoraPartyProject

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はな、ひらく

登場人物一覧

ソア(p3p007025)
愛しき雷陣

 あこがれがある。
 ひとのすがたになりたいという、あこがれ。
 一匹の精霊は、トラから人へ。
 でも、まだその四肢は、けもののまま。

「むー」
 と、ソアが唸る。
 銀の森である。そこにも今や春が訪れ、様々な花々も開花するような、そんな季節。
 鉄帝での戦いが終わり、しかし同時にラサでの戦いも続いている。今日も世界は大騒ぎで、ろくに休めるときもない。
 ……そんな、わずかなお休みの時。ソアは銀の森へと戻ってきて、改めて、鉄帝での戦いの『大変さ』を思い出していた。
 思い出していた。
 思い出すのおわり!
「大変だったねぇ」
 むふー、と息を吐いた。大変だった。思い出すのはそんなものでも充分だろう。誰も彼も大変だった。激動の中を駆け抜けて、どうにかこうにか、生き延びて、今ここでこうしている。そのすべてを「大変だったねぇ」で片づけるのも些か乱暴な気がするが、でも、『そんなもの』でも充分だ、とはさっきも言った。
「そんなことより、あんだけ頑張ったんだから、レベルアップとかしないのかなぁ?」
 むむむ、とうなってみながら、自分の手先を見る。トラのそれ。人間のしなやかなものとは違う、おっきくて、もふもふとした、手。
 ソアは人間にあこがれていた。厳密に言うと、人間の暮らしや姿、その在り方。だから、トラの姿だった自分は一生懸命に頑張って、今の姿を得たのだ。
 人の体。トラの手足。
「ちゅうとはんぱー!」
 わぁ、と声を上げて、銀の森の草原に寝転んだ。確かに、今のソアのその姿は、人間(獣種のそれ)に近いといってもいい。でも、ソアが望んでいたのは、どちらかといえば人間種の姿であって、すらっとした手足、まるでガブっとかじったらぽろっととれちゃうような、華奢なそれを求めていたのである。
「ボクもだいぶ……ううん、すっごく頑張ったの!」
 わー、と声をあげながら、ばたばたと手足を振る。駄々をこねる子供のようなしぐさ。ソアの精神性は、人間としてみるならば、些か幼いといってもいい。それはまだ、獣としての自分が残っているからなのかもしれない。中途半端、とは自分でもいったが、獣と人の中間、という精神性も、またソアがそう感じてしまう所以かもしれなかった。
 獣種であったならば、そうはならないだろうか。彼の種別は、人間としての確立した、獣と人のハイブリッドだ。ソアとはまた、出自が違う。とはいえ、混沌世界に人間として認められている以上、成熟した大人の精霊もいるわけで――まぁ、この幼さは、個性の範疇と言えようか。
 いずれにしても、ソアは現状に「がまんならなかった」といえる。これまでいっぱいいっぱい頑張ってきたんだから、何か報われてもいいよね! という気持ちがあって、その報われるというのは、「にんげんになりたーい!」である。無論、人間種になれるわけではないので、人間種のような姿になりたい、だろうか。
「ぶー、ぶー」
 虚空にブーイングをしても、答える者はいない。世界は平常通りだ。ソアたちが頑張って、そうしたのだ。ならば、その平常の見返りみたいなものが欲しいわけだ。
「……無理なのかなぁ」
 ぷぅ、とほほを膨らませて、ソアがつぶやいた。
「ボクはずっと、このままなのかな」
 そう、つぶやいた。人間の体、トラの手足。半分と半分の、はんぶんこ。それはトラでもなく、人間もないように思えた。完全なトラの姿をとることはできる。が、完全な人間の姿はとれない。はんぶんこだ。はんぶんこの、ソア。
「それじゃ、やなの」
 そう声を上げる。夢だ。夢に見た、はんぶんこじゃない、にんげんの、ソア。手を伸ばしても届かない、届くように祈りながら、でも、なんだか遠い、にんげんの、ソア。
「やーなーのー!」
 ぶるぶると頭を振る。ぐわぐわと世界が揺れた気がした。眼が回ったのだろうか。ぶー、と声を上げて。眼を閉じた。
 つまんない。つまんない。ぐるぐると思考が回って、世界も回った気がした。すーっと、体が引っ張られて、落ちていくような感覚がした。あー、寝ちゃうんだな、と、ぼんやりと、ソアは思った。眠りに落ちる感覚に、すごくそっくりだった。考えてもみれば、春先の温かさに、ふるさとの匂いだ。落ち着かない理由がない。だから、そうだね、寝ちゃおうね、とソアは思う。そのまま、真っ暗な水の中に、とぷん、と落ちていく感覚を覚えいてた。とぷん、と水面が揺れて、体が沈む。暖かな水の中は、でも息苦しくなくて、優しく包み込むような、銀の森の暖かな匂いがした。
 水じゃないのかな、とソアは思った。もっと根源的な、例えるなら、母のお腹の中のような――そういったイメージ。ソアは自分がどのようにこの世界に精霊として発生するまえ、もっともっと前には、こうやって銀の森のお腹の中にいたのかな、と思うような気もしてきた。それは暖かくて、落ち着いて、手足がムズムズするような感じだった。
 ふ、と目を開くと、目の前に女の子がいた。その子はすらっとした手足で、ガブっとかじったらぽろっととれちゃうかもしれないくらいに、華奢な手足をして、こちらを見つめていた。
「いいなぁ」
 と、つぶやいた。
「ボクもそうなりたいの」
 と、女の子に言った。
「なれるんじゃないかな?」
 と、女の子が言う。金の、長い髪の女の子だ。目元が隠れていてよくわからないけれど、口元は嬉しそうに笑っているように見えた。
「お願いしたらできると思う」
「誰に?」
「うーん、誰だろう」
 女の子はくすくすと笑った。
「ひとまず、手を伸ばしてみたら」
 そういうのへ、ソアは手を伸ばしてみた。女の子も、手を伸ばしてみる。触れた。人間の、肌の感触だった。肉球とか、毛皮とか、そういうもののない、感触だった。
「意外と、なれるものかもよ?」
「ずっと、こうやって手を伸ばしていたの」
 ソアが、ぶぅ、とほほを膨らませながら言った。
「でも、届かなかったの」
「今届いたじゃない」
 そうやって、女の子が笑った。
「結局――自分次第なんじゃないかな? どう映るのか、って」
「ボクが」
 ソアが目を見開いた。
「自分で手を伸ばしていなかったってこと?」
「または、思いっきり加減が足りなかったとか」
「よくわかんない」
「でも、今届いたよ」
 女の子が笑う。
「ボクと一緒」
 そういって、笑った。
 その顔は、間違いなく、ソアのものだった。

「ふわっ!?」
 と、びっくりして目を覚ました。太陽はさほど傾いていないから、眠ったのはほんの十数分くらいかもしれない。でも、なんだかすっごくしっかり眠ったような感覚が体を覚えていた。
「なんだったんだろう。夢?」
 ごしごしと目をこする。いつものトラの手ではない、酷く華奢な五本の指が、自分の目元をこすっていることに気付いた。
「あれ?」
 と、声を上げる。慌てて、自分の手を見る。
 人間だ。
 人間の、手だった。
「あれ? あれ? あれ!?」
 慌てて立ち上がる。ズボンの裾からのぞくのは、間違いなく、人間種のそれだった。
「え!? なんで!?」
 気づいたら、ソアの手足は、人間種のそれと、まったくそん色のないものになっていた。
 なんで、と説明するならば、レベルアップや、銀の森という環境において――いや、そんなことを語るのは無意味だろう。
 語るべきは一つ。
「わ、わぁ! にんげんの、手足だー!」
 ソアが、一つ夢をかなえた。そのことだけだ。


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