PandoraPartyProject

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たとえ語られぬ物語であっても

登場人物一覧

サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
サンディ・カルタの関係者
→ イラスト

「サンディ・カルタ。そう名乗るのは一人だけでいい。なぁ、そう思わねぇか?」
 サンディ・カルタは目の前の少女に、もしくは自分自身に言い聞かせるように言った。
 対峙する少女はアレクサンドラ・カルティアグレイス。
 彼女は気丈な瞳に強い意志を湛えていて。
「あら、奇遇だわ。私もそっくり同じ考えよ」
 吹き通る風が頬を撫で、二人の夕焼色の髪を悪戯にさらう。
 全く同じ髪の色。白い肌も、小柄な身体も、蒼穹を閉じ込めたような青い瞳も。
 全てが同じ二人がそこにはいた。

 自分に瓜二つの相手。
 もう一人の『サンディ・カルタ』。
 けれど自分と違って、少女である相手にカルタはへらりと軽薄な笑みを向ける。
「そりゃあ良かった、話が早い。つーわけで、サンディ・カルタは俺だっつーことで。」
 その言葉は冗談交じりのようで、少女には軽い調子を含んで聞こえたようだ。
 聞き捨てならない。カルティアはキッと眦を釣り上げる。
「だから、それは私の継いだ名だと言っているでしょう!?勝手に私の名を騙らないで下さる?」
 気の強そうな瞳が彼を見据える。
 カルタは笑みを薄め、自分と同じ青を真っ直ぐに見返した。
 互いの瞳に宿るは静かな闘志と、確かな想い。
 カルタには守りたい名があって、絶対に譲らないという確固たる意志がある。だから引かないと決めていた。
 そして多分、それは相手も同じに。絶対に引かないのだろうと思った。
 じとりと肌が汗ばむ。
 空気が張り詰めて、風が騒ぐ。大気が高揚しているのがわかった。
 まるでこれから始まる闘争を予感しているかのように。
 カルタの手には一振りのナイフが握られているが、対するカルティアに得物はなく。
「女の子の、しかも武器も持たねぇ子に手を出すってのは趣味じゃねぇんだけどな、お嬢さん?」
 揶揄うような声が耳に触れる。
 カルタのそのセリフが合図だった。

「風よ!全て切り裂く刃となれ!!」
 鋭く怒気を含んだ声で詠唱が紡がれた。
 同時にカルティアの掌から風が生まれ、吹き荒ぶかまいたちが彼女の細腕に纏われる。
 勢いのままにカルタに肉薄し腕を振るう。
 それは一瞬の出来事。
 ーーはやい!
 半ば本能のような直感で、カルタは後方に飛び退る。風が鼻先を掠め、薄く皮を裂いた。
 一度避けられたとてカルティアは止まらない。更に距離を詰めて、二度三度、幾度となく腕を振るう。
 ーー速いうえに切れ味抜群かよ、勘弁してくれ……!
 軽風のようなステップでそれを避けながら、カルタは疑問を口にした。
「なぁ、君はどうしてサンディ・カルタであることに拘る?育ちの良さそうなレディだってのに。」
「言ったって、育ちの違うあなたには……っ!わからないわ!」
 カルティアは『サンディ・カルタ』でいなければならない。絶対に。ただ報いるために。
 けれどそれを、立場のまったく違う目の前の少年が理解するとは到底思えなかった。
「つれないな、俺によく似たお嬢さん。言ってみないとわからないだろ?」
 呟くと同時に、カルタは身を低くしてカルティアの懐に突っ込んだ。
 不敵にナイフをひらめかせ、彼女の首筋を狙う。
 鈍色の刃が少女の白肌を切り裂くかと思われた寸前、少年の青い目が見開かれた。
 カルティアはまるでおそれを知らないかのように、笑っていた。
「……皆にとって私が、『サンディ・カルタ』だからよ」
 
 激しい風が魔法を孕んで吹き荒ぶ。
 振り抜いたナイフの切っ先が宙を切った。
 カルタは視線を彷徨わせる。眼前に彼女の姿がない。直前まで確かに、そこにいたのに?
「よそ見しないで下さるかしら?」
 どくりと心臓が脈を打つ。
 背後から、少女の声が聞こえた。
 ーーいつの間に……っ!
 魔法で一瞬にして移動したのだと、理解したのは数瞬後。それも死角となるカルタの背後に。
 その速度、正確さ、余裕さ。どれをとっても非常に優れた魔法の腕を伺わせた。

 カルティアは全力だ。全力の力と覚悟をもってこの場に臨んでいた。
 自分こそが『サンディ・カルタ』で、目の前の彼は自分の名を騙る偽物だと証明する。
 ただひとつ、その目的を達成する為に。
 だって、皆がその名前を受け入れてくれたから。
 自分を「サンディ」として見ていてくれるから。
 だから、それに報いたい。応えたい。
 たとえそれで、命を賭けたとしても。
「観念なさい!!『サンディ・カルタ』……私の名を騙る不届き者!」

 カルタの背後を取り、カルティアがその背に狙いを定める。
「く……っ!」
 ーー避けるのが間に合わない……!
 カルタは強く奥歯を噛み締めた。
「風よ!吹き荒ぶその力、ここに集いて示せーー」
 カルティアが厳かに声を紡ぐ。彼女の腕に纏う風もその風速を増し、激しく吹捲いていく。


「「荒れ狂う嵐の鉤爪!!バイオレントストーム・クロウ」」


「く、あ……っ!」
 凛とした声を携えて、荒れ狂うかまいたちがカルタの背に深く裂傷を刻む。
 その太刀筋は酷く鋭くまっすぐで、まるでカルティアの折れぬ意志を叩きつけられたかのようだった。
 切られた背が熱い。燃えるようだ。
 その場に倒れこみそうになるのを無理やり堪え、カルタの両足がふらつく身体を支える。
 ーー大丈夫だ、まだ動ける。
 カルティアを前にして地を蹴り、追撃を避けて距離を取る。
 ……けれど。
「離れれば攻撃は届かないと思っていらして?」
 畳みかけるように、彼女の掌から次々と生み出される風の刃が宙を飛び、猛スピードでこちらへ向かってくる。
 その数、幾数か。
 咄嗟に顔を庇うと鋭利な風の刃がカルタの肌を、ボロボロの服を、髪を。容赦なく次々に切り裂いていく。
 暴風の如き風圧でバランスを崩した瞬間、待っていたと言わんばかりに一際大きな風の刃が彼に迫った。
「チッ……!」
 舌打ちと共に地面に身を転がす。
 カルタはすんでのところで回避を成した。
 追い打ちを掛けようと、間髪入れずにカルティアが手を翳して、

「きゃっ……!?」

 瞬間。彼女の肩が裂けた。
 
 鮮血が迸る。
 傷口から真っ赤な血が溢れて地面を濡らす。

 風の刃を避けた直後の一瞬の間。その刹那にカルタが隠し持っていたペンナイフを投擲したのだ。
 カルティア目掛けて一直線に放たれたそれは、突風を纏って彼女に届き、肩を切り裂いた。
 カルティアが痛みに肩を押え、風の刃が止んだその隙をカルタは逃さない。
 重たい身体を叱咤し大地を蹴った。
 疾風の如く一気に間合いを詰める。
「やられっぱなしは性に合わないんでね。いいか、よーく聞きやがれ!」
 先ほどから不届き者だと、偽物だと。黙って聞いていれば散々な言われようだ。
 ーーでも俺だって、一歩たりとも引くつもりはねぇ。
 ビッと親指で自らを示して叫ぶ。
「俺が幻想一の大怪盗、サンディ・カルタ様だ!!」
 譲れない、譲れやしない。誰がなんと言おうとこの名は俺のものだ。
 カルタのナイフの切っ先が再びカルティアに向けられる。
「この……っ」
 カルティアは即座に瞬間移動の魔法を発動させるが、カルタも二度、同じ轍は踏まない。
 ザッと地を踏み締め体ごと旋回。
 遠心力を乗せ、勢いそのままに後ろへナイフを振り抜いた。

 鈍色の刃に、渦巻く旋風が追随する。


「「音速旋風!!ウァルウィンド=ソニック」」


 キィン…………!

 鋭い掛け声とともに、澄んだ音で刃が啼く。
 カルタのナイフから放たれた音速の一閃は、瞬間移動でカルタの背後に移動していたカルティアの腹部を大きく裂いた。
 その傷は彼女を地に伏させるのに十分過ぎるほどの痛手だった。
「へっ、これで、どうだ……!」
 カルタは勝ち誇ったように呟くが、途端に背に受けた傷が脳まで駆け上がるほどの痛みを訴える。
 カルタの体も無理に動かしたようなもの。無事で済むはずがない。
 がくんと、操る糸が切れたように身体から力が抜けた。
 地面に片膝をつき、荒く呼吸を繰り返す。

「うぅ……」 
 カルティアが小さく呻いた。
 震える腕が地について、覚束ない上半身を支える。
 カルティアの瞳は、未だ強く光を放っていた。
 互いに荒い呼吸で睨み合う。
 傷口が熱い。血も止まらない。
 手足は動かず、脳にうまく酸素が回らない。
 息も絶え絶えになりながら。
「まさ、か……これで、終わりだなんて、仰いませんわよね……?」
 カルティアは立ち上がる。
 重たい体を引きずり、引き攣る傷口の痛みに知らないふりをして。
 震える足で、大地を踏み締めていた。
 その様子を見て、カルタは口の端に笑みを浮かべる。
「……まだ、行けるさ。なんたって、俺は……泣く子も黙る、大怪盗……っ!サンディ・カルタ様、だからな……!」
 ぼろぼろに傷つき、体は言うことを聞かないほど。
 膝に手を付く。
 腕に力を込める。
 ゆっくりと立ち上がる。
 限界が近いことはわかっていた。
 それでも、殺し合うことでしか決着はつかない。
 相手を殺すことでしか、自分こそが『サンディ・カルタ』だと証明できない。
 そのこともまた、わかっていて。

「もう、いちどだけ……言って差し上げますわ……。『サンディ・カルタ』は、私が受け継いだ名前……。いまここで、きっぱり諦めなさい……!」
「……嫌だね。そんなに、欲しいのなら……奪ってみろよ、お嬢さん。欲しいものってのは、自分で手に入れるもんだぜ……!」
 
 吹き荒れる風が頬をなぶり、二人の夕焼色の髪を荒々しく巻き上げた。
 全く同じ髪の色。白い肌も、小柄な身体も、蒼穹を閉じ込めたような青い瞳も。
 全てが同じ二人は、同時に地面を蹴った。
 
 きっと自分達は、何者でもない自分に足掻いてる。
 最期に自分の記録が何一つ残らなくとも、その姿が誰にも憶えていて貰えなくとも。
 それでも、名を喪うことの方がずっと怖いから。
 『サンディ・カルタ』でなくなった自分は、一体誰に受け入れて貰えるというのだろう?
 問えば問えば、問うほどに。
 自分には他に居場所はないと……。そう思ってしまうこと。
 それを人は愚かだと笑うだろうか。
 それとも哀れむだろうか。
 笑うのならば笑えばいい。哀れむのなら哀れめばいい。
 どれほど笑われようと、哀れまれようと……決して譲れないと、心の中で何かが叫んでいた。

 二人の刃が激しく火花を散らす。
 カルタのナイフがカルティアの腕に纏うかまいたちを弾き、負けじとカルティアは風の刃を飛ばしカルタを追撃した。
 それらを避け、二人は再び一定の距離をあけて対峙する。
 カルタは顔を顰める。
 痛い。体中が軋むようだ。
 傷口から血が流れだすのがわかる。
 けれど今は、痛みでむしろ感覚が冴え渡っていた。
 ーーこれで最後だ。
 何も言い交わさなくたってわかった。
 刃を構え、二人の『サンディ・カルタ』は今の持てる全力で地面に踏み込む。
 ただまっすぐに、相手だけを見据えて。 

 もしも、なにかひとつでも歯車が違っていれば、友人になれただろうか。ふと、そんな戯言が頭を過ぎるけれど。
 いや、そんなのはただの幻想だ。『もしも』なんてそんなもの、歩みを阻む足枷になるだけだ。
 今この瞬間だけが現実で、今この一瞬だけがすべてだ。

 追い風を受けて身体が加速する。
 二陣の風が互いに間合いの内側へ飛び込んだ。
 カルタがナイフを構え、カルティアが腕にかまいたちを纏わせて。
 刹那。風纏う互いの刃が相手の喉元に牙を剥いた。

 それは、何時か何処かで”在った”かもしれない未来の話。居場所を求めた彼らの、何処にも遺らぬ物語。

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