SS詳細
一輪車
登場人物一覧
最初から戒名を戴いている時点で、オマエ、己の末路と謂うものを把握すべきだったのだ。おそらく、オマエは最初から最後まで『死人』で在り、かみさまの導きの儘に動かなければならなかったのだ。それを、一矢報いる為、冒涜する為だけに『愛』とか称される地獄を進んでいく。この場合はタルタロスとでも表現すべきなのだろうか。気が付けばオマエの周囲、白痴めいた人々が五体投地と謂う有り様、ザマ――これなら、※※※※※は怒るだろうけど、見知らぬ人に帯を引っ張られていた方が、人間らしいもん……。
ご無体な事だ、立っていられない……。ああ、お代官様、悪代官様、そう、かみさま、僕が幻想を歩いていた時に、なんと呼ばれたのか知っているね。「やあ、少年、こんな時間に何処へ行くんだい」――僕は女の子、女の子なの、女になった筈だよ……。
虚無を掻き混ぜる為の道具を作るのに、長い永い年月を掛けたのが失敗の所以と謂えた。雁首揃えた逸脱、大罪を犯した者どもの、なんとも、筆舌に尽くし難い僥倖な表情か。頑なに頭を垂れなかったイレギュラーの、リアリティな蹴鞠に舌を巻く、そもそも、抱える為の胴体すらも失くしていたのだ、嗚呼、これが現実だったならば、凄まじいほどに。僕は雀躍に狂っていたのだろう。では、頭の中、今更摘出された脳味噌の真髄、神髄は如何なのか。毎日毎日、暈夜暈夜、重なれば重なるほどに、夢の中のあの人は活き活きとしていた。わからない。いや、わかってはいるけれども、僕はわかった事をゴミ箱に詰め込んでいる。ねえ、はやく、前みたいに、打首獄門されているあの人を、見せてくれないか、魅せてくれないか。最近の人間は百年経たないとぐじゅぐじゅになる事を思い出せないらしい。莫迦みたいな話だ、阿呆みたいな御伽噺だ。今まで、散々、嫌がっていた事柄を反芻している、巨大な巨大な、神秘的な根っこを齧り続ける蛇の如くに、僕はまったく、ニンゲンと謂うものに向いていないらしい。いい加減にしてくれないか、感無量としているのは忌まわしいったらありはしない。遂に、愈々、チョウチンアンコウへの退化が始まったと考えるべきか、それとも、もう既に発光しながら沈むのに慣れてしまったのか。べこり、凹り……濃縮された脳髄に誘われて頭蓋骨が圧されている、そんな気がした『かみさま』への悪意の表現……証明……。上下左右が判らないのは注がれていた。転覆している状態が当たり前のように思えてきて嘔気が止まらない。されども止められないのがこの動き、この、はみ出るような旋回舞踏。シュペル・タワーだったか、果ての迷宮だったか、一生出られないような気がしてきて、たまらない滑稽精神の賜物。焼け爛れそうな咽喉、ひっくり返ったのは何も内面だけではない。
イクシオンの神話とやらを知ってしまったのは最近だった。最初に血縁の者を殺した罪と『かみさま』の妻を奪おうとした罪。それを、罪とするにはあまりにも可哀想ではないか。だって、ほら、僕は思うのだけれど、彼はきっと『かみさま』よりは可愛らしい面構えだった筈だ。だからと謂って、何故に、僕が代わりに罰を受けているなんておかしいけどね。これは未だ悪夢の中での出来事に決まっている、定められている、朽ち果てる事なんてない言祝ぎの祭具の使い方――あらゆる力はオートだ。嘔吐だ。摩尼車の真似事を強要されている。この、何もせずに積もっていく酸味や臭いが、また、現実の、真実の人間にとっては魅力的なもので……。
絡み付いたのは荒縄や鎖の類ではなかった。きっと、僕に相応しいのは刺々しい蔓や茎で、回転する歯車ではなく旋回する青々しい薔薇のお友達に違いない。くるくると、ぐるぐると、無理矢理脅され踊らされ、最果てには、何が何やらグチャドロな欲望だけが残されている。まさか、僕みたいな存在が、この、優越感のようなものに苛まれているなんてイカレタ事実。「ねえ、※※※※※、のどかわいたの」「今日も羊羹作ってくれたんだね、でも、なんだか食べる気になれないんだ」「※※※※※、僕、もうそろそろ」――天空を、宇宙を、半永久的に駆けていくひとつの車輪――意識だけはしっかりと維持出来ている。身体のようなゼリー、プリン、ジュースに関しては考えないようにしておく。幽世の瞳が上手く機能しないのは「僕がどこまでも非力な所為」なだけで……。頭と腕と足に体液が溜まってきた。体外へと排出したところで――僕は死ねないと嘲笑ってくれるのです。かみさま、僕がいちばん「えらい」と貼り付けたなら、僕は自分勝手に、身勝手に振る舞っても良いという事でしょ。だったら、無理に干渉しないで、お互いに混ざり物になりませんか。知らず知らずのうちに億劫を叩きつけられたのだ――平らになるまで盲目に耳朶の内を撫で尽くす……。
烙印を捺されなくても、嗚々、オマエは世界とやらに、灰になるまで焼かれていた。
おまけSS『紅蓮地獄』
「しーちゃん」
「ねえ、しーちゃん」
「僕、もう……ううん」
「まだ、大丈夫」
「僕はまだ『僕』をやれているから」