PandoraPartyProject

SS詳細

四つ葉のクローバー

登場人物一覧

深道 明煌(p3n000277)
煌浄殿の主
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者

 りん、と鈴が鳴る。
 小さな音だけれど、聞き逃してはならないもの。
 あの子に渡した呼音の鈴。
 早く行ってあげないと、きっと心細くて泣いてしまうから。

「やあ、ジェックちゃん……どうしたの?」
「明煌と遊びにきたんだよ」
 白い翼が生えた天使が、一の鳥居の下でそんな風に笑った。
 この鬱々とした煌浄殿の結界を嫌がりもせず遊びに来てくれたのだ。
 普通の人間は、この場の空気は忌避すべきものと感じる。本能的に煌浄殿に近づく事を疎うのだ。
 用事でも無ければ近寄ろうとも思わない。ましてや、遊びに来るだなんて。
「本当に? 遊びに?」
「何でそこ疑うの?」
 きょとんとした顔でジェックが見上げてくる。
 今まで打算的に近づいて来た人間とは違う、疑問に対する純粋な反応。
 取り繕う事の無い、子供のような穢れ無き魂というべき言葉と表情に明煌は「そうか」と応えた。

 しかし、具体的に『遊ぶ』とはどういう事なのだろうか。
 このまま外へ連れて行かれるのだろうか。
 着替えは必要だろうか。人の多い所はあまり好きでは無いし。できれば静かな場所がいい。
「えっと……」
「ふふ、どこ行くか、とか悩んでる? 大丈夫、明煌の知ってるとこ」
 知っている場所とジェックが言うから、明煌はほっと胸を撫で下ろした。
 僅かに緊張が解れた気配がしてジェックは目を細める。
「そんなに外に出るの嫌なんだ」
「嫌というか……紅葉とか見るの好きやし、潮風も好き、新緑の匂いも好きなんやけど」
 明煌は人間の居る場所が苦手である。
 人混みの中を歩いていると、そこら中から音がして耳を塞ぎたくなる。
 車のエンジン音、雑踏の靴、人の声、常に耳の中へ流れ込む雑音に攻撃されているように思うのだ。
 誰かと一緒に居れば少しは気が紛れるけれど、その人の声さえ聞きづらくて消耗する。

「そっか明煌は耳が良いんだね」
「気にしたこと無かったけど……右目見えへんからやと思う」
 欠けた視界を補うように、耳からの情報を多く取り入れようとした。
 その結果、膨大な音の情報に疲弊してしまうのだろう。
「でも大丈夫。今日はね『青灯の花畑』に連れていって欲しいんだ。あそこなら静かでしょ?」
「……」
 青灯の花畑には『アオ』が居る。『あの頃の暁月』の姿をしている夜妖だ。
 会えばどうしても、心がかき乱される。
 懐かしさ、執着、独占欲。置いて行かれた悲しみと怒り。
 そんなどうしようもない心の情動を、他人に見られるのは恥ずかしい。

「青灯の花畑行くの嫌? じゃあ、他の所でもいいよ。花が咲いてる所がいいな」
 けれど、目の前の天使であるならば。
 少しぐらい醜い所を見せても構わないのでは無いか。
 それを許してくれるのではないか。
 期待をすることが怖い。手を伸ばして届かなかった時の空しさを知っているから。
「……」
 どうすればいいのかと悩んでいる間も、ジェックを待たせてしまっている事に胸がざわめく。
 この時間が長くなればなるだけ、人というものは苛立ちを覚え、離れて行ってしまうのだ。
 そんな明煌の不安を和らげるように、ジェックはふわりと笑った。
 大丈夫だと、言わんばかりに。明煌の言葉を待っているのだ。
「ぁ……うん。行こうか」
 ジェックならきっと、心を乱しても『気持ち悪い』と思ったりしない。そんな気がするから。



 一面の青灯の花が視界いっぱいに広がる。この場所は常に青色に開花しているのだ。
「すごいね、何度見ても綺麗だ」
「うん」
 静かな青灯の花畑を明煌とジェックは歩いた。
 青く灯る花の合間に、蝶々がひらりと飛んでいく。
 それはゆっくりと形を変え、『あの頃の暁月』の姿になった。
 明煌は『アオ』から視線を逸らし足下を見遣る。やはり、心が乱れる事は抵抗があった。
 足下、青灯の花の間にクローバーを見つけた。三つ葉だ。

「ねえ、明煌」
 ジェックの声に明煌は耳を傾ける。
「どんなに雨が降ったって、どんなに寒かったって、花は咲くんだよ」
「……」
 俯いているのは『見たくない』からだ。見えるからこそ視線を落している。
「でもね。前を向いたら、もっと綺麗な花が見れるよ」
 ジェックの言葉に意を決して視線を上げた明煌。
 そこに居る『アオ』は暁月の顔ではなかった。目の前のジェックと同じ顔。
「あ、れ?」
「君があの子の顔見ていつも哀しそうな表情するから」
 背格好は変わらないけれど、ジェックの顔を写したのだとアオは言う。
「そっか……」
 此処に来ても、もうあの頃の暁月の面影を追えないのだと寂しくなった。
 けれど、同時に。それ以上に安堵したのだ。
 優しいアオが自分の呪いのような執着から解放されたことを。
 改めて視線を上げた明煌は、輝く青灯の花畑を静かに見つめた。

「…………」
 しばらく、花畑を見つめた明煌はジェックとの会話をどう紡げばいいか迷っていた。
 ただ、花を見るだけでは退屈であろう。
 されど、年頃の女の子とどんな会話をすればいいのか見当も付かない。
 再び視線を落した明煌は先程見つけたクローバーを見つめる。

「四つ葉のクローバーって知ってる?」
 幸せになれるという言い伝えがある、誰でも知っているようなシロツメクサの葉っぱ。
 もしかしたらジェックは知らないかもしれないと明煌は彼女の反応を待つ。
「……うん、大丈夫、知ってるよ」
「よかった。四つ葉のクローバーすごい小さい頃、ここで暁月と一緒に探したことあんねんけど」
「うん」
 しゃがみこんだ明煌は足下の三つ葉のクローバーを撫でる。
「でも、全然見つからんくて」
 当時の事を思い出すと、恥ずかしくてむず痒くて眉間に皺が寄った。
 これは決して怒っている訳ではなくて、表現し難い感情の表れなのだが。ジェックは怖がる様子も無く明煌の話しに耳を傾けている。続けていいと言ってくれているようで安心する。
「いっぱい探して……何時間も探して、探して。暁月も探して。それでようやく見つけた」
「へえ、良かったじゃん」
 一生懸命探して見つかったのなら、どうしてそんな哀しげな表情なのだろうとジェックは首を傾げる。
「……でも、葉っぱが一つ小さくて、四つ葉のクローバーじゃないって思った。
 俺には見つけられへんねやって。ちゃんとしたやつ見つけられへん」
 ようやく見つけた幸せの四つ葉。その一つが小さかった。ただ其れだけのことなのに。
 幼い明煌にとっては強い悲しみと結びついたのだろう。
「だから摘んでかえらんかった。暁月に幸せの四つ葉のクローバーあげたかったけど。
 小さいのあげたら、多分暁月は幸せじゃないから……それだけ」
 何を話せばいいのか分からない明煌が精一杯紡いだ、何の実りも無い話。
 明煌の中では、小さい頃の哀しい思い出。

「じゃあ探そうよ!」
「え?」
 座り込んでいた明煌の腕を掴んで、ぐいと引っ張るジェック。
「でも……また小さかったら嫌やし」
「大丈夫! 絶対見つけるから」
 前を往くジェックの笑顔が、その言葉が、太陽のように眩しくて。
 本当に見つけられるんじゃないかと、明煌は『期待』してしまった。

「……あったー!」
 随分と二人で探して、ようやく見つけた四つ葉のクローバー。
 あの時見つけられなかった小さな自分が「よかった」と小さく呟いたような気がした。
「ありがとう、ジェックちゃん」
 安心したような、泣きそうな笑顔で明煌はジェックに笑いかけた。

 ――なあ、暁月。四つ葉のクローバーようやく見つけたよ。


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