PandoraPartyProject

SS詳細

ぬばたまに結う

登場人物一覧

建葉・晴明(p3n000180)
中務卿
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと

 ほがらかな春の日に、メイメイはふと晴明に一つ申し入れた。髪を梳いてよいか、と。
「髪を?」
 ゆったりと纏めていることの多い黒髪はある程度の手入れはなされていた。幼少の頃より其れなりの長さに伸ばしているという黒髪がメイメイは気になったのだ。
「あ、その……晴明さまの、髪は、さらさらとして、いらっしゃるので……」
「ああ、確かにメイメイ殿の髪はふわふわとしてはいるが、癖があるのだろうか」
 そっと手を伸ばす晴明にメイメイは硬直した。その仕草はつづりやそそぎにするものと同じだったのだろう。気軽に女性の頭に触れてはならないと注意する者が居ない空間だ。晴明はふと、メイメイの髪に触れてから「俺とは手触りが違うな」と呟いた。
 硬直したままのメイメイは「はい」と小さく絞り出す。何時ものことだが、彼はメイメイを少しばかり幼い少女のように扱っているのだろうか。――少しだけ、不満がぷくりと膨らんだ。
「メイメイ殿が良ければ、梳いてくれ。つづりやそそぎが幼い頃は良く遊ばれたものだ」
「つづりさま、や、そそぎさま、が?」
「ああ。結わせて欲しいと言われたが、俺の髪はどうにも扱い辛かったのか最後は文句を言われてしまった」
 それから双子は互いの髪で遊ぶようになったと言うが、晴明に頼んだのは共同作業を行ないたかったからだったのだろう。
 メイメイは小さく笑みを浮かべてから「それでは、失礼します」と姿勢を正した晴明の髪を解いた。結い紐一つで纏めていただけの黒髪はさらりと落ちる。
 美しい黒だ、とメイメイはぱちりと瞬く。自らの真白いふわふわとした髪質とは違って、癖のないさらりとした黒。そっと触れるだけでも幼い恋心に緊張が滲む。
「……長く伸ばして、いらっしゃるのですか……?」
「そうだな。少し願掛けのようなものかもしれない」
「願掛け……?」
 メイメイはぱちりと瞬いた。そっと髪に触れ、指先で梳いてみる。さらりと落ちた其れは触り心地が良い。櫛で梳きながらメイメイは晴明の言葉を待った。
 少し唇を噤んだのだろうか。言い淀んだ彼に「無理にとは」とメイメイは言い掛けたが――
「知っている話かも知れないが、俺の父は中務卿だった。そうした世情であったこと、この国の風習も理解している故、禍根はない事だけ先に告げておくのだが……」
 その言葉だけでメイメイは神威神楽の抱える問題を思い返しはっと息を呑んだ。目の前の男は角を有する。鬼人種だ。
 だが、この豊穣郷カムイグラ神威神楽では獄人と呼ばれ虐げられていた。この地では精霊種をヤオヨロズと呼ぶ。ヤオヨロズ達は『使い込まれた物品より命を得る付喪神としての存在』や『神の使い』とし認識されており、獄人など召使い同然の扱いであったという。
 それでも晴明は中務卿だ。神威神楽のまつりごとの中枢を担う八枚の扇――『八つの庁省』のうち、帝の補佐を司る中務省の長である。卜占などに馴染みが多いこの国では特に力を持つ『陰陽寮』を有した中務省はなくてはならない存在だ。
 獄人が中務卿であること自体がこの国ではイレギュラーなのだ。メイメイはぴたりと動きを止めてから晴明の背を見詰めている。
「聞かせて、ください」
「聞いて楽しい事ではないかも知れないが……」
「大丈夫、です」
 晴明は別ったとだけ小さく返した。
「……父、建葉 三言みことの事は俺も詳しくは覚えてはいない。職務故に余り家には帰らなかったからだ。
 俺は母を早くに亡くしていたのでな、父と二人暮らしだった。中務卿として常に忙しなくしていたのは覚えて居る」
「はい……」
「父は亡くなった。その詳細を賀澄殿は教えてはくれなかったが、俺もいい歳だ。幼子ではないのだから真実を調べることも出来よう」
 メイメイの指先がぴくりと動いた。嫌な予感のする言い回しではないか。目の前の男は背を向けたままだ。美しい黒髪だけが其処にあり、表情は見えやしない。
 今、彼がどんな顔をして居るのか、見たいような――見たくはないような、得も言いがたい心地に陥ってしまう。
「父は、殺された。ヤオヨロズによる凶行だろう。それも、誰の手であったのかは明らかだ。あの時期の中務省は人が死にすぎた。それも獄人ばかりが」
「獄人、ばかり、ですか」
「……霞帝はその当時から天に御座おわしていたが、あの方でも止められぬ事情が合ったのは確かな事だ」
 その後、霞帝が獄人と八百万の間に存在した差別意識を無くすために働きかけたというのはイレギュラーズも知っている話である。
 メイメイは晴明が『禍根はない』と告げた意味合いに漸く合点が言った。屹度、彼の父を殺害したのは天香・長胤である。
 彼は娶った妻が獄人により暴行され死した事で獄人と八百万が歩み寄る事を否定した――が、何も彼だけに不幸が訪れたわけではない。男が天香家を政治中枢にまで食込ませるために無数の死人を出した事は神威神楽では語られぬ暗い歴史の一つだ。時の中務卿に就任した獄人がで合ったというならば政治中枢を狙う男の恨みも買おうもの――晴明がその真実に行き着くことは容易に想像できる。
「……だが、霞帝は其れさえも己が背負うべき荷とし俺に真実は語られぬ。あの方にとっての俺は未だ幼子同然という事なのだろう」
「晴明さま、は……帝さまに、真実を告げていただきたいの、ですか?」
「そう、……そうだな。でも、今更、告げられたとて、どうということはないだろうな」
 晴明の背中が笑みと共に小さく揺らいだ。メイメイはほっと胸を撫で下ろす。彼が父の死に対して漠然とした怒りを抱いているのならば話は屹度違っただろう。
 彼ももうすぐで三十路となる。幼い頃に父を亡くし、勉学に励み漸く中務卿に就任したのだ。
「だから、この願掛けは別のものだ。……気恥ずかしいが、父には目標があったとだけ賀澄殿に教えて貰ったことがある」
「目標、ですか?」
「ああ。父は、賀澄殿が掲げた国作りを共に、と常々告げて居たらしい。今や獄人と八百万の間の距離は縮まった。
 父の目標は随分と達成されつつある。だが、未だにこの国にはが蔓延しておるのだ。それを払い除けてこそ願いが叶う……と云うべきだろうか」
 晴明は静かな声音でそう言った。メイメイは髪を梳きながら「けがれ」と呟く。自凝島には未だ肉腫やけがれが蔓延していると耳にしたことがあった。
「なら、けがれ祓いが済んだら……?」
「ああ。この長髪を断つ事があるかも知れない。
 けがれを払い除けることが出来たとしても、賀澄殿とこの国を更に良くしてゆくという目標は命尽きるまで叶わぬかも知れないが」
 問題は山積みなのだと晴明は朗らかに告げた。メイメイは「とても、良い国だと……思います」とたどたどしくも告げる。
 初めてこの国を訪れたときには神威神楽の内政は荒れていた。晴明とて今のような朗らかさや距離感はなく、イレギュラーズを『神使殿』と呼び一線引いていた。
 桜の花びら舞い散る中で、初めて彼を見た日の事を思い出す。黒曜の角を有する鬼人種。この地特有の種族で有り、絶望の向こうに待ち受けていた硬い表情の青年。
(あの頃と……晴明さまは、随分とお変わりになられた……)
 瑞神もそうだ。神逐によって訪れた平穏が彼等の本来の姿を見せてくれたように感じられたのだ。
 メイメイは優しく髪を梳きながら彼の願いが叶いますように、と小さく祈った。長く伸ばした黒髪に掲げた願いは、屹度彼が口で言うほど簡単ではない。
 幼い頃、彼は父の死の真実を知って居たのだろう。賀澄が何れだけ伏せようとも、息子の耳には入った筈だ。信用できるのは只一人、自らの父を信じてくれていた霞帝だけだったのだ。
 勉学に励み政を学んでお飾り同然であった中務卿の席へと着いた彼の目標は父の無念を晴らすことだったのかも知れない。だが、八百万とか獄人の確執を作り上げていた天香・長胤は死去し、国政は変わり始めている。だからこそ、最後の目標が――なのか。
 神威神楽の今抱える問題の全てが終わったならば彼はその地に向かうだろう。賀澄は決して許さないだろうが、その決意として髪を伸ばし続けて居るのかもしれない。
「その……聞いても、宜しかったのでしょうか……晴明さまにとって、大切な、お話だったのでは……」
「そう、だな……いや、構わない。友人、であろう?
 友人に話せぬ事でも無いのだ。俺の目標は俺のもので、共にというわけではないが何も隠し通さねばならないことでもない」
 晴明の朗らかな声音にメイメイは俯いた。それでも、聞いてしまったからには荷を背負いたくなる。共に、と言いたくなってしまうのが乙女心なのだ。
「晴明さまが、けがれ祓いに行くならば」
「……メイメイも共に?」
「そう、であればいいな……と」
 晴明はぱちくりと瞬いた後、吹き出した。「確かに、俺では頼りないかも知れない」と言い出すものだから「違う」と慌てて口を開くが――それ以上の言葉も出まい。
「もしも、その時が来たならば、共に行こう。……時に、髪を梳くのはどうだっただろうか」
「え、ええと」
「つづりとそそぎにはつまらないと言われてしまったが……楽しかったならば嬉しいのだが」
 楽しい、楽しくないではなく――ああ、なんと言うべきか。メイメイは頬を赤らめてから「綺麗な髪、です」と呟いた。


 髪の手入れは立場のこともありある程度は行って居たそうだが、一番彼の髪を遊ぶのは黄龍であったらしい。手入れなどもあのおおらかな神霊が心の底から楽しんで居たのだろう。
「それは良かった。梳いて居て、つまらなかったならば寂しいな……とは思って居たのだ」
 何処か嬉しそうに笑った彼にメイメイはぎこちなく微笑んだ。背を向けたままの彼に頬の熱がばれてしまわぬように。
 今は振り向かないで欲しいと願いながらもう一度髪をちょんと摘まんで見せた。

  • ぬばたまに結う完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2023年05月13日
  • ・メイメイ・ルー(p3p004460
    ・建葉・晴明(p3n000180

PAGETOPPAGEBOTTOM