PandoraPartyProject

SS詳細

水天宮の星宙

登場人物一覧

建葉・晴明(p3n000180)
中務卿
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで

 年の瀬の迫り来る頃に妙見子は晴明に一つ提案をした。共に星見をしないか、と。緊張が孕んだ声音は僅かに震えていただろうか。晴明は「星見?」と問う。
 高天京に棲まい、御所に詰めている晴明にとっては如何に美しい神威神楽であったとて星空は街明かりで霞むものに思えてならなかった。晴明の不安と予想と裏腹に妙見子は「良い考えがございまして」と少しばかり意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
 深夜を過ぎた頃、新年の挨拶を終えてから藤色の衣に身を包んでいた妙見子は「此方でございます」と手を振った。晴明はふと妙見子を見て気付く。彼女には幾つかの尾が存在していたが、それは獣の者と言うよりも極星を閉じ込めたかのような煌めきであった、と。詳しく聞いたことはないが彼女の出自も星に纏わるらしい。
「華やかだな」
「晴明様も、よくお似合いです」
 袖口で口元を覆ってから妙見子はくすりと笑って見せた。御所で行なわれる新年祭事にも似合いの紋付羽織袴は妙見子が選んだ物だった。
 良ければ衣服を仕立てさせて欲しいと言い出したのは妙見子の側だ。晴明は一寸驚いたが、彼女の贈り物は何時も華やかであり、纏う衣服も多種多様、愛らしいものが多い。晴明は衣服には余りこだわりを有しては居ない。故に彼女に任せた方が良いと背後から口を挟んだのは敬愛する主君とその守護精霊達であった。
「似合っている……ならば妙見子殿の炯眼だ」
「いえ、その様な事は……ふふ、着ていただけほっとしております」
 彼女の頭上の耳がぴこりと動いた気がした。狐の化生という訳ではないのだろうか――彼女が世を揺るがし、国をも滅ぼす存在だと告げたことを晴明は思い出す。
 斯うしてみれば彼女は普通の淑女であり、この混沌においては其れも個性の一つなのであろうが、どうにも霞帝との謁見にも気配りを見せていた。
(叶うことならば、当たり前の様に主上とも対話をし、御所で彼の方と滞りなき交流を重ねてくれれば嬉しいのだが……。
 妙見子殿は豊穣の民だ。主上――賀澄殿ならば家族も同然だと受け入れてくれるだろうが、ああ、いや、その距離感が女人には些か難しいのだろうか)
 考え倦ねる晴明の顔を見上げてから「どうなさいました」と妙見子は不安を滲ませた。表面的には落ち着き払っているが内面的には『あっ、何か粗相を!? ああ~、駄目な妙見子! めっ!』と自責の念がサンバのリズムで狂って居る所である。
「いや。妙見子殿を今度何時御所に招待しようかと考えて居ただけだ」
「アッ」
 御所に招待と言われると、未だ関わり方の500%限界突破位は手探りである霞帝が待ち受けている。気分は『お父さんとの謁見』だ。妙見子はぎこちない笑みを浮かべた。
「ああ……そうですね、はいッ。また、お伺い致しますね」
「ああ。妙見子殿さえ良ければ賀澄殿にもこの星空を見て頂きたいものだな。
 実は俺は余り妙見子殿の居所を知らなかったのだ。御所より見上げた星空なぞ比べものにならないほどにこの地の星は美しい」
「そう、でしょうか……?」
 何処か自分が褒められた気がして些か気恥ずかしくもなる妙見子に晴明は頷いた。故に、霞帝にも見て欲しいに繋がるというのだからこの中務卿、忠誠心が厚すぎる。
 星空を眺め、穏やかに語らう為に準備をして居たが早速出鼻を挫かれたような気がして妙見子は『ウウッ』と心の内側だけで呻いていた。
「屹度、さぞお喜びになられるだろうな。時折、御所でも花見や星見をするのだが……その時の候補にも相応しい」
「此処を候補地に。それは光栄なことではございますが、その、お招きできるか些か不安では……」
 いきなりお父さんと出会えと言われると困るでしょう、と叫び出したくなる妙見子。本来的には霞帝は彼の父親ではないが、父代わりや兄代わりであるのは確かなようなのだ。
 ぱちくりと瞬いた青年に「気付かない所も晴明様らしい」と叫び掛けてからぎゅ、っと声を飲み込んだ。
「不安では、ありますが、努力は致します」
 言ってしまったぁ、と叫びたくなる。戯けた姿を見せたいわけではないが、戯けたくもなる現状に妙見子はそわそわとして居た。
 彼との時を過ごしたかった――けれど、彼は口を開けば豊穣と霞帝のことを話す男だ。忠義と立場への強すぎる信念は少し問題だ。
「……だが、貴殿はまだあの方には慣れていないだろう? 困らせたくもない。
 霞帝をこの地へと招くのはまたの機会で構わない。星空は逃げないであろうから。……だから、俺が勉強をしようと思うのだ」
「勉強、ですか?」
「星空には詳しいのだろう。貴殿は星にも纏わる存在だと聞いた。……俺は星空には疎くて。妙見子殿には学ぶことが多そうだ」
 ぱっと顔を上げた妙見子の鮮やかな露草色の眸を晴明が見詰めている。妙見子は「うふ」と唇を一瞬緩めかけたが――何とか冷静さを取り戻してから微笑み頷いた。
「私で宜しければ、喜んで」
 まだ日の出までは遠い。其れまでの間は暫し暖かなお茶をお供に防寒対策をして星空を眺めて居ようではないか。
 晴明は「寒くはないか」と問うた。妙見子はぱっと顔を上げてから深い紺青の眸とかち合って思わず頬を赤らめる。この暗さでそれも悟られなければ良いけれど。
「ええ、寒くはありません。……晴明様は?」
「俺も大丈夫だ。先に妙見子殿が防寒対策をして居てくれたお陰だな」
 背後で爆ぜた火鉢の音を聞きながら妙見子は焔の明かりで赤らんだ頬を隠しながら「お役に立てたならば何よりです」と穏やかに微笑んだ。
 晴明は頷いてからつい、と空を眺める。その横顔をまじまじと見ていたのは妙見子だけの秘密だ。やけに真剣な顔をして、美しく煌めく星を探すものだから――
(……今はどの星を眺めていらっしゃるのでしょう)
 その眸にはこの星空はどの様に映るのだろうか。人によって星空は姿を変えて見えるという。彼が見た星空で一等美しいのはどの星なのだろうか。
 妙見子は穏やかな笑みを浮かべながら星をなぞるように指先を動かした彼を見ていた。
「……あの星は?」
 指差す晴明に妙見子は丁寧にレクチャーをした。一つ一つ、彼に分かり易いように噛み砕いて教え続ける。
「晴明様は、一番に美しい星を見付けるのがお上手ですね」
「特に輝いて見えるものを探しているだけではあるが……ふむ……妙見子殿は、どの星が一等美しいと思う?」
「そうですねぇ……」
 ゆっくりと手を上げれば、晴明が僅かに距離を詰めた。妙見子の指先を辿ろうとしたのだろう。僅かに身が固くなったが悟られぬに息を吐いてから妙見子は「あの星です」と囁いた。
 目線を合わせるようにして、同じ星を見ている。眩い星を追掛ける指先を辿る晴明は「確かに美しい」と囁き頷いた。
「……妙見子殿の有する尾はこの星空を閉じ込めたかのように美しいのだな」
「ひえっ、そう……でしょうか?」
「ああ。常に星が傍にあるというのは美しく心安まる。星空を眺めるのは平穏な証拠だ。……いつまでも、この平穏が続けば良いな」
 静かに囁いた晴明に妙見子は小さく頷いた。傍らを見遣れば直ぐそばに彼が居る。少し身動げば肩がぶつかった。その温もりを傍らに感じながら妙見子は目を伏せて。
「そうですね。いつまでも、平穏で……幸いが続きますように」


 冷たい風が吹く。その寒さをも感じないほどに暖かな気配を傍らに感じながら、日が登るまでの刹那を過ごしていよう。

  • 水天宮の星宙完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2023年05月13日
  • ・建葉・晴明(p3n000180
    ・水天宮 妙見子(p3p010644

PAGETOPPAGEBOTTOM