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『伽藍堂』

登場人物一覧

澄原 晴陽(p3n000216)
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者

 一人きりになって終った澄原病院の院長室で水夜子は重たいため息を吐出した。愛無が「いってきます」と行く際に、呼び止めたのは此方の都合だった。
「姉さんの話、してもいいですか?」
 晴陽本人が席を外しているのに珍しいことがあると愛無は着席した。
「以前、姉さんに聞いていたじゃないですか。『晴陽君は龍成おとうとより年下であれば庇護下に置き、誰でも可愛がるだろうが、水夜子君は放任されているように思える》と」
「ああ」
 頷いた愛無に晴陽は濁したが自分から答えると水夜子はそう言った。晴陽は言葉に惑って伝えられなかったのだろうが――
「言いたくなかったであろう姉さんの秘密公開とかどうです?」
「今回はだろう? 構わないよ、それで気が済むなら」
 愛無の問い掛けに水夜子は暗い表情で俯いた。それは彼女にとっても予想外だったのだろう。だから、あれほどに取り乱し、苦しげに俯いていたのだ。
 ――澄原 水夜子は晴陽と龍成に取り入る為に育てられた、と言っても過言ではない。
 それが彼女にとっての存在意義であり、彼女への養育方針であった。もしも男児に生まれていたならば晴陽との婚姻を狙え父には躾られていただろう。女児に生まれ、龍成と――とはならなかったのは彼が家を飛び出していたという事実がある。
「龍君がグレてくれたのは私としても都合が良いことではありましたね。グレていて、姉さんが家を継ぐと決定していたならば私の使い方は精々、晴陽姉さんのサポート役位なものでしょうし」
「だが、それなら自由になる道もあっただろう。晴陽君が夜善君を必要としていないように、水夜子君が居なくても――とはならなかったのだろうか」
 愛無の問い掛けに水夜子は肩を竦めた。「あと数年は、此の儘であって欲しいですけれどね」と困ったように笑う。
 まだまだ水夜子は子供なのだ。故に、親が用意した箱の中で暮らしていた方が都合が良い。ある意味で、父親が作り上げた水夜子の虚像を追掛けているだけに過ぎない。
「……それで、姉さんがどうして私を放任しているか、でしたね」
「ああ。思うに晴陽君は水夜子君の希望を汲んで――」
「それもあるでしょうが、元々からの関係性でもあるのですよ」
 水夜子は晴陽がよく座っている院長の椅子に腰掛けてから「私の父さんの理想です」と揶揄うように笑う。くるくると回った後、ぴたりと止ってテーブルを撫でた。
「龍くんが、皆さんと和解せずに居たら、私達は愛無さんたちと友好的関係にはならなかったかもしれない」
「……と、言うと?」
「姉さんはご存じの通り希望ヶ浜の維持のためならば多少の犠牲は織り込み済みです。皆さんはから遣ってくる。つまり、希望ヶ浜を脅かす存在である事は確かです。
 ならば――? いっそのこと真性怪異の暴走に巻込まれ皆さんを排除したいと考えるのが合理的でしょう。そうなれば、私は姉さんの手伝いをします」
「……水夜子君はその時、どうするつもりなんだろうか」
「私は依代だろうが、人柱だろうが、澄原を担う人が願うことをします。だから、もしそうなったら名を明かすこともなければ言葉を交すこともないA位だったでしょうね。
 晴陽姉さんはそれ程優しい人間ではありませんよ。本人の趣味趣向はさて置いても、目的のためならば手段を選ばない冷酷さは持ち合わせて居る。そうでなければ、あの若さで夜妖の専門医など出来ません」
 水夜子はにんまりと笑った。晴陽の人生において大きな影響を与えたであろう鹿路 心咲とて僅かな春であった。龍成がイレギュラーズと敵対していたならば、晴陽は燈堂 暁月と和解することはなくイレギュラーズと祓い屋自体を疎うた可能性もあるのだ。
「皆さんと関わる中で愛着が湧いたのでしょうね。幼い子供に責任を背負わせたくない、だとか。そういうの……。
 元から姉さんを護る為に居て、姉さんの手脚となって怪異と携わる役割であった私にまでそうした扱いを変える必要はありますか?」
「ないだろうな。有事の際に君を護らなくてはならないというのは足枷になる。それならば側に置かない方がましだろう」
「そう、その通りです。晴陽という人間にとって、澄原 水夜子は何時だって都合が良い人間じゃないといけない!」
 堂々と、そこまで言ってのけてから水夜子はずるずると机に額を貼り付けた。
「いけない――のに」
 呟いてから顔を上げることはない。唇を噛み、悔しげに「なんで」と呟く声が聞こえた。
「意味が分からない。お迎えの怪異が来て、あの人はなんて言ったと思いますか?
『以前の私なら、さっさと死ねとでも言ったでしょうが』『今は――どうやら目的が私のようですから』ですよ!?
 私が要らなくなったとでも言うのですか? 私はそうした際に手駒に使えば良い存在ではなかったのですか。何を絆されて――!」
 水夜子は勢い良く立ち上がった。テーブルを叩き息を切らす。普段は見ることのない感情を曝け出したその姿に愛無は僅かに目を見開いた。
 実に、人間らしい姿だ。死に寄り添った姿ではない。生者らしい姿を曝け出す。これが澄原 水夜子の見られたくはなかった姿か。
「ああ、腹が立つ。何が『目的は私』ですか。その目的を持ってきた奴を引き摺り出して祓ってしまいたいくらい!
 私は、産まれた時から『澄原という家で良い立場になりなさい』と教え込まれてきたのに。龍くんはグレるわ、姉さんは絆されるわ、これからどうしろって言うんですか!」
「水夜子君、溜っていたのか」
「それはそうでしょう。私は、澄原 水夜子ではいられないかもしれない」
 嘆息してから水夜子は雑に椅子へと腰掛けた。「ああ、もう」と掌で顔を覆う。表情を見えないようにしたのは彼女が余りにも『自分らしくはない』と認識しているからなのだろう。
「……姉さんは莫迦だ。
 龍くんが可愛くて、だからって、余所の同じ年代の子を皆弟や妹のように扱うのは分かります。
 それはもう、変わらないでしょうね。姉さんは善人ではありませんが、悪人とも言い切れない。可愛いお友達の為なら死んだって良いと思うでしょう」
「晴陽君が?」
「ええ。あの人、そういう所在りますから。私程じゃありませんけどね」
 自覚しているのか、と愛無は呟いた。晴陽は龍成より年下の人間を可愛がる。庇護下に置いていると言っても良いだろう。ならば――目の前でイレギュラーズが犠牲にならんとしたら身を挺して護る可能性もあるのだろう。
「ただ、対象外もあります。夜妖憑きは除く」
「……成程」
 確かに、夜妖憑きは彼女にとっては患者で、平和を脅かす存在してはならない者でもある。憑いていることで安定するなら構わないが、暴走するならば殺すべきだとも考えて居る節があるのは確かだ。それが彼女が善人でも悪人でもないという由縁か。
「例外を除いて、誰かが姉さんの前で死を目の当たりにしたら……あの人は屹度、自分を擲ってでも助けます。それが、嫌なのです」
「どうして?」
「私が、代わりに死ねないじゃないですか!」
 何て情けない言葉だろうと愛無はそう思った。
 水夜子が語った晴陽。それは晴陽にとっては『余り表沙汰にしたくない』姿なのだろうが――まあ、構いやしないか。
 彼女が勝手に出て言ったのが悪いのだ。
「さて、じゃあ、レトゥムとやらを食べに行くか」
「美味しくどうぞ」
 珍しい言葉で送り出す彼女に愛無は肩を竦めた。

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