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パンプキン・プリンセスと愉快な従者達
登場人物一覧
――晴明さまの『なりたい姿』はあります、か?
問うたメイメイに晴明は首を傾いだ。ファントムナイトがやって来て、豊穣にもその波が波及した頃だ。
流石に影響を受けにくい神霊である黄泉津瑞神は「それらしい姿になってみたい」と晴明に懇願していたのだ。無論、賀澄に至れば堂々と『コスプレ』を楽しみ姿こそ変幻自在の黄龍と共に楽しげに過ごしている。だが、ファントムナイトの仔細を晴明は詳しく知らず――目の前の神霊の輝く瞳を無碍には出来まい。
「……と、言う訳なのだ。瑞神が幾らこの地の守護精霊であり、永きを生きてきたと知れど姿が幼ければどうも断ることも出来ない」
「……そう、ですね……」
瑞神側から言わせればつづりとそそぎの世話をして居る晴明が思った以上に『お兄ちゃん』をする事から確信犯であるのは確かなのだがメイメイは敢て言わずに置いた。
そして冒頭の台詞に戻るわけである。ファントムナイトとは即ちなりたい姿に変化するのだ。その催しに乗っ取れば晴明がなりたいと考えた姿に変化する可能性はある。
「なりたい……。なりたい、か」
「浮かびません、か……?」
「ああ。その、情けない話だが目標はあっても愉快な仮装の姿は中々浮かばぬのだ」
晴明は益々悩ましげに頭を抱えた。これはお笑い草でもああるが、彼の目標とは間違いなく中務卿として立派になる事であり、その中には霞帝の補佐を勤め上げ立派な君主である彼を支えるという物がある。この目標には後半に難がある。何せ、霞帝こと今園・賀澄という男は『晴明の思い浮かべる王』と言うよりも、『現代転移者が王様やってみた!』と言った方が良い程度にフランクなのだ。
「めぇ……」
難しい『なりたいもの』を提示されてしまったが――さて。
「なら、わたしが思い浮かべた姿……は、どうでしょう? 瑞様にも、同じお洋服を、ご準備してみる、とか」
「素晴らしい。それならば瑞神にもイベントを味わって貰えそうだな。早速準備に取り掛かろう」
メイメイが思い浮かべたのは瑞神を『カボチャのお姫さま』にする事であった。瑞神は「お姫様ですか」と首を傾いでいた。それもそうだろう。神威神楽で姫君と言えば重たい着物を着用している八百万の貴族達を指すことが多いのだ。さて、どうした物かとメイメイは異国の姫君の姿を瑞神に紹介した。
本を用いて紹介した際に「面妖な着物ですね。神使達がよく着用して居た気がします」と興味深そうな顔をして居たのだ。晴明も「重苦しい衣だが、女性が着用するのだから工夫が凝らされているのだろう」と謎に服飾面に興味を有していた訳である。
如何にも可笑しな反応をして居る神霊と中務卿にメイメイは「準備を、しましょう」と提案した。可愛らしい和装と洋装をミックスしたドレスを作り上げる事を決めたメイメイに瑞神は「メイメイさまと同じ位の姿になりましょう」と幼い姿をとってくれた。晴明は幼さを全開にしてくる瑞神より関わりやすいと一安心した様子ではあるが――さて。
「メイメイ殿と同じ頃というと……つづりやそそぎと同じ位の年代という事だろうか」
「まあ、晴明。女性の年齢を聞くのは野暮ではありませんか?」
晴明は女性と言う物には疎い。メイメイのことも実はと言えば『妹』であるつづりやそそぎと同年代だろうという認識が強い――本来の年齢はと言えば、もう少し上なのだが、其れに気付かないのは実に彼らしいと言うべきだろうか。瑞神の側は本来のメイメイについて気付いて居るのだろう。
彼女が望郷に囚われたように肉体の変化が緩やかである事も、変わってしまうことに対して恐れを抱いて居るであろうという事さえ気付いては居るが口にすることはあるまい。それに気付くのは神霊の特権なのだとでも言うかのようだ。
「……野暮か、それは失礼した。しかし瑞神はつづりやそそぎと同年代の姿をとると、妙な愛らしさが生まれるな」
「晴明は家族が好きですね」
「……否定はしまい」
そっと視線を逸らした晴明にメイメイと瑞神は顔を見合わせて笑った。妹分であった獄人の巫女達が彼は可愛くて仕方が無いのだ。
その様子を見ていてメイメイはふと、気付く。もしかすれば自身の心に芽生えた淡い想いを伝えても妹扱いなのではないか――と。少しばかりの途惑いを胸に抱えながらメイメイはせっせと瑞神の着替えを手伝って行く。神霊の中でも特に強力な精霊である彼女は黄泉津から出る事は出来ない。詰まり、メイメイが提示し対象を『想像する』事も出来なかったのだ。
「瑞神、尾に触れても?」
「構いません」
持ち上げて貰っても良いですとその身から生える白狼の尾を揺らす瑞神に晴明は頷いた。衣装を着せる際に瑞神に触れる手には途惑いの欠片も存在していない。
「晴明、尾に引っ掛かっています」
「……メイメイ殿、瑞神の尾を支えてくれないだろうか?」
「尾、ですか」
そろそろと触れたメイメイはもふもふとした手触りが心地良いのだなあと少しばかり口元を緩ませた。
ちら、と後方を見詰めてから瑞神は「ふわふわしても構いませんよ」と自慢げに告げる。黄泉津の神様は現在の契約者の影響を受けて、皆、気易い性格に変化しているのだろう。
尾を少しばかりふわふわ、もふもふとしてから瑞神の着替えは漸く終了した。
「完成です」と汗を拭ったメイメイに瑞神は頷いてから走り出す。
「似合いますか?」
「うむ、似合うぞ」
「似合っている」
瑞神が向かったのは賀澄と黄龍の許だった。満足げに頷き、嬉しそうに走り寄ってくる瑞神は自信満々に笑い「似合うそうです」と幼い子供の様にはしゃぎ回っている。
洋装に馴染みのない彼女の「すかーとと言うそうですよ、晴明!」と楽しげに弾む声音だけでも愛らしい。晴明はと言えば「その様になさりませぬように」と妹達にでも教え込むように瑞神に教え込んでいる。和装であれど洋装であれど、気を配ることは必要なのだと力強く言う『お兄ちゃん』にメイメイは苦労の欠片を見た気がした。
「晴明さま、は、大丈夫ですか?」
「ああ。遊学の結果だな。執事というのは再現性東京や幻想でも見たことがある。メイメイ殿の望む物であれば良いが……」
「はい、大丈夫です」
こくんと頷いたメイメイの前で晴明は執事を思わせる燕尾服姿に変化する。メイメイもクラシカルなメイド服を着用していた。その何れも『瑞姫様』に仕えるパンプキンメイドと執事なのだ。
「よくお似合いです」
手を叩いて喜ぶ瑞神にメイメイはほっとした。喜んでくれる瑞神を見られただけでも頑張った甲斐がある。
嬉しそうにカボチャの椅子に座っていた(普段よりも)小さくなった瑞神は「わたしはお姫様、でしたね?」と問い掛ける。
「はい、カボチャのお姫様、です」
「メイメイさまと晴明はわたしの従者なのですね」
「はい」
こくこくと頷いたメイメイに瑞神は満足そうに「ならば」と手を叩いた。メイメイへと手招きをしてから何を考えて居るのだと疑うような眸を(不敬にも)向けていた晴明ににんまりと微笑みかける。
「可笑しな事を仰りませぬよう」
「可笑しな事など、申しませんよ、晴明」
瑞神がメイメイの腕を掴んでちょこんと座った。メイドの手を掴んだ姫君は何を言い出すのかと思いきや――
「菓子を所望します。二人分下さいね」
「……仰せのままに」
コレでは何時もと変わらないと言いたげな晴明にメイメイは可笑しくなってつい、笑ったのだった。