PandoraPartyProject

SS詳細

ターリクの残影

登場人物一覧

アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
アーマデル・アル・アマルの関係者
→ イラスト

●上弦の月の昇る頃
 一人になると、夜の月を見上げていた。
 『個』を覆う目隠しを上げ、己の『個』を確かめるように、同じ色で空にあるものを見上げた。

 ――自分が卵を違えて生まれてきたことは知っている。
 『夜』が孵るはずだった卵に後から『七翼』の魂が宿り、先に宿っていた『夜』を取り込んで生まれた。共に死へ引かれる運命だったかもしれない二つは、『七翼』の小さな奇跡同族喰いによって素質不足ナージーだけが生き残ったのだと。当時の様子を観察していた担当官からはそのように聞いている。
 それは、紛れもない事実なのだろう。客観的な視点による知識以外にも、この体に妙な感覚がある。
 自分の体なのに、自分でないものがある感覚。
 例えば『夜』の性質を残したこの眼も、自分の眼なのに借り物のような違和感を覚えたり。
 任務や鍛錬の中で、自分の思考とは全く無関係に突然何かを閃くことがあったり。

 ――まるで、死んだはずの『夜』が生きたままこの身に宿っているような。

(先に宿っていたなら……『お前』は俺にとって兄になるのか。それも双子の)
 ただの自意識過剰かもしれない。思い過ごしと言われればそれまでだ。
 日常生活に支障を来すほどでは無いため、医官や上官へ申告はしていない。
 だから、いるはずもない『兄』を思うのは一人の時だけだ。
(双子なら……似ていたんだろうか。いや、似ていたとしても中身は別物だったろう。『お前』は正しく『夜』の卵から生まれ、俺は卵を違えて生まれてきたんだから)
 結局、この身が素質不足であることに変わりは無く。『兄』がいたとしたら、同じ顔で能力の違いを見せつけられることになっていたかもしれない。それはそれで、地獄だ。
 現実にいないからこそ。
 己の意識の中にだけいる存在だからこそ、こうして静かに思うことができる。
 しかし、同時に考えてしまうのだ。
 そのような『兄』がいたなら。他の誰でもない『兄』にだけ、話すことができたなら。
(……一言だけ、謝っておくか。担当官達は当然、『お前』の誕生を望んでいたはずだった。『七翼』と卵を同じくしたばかりに生まれる前に喰われ、更にはその『七翼』も万全じゃない。
 俺じゃない方が……『お前』の方が真っ当にやれたのは、確かだろう)
 自分は『夜』の特徴を持っているのは眼だけで、どう足掻いても『夜』にはなれない。
 『七翼』としても、生まれる前から『同族喰い』の性質を見せたとは言え、持つべき『免疫』の権能を持っていない。
 『兄』を殺してまで生まれておいて、そうまでして生きるだけの資格がない。
(なんで――後から来た他所の魂なんかに喰われたんだ、『お前』は)
 どうしようもなかったとしても、どうにかならなかったのか。もう少し強くあって欲しかった。
 そうすれば、このような苦しい思いのまま生き続けることも無かった。
(『夜』の『お前』、か。名前もないから呼べやしない。生まれてないから当然だが)
 生まれもしていないモノに名を付けることは、ある種の呪いだ。
 『無い』ものを『ある』と言い張り名付けることで、中身は虚ろでも概念として存在することになってしまう。
 ――今、まさに自分が『兄』をそうしているように。
(……これからも俺は、『お前』のことを考え続けるんだろう。
 生まれる前に殺してしまった『お前』を。期待されたはずの『お前』を。
 どれほど考えたところで、還ることのない『お前』のことを)
 存在しない『兄』を思う。それは『妄想』という別の有翼蛇の権能だ。
 しかし、自分にとって『兄』は確かに存在する。ならばこれは『妄想』ではない。
(『お前』を殺してまで生きていい価値が、今の俺には見つからない。
 素質不足で、『ナージー・ターリク夜来たる者の生き残り』なんて名前で。
 ……俺に求められてるのは、そういう在り方なんだろうか)
 この名を背負う限り、この眼がある限り。事実として『夜』でなくても、『夜』から逃れられない。
 生まれて来られなかった『夜』の残滓としてしか生きられない。
 なんと当てつけがましく、罪深い名だろうか。
孵ったころしたのは……俺なのにな)

●満月の満ちるまで
 『夜』ではない『七翼』としての自分に価値を見出すため、できることは何でもやった。
 生きていい理由を、死に物狂いで探した。
 死ねば元も子もない。まずは『死なない程度』の見極めを。
 権能として得られなかった免疫の代わりに耐性をつけるべく、あらゆる毒を口にした。
 量を僅かに違えて数日意識が戻らなかったこともあったが、それでも毒を恐れなかった。
 暗殺者としての実力も他の『七翼』の倍以上鍛錬を続けたお陰か、優れた才能を持つ『七翼』とも互角に近い成果を出せるようになってきたのだ。
 その結果からある日、次の任務では主力の一員として参加するよう指示が下った。
(認められた……『七翼』の主力、として……!)
 もう『夜』ではない。不足していた素質も鍛錬で埋めた。
 自分はれっきとした『七翼』だ。
 ナージー・ターリクはもはや、夜来たる者の生き残りではない。
 これからは胸を張って、『七翼の自分』として生きていける――!

「あ――あ゛あ゛ぁぁぁああ!!」
 ――敵が一枚上手だった。
 作戦部隊は分断され、待ち伏せしていた相手の一撃を咄嗟に庇った利き手をやられた。
 かなりの腕前のようで、傷は一瞬で神経ごと断ち切られていた。痛みを感じる暇も無かった。
 声が出たのは痛みに対して、ではなく――利き手に力が入らないことに対して、だ。
 取り落としたナックルナイフを拾おうとしても、肘から先が無くなってしまったように感覚がない。
 これではもう、主力として戦えない。
 今までの努力が。死にかけても耐え続けた日々が。やっと向けられた期待が。
 所詮俺は期待外れなのか。
 こんな時、『お前』なら――――。

●下弦の月の沈む頃
 ――目隠しをずらして月を見る。
 生還後、何とか主力に復帰しようと腕の鍛錬をしたが、元のようには戻らなかった。
 今では一線から退いて、素質不足の後進育成にあたる日々だ。
「双子は別れるもの……『五翼』の話だったか。別れて落ちたのは、結局どっちだったんだろうな。
 生まれて来られなかった『お前』か、……『夜』と別れようとしてこんなザマになった俺か」
 乾いた嗤いしか出ない。あれほど望んだ『七翼での自分』が、暗殺者ではなく育成担当など。
「ナージー・ターリクは、『夜来たる者の生き残り』じゃない。
 『七翼の主力』でもなくなった。
 こんな立場になりたくて、あんな鍛錬を積んだわけじゃない……何なんだろうな、今の俺は」
 かつての自分同様に、素質の足りない後進達を指導する日々。
 上官は「素質不足でありながら主力を務め上げたお前こそが相応しい」と。
 『お前こそが相応しい』――その言葉は、こんな時に欲しくなかった。こんな場所に、自分の価値はいらなかった。

 願った何者にもなれない。何もかもがただ空しい。
 月へ伸ばした手は、当たり前に月へは届かず空を掴む。
 それがまるで、初めから『兄』などいないと突きつけられるようで。

 ――この空虚な欠落は、何で埋めればいい。

おまけSS『『冬夜の裔』はちょっと気になる』

●お前巫山戯てんの?
 『冬夜の裔』として存在を固定され、アーマデルに使役されるようになってから少しばかり。
 呼び出された当初は巫山戯るなと思ったし、今でもまあまあ巫山戯ていると思う。
 いちばん巫山戯ているのが、こいつは『未だに俺がナージーであると気付いていない』点だろう。

 確かに、この俺は『ナージー・ターリク』本人そのものじゃない。
 教団の子供には暗示がかけられていたし、俺の外見も生前から変わっている。
 俺が俺であると認識できなくても不思議ではない。
 ――初見でなら。

 ある日の依頼先で。
「『冬夜の裔』、偵察を頼めるか」
『……だっらその首を寄越せ』
「首は……流石に困るな、戦う前に死ぬわけには……」
『命とは言ってないだろ、傷をつけさせ……ああもう、いい。手首出せ、手首』
 ――生前にも、首や手首に限らず全身至る所へ傷を付けてやったのに気付かず。
 というか、武器で気付……ああ、暗示が強く残ってるのかまだ……。

 また別の日の依頼先で。
『しないぞ』
「まだ何も」
『見張り役なら聖女の方にでも頼め。俺だとお前を殺したくなる』
「……やっぱり俺の命が欲しいのか?」
『この立場じゃできないから困ってる。ったく、時間が無い。見といてやるから行け』
 ――ここまでわかりやすく殺意を向けたのに何故?
 ああ、そう言えばあいつ俺が死んだ時も道連れにされる気なかったな……思い出したら腹立ってきた。

 つい最近の依頼先で。
「……気のせいかも知れないんだが」
『何だ』
「どこかで……お前の音を聞いた気がするんだ。あの『妄執』の音を」
『…………』
「…………」
『……で?』
「で?」
『何でそれを俺に話したのかって聞いてるんだよ。俺の正体でも知りたいのか?』
「いや、単純に聞き覚えがあるって言いたかっただけだが……?」
 ――惜しい線まで行っただろ!?
 暗示で何でも通ると思うなよ。わざとか? わざとなのか? こっちがボロ出すの待ってんのか?
 その手には絶対乗らないぞ巫山戯るな。

 ……いつか、あいつが俺を『師兄』なんて認識する日が来たとして。
 『この俺』は――どうするんだろうな。
 気になるやら。恐ろしいやら。

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