PandoraPartyProject

SS詳細

歩先のカランコエ

登場人物一覧

エルピス(p3n000080)
聖女の殻
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃

 春めいた街並みに、進む足取りも軽く。石畳をとん、とんとノックするようにパンプスの爪先で突いて見せたエルピスは指先に髪を絡め取った。
 僅かな緊張は『おでかけ』という四文字をスケジュール帳に躍らせただけで浮かび上がった。噴水の飛沫が跳ね上がる。春陽に照らされて芥子色のカーディガンを纏っていたエルピスはつい目を細めた。
「エルピス」
 駆け寄ったルーキスに気付いてからエルピスは慌てて身だしなみを整える。ぱたぱたとスカートを叩いて、手にしていたバッグをぎゅと握り直してから「ルーキスさん」と呼び掛けた。
 白いシャツワンピースは春めいた季節にぴったりだろうと選んだものだった。春の良き日に共に出掛けようと誘ってくれた彼の隣に立っていても恥ずかしくはないように。それでも、及び腰になって終ったのはエルピスにとってしらない事が多いから。駆け寄ってきた彼の方が随分と世界のことを知っているだろう。
「待った?」
「いいえ、街を見ていれば、とてもたのしくて。今日は、宜しくお願いします」
 緩やかに礼をしたエルピスにルーキスは小さく笑った。今日は互いに贈り物を買いに行く日だった。春うららかな日に産まれたエルピスと、初夏の涼やかな風吹く頃に産まれたルーキス。その間をとってよく晴れた春の日に共に出掛けようと彼が誘ってくれたのだ。
「何を買うか、まだ、迷っています」
「その時までの秘密……でいいんだっけ?」
「はい。ルーキスさんが、喜んでくれると、嬉しいのですが」
 もごもごと唇を動かしたエルピスに浮かんだ緊張にルーキスの口元が緩む。彼女の緊張も、彼女の迷いも、その全てが自分で満たされているうつくしく、そしてやわい独占欲。ましろい翼を揺らす小さな天使が、地上で手を繋いでくれたような、浮かび上がる心を静めては「行こうか」と手を差し伸べた。
 エルピスと手を繋いで歩くのは、逸れてしまわぬ為だった。彼女は友人とそうするのだと言った。闇の外套に身を包んだ彼女がそうして教えたのだろう。エルピスは彼女とはじめてを沢山越えてきたのだとルーキスに自慢げに話すのだ。
「お店も、調べました」
「エルピスが?」
「はい。雪風様達にも聞いて、男性への贈り物は、分かりませんでしたから」
 空を映す、ガラス玉のようにまあるい瞳が「自分が行きたい場所で良いか」と問うている。ルーキスは頷いてから彼女の向かう先に着いていった。
 辿り着いたのは小さな雑貨屋であった。からん、からんと音立てて店内に入ればそこからは個人行動。
 暫しの時を経てから、欲しい物は決まっているのだというエルピスはルーキスのかんばせをまじまじと見ては悩むように首を傾ぐ。
「エルピス?」
「選んだ、のです。決めた、のです。喜んで下さるかは、分かりません」
 悲しげに眉を寄せたエルピスに「どんなものでも」とルーキスは微笑んだ。
 可愛らしく包装を行なった贈り物はすぐに購入者の手から離れて行ってしまうのだから、プレゼント達は展開の早さに驚くだろうか。
「それじゃ、コレを君に」
 ルーキスは、最初から彼女へ送るものを決めて居た。花を模ったネックレス。可愛らしく、頸筋で揺れる花がルーキスからエルピスに送る祈りと、御守りだった。

 ――これから先の道行が花咲くものでありますように。

 未来の蕾が開花する、そんな淡い夢を願ったルーキスにエルピスは「頂いても、よろしいのですか」と緊張したように唇を震わせる。
「勿論。俺から君に」
「わたしから、も、よいですか」
 エルピスが選んだのはイヤリングであった。カランコエの小さな花がゆらり、ゆらりと揺れている。
 身に着けられる者である方が、きっと、共に在る危機を退けてくれると考えたらしい。
「あなたの未来にさいわいあれかし。……これから、天義に訪れる災いも、共に越えて行けますよう」
 エルピスは指を組み合わせて、そう微笑んだ。天義に産まれた元聖女。おだやかな時を識る事は無く、苦しみ喘いだ人生だっただろう。
 それでも、大切な人達が出来たのだと笑うエルピスは指折り数えた友人達の名前を呼んでから「ルーキスさんも、わたしの大切なお友達です」とそう言った。
 恋も愛も、臆病な彼女は語らうことは出来ないのだろう。真綿で包んで、今は静かに息をする赤子のように、彼女はよたよたと進む道を決めたばかりだった。
「エルピスも、天義に何かあれば、戦うの?」
「はい。その決意を……お伝えしたかったのです。
 ルーキスさんが下さった、この小さな花が、飾ってくれるのですね」
 未来に向けて歩む決意表明なのだと、彼女は微笑んだ。眩い金の髪も、空を映した蒼い瞳も、何方も同じ。
 けれど、ルーキスにはそのたおやかな色彩が違う物に見えていた。小さな天使の人形が似ていると言ったのは何時の日だったか。
 この天使が願うさいわいが、どうか穏やかな日々に訪れるようにと。そう、願わずには居られなかった。


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