PandoraPartyProject

SS詳細

C2H6O・メルティング

登場人物一覧

刀根・白盾・灰(p3p001260)
煙草二十本男
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯


「乾杯」
「かんぱぁい」

 オレンジ色の明かりがムーディな酒場がある。王都の外れに最近オープンしたばかりの酒場だ。
 バーカウンターにテーブル席。とてもオーソドックスな作りをしている。オープンして間もないからか、騒ぎ立てるような無粋な客はまだいない。
 ただ、バーカウンターに一組の男女の姿があった。
 女はグラスを煽り、紫色の髪をウィスキー色に染めゆく。
 一方男は肘をついて、しずしずと酒を舐めるように飲む。

 何故か自宅に酒場のオープン通知が届いた2人。
 別の酒場での飲み仲間の2人。
 そして――この2人は、久しく会っていなかった友人同士であった。


●ほろ酔い
「……でね、天義が大変だったのよぉ。泥がうわーって。人もうわーって」
「うわー、ですか」
 凄くふわっとしたアーリアの説明に、真面目に頷く灰。いや、其処はもっと掘り下げるべきでは。
「そうなのよぉ。……そういう時に限って、刀根さんはいないし……どこかにしょっ引かれたのかと思ってたわぁ!」
「め、面目ない……休暇を頂いていたもので」
「もぉー! 休暇でも耳に入るでしょぉ! 本当に心配したんだからぁ!」
 おかわり!
 どん、とカウンターにグラスを置きながら、アーリアはぷんぷん怒る。一方の刀根は―― 一応彼の方が年を重ねている筈なのだが――叱られた子犬のようにしょんぼりと肩を縮めていた。この2人の力関係は、其の姿を見て推して知るべし、であろう。
「――でも、本当に……なんとかなってよかったわぁ」
「ええ。……しかし、本心は少し複雑です」
 両手で温めるようにウィスキーグラスを包み、刀根は言う。其の瞳には複雑な感情が浮かんでいる。喜んでいいのか、其れとも……そもそもどうすればいいのか判らない、といったような。
「ローレットが天義に手を貸すと聞いた時、……お恥ずかしながら、少々失望してしまったのです。我々鉄帝にとっては敵国である天義に、ローレットは肩入れするのかと……」
 身勝手ですね。自由こそがローレットの気風なのに。
 そう呟いて、刀根もまた、ウィスキーのお代わりを店主に頼む。入れ替わるように用意された、アーリアのウィスキー。――天義出身である彼女は、何も言わないでいる。
「けれど、依頼で天義に行ったとき――“正義主義者”達だけではないのだという事を目の当たりにしました。天義は正義に盲目な輩ばかりが目立ちますが、其の陰に、人を愛し、守り、戦う……我々とは“戦い方が違う”だけの、普通の人々もいたのだと」
「……そうねぇ。国が違っても、誰かを愛するとか、誰かを守りたいとか、そういう思いに違いはないと思うわぁ」
「全くです、お恥ずかしい話だ。私は迷っていたのです。敵国に肩入れするのを拒む自分と、“普通の人々を守りたい”と思う自分の狭間でずっと迷っていた」
「……」
 灰の眼前にウィスキーグラスが出される。其の琥珀色をした水面には、灰の顔が映っているが――其の顔は僅かに笑っていた。
 グラスを取り、酒を煽る。其れは2人同じく。
「……アーリアさんは、天義のご出身だったんですね」
「……えぇ。昔は秘密だったんだけどねぇ」
「報告書を拝見しました。妹さんとの一件も。――……異国敵国とはいえ、救国の英傑とこうして飲み交わす事自体、私には過ぎた……」
「んもう! そういうのはなしよぉ刀根さん!」
 ばっし、と背中を叩かれて、灰がむせる。叩いたアーリアは悪戯っぽく笑って、言うのだ。
 私はアーリア・スピリッツ。ただの飲んだくれお姉さんでいいのよぉ。
「――とはいえ、天義の騒ぎでは流石に少し、疲れたけどねぇ。――本当はね、天義なんて一度潰れちゃえばいいって思ってたの」
「……よもや。そのような事をみだりに口にするものではありません」
「良いのよぉ。此処は酒場だもの、酔っ払いの戯言。お父さんとお母さんを奪った天義なんて、潰れちゃえばいいって、思ってた。――でも、私も刀根さんと同じなのよねぇ」
 おかわり。
 グラスをカウンター奥に寄せ、髪をすっかりウィスキー色に染めたアーリアは、何処か懐かしむような色を瞳に浮かべている。何を思い出しているのだろうか、と刀根は一瞬思考した。家族、だろうか。
「でもねぇ。私も依頼とかでその国の人たちと接するうちに、情が沸いちゃったのよねぇ。刀根さんの言う通り、正義だとか不正義とか、そういうものでは測れない感情を持った人たちがいて……悩んだり、悲しんだり、傷付いたりして……そういう人たちを見ているうちに、つい、守りたい、って思っちゃったの。力がなくて泣いてる人を、力がある私たちが守る。其れはきっと、国なんて関係ない、当たり前の事だと思うのよねぇ」

 誰かが泣いていたら、其の涙を拭いたい。
 誰かが怯えていたら、大丈夫だと抱きしめたい。
 誰かが傷付いていたら、守るために戦いたい。

 其れは天義も鉄帝も、幻想すらも関係ない――人としての感情だ。強欲の大魔は皮肉にも、人々の心に感情という爪痕を残していった。或いは郷愁、或いは後悔、そのような。
「後悔はしてないわぁ。例えこの後の天義が、また“正義主義”に戻っちゃっても……私は確かに、其の時助けたかったのよ。助けなかったことを後悔するよりは、助けたことを後悔する方がずっと良いじゃない?」
「……。ええ。私もそう思います。そして、アーリアさんの言葉を聞いて、感情がやっと定まってきました。――あの国が救われて良かった。今はそう思う自分を恥じはしません」
「……。って、なんだか辛気臭くなっちゃったわねぇ! お代わり頼みましょ~! 久しぶりに刀根さんに会えたんだもの、休暇中何をしていたか根ほり葉ほり聞かせて貰うわよぉ!」
「え、ええ!? 其れはなにとぞ……! 私は別に、ここぞとばかりに飲み歩いてなど……!」


●ぐでんぐでん
「……で」
 イイ感じに目の前がぐるぐるしている。刀根の休暇――といっても、寝て起きて飲んで食べて、寝て飲んで武器を手入れして……という、色気のないものではあったが――を宣言通り根掘り葉掘り聞いたアーリアは、今度は赤いカクテルの入ったグラスを手に刀根に問う。
 目の前には様々なグラスがいっぱいだ。ウィスキー、カクテル、エールのジョッキ……其れは刀根も同様で、彼もどうもイイ感じに目の前がぐるぐるしているようだ。
「刀根さんはこれから戦いに戻るんでしょぉ?」
「え」
「だって休暇が終わったらぁ、お仕事の時間じゃなぁい? 刀根さんのー、お仕事はー、なんですかー!」
「え? えーと……鉄帝の騎士で」
「ぶっぶぶぶっぶっぶー! 不正解! イレギュラーズでしょぉ!」
「ははは、そうでした~」
 ――完全に出来上がっている。
「だからぁ、今度は他の国の依頼とかぁ、受けなきゃいけないのぉ! わかるぅ?」
「判りますけどぉ! 自分、天義の危機に駆けつけていないですし! アーリアさんのような優しさを持てなかった訳ですしぃ!」
「そんなの関係ないわよぉ! 戦うの? 戦わないの? 決めちゃいなさーい! というか、一緒に戦いましょぉ! まだ全然、終わりじゃないのよぉ!」
「うっ……! アーリアさんほどの方と酒を飲み交わすだけでなく、戦場に誘われるとは騎士として歓喜の極みです……! あっすみませんエールのお代わり下さい。 ……貴方がそう言うなら、自分は喜んで戦場にはせ参じましょう! ええ! 早馬もびっくりの速さで!」
「其の意気よぉ! そして~、勿論あの酒場にも来るんでしょぉ?」
 アーリアが問う。(焦点が定まっていない)
 あの酒場――とは。刀根とアーリアが行きつけにしている裏通りの酒場“燃える石”である。荒っぽい連中が集まるが、其れだけいい酒が出る。店主は無口で、秘密を守る。なにより酒が美味い(二度目)。
 問われれば、勿論です、と灰は頷いた。どんなに剣を磨いても、酒への渇望は断つことが出来なかったのだ。ならばこうして飲み呑まれ、またあの酒場で仲間と笑いあいたい。
「よ~し、じゃあ刀根さんの戦線復帰祝いに飲むわよぉ~! マスター、ワインを頂戴~!」
「あっすみません、エールのお代わり下さい」

 飲んだくれたちの夜は更けていく。
 悲しみも、後悔も、郷愁も決意も何もかも、アルコールに溶かして。

  • C2H6O・メルティング完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 納品日2020年01月12日
  • ・刀根・白盾・灰(p3p001260
    ・アーリア・スピリッツ(p3p004400

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