PandoraPartyProject

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海風に誓えば

登場人物一覧

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す


 じわりと汗が出る。春先というのはそんなもので、けれど春風が涼しくて。普段なら長い金髪を丁寧にまとめているラダが項を晒せないのには訳があった。
 潮風薫る港町での待ち合わせは、ルナにとっては躊躇い以外の何物でもなくて。それなのに「頼めるだろうか」なんて念を押されてしまっては放蕩癖もうまく働かない。なんともご都合主義な性格になってしまったものであると頭を掻きながらため息をつけば、待ち合わせ場所に指定されたカフェも目前であった。
 カランカラン、と軽快なドアベルの音に反してルナの心は重く沈み行き。普段と変わらぬ様子であるラダのそれが一層に胸の内を責めるような気がしてならなかった。
 そして、そんな胸中にあることを少なからずラダは理解していた。だからこそ隠すようなことでもないと、敢えて自身の商会を置いたこの港町に呼んだのだけれど。負い目もなければ後悔もない。あの男――ソルの横っ面をひっぱたく、なんて気持ちにはなれるくらいに。
 とは言え人目を気にせねばならない話題であることは確か。それ故にラダ行きつけの店、その個室を予約し、こうして今に至るというわけだ。
「よう、待たせたか」
「いや、さっき来たばかりだ。おすすめを頼んでおいたけれど、問題はないか?」
「アンタの行きつけってんならアンタに任せたほうが良いだろうさ。ありがとよ」
「気にするな」
 いつも通りの軽口、会話。それなのにどこか目が合わない。
 渇き。喉を潤すも、やけに焦れるような。そんな渇きがラダを支配している。熱い。熱いのだ。
 それを知っているから。ラダに烙印を刻んだ兄を知っているからこそ、普段のような毒も茶化しもなりを潜めていて。

「うっ、なんだ、これは……!? 喉が、渇……!?」
「――貴様には烙印の紋が刻まれたのだ。抗わぬ事だな」

 取り戻せないあの日の光景。
 まるで鼓膜に焼き付いたかのように、あの日の夢をよく見る。呻くラダ、その細い首に牙を立てた兄ソル。
 渇きは無意識で、水を飲むのもきっと無意識。対処法も解りきらぬ今はただそれを見守ることしかできない己の無力が悔しい。
「……その、なんだ。体調は、どうなんだ」
「なんだ、変に気を遣って。別に変わらないよ。少し喉が渇くくらいかな、今は」
「そうか。……悪ぃな、色々と」
「なぁ。気を遣ってるのか? 私に? そんなの不要だ。同郷のよしみだし、それに」
「それに?」
「次に会うことがあればお返しに一発は殴れば良い。とりあえず今のところはそれくらいで許せないこともないしな」
「はは、そうか」
「で、だ。次にソルを殴るときのために、ルナの一族について。聞いていい範囲で、聞いておきたい」
「俺の部族?」
「ああ。私が邪魔だ、って。ソルは言ってただろう。そんなことを言われる筋合いはないし、何よりそんなことを言われるなら余計に邪魔してやりたくもなるし」
「ははっ、良い性格だな? おう、なら……そうだな。と言っても、あまり変わり映えしねえと思うけどよ」
「それでも、だ。こんなものを刻んでくれたんだ、たんとお礼はしたいしな」
「そうかい。ま、今となっちゃアイツにかまう義理も縁も未練もねェしな。上手く話せる自信はねェが、甘く見てくれ」
「そのつもりだ」
 隠すつもりはなかった。隠そうとも思えなかった。最早隠す意味も見いだせない。
 最初から部族に居場所などなかった。帰る場所もなかった。ならば、「ルナ」をルナ個人として信頼してくれている彼女にこそ話すべきだろう。
 彼の部族のすべてを。『力のある男が長』であったこと。黒い毛並みは不吉であると言われていたこと。ゆえに両親、それからソル以外からは嫌われていたこと。
 諍いの原因になることを避けたかったといえば聞こえはいいか。ある意味では逃げだったのかもしれないと、己の口から出る言葉を他人のように聞きながら。
 時折目を逸らし。あるいは瞼で塞ぎ。思い出し。憂い。普段とは変わらずに見えるルナの様子を慮りながらも、それでもラダは、最後まで背筋を伸ばし、目を見つめ。目を逸らすことはなく聞き続けたのであった。
 己が甘さゆえに引き起こした事態である、とは両者共通の自責の念であった。
 自分の執着が招いたという自責。
 自分の脚なら何があっても駆けつけるという驕り。
 自分の身内がやらかしたという怒り。
 太陽の名を冠した兄は今や夜の闇に堕ちた。あれは最早兄ではなく、ラダを傷付けたただの獣。血吸い蝙蝠風情に成り果てた野郎に、情や未練はなく。はやく引導を渡してやるのが義理と言ったところか。元々部族に居場所はなく離れた身。戻る気などさらさらなく。部族は死に別れ、自身も今も昔も、そしてこれからも、ただのラサの獣、ただそれだけ。
 太陽の彼女を見守りたかった。だからこそ駆けていた。己の足に自信もあった。それなのに、今回の失態。日陰者には許されざる大罪だ。
 だからこそラダの未来を取り戻すのは自分でなければいけない。これ以上彼女が笑顔を失うことのないように。一人で背負うことのないように。一人苦しむ夜がないように。それでこそ、ルナが月の名を冠した意味を持てるような気がして。
 ラダとしても苦い思いは抱えたまま。知ろうとしなかった彼の部族のこと。確執。過去。そして、過去からの今。知らないままでいればきっと怒るだけで済んだのかもしれないし、これからも知ろうとはしなかったのかもしれない。けれどラダは前を見つめる者である。目を逸らすことは好きではないし、困難から逃げることを好いてはいない。自分の力を。好奇心を阻む壁を越えてこそ、商人であり、「私」であるから。

 冷静さを失わぬつもりだった。身の程を忘れるなと己が心に刻んでいた。
 が。手を掛けられれば話は別だ。胸中から渦巻く何かが溢れんとしている。
 やめろ、なぜ手を出すのだ。何かするならば俺に手を出せ。
 彼女は、今の俺にとっちゃ唯一の――

 熱い思いは何度でも蘇る。
 あの日の後悔、激高、そして失望。
 だからこそ再戦を待つ。
 真向面から戦う。力の強いものが長であると言う部族の教えに従い、次は己が足でねじ伏せる。
 ラダとてルナにソルをそのまま倒させてやるつもりなどない。次は一撃、いやそれ以上。烙印をくれたをしてやるのだ。
「さて、どうしたものかな」
「今はアイツの情報を追う他ねえだろうな」
「そうだな。それまでは、精一杯生きるとしようか」
「だな。ま、今日は俺の奢りにさせてくれや。何かしねえと気が済まねえ」
「ふむ。それなら今日は、お言葉に甘えようかな」
 あの日の後悔を忘れることはない。次で終わらせるのだと海風に誓えば。晴れやかな空の青が。鮮やかな海の青が、喉の渇きも忘れさせてくれるような気がした。


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