PandoraPartyProject

SS詳細

陽葬の随に

登場人物一覧

ショウ(p3n000005)
黒猫の
杜里 ちぐさ(p3p010035)
明日を希う猫又情報屋

 柔らかな陽光が差すその時のことだった。
 ローレットで何時も通り情報屋として働いているショウの元に一報が入った――『イレギュラーズに死者が出た』と。
 鉄帝国での戦いも苛烈な熱を帯びていた。グラオ・クローネも決して平穏に終ったとは言えまい。情報は交錯し、情報屋達は駆け回る。情報を精査する時間さえも今は惜しいと言った様子だ。
 暫くの間はショウも多忙である。真実を伝え、出来る限りイレギュラーズを安全な戦場に送り出さねばならない。何れだけ正しい情報をイレギュラーズに与えられるのかが情報屋達の戦いだ。何も情報が存在せず、情報確度さえ不確かな戦場の死亡率は高くなる一報だからだ。
 戦線が集結し、束の間の平穏が訪れた頃――ショウは自室に置き去りにして居たキャンディを思い出した。大切に食べては居たが多忙で等分を求める内に随分と数を食べてしまった気がする。残り一粒だったか、あれは中々食べられそうにないと考えてから唇が緩んだ。
 あのキャンディは美味しかった。今度ちぐさに何処で買ったのかを教わろうか。瓶の装飾も愛らしかった。誰かの贈り物にも屹度ぴったりな品が他にも置いてあるのだろう――そこまで考えてから、何時も明るい声音を聞かせてくれる猫又が帰ってきていないことに気付いた。
 自室を出てローレットの受付へと向かう最中、只ならぬ空気が漂っていることにショウは気付く。「プルー?」と見慣れた情報屋仲間に呼び掛ければ、彼女はショウの姿に気付いてからはっと息を呑んだ。
「……ショウさん」
「やあ、ユリーカも。どうしたんだい?」
 ラフな挨拶を行ったショウを見て、ユリーカはその大きな瞳に涙を溜める。ショウやプルーにとっては幼い頃から知っている少女だ。天真爛漫でくるくると表情の変わる彼女の泣き顔くらい見慣れた物だった、けれど――
「……ユリーカ……?」
 勢い良くショウに飛び付いた彼女は嗚咽を漏す。只ならぬ様子にショウはユリーカの背を撫でてからプルーに向き合った。
「落ち着いて聞いて頂戴、ちぐさが――」
 それ以上の言葉を、ショウは覚えては居なかった。

 イレギュラーズである以上、当たり前にその可能性があった。危険な戦場には向かわぬ『子供』だと認識していた自分は愚かだったとも言えよう。
 懐いてくれる可愛らしい友人。幼子のように見えるちぐさがショウと比べれば『生きた年月』はうんと長いことだってよく分かって居た。
 それでも、随分と幼く見えた彼は可愛らしく幼い子供の様だった。父親のように振る舞っていたわけではないが、少し世話を焼くのが楽しかったのも確かだ。
 彼について詳細に知っていたわけでは無いが、ゆくゆくは苦しいことだって共有し、良いパートナーとして――情報屋と傭兵か、情報屋同士だって良い――仲良く暮らすことだって出来ただろう。
 それでも、だ。彼はイレギュラーズである。
 もしも彼が必要に駆られた場合は直ぐにでも戦場に駆け付ける可能性だって十分にある。
「ショウ!」と呼び懐いてくれる彼だ。此度の戦いがローレットにも影響を及ぼし、ショウの命が危険になるとしたならば――彼は、ショウのために戦場に立つだろう。
 不慣れであろう戦いも、ヒトを傷付けることだって屹度苦手にして居るだろう。それでも、彼は懸命に戦場に立ち戦ったはずだ。

「……ショウ」
 呼び掛けられてからショウは「そう」とだけ返した。プルーから見ればそれは普段通りの笑みとは言えない。力無く笑って見せたが、その笑みに陰りがあったのは確かだ。
 情報屋である以上は一人の死を悼み続けるわけには行かない。まだまだ戦い続き、世界ハ滅亡の危機に瀕しているのだ。
「仕方ないな。お墓は?」
「……作る手筈になって居るはずなのです」
 ぐすぐすと涙を流すユリーカの背を撫でてから「分かった」とショウは頷いた。死に顔を見るのはどうしても忍びなく、全てが終わった後に顔を出すとだけ告げてショウは自室に戻った。
 残り一粒になったキャンディは、食べる事は出来なかった。
 キャンディをどこで買ったのか聞く際に「美味しかった」と例を告げると共に自分の行きつけの菓子店のクッキーを分けてやろうと考えて居た。
 ちぐさなら「ショウはこれが好きなのにゃ? あーん!」と大きな口をあけて頬張ってくれるだろう。「とっても美味しいにゃ!」と微笑む笑顔を想像して嘆息した。
 ああ、やっぱり――苦しくもなる。あれだけ懐いてくれていたのだ。正直に言えば絆された、とも言える。情報屋という立場である以上は、余り懇意になっては『入れ込んでしまう』可能性があると己を律していたのも確かだ。
(それでも、君は俺の心の中に住んでいたんだな。何時だって、暖かかったから、なくならないと気付きやしない。
 君を子供扱いしていたけれど、本当に子供だったのは俺の方だったのかも知れない。……君はおかしいと笑いそうだけれどね)
 莫迦みたいな話だが、それに気付いたのは今になってからだ。
 朗らかな陽だまりのような彼が、お日様の光を探してとことこと歩いて遣って来やしないかと考えた。
 そうだ、ひょっこりと戻ってきてくれることばかりをずっと考えて居る。「さっきのはドッキリにゃー!」と悪い冗談だったと告げて笑う顔を思い浮かべては有り得やしないのだと嘆息した。
 彼女達が嘘を吐くはずがないのだ。こんなタチの悪いジョークを重ねている暇があるならば仕事をする。そういう時期に差し掛かっていたのだから。
「ショウさん、やっぱり逢いに行くのです」
 ユリーカに誘われて、部屋を出た。冷たい空気が肌を刺し、俯いたままショウは廊下を歩く。
 ローレットから少し離れた場所に彼の遺体は安置されているのだという。最後の埋葬の前に、別れをとユリーカが一度待ったを掛けたのだそうだ。
「俺は」
「駄目なのですよ」
 帰ってきてくれただけでも奇跡なのだからとユリーカは震える声でそう言った。
 美しい大樹の下、木陰は涼やかで陽射しをも遠ざける。棺はシンプルなものだったが、想像していたよりも幾分も小さかった。
 陽だまりの下で眠るように彼が居る。
 瞼は動かず、冷たくなった手にはシンプルなネックレスが握られていた。
 その猫は罅割れてしまっていたけれど、こうして此処まで帰ってきてくれた。それはショウからの彼の無事を祈った小さなバースディプレゼント。
「やあ、ちぐさ」
 ショウはその名を呼んだ。何時もならば笑いかけてくれる声は返ってこない。
「随分と長いお昼寝だね」
 ゆっくりと膝を付いてから頬を擽った。「擽ったいにゃ」と身を捩ることもしない。ぴくりとも動かない。当たり前の様な伽藍堂の体。
「……君が帰ってきてくれて良かった。聞いたよ、体が帰ってきただけでも奇跡だったって」
 どうしようもなく言葉が溢れた。何度も何度も、語りかけたって笑う事も無ければ、動くともない。
 指先が握り込んだままの猫に少しだけ謝罪を告げてからそっと一輪の花を持たせた。
「それにしても、突然の別れだったな。……仕方ないことだと、割り切らないといけないのだろうね。
 ああ、俺も、またそっちに行くから待っていてくれよ。待たせるかも知れないけれど、君の方が先輩になる……案内してくれるかい?」
 勿論にゃ、と笑う声が聞こえた気がしてショウは俯いた。
「おやすみ、俺の大切な――」
 ぽたりと一粒落ちた涙は、小さな彼しか知らないのだ。


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