SS詳細
Boy in the Jigsaw puzzle
登場人物一覧
●ねえ、聞いてちょうだい
わたくしには弟がいるの。
ギリの、とつくけれどギリも何も家族は家族。
血のつながっていない舎弟だって家族なのだから親族ならギリなんて言葉いらないわよね。
嬉しそう? ええ、とっても嬉しいわ。
だってわたくしの弟は、黒鉄の肌に雪のような白い髪をもつ、とてもとても愛らしい子なのよ?
これで嬉しくない姉なんているかしら。
ああ、でもね。あの子のいつも何かに怯えたような金色の目だけはいただけないわ。あれだけ可愛い金色なのだからもっと堂々としたらいいのに。そしたらキラキラ、金平糖みたいにもっと可愛くなるのに。
それにちょっぴり不思議なのよね。
大きな鏡を見るといつも目を伏せてしまうの。それじゃあ可愛いお顔が見えないわよって何度も注意してるんだけど、いつもそう。
最近は直ってきたけれど、いつも鏡を怖がるように見つめるの。でもそのちょっと潤んだ上目遣いが可愛いのよ。
どうして一緒に鏡を見てるのか、ですって?
かわいいお洋服を着せる時やメイクする時に必要だからに決まってるじゃない。何かおかしなところ、あったかしら?
それから不思議な点といえばもう一つ。
学校に入ってから忘れ物が多くなっちゃうんですって。
うっかりやさんで可愛いでしょう? 海洋から取り寄せた高級な羽根ペンを渡しても毎回律儀に忘れていくの。忘れないようにわたくしが特別仕様のきらきらfuwafuwaボールペンをあげたら忘れ癖は直ったのだけれど。
それに羽根ペンだけじゃなくてノートや教科書も失くしてしまって――……ええ、手がかかる子でしょう? そこがもう、可愛くて可愛くて。
もしかしたらリュカシスちゃんは可愛いの天才ではないかと思う時もあるわ。いいえ、きっとそう。可愛いの天才なのよ。だからあんなに可愛いんだわ。愛想笑いとか高度なテクニックを難なくやってのけるの。信じられる?
もう、そんな顔はしないでちょうだい。安心して。もうそろそろ本題に入るから。
そんな可愛い可愛いわたくしの弟を虐める上級生がいるみたいなの。
軍属の学校だし男の子だから、或る程度の喧嘩は仕方がないと思ったんだけど心配でたまらなくなってしまって、さっき聞いちゃったのよ。
そしたらリュカシスちゃんったら何て答えたと思う?
「強くなりたい」んですって。
それも「ずっと最後まで立っていられるくらい。ものすごく、強くなりたいよ」って。
あの時のセス、平気な顔で「ああ」だなんて頷いていたけれどあれは相当お冠のときの「ああ」だったわね。わたくしには分かるわ。
もう理解できたでしょう?
リュカシスちゃんのお願いを叶えるために、わたくしはここにいるの。
そんなに怯えないでよ。
血の雨は降らないわ。だって可愛くないんですもの。
●「お前『棘』って状態異常覚えてるか。この前授業で習ったやつなんだがアレマジで覚えておいたほうがいいぞ30%ってどんぐらいなのか意味分かんなかったんだけどさアレすげーヤベーんだってマジヤベー」
ここは鉄帝だ。
ついでに言えば学校と謂う名の閉鎖環境。
閉じられた子供の社会に異物が混入すると、その反応はありきたりなものになる。
新入生は珍しくないが、そいつはやたらと目を引いた。
どうやら最近、スラム街から親戚筋の貴族に引き取られたらしい。物語みたいだなんて噂好きの女子が騒いでいたことを覚えている。
リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガーを一言でいえば、小柄で、なよっちい言葉遣いの、女みたいな綺麗な顔の奴だった。
強そうな肌の色はともかく、性格はまったく鉄帝に相応しくない。例えば道端に鳥が落ちていれば飛べるようになるまで世話をするような、ラド・バウの大歓声にすら怯えるような、そんなどうしようもない落ちこぼれ。
だから上級生に目をつけられるのもサンドバッグになるのも当然だと思った。
だって弱いんだから。そいつが虐められるのは予定調和すぎて誰も気にしなかった。
殴られている側も、慣れ切った顔で当たり前のように転がって暴力を享受しているんだから仕方ない。
まあ、助けてって言っても誰も助けなかっただろうな。
だって自分の身ひとつ守れない奴に背中を預けようだなんて思えるか? 自分の弱さを知って他の奴らみたいにさっさと転校するのがお似合いだと思っていた。
あいつの引き取られた先はサリーシュガー家。
鉄帝の貴族にしちゃあ珍しい比較的穏健派の一族だ。
だから子供の、しかも実子でもない養子への虐めになんぞ手を出してこないだろうと誰もが思っていた。比較的ってのは、決して無視できる副詞ではないってことを忘れていたんだ。
それから暫くしてあいつは頭に角をつけてやってきた。牛みたいな黒い鉄の塊。馬鹿にした様子で見る奴もいれば、憧れの目で見る奴もいた。ごつい装飾具ってのは、なんつーか、こう。恰好いいだろ?
上級生もそう思ったんだろうな。その角を奪おうとした。
そしたらさ、あいつはダメって言ったんだ。何をされても無抵抗だったあいつが、これは渡さないって。
本当になにをしても外れなくて、逆に上級生の方が痛そうな顔をしてたよ。
一方であいつときたらケロッとした顔でさ。
じきにこめかみが腫れた上級生たちの方が逃げちまったし立ち上がったあいつときたら、殆ど無傷だったよ。
後で分かったんだが、あの角には「棘」の効果がついてたんだと。
でも「棘」は相手の攻撃を全部返すわけじゃない。自分の受けたダメージのほんの一部を相手に与えるだけだ。
そん時、俺はヤベーと思った。
何がヤバいかって? あの時のあいつの表情を直接見ていれば分かる。あれはヤベエ。
今まで自分は弱いと思い込んできた鋼の生き物が、己の強さを理解しはじめた瞬間ってやつだよ。
そっからあいつを虐める奴は少なくなった。でも反対にあいつに挑む無謀が増えた。そして……現在に至るってわけだ。
●おかえりなさい
俺が新しい女友達を連れて家に帰ると、玄関にリュカシスが立っていた。
あいつは俺を見つけると嬉しそうに笑って駆け寄ってきた。放っておけば一日中、時計の分解と組みたてを繰り返すような寡黙なヤツが、俺を慕っているのだと一目で分かる笑顔だった。
それが無性に癪に障った。その時の俺は、新しく出来た弟よりも隣にいる女との関係の方が重要だった。たどたどしく喋る目の前の生き物が、これ以上ないほど邪魔に思えたのだ。
「かわいーっ。ねえ、弟さん?」
「あー、誰だったかなぁ。覚えてねェなァ~」
これは俺なりの、新しい弟に対する軽い冗談のつもりだった。あわよくば興味を失って何処かに行ってくれとの願いも含まれていた。
けれども義弟にとってはそうではなかったらしい。
その時、俺を見上げたあいつの表情は今でも忘れられない。
何かとても恐ろしい絶望、例えば自分のせいで家族が死んでしまったかのような蒼褪めた顔。
俺は自分の失言に気がついた。今のセリフを、この世で誰よりも「俺だけは」言うべきではなかったのだ。
気づいた時には遅かった。俺はまだガキで、逃げた小さな背中を追いかけることすら出来ない臆病者だった。
あいつが何を恐れたのか。
誰よりも知っていたはずなのに。
おまけSS『治らないもの』
ゴミ箱で見つけた時計を分解するのが好き。
複雑で、壊れた欠片をさがすだけで時間がつぶせるから。
ピースの足りないジグソーパズルみたいで、集中していればお腹が空いている事も忘れられる。
ちっちゃいころに、誰かが教えてくれた。
組み立てるっていうのは、時計が動くようにちゃんと正しい位置に部品を戻すことなんだって。
たくさんある歯車がぜんぶ元通りになれば、また動きだすんだよって。
機械にもお医者さんがいるんだねえって言ったら笑ってくれた。
精々がんばれよチビちゃんって、声をかけてくれた。
だけどゴミ箱で見つけた時計は直らなかった。
ボクの頭に当たったせいでバラバラになってしまったから。
直らない時計はお金にならないから、ゴミ箱のなかへと逆戻り。
雨ざらしの時計を見てボクは悲しくなった。
外側のケガは治るけれど、内側のケガは治りにくいことを思い出したからだ。
時計と一緒で部品が歪んだり、無くなってしまうと、元の形には戻せない。
本当に?
ボクはまだちいさいから分からないけれど、他の人ならもとに戻す方法を知っているかもしれない。
外に出て、色んな人にたずねてみた。
大人のヒト。お医者さん。色んなヒトに話を聞いた。
その日、持ち帰れたのは、たくさんの「できない」と痣だけだった。