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美酒を乾杯
登場人物一覧
「……さて困ったな」
ギルドにて。ギルオスはある資料を前にして腕を組んでいた。
それは彼が担当している事件の情報で……纏めると『よろしくない白いブツ』を裏で扱っているという噂の料理店をようやく掴んだ内容であった。どうも経営にマフィアが関わっているらしく。
本来であればこれを実働の依頼として告知。人数を集める……のが普通だが。
「あらぁギルオスくん。なんだか悩んだ様子でどうしたのぉ?」
その時。何やら思案しているギルオスへ声をかけたのはアーリアであった。
今日も今日とてどこか、ほんのりと酔っている様な様子の彼女を前に。
語るは仔細。それはまだ情報が不完全であるという事。
料理店の内部構造、警備している者の数や質などなど……所在を掴んだだけでまだまだ不明点があるのだ。それだけならばまだしも。
「――もう時間がないんだ」
どうやら奴らは店を『畳む』準備をしているらしい。それこそ明日にでもの段階らしく。
一定期間毎に活動場所を変えている様だ。長期間活動を続ければいつか捜査の手が伸びると考えているのだろう。慎重と言うべきか、姑息と言うべきか。
「もし他国に活動拠点を移されればまた足取りを追う所からやり直しだ。
そうなるぐらいなら一度大胆に料理店に調査に入りたい……んだけど……」
「ふぅ~ん? なにか問題が?」
「うーん、その。この店はね……」
思わずギルオスは眉間に皺を寄せる。一拍の後、紡ぎ出した言葉は。
「――カップル限定でしか入れない場所なんだよ」
お一人様お断り! の看板を掲げているらしく単独個人での調査が難しい。
何故だ。何故そんな独り身に厳しいルールを掲げるのだ。昨今の飲食店はこれだから……! いやまぁそれは良いが、とにかく。強引に一人で乗り込む訳にも行くまい。入店出来たとしても目立つ。こちらの動きを悟られるのはまずい。
しかし運が悪いかな、もはや大分夜に差し掛かるこの時間帯。
ギルドに誰も残っていなかったのだ。いつもなら誰かはいたりするのだが……
「あらぁ。じゃあ私でいいじゃないの」
と、その時。
悩むギルオスに対しあっけらかんと。アーリアは陽気な口調で言葉を紡いだ。
「いやしかし……君には」
「あぁうん大丈夫よぉ。
あくまでもお仕事でカップルのフリ……それくらい『彼』も許してくれるわよぉ」
アーリアが協力してくれるならばカップルの条件に何の不都合もない、が。ギルオスが自らその提案をしなかったのは、彼女には既に愛し人がいるという事を聞き及んでいたからである。あくまでも仕事上でのフリとはいえ。
「まぁちょっと呪いの手紙とかぐらいは暫く届くかもしれないけど――急ぐんでしょ?
選択肢はないんじゃないかしらぁ」
「何、なんて? 呪いの手紙? え、なんでそんな……嘘でしょ?」
どうかしらぁ、とにっこり。恐ろし気な事を微笑みながらアーリアは呟きつつ。
しかし彼女の言う通りだ。急ぎ対応しなければならず、ならば好意に甘える他無く。
「――そうだね。すまないがよろしく頼むよ」
「ええこちらこそぉ。とりあえずはカップルのお客さんのフリとして、ね?」
口に指を当て、これは内緒だと。
『彼』の事は信頼している故にアーリアは何も心配していないのだが。
ギルオスにとっては本当に大丈夫か――気が気でない心境であったとか。
●
その料理店は些か入り組んだ場所に。
アーリアの協力によって怪しまれる事なく無事入店出来た――のだったが。
「……さて困ったな」
ギルドに居た時と似たような発言をしていた。
事は順調に進んでいるのに何をまだ困っているのか。
それは――今の状況を見渡せば一目瞭然と言うか――
「憲兵だ全員大人しくしろ! 抵抗するなら命の保証はせんぞ!」
「ふざけやがって国家の犬共が!」
なんと幻想憲兵が踏み込んできたのだ。二人の入店後暫くしてから。
一気に戦場となる店内。始まる銃撃音、あるいは剣撃。テーブルを即座に横に倒してアーリア共にその影に隠れたのが現状だ。幻想の憲兵がなぜこのタイミングでマトモに仕事をするのか……
「ダブルブッキングしたって事、これぇ?」
「憲兵は信用ならないって事でローレットに来た依頼だった筈なんだけどね。
完全に予想外だったよ……」
「どうするぅ? 入口は憲兵に抑えられてるし……あらこのパスタ美味しい」
とりあえずと適当に注文して届いていたパスタをアーリアは一口。
テーブルを倒した時、これは保護しておいて良かった。中々美味である。
ギルオスも届いていたコーンスープを口に運んで、さぁどうしたものかとお互いに思考を。背後で鳴り響く派手な戦闘音と怒号をBGMに。
「憲兵にローレットだと事情を説明してる暇はなさそうだね」
「殺気だらけだしねぇ……あらぁ? あそこの窓、破れば外に行けそうじゃない?」
「僕もそれ考えてたんだけど問題が一つ。ルート上でも戦闘の真っ最中」
「なるほどぉ――頑張ってねぇギルオスくん」
クソなんて日だ! 嘆きながら飲み干し、アーリアは布ナプキンで口元を拭って。
――往く。互いにほぼ同じタイミングで遮蔽物たるテーブルの影から身を晒し。
アーリアの月の魔術が暴れし者を包む。進行方向上の一人に『酔い』が如き感覚を。
されば突き抜ける。誰も彼もが新たな戦力が現れたと理解する前に脱出口へ。
「おっと」
途上。逃さぬとばかりにマフィアの一人がナイフで襲う。
身を捻るギルオス。ナイフ持つその手を弾いて胸元を掴み。
瞬時、足を弾いて――オープンキッチンとなっている彼方へと投げ飛ばした。
「あらぁギルオス君割と戦えるの?」
「護身術程度だけど、ね!」
一線級のイレギュラーズ、例えば目の前のアーリア等には遠く及ばないが。
情報屋とは言え荒事に巻き込まれる事はある。自衛程度の力はあるのだと――
言った瞬間、その頭上を流れ弾の銃弾が掠めて飛んで行った。
「あ、やばいやばい向こうから大量に来る! 早く逃げよう!」
「まったくもぅ。やっぱりギルオスくんはギルオスくんねぇ……」
マフィア共の増援か、店の奥から大量の人間が現れて。
故に辿り着いた窓を破って外へ出る。
振り返らずに闇夜を駆け抜け、怒号と喧騒が聞こえなくなる表通りにまで辿り着けば。
――後ろを追って来る者はいなかった。諦めたか、振り切ったか。
「はぁはぁ……全くとんだ目にあった……」
「あのお店どうなるかしらねぇ……?」
「そ、それはまた後で情報を探ってみるよ。だがあの様子だと……」
最後の様子、憲兵が押している様に見えた。あのままの調子で進んだのならば店は制圧されるだろう。受けていた依頼は……予想外の形ではあるが、終局を迎える訳だ。
しかしとことんツイてない日だ。憲兵の襲撃が被るとは。
以前は狙って襲撃『させた』事もあるが、今回は完全に違う。偶然だ。
最初から最後までアーリアには迷惑をかけたと。ギルオスは自省を――
していれば、その頬に何やら冷たい物が当たって。
「はいお疲れ。ま、一仕事終えたんだし――乾杯といきましょ」
アーリアが持っているのはワイン瓶とグラスが二つだ。
まさかあの騒動の最中に途上にあった物を拝借してきたのか。いつの間に。
「……ま、そうだね。いずれにしろ今日の所は終わりだ……お疲れ」
ともあれ疲れた身。身体が水を求めていて一息付くにこの味もまた相応しく。
幻想の夜にグラスの音が響いていた。