PandoraPartyProject

SS詳細

花の雫

登場人物一覧

綾辻・愛奈(p3p010320)
綺羅星の守護者


 はらりはらりと舞う桜花が、びゅうと吹いた突風に拐われていく。
 綾辻・愛奈(p3p010320)の艶やかな黒髪も舞い上がり、慌てて抑えるも既に髪はぐちゃぐちゃだ。 けれども気分は悪くはない。春風のいたずらに遭ったのだと、柔らかな気持ちが口の端を持ち上げさせた。
「ああ、こんなところにも……」
 いたずらな春風は髪をぐちゃぐちゃにしただけでなく、黒い髪にたくさんの桜花を飾り付けた。ひとつ摘んで払い、またひとつ摘む。そうしていると、ふと祖父のこと思い出していた。
『ああ、愛奈。ほら、春風にいたずらをされたね』
 そう言って、祖父が愛奈の髪から桜花を取り除いてくれたことがあった。
 愛奈の髪が美しいから、ついいたずらしたくなってしまうのだろう。目を柔和に細めて笑う祖父は穏やかで、とても優しい人だった。
 そっと瞳を伏せれば、祖父の姿がたくさん思い浮かぶ。
(……良かった、忘れていない)
 記憶は風化するものだ。愛奈にはそれが恐ろしい。
 幼い頃に死別した両親の代わりに育ててくれた祖父。
 古書堂の奥で静かに本の頁を捲る姿を静かに眺めたり、そっと傍らでともに読書をする時間が愛奈は好きだった。
 祖父は常に愛奈のことを案じてくれていた。
(――別れの時も)
 桜の儚さが、今際の際の祖父の姿を呼び起こす。命というものは有限で、どれだけ若い頃に健康であっても年を取ってひとたび体調を崩したのなら――それはあっという間に喪われていく。
 祖父も、驚くほど呆気なく逝った。
 ひとり取り残される愛奈のことを案じ、深く悲しみ、残していくことをすまないと謝った。
 それほどに、愛奈のことを愛してくれていた。幸せを願ってくれていた。
(安心、してください)
 愛奈は今、ひとりではない。父母のも祖父のも墓がない遠い地だが、友人や戦友が出来た。仕事上の付き合いもあり、以前よりも人との触れ合いがある。古書堂の経営難や噂に苦しんでいた時のような苦しみもない。幸せ、と言い切ってしまえるものなのかはわからない。けれども日々充実していた。
 祖父の墓参りができなくなった身ゆえ、思いを籠めてもこの想いが届くかはわからない。
 ――そうだ。
 ふと思いつき、最近揃えたばかりの烟草入れを取り出し、線香の代わりに煙草へ火を灯す。
(おじいちゃん。私、元気にやれていますよ)
 愛奈は暫くの間、祖父まで届けておくれと、舞う桜花の中にくゆる煙を見上げていた。


PAGETOPPAGEBOTTOM