PandoraPartyProject

SS詳細

ひらひら、舞う

登場人物一覧

ユリーカ・ユリカ(p3n000003)
新米情報屋
囲 飛呂(p3p010030)
きみのために

 ローレットの受付に彼女は何時だってちょこりと座っていた。それが受付嬢の仕事なのだという。
 緊張しながらも飛呂は「こんにちは」と彼女に声を掛けた。資料に目を落としていたユリーカはぱっと顔を上げてから飛呂に気付く。
「あっ、こんにちはなのです! 飛呂さん! ばっちり桜は開花したそうですよ!」
 輝く笑顔を見せたユリーカに飛呂の心が跳ねた。待ち合わせにやって来た飛呂はユリーカに声を掛ける前まで、ローレットの入り口でそわそわとして居た。
 服装に可笑しな所はないだろうか、髪型は大丈夫だろうか、忘れ物はないか。念には念を入れた飛呂は「ちょっと待っていて下さいね」と微笑んだユリーカに振り子のように勢い良く頷いた。
 二人で向かったのはローレットから少しだけ距離の離れた公園だ。旅人達が植林したという桜が川沿いに並び、潜り抜けることが出来るという。
 花見客の数は多く、賑わいが感じられる。屋台が並んで居る様子を眺めながら「後であれ食べたいですね」とユリーカは嬉しそうに笑う。
 隣を歩く彼女を見るだけで飛呂の唇がついつい緩んだ。美しい桜に、傍らには『好きな人』。
 目をあわすのだって緊張していた毎日だった。其れが今は二人だけで出掛けられるようになったのだから成長したのだと自分を褒め囃したい。
「少し人が多いですね。何か飲み物とか買って休憩しましょうか」
「えーと、そう、うん、そうしましょう、うん」
 緊張してして声が上擦った。話し口調も反応も、反省することばかりだと肩を降ろす飛呂をユリーカはフルーツジュースの屋台に手招いた。
 ミックスジュースを二つ買って、人波を避けるように歩いて行く。
「ユリーカさん?」
「ふふーん、此の辺りは天才美少女情報屋のボクに任せるのです! こっち、こっちですよ」
 手招いたユリーカが飛呂を誘ったのはぽつねんとベンチだけが存在している空間だった。
「ここって……」
 人気は無くひっそりとしているその場所は地元民の休憩場所なのだろう。やや奥まっており、川に挟まれているために行き止まりである事から観光半分で花見を行なっている客達の目には止らない。
「じゃーん、穴場なのですよ。ここならのんびり桜を眺められますし! 折角誘って貰っので、一番良い場所をお教えしたかったのです」
 胸を張ったユリーカに飛呂は「あ、ありがとう」とつい上擦ったように言った。
 この場所はユリーカの父、エウレカが幼い頃に教えてくれたのだという。父亡き後もユリーカはレオン達にねだってはこの場所で桜を見に来ることもあったそうだが、年齢を重ねた事やローレットでの依頼作業が多忙になるに連れて足が遠ざかったのだという。
「一緒に来てくれて嬉しいのです」
 幸せそうに微笑んだユリーカの表情に飛呂はつい、息を呑んだ。
「やっぱり、誘えてよかった……」
 ぽつりと呟かれた言葉にユリーカは自慢げに笑う。飛呂の頬が赤く染まったのは、彼女の笑顔が余りにも綺麗に見えたからだ。
 美しい桜の下で、彼女が微笑む。花開くように笑ったユリーカに飛呂は決意を胸に俯きながらも、言葉を紡いだ。
「……だって、好きな人と花見できるなんて、最高だろ?」
 ぱちくりと瞬いたユリーカは「ありがとうなのです! ボクも飛呂さんのこと好きですよ」と微笑む――が、違うのだ。
 ユリーカの『社交辞令』が欲しいワケではなく、ユリーカがくれた『好き』の意味合いも飛呂の物とは違っている。
「あ、そうじゃなくて」
「そう……? えーと……」
 またも大きな瞳が瞬かれた。人波の喧噪は遠く、二人だけの空間でユリーカが溢れそうな緑色の瞳で飛呂を見上げてくる。
「あ、の、そういう意味じゃなくて――」
「あ、ごめんなさいです。ボク、何か……」
 しどろもどろになった彼女は恋愛という事には特に疎いのだろう。幼い頃からローレットで過ごしてきたユリーカは誰かの為にと働き詰めで、自分事には感けている時間も無かったように見える。
『そうじゃなくて』と思わず口に付いた飛呂はぐ、と息を呑む。彼女が存外鈍かった事は予想外だった。
 けれど――伝えるならば今しかない。見上げてくるユリーカに真っ直ぐ向き合ってから飛呂は口を開いた。
「友人として、じゃなくて、一人の女の子として、ユリーカさんが好きなんだ」
 緊張している。声だって少し上擦った。掌にも汗が滲んだ。向き合うことも緊張して、ああ、どうすれば良いか分からない。
 真っ直ぐ見据えていたユリーカはぽかんと口を開いていた。どう言う反応なのか、それを読み解けなくて飛呂は俯いてから慌てて手を振る。
「へ、返事くれってわけじゃないんで。これはただの決意表明みたいな……」
 しどろもどろになりながらも、補足する飛呂にユリーカは思わず吹き出した。
「決意表明なのです?」
「そ、そう。もっとさ、ユリーカさんが見てくれるような男になるって言う……」
「ふ、ふふ、あはは! ボクってそんなにお高い女なのです?」
 楽しげに腹を抱えて笑ったユリーカに飛呂は「えっ!?」と思わず仰け反った。何が面白かったのか、失敗したのだろうかと青褪める彼にユリーカは更に笑い始める。
「ふふ、飛呂さんは頑張り屋さんなのです」
「え?」
「ボクは、飛呂さんが頑張っているのちゃんと知ってるのですよ。
 でも、ボクはローレットの受付嬢で、……おとうさん達の『ローレット』が一番だから……」
 ぽつり、と呟いたユリーカは首を振ってからしっかりと飛呂の目を見た。
「まだまだ冠位魔種はこの世界を脅かすのです。ローレットだって、無傷で入られないかも知れない。
 そう言うときが来るかも知れないことがボクはとっても怖いのです。ですが、怖がりの儘では居られないって分かってますから……。
 今、飛呂さんのお気持ちに応えることはできないのです。ボクも、向き合わなくっちゃならないことがあると識ってますから」
「うん」
「だから、ボクの頑張りも見ていて下さいね。飛呂さんも、勿論、ボク以上に頑張って、とっても強くなって、ローレットを護ってくれたりして……」
 屹度、其れは彼女の優しさだった。今はそういう風には見られないけれど、と含まれた言葉でも希望が存在しているように思える。
「じゃあ、その為に頑張らなくちゃならない……です、ね」
「なんで今、緊張したのです? 飛呂さんはボクの事怖いのです?」
「そんなことは……」
「ああーっ、ないっていわなかったのです!」
 頬を膨らますユリーカに飛呂は心の底からの笑顔を見せた。
 今はひとつひとつの思い出を積み重ねて行くことだけを考えたい。隣に居る事を許してくれるならばこの笑顔を護っていけるはずだから。
 彼女は何時だってローレットで「行ってらっしゃい」と笑ってくれる。あの場所が、彼女の家で、彼女の護りたい物だ。
 だからこそ飛呂は決意しなくてはならない。これから訪れる災難にだって立ち向かい、誰よりも彼女の大切なものを守り抜くだけの力を――そう、心に決めなくてはならないのだ。
「……台無しにしといてなんですけど、今日はせっかくなんだし、このまま花見楽しみましょう」
「じゃあ、ボクはあの屋台の串焼き一本欲しいのです」
 奢りですか、と呟いた飛呂にユリーカは「駄目なのです?」と揶揄うように見上げる。仕方ないな、と笑えば彼女は嬉しそうに微笑むから。

 ――いつか、君の心に恋心が花開けばと、そう願わずには居られなかった。


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