PandoraPartyProject

SS詳細

またこの景色を

登場人物一覧

ラグナル・アイデ(p3n000212)
アイデの番狼
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら


 戦いの音。
 火の粉が舞っている。
 戦場に立つ夢は、北方「ノルダインの一部の戦士」に限って言うならば、凄惨なものというわけではない。むしろ、ほとんどの場合は「吉兆」とされる。
 彼らの多くは勇敢な戦士であり、勇敢に戦うことこそが彼らの名誉だ。
 死のふちにあって、戦士たちが求めるのは、安寧のゆりかごではなかった。
 ヴァルハラで。戦士の楽園で、戦場の血煙のなかで――命を燃やしながら、「また会おう」、と彼らは約束する。
 この感覚を部族ではないものに説明するのは難しい。
『アイデの番狼』ラグナル・アイデ(p3n000212)にも、その血は確かに流れている。
 ラグナルは戦いが好きというわけではなかったし、実は、ヴァルハラという死後の世界を深く信仰しているわけでもない。
 けれども、いざ、戦場に身を置くと、本能はもっと駆け回りたいと告げるのだ。
 アイデにとってのヴァルハラは、どこまでも続くような草原だった。
 ベルカ、ストレルカ。
 もはや半身となった二頭の狼は、常にそばにあった。
 戦場にあると、狼と一体となったような気分になった。
 自分の力で、走りたい。
 イレギュラーズたちのようにまっすぐに、あの勇猛な黒獅子のように、どこまでも走っていきたい。
……雪をかぶった草原では、かすかな記憶にある勇士たちが巨躯を操り、武器を打ち鳴らしあっていた。
「親父」
 以前、ラグナルがこの夢を見たとき、父親は色を失った人形のようだった。捻じ曲げられた父のすがたがつらかった。けれども今は違う。イレギュラーズたちが、正しい形で別れをもたらしてくれたから。それは、ラグナルを打ちのめすようなものではなかった。ひとつの決着だった。
「たゆむなよ、ラグナル」
 しっかりと意志を持った父のすがたがそこにあった。厚い唇は切れており、細く、血が流れていた。
 少しだけ老けて見える。……いつだって恐ろしく思えた偉大な父だったが、今思えば、そうでなくては一族をまとめ上げることなどできはしなかったのだろう。
……今ならわかる。父も人であったのだ、と。
 遅い、気が付いた時にはいつも遅い。でも、気が付かずに見過ごすほうがずっと嫌だった。
「ラグナル、気を抜くな。あれは手ごわいぞ」
『悪しき狼』――フローズヴィトニル。
 魔狼が一吠えすれば、草原はゆっくりと朽ちていく。
 ラグナルは実際に対峙したことはない。ただ、話に聞いたことがあった。
 あたりが、吹雪に閉ざされる。
 その時だ。
「しゃんとしなさい、前を向いてっ、よそ見している場合じゃないでしょ?」
 覚えのある匂いが、否応なく鮮明に記憶を浮かび上がらせる。
 竪琴の音色は、緊張を柔和にほほ笑む『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)。
「ジル!」
 アイデのために心を砕き、手を差し伸べ続けてくれた、ラグナルの恩人である。イレギュラーズのひとり。きょうだいのように思っている、かけがえのない友。
「ホラ、……気張って行くわよ!」
 ジルーシャの奏でる調べは美しかった。乱れていた呼吸を取り戻す。
 影から這い出す狼が加わり、戦場は苛烈を極めていった。
 一帯が半壊しても、世界がひび割れても、戦士たちが半分なぎ倒されても、なぜか、ラグナルは確信していた。
 きっと勝てる。
 どんなに絶望的な状況だって、イレギュラーズが負けるわけがない。
「やったな! 俺は知ってたよ。アンタが負けるわけないってさ。ジル。……ジル?」
 振り返ったそれはよく知ったジルーシャではなかった。だってその目はぞっとするほどに深く、暗く、まるで……。

 そこで目が覚めた。

 ラグナルがそんな夢を見たのは、くしくもジルが片目を失った時だった。ジルーシャが光を失ったとき、若葉の上にきらめく雪の光を見ていた。

 一族の一部の婆さんなどは「夢」を大切にするものだが、ラグナルはとくに予感を信じているわけではなかった。嫌な予感を感じる力や、野生の本能などはない。おそらくは「人並み」以上にはあるのだろうが、それでも、狼たちの感覚には及ばない上に、イレギュラーズという連中は、本当に規格外ばかりなのだ。
 ラグナルは自分の勘をアテにしていない。

――アンタにアタシの目を、あげるわ。
 アタシの力の源、約束の証。敵でも、魔種でも、アンタ一人にすべてを押しつけることへのお詫び……アタシの自己満足にすぎないけれど。

 わかっていたはずなのに。
 ジルーシャがそういう存在であると、わかっていたはずだ。
 ラグナルがあと十か二十、年を取っていたら……。あるいはジルーシャ・グレイという人物が弱ければすぐにその事実を知ることがあったのかもしれない。
 新たな族長は未だ若かった。
「あ、やばい。時間だ」
 ラグナルは握りしめていた時計をしまい、冷たい水を浴び、目を覚ますことにした。
「偉い奴ってなんでこんな……ゴチャゴチャした格好しなくちゃならないんだろうな。ベルカ。正式な族長就任のアイサツって、いらないよな? なあ……なんかなあなあですんできたし……」
 そういうわけにもいかないだろう。
 ベルカはたしなめるように鼻を押し付けてきた。
 ほどなくして、イレギュラーズの勝利の報が届く。彼らの勝利はもはや確信していたことだ。
 ラグナルはようやく笑い、「よしっ」と、ガッツポーズをとった。


 春ゆきて狼は大地を駆ける。
 密やかなる芽吹きがあった。
 新緑の香り。
 北の端にあっても背の低い草木が、さらさらと風になびいていた。
 風が匂いを運んでくる。少し前に降った雨が大地を濡らしている。
 大地が疼いているのが分かった。
 朝日が昇る。
 明日が来る。明後日が来る。その次もきっと……。

 世界は広く、空は広く、大地は広い。
 そして、人生は果てしない。

 狼のそりは雪原を行くには適しているが、この時期となればぬかるみが多く、走りづらい。ゆえに馬車というよりは台車のような、中途半端なものになる。ひどく揺れるので、ラグナルはあまり好きではないが、腹の側の毛を濡らして駆け回る狼たちは変わらず楽しそうではあった。
 先頭を行く群れのリーダー、ベルカとストレルカは元気がない。
「おーい、どうしたんだ、ベルカ、ストレルカ。ほら、ジルだぞ。大好きなジルじゃないのか。……もうすぐ会えるんだろ」
 ジルのことが大好きなはずの二匹は、どこか精彩を欠いている。
 二匹は本能的に感じ取っていたのだろう。
……悪しき狼と戦って、そのためにジルが何かを失ったことを。
「……どうした? ああ、狼と戦ったんだっけ。ジルに嫌われてないかって? 大丈夫だよ。俺たちだってそんなもんだろ。人間にもさ、いいヤツがいて、悪いヤツがいて。悪いヤツがどうだからって、人間全部憎い! ってわけじゃないだろ。ま、それを俺が知ったのは最近なんだけどな」
 かつては兄の仇である鉄帝が憎かった。復讐の炎を燃やし、身を滅ぼした父には遠く及ばない感情だったが、ラグナルは確かに憎かった。
 だから、世界の広さを知ろうともしなかった。
「それに……なあ」
 ジルは敵を恨むやつではない。寄り添い、心を砕き、涙を流して、それから人の代わりに怒って見せる。そんなやつだった。
 通り過ぎればいいことに首を突っ込んで、難事を背負って、背負って、背負って、解決して。その身に何を引き受けているのか、ラグナルは知らない。
「俺も、鉄帝の連中がさ、ほんとは全部嫌いだったけどさ。よく見たらわかるんだよ。一人ひとり全然違うって。事情もあるって。知らなかったら、ラクだったかもしれないけどな」
 知ったほうがずっといいと、痛みを引き受ける友は言う。
「だから……コラ。わざと遠回りすんなよ。会いたいだろ?」
 ためらうように駆けていたベルカをちらりと見て、ストレルカがスピードをあげた。ベルカも呼応するように地を蹴った。

「アラ、会いたかったわ!」
 ジルは狼たちをためらいなく抱き寄せて、狼を思い切り撫でる。繊細な服に泥がまみれるが、ジルは一向に気にしていないようだった。新顔の狼もいたが、狼たちはすぐにジルを気に入った。
「アラ、この子は初めましてね」
 ほとんど毛色の同じような狼すらも見分けるのには舌を巻く。
「いやだったらいやだっていっていいんだからな?」
「そんなことないわ。何、ベルカ。遠慮してるの? 余計なコト考えないで、おいでなさいな! さみしかったんだから」
 一通り狼と挨拶を済ませたあと、ジルはようやく立ち上がった。
「ジル。悪い、待たせちまったな」
「いいのよ。族長は忙しいんでしょ?」
「とんでもない。アイデを救った勇者に対して時間が割けないほどではないさ」
 一族の長を継ぐことになったラグナルは、部族の長の鎧を着ている。混乱のさなか、ひっそりと儀式を済ませ、それから、ジルが近くに来たという知らせを受けて、抜け出してきたのだ。
 場所は、なんとなくこのあたりだろうとわかっていた。
 初めて出会った場所。
「兜脱いでいいよな?」
「目立つわね。でも、素敵よ?」
「儀式のときだけだけどな! ジルもかぶってみるか? あと三年は倉庫に叩き込んで引っ張り出さないつもりだからな」
 くすくすと笑う。日常がそこにあった。
 少しあたたかい春があっという間に過ぎ去ってゆく。
 雪解け水がゆっくりと支流を作っている。狼は喉をこくこくと動かしながら、水を飲んでいた。 支流の一つは追ってみれば途中で途切れている。
 ……今思えば、いくつもの分岐点があった。どこかで剣を交えていてもおかしくはなかった。ただ、ここに立っている。
「ジル」
 アンタが生きててよかった。
 ラグナルが用意していた言葉は、あっさりとジルに先に言われてしまった。
「生きていてくれてよかったわ」
「ははは。そりゃあ、な。……なんかさ、ジル。アンタ、変わったよな……」
「アラ、それってどういう意味かしら?」
 記憶とそう変わらないすがただったが、ラグナルは、言い表す言葉を上手く見つけることができなかった。ジルは短いきれいな髪を耳にかけ、くすりと柔らかい微笑みをこぼした。ちょっとずるいな、と思った。何でもかんでも当たり前のようにやってのけてしまう。
「そうだな。匂いか? 匂いがちょっと変わった」
「人は変わるわ。変わり続けるものよ。生きている限りね」
 何かをはぐらかされたような気がする。けれども、冷たい拒絶ではなかった。さらさらと流れる水のような響きは自然の中に溶けていった。
 もっといろいろなものを見たい。
 ジルには何が見えているのだろう、と、ラグナルは思った。
 こうやって永遠に追いつけないのか?
(いや)
 追いかけるまでだ。肩を並べられるように、立派な存在になりたい。
 鉄帝とノルダインの国境。戦場となったあたりまでやってくる。あたりには壊れた荷車や、兜のかけら。金目の物はもうほとんど人か獣が持ち去ってしまったのだろう。悼むように白い花が咲いている。
 ジルーシャの指先は、自然と竪琴を弾いていた。いくつもの墓標に花を供えて、曲を送る。
「……幽霊は嫌いなんだろ? いいのか?」
「それとこれは別よ」
「俺さ、ジルが死んだら、化けて出るからな」
「アラ、どうやってラグナルのほうが化けて出るのよ?」
「おかげさまで、ラクに死ねない身の上になっちまってな……狼ども引き連れて周りをぐるぐる回ってさ、吠え続けるからな」
「そうね。簡単には死ねないわ」
 でも、ジルは簡単に人に手を差し伸べるのだ。ごく簡単に。
「木を植えようと思うんだよ、この辺。あたたかくなった。ま、数十年かかるんだけど。実ったら美味い酒ができるはずだ」
「アラ、気の長い話ね」
「蔵に親父がこっそり隠してたんだ」
 そういって、ラグナルは酒瓶を取り出した。
「一人前になったら祝うつもりだったんだろうけど……」
「フフ」
「もう親父にも聞けないよな。……なあ、ジル、一人前になったと思うか?」
「なれると思えば、なれるわ。なるものよ。アンタなら大丈夫」
「それじゃ、乾杯」
 このにおいを覚えておこう、とラグナルは思った。記憶に刻み付けてずっととっておこう。変わり続けるジルーシャも覚えておこう、とラグナルは思った。
「改めて言わせて頂戴ね。…アタシたちと出会ってくれてアリガト、ラグナル。それに、アイデの皆も――アンタたちがいなかったら、アタシはきっと、ここまで頑張れなかったわ」

おまけSS『アイデの狼のうわさ』

「アイデってのは恐ろしい連中なんだろ?」
 鉄帝北部。行き交う人々の話に、知った人間の名前を聞いて、ジルーシャは足を止めたのだった。
 商人たちが酔っぱらいながら話しているのだった。
(アイデだったら、ラグナルたちの話かしら? でもなんか、妙ね……)
「ああ、俺も聞いたぜ。なんか……すげえんだってな! 族長は恐ろしい戦士だって。やってきた人間全部とっつかまえて、皮はいではく製にしてるってよぉ! で、飼ってる狼は頭が3頭あって……毎夜毎夜、囚人の周りをキャンプファイアーして回ってるって……」
「アラ……」
 どうにも呆れるを通り越し、吹き出したくなるような誤解があるらしい。
 未だにノルダインの北方はなじみのないものにとっては辺境ということなのだろう。じっと観察しているが、あまり悪い人間とも思えなかった。ねじれて伝わってしまったのだろう。
(それなら……)

「ってことがあったのよね」
「ケルベロスかよ!? ま、前の族長がおっかねぇってのは同意するけどな。頭が3つか……3頭分命令するのは大変そうだな」
「そうよね。でも、頭がたくさんあっても、きっと仲良くできると思うわ♪ ね、ベルカ」
「よそからの評判ってのはそんなもんか。……ま、俺も鉄帝人については似たようなこと思ってたしな。……で、ジルさんはなんて言ったんだ?」
「そんなに気になるなら、実際見て見ればいいわって言ったのよ! ってわけでラグナル、季節が変わるといろいろ入用よね?」
「連れてきたのか!?」
 かくして、アイデをひょんなことから訪れる隊商があったそうである。
 こうして、いつの間にか縁を結び付けているのだから……まったく、きょうだいの豪胆さには呆れかえる。


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