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手のひらをあわせてぎゅっとにぎった
登場人物一覧
十一月の終わりだった。
色づいた木の葉をひとひらずつ重ねたみたいに。
「……やばい、えもい」
通りをとぼとぼと歩くセティアは、紙袋に包まれたフライドポテトを持て余していた。
まだ熱くて食べることも出来なくて、冷ますように袋を両手で転がして。
そうやっていると、いつの間にかギルド・ローレットの前までたどり着いた。
扉の前に居たのは小さな少女だった。
可愛いツーサイドアップの後ろ姿。黒いロリィタを着ている。
きれいな紫色の髪。横顔は同じ色の瞳。
きっと年下で。それから――。
――もしかしたら。さいしょから分かってたのかもしれない。
視線を感じたソフィアはくるりと振り返った。
「あなたも
首をかたむけて聞いてみる。
「ん」
紙袋をお手玉しながらぼーっと立っているのは、ふわっとした金髪で緑の瞳の少女。
ワインレッドのロリィタを着ている、年上の女の子。
「あら、どうしたの?」
のぞき込むように尋ねてみた。少女の頬が真っ赤に染まっていたから。
「ぅ。言っとくけど、なんでもないから……! 今日すこし寒いっておもう、たぶん」
――きっとそれだけじゃなかったっておもう。
「たぶん……」
少女は目をそらす。急に細い腕を曲げて、ありもしない力こぶを見せるようなポーズをして。
へんな子だ。挙動不審な少女に、ソフィアはくすくす笑った。
「あのね。わたしセティア。よろしくね」
「はじめまして。ソフィーよ」
それが二人の初めての出会いだった。
「ローレット、はいる?」
「そうね、寒いし!」
ドアを開けて先にソフィアを通した。騎士だから。
「だんろのとこ、いこ」
「ええ、行きましょ!」
ぱちぱちと燃える暖炉の前で、木の椅子に腰掛けて。
「あったかい……」
セティアはテーブルに手を伸ばして、目を閉じた。
「こんな所で寝たら風邪ひくわよ」
ゆさゆさされる。
「ぅぅ……だいじょうぶっておもう、たぶん」
「たぶん……って、大丈夫じゃないと思うけど。ほら、起きなさい」
「ん……起きる」
「せてぃあはローレットに用があるんじゃなかったの?」
「じつはなかった……おいも熱かったから。たべる?」
なんとなく分かってきたけれど、セティアはすっごくいい加減な生き物らしい。
「ふふ。いただくわ」
ソフィアはくすくすと微笑むと、一緒にフライドポテトをつまんで。
セティアはソフィアと友達になれたと思って、嬉しくなって。
なのに胸の奥のそわそわは、どんどん大きくなって。
――でもまだ、どうしていいか分からなかったっておもう。
「そふぃーは?」
しばらくしたころ、セティアが聞いてきた。
「泊まる所を探しているのよ!」
「家、ない?」
「ちゃんとあるわ。飽きちゃったから家出してきたのよ!」
「家出、ぱない……」
もう少し家出を楽しみたかったけれど良さそうな宿は満席で、家に帰ろうかと思っていた所だった。
「うちに、とまる?」
「せてぃあ……?」
「一緒に居たいって思う……」
気恥ずかしくなったソフィアは足をぱたぱたさせて考える。
泊まるのは構わないけど。この子はなんてことを言い出すんだろう。
「あのね、仲良くなれそうっておもう……」
「せてぃ。ええ、いいわよ」
ソフィアは、泊めさせてもらうことにした。
頬を染めたセティアが、熱でもあるんじゃないかって少し心配だったから。
――たぶん。ひとめ見たときから、心の奥で決まってたっておもう。
黒い翼と蝶の翅で、二人が森の上を飛んでいくとお花畑が見えてきた。
夏も冬も。ここはいつもお花が咲いている、すこし不思議な場所。
頬はずっと熱かったけど、セティアはすごく元気だった。
「神殿かしら……?」
「あれ、うちだから。べっそう?」
「そうなの?」
「ん。わたしいつもつかってるし、友達とかも来るからだいじょぶ」
二人はお花畑の中の、石造りの建物の玄関に降り立った。
「おじゃまします」
誰も居ない家。ソフィアは窓から中庭の古びた剣が何本か刺さっているのを見てた。
「えへへ……ソファー座ってて。お茶いれるね」
リビングのソフィアは、少し落ち着かない感じで、周りを観察していたから。
「あそこ、わたしのへや」
「見てもいい?」
「ん」
セティアは言ってしまった。
ソフィアは見てしまった。
「せてぃ……」
「んぅ……」
なぞのダンボール。
ぬいぐるみがいっぱい落ちてる。
タンスから服がはみ出してる。
ドレッサーはめちゃめちゃ。
こたつには沢山のペットボトルと沢山のカップラーメンとゲームと。
「これ……」
足元に下着……。
隣はセティアのがちめにぱなくやばみふかい部屋だった。
大慌てで一緒に部屋を片付けて。
セティアは隣の部屋に置けば大丈夫なんて言ってたけれど。それじゃだめって叱って。
部屋は二時間ぐらいできれいになった。
「二人の初めての共同作業……」
「……!」
なんとなく分かっていたから。そんなふうに言ってみた。
お掃除をしながら、これからどうやって過ごすのか考えていた。
「そふぃ……おこたはいろ」
「ふふ。いいわよ」
セティアは頬をそめてうつむいて。
肩を寄せて。手を重ねて。
二人はそのまま、少しおしゃべりして――
――きっとこれからどうしたらいいのか考えてた。
それから何日も経った。
セティアの祖父と祖母はソフィアを歓迎して、ソフィアのパパとママも娘の新しい友達を喜んで。
ソフィアは何度か家に帰っていて、セティアの家にはそのたびに少しずつ荷物が増えていた。
ほとんどがお洋服で。一緒に買いに行ったり、着せ合ったり。
同じ家から同じカフェで、なぞの時間差待ち合わせなんてしたりした。
夜はソファーやおこたで肩を寄せて。
いつも一緒に、ずっとずっとくっついてた。
その日だって、いつも変わらないみたいに過ごしてたはずだった。
「あのね……そふぃー……むねのおくのところ、そわそわってなる……」
でも気付いた。甘くて苦しくて、言わないなんて無理だった。
「んっ……。ふふ、そのそわそわ、ソフィーがなんとかしてあげられるかしら?」
「ん……あのね、えっとね…………いっしょにいて」
消え入りそうな声でセティアが言った。
二人はふわりと頬を染めて。
――ん。あのね……。
わたしね、そふぃあが……好き…………。
それから年が明けて。
もうすぐお正月も終わりのころ。
二人はソファーに並んで座っていた。
窓の外はもう暗くて、雪が降って。
テーブルにお揃いのマグカップが並んでいる。紅茶がふわふわと白い湯気を立てている。
部屋はあたたかいけど体温を感じたくて、すりすりと肩を寄せた。
「そんなだったって思う、たぶん」
セティアがそう言った。
「ん。そんなだったって思うわ。たぶん」
二人は出会ったころを思い出していた。
「口説いたのはせてぃよ」
「んぅ……はずかし……」
肩を寄せて目を閉じると、あの日感じた胸のそわそわも思い出す。
でも今はそわそわの奥にある、ふわふわのほうが大きい。
「かわいいわ、せてぃ」
「そふぃもかわいいから……」
思い出すとちょっぴり気恥ずかしくなって、二人は手のひらを重ねた。
「すきよ、せてぃ」
「えへへ……そふぃ。だいすき……」
ぎゅうっと抱きしめると。
触れ合う頬はくすぐったくて、温かくて――