PandoraPartyProject

SS詳細

蒼薔薇は月光に花開く

登場人物一覧

アレン・ローゼンバーグ(p3p010096)
茨の棘
アレン・ローゼンバーグの関係者
→ イラスト

●最悪な日常
 野菜のたっぷり入ったコンソメスープに、焼き立ての香ばしいパン。
 じっくりコトコト煮込んだ煮込みハンバーグ。
 その日の夕食はアレンの大好物ばかりが並んでいた。だというのに、アレンの顔は不満げだった。理由はたった一つだけ。
 三人分しか食事が無かったからだ・・・・・・・・・・・・・・・

「……ねぇ、姉さんの食事は?」
「アレン、またそんなこと言って……いい加減になさい」
「母さんの言う通りだ。いつまでそうやって飯事をしているつもりだ?」
 期待はしていなかったが、姉への謝罪の言葉など無く、アレンに対しお決まりの説教。
 長々と始まったソレだが、要は『お前に姉などいない』と言っているのだ。
 嫌うだけならまだしも、存在を認めないなんて。
 腹を痛めて産んだ子に、どうしてこうも酷い扱いが出来るのだろうか。
 アレンは大きく溜息を吐き、慣れた様子でハンバーグをフォークで綺麗に切り分けると、リリアへと差し出した。
「姉さん、半分食べなよ。足りなかったら後でなにか持っていくからね」
「ありがとうアレン、でも私は大丈夫よ」
 心配かけまいと、リリアは気丈に振舞っているが、彼女だけ食事が無いことは今回が初めてではない。
 誕生日もグラオ・クローネも、シャイネンナハトでさえも。
 何時からだったかは定かではないが、少なくともアレンが物心ついた時には既にそうなっていたように思う。
 これからも姉の食事が用意される日は来ないのだろう。
 そう思うと己の両親の身勝手さに腹が立ち、アレンは八つ当たりをする様にハンバーグを噛み砕いた。濃い味のソースの筈なのに、何も味がしなかった。


●歪な花弁
 真っ当な人なら、屹度姉さんに寄り添ってくれるはずだ。
 そう思い、アレンはリリアを連れていろんな場所を巡った。

 海洋、レストラン。
『申し訳ございません、お客様。こちらのコースはお二人からのご注文となっていて……』
 練達、ブティック。
『ごめんなさいね、これ女性用なのよ……貴方も似合いそうだけどね』
 傭兵、バザール。
『旦那、いったい誰と話してるんですかい?』
 
 言葉に温度感や感情の違いはあれど、全員姉の存在を認めなかった。
 そんなことが在り得るのだろうか。
 姉を嫌う両親だけでなく初めて会う人もアレンの存在は認めるのに、リリアは認めようとしなかった。
 もしや、姉さんは本当に幻覚で、両親や世界が正しいんだろうか。
 一抹の不安を感じ、アレンは恐る恐るリリアを振り返った。
 そこには心配そうにアレンを見つめているリリアが確かにいた。
 良かった、やはり姉さんは此処にちゃんといる。アレンがほっと、胸を撫でおろし一瞬でも姉の存在を疑ってしまった自分を恥じた。
「姉さんはちゃんとここに居るのに」
「仕方ないわ、なにか事情があったのよ」
 リリアは困った様に笑っているが、どうして誰も彼もが、姉であるリリアの事をまるで其処に居ない・・・・・・・・・様に扱うのだろうか。言葉だけならまだいい。
 この間なんか、リリアと楽し気に話しながら散歩していたら当たり前の様にリリアの場所へ人が歩いてきた。咄嗟にアレンが庇った為リリアに怪我はなかったが、その人は謝りもしないで気味悪そうに此方を一瞥しただけだった。
「気にしてないわ、アレン」
 そういってリリアは笑っていたが、その目は確かに哀しみを宿していた。

 一度や二度ならず何度も何度も、人々は世界はリリアを嫌った。
 こんなに優しくて美しい自慢の姉を。彼女が何をしたというのか、アレンには一切理解できなかった。尤も理解する気も更々無かったのだが。
 これだけ、酷い扱いを受けているというのにリリアはただ悲しそうに微笑むだけで、文句の一つも零さない。強い女性だとは思うが、それがアレンには余計に辛かった。
「……屹度、いつか絶対姉さんを連れていろんな場所を巡るからね。絶対辛い思いなんかさせないから、ね」
 そうやって、アレンがリリアの折れてしまいそうな程細く、小さな手を取って説いても何故かリリアは哀しそうな微笑みを返すだけで何も言わなかった。

 ある日、アレンはとあるカフェへと向かっていた。
 大きな店ではないが、静かな森の中にあり陽光が差し込む照らすはアレンとリリアのお気に入りの場所だった。カラン、とドアを開け鐘が鳴る。
 待ち人は既に来ていた様で、テラス席で珈琲を飲みながら新聞を読んでいた。彼はアレンに気が付くと笑顔で手を振った。
「やぁ、アレン。久しぶりだね」
「ごめんね、急に呼び出したりなんかして」
 贔屓目なしで、目の前に座っている知人は善人だ。アレンも昔、何度も世話になった。
 彼であれば屹度リリアの存在を認めてくれるはずだとアレンは期待していた。
「紹介するよ、僕の姉さんのリリアだ」
「初めまして、リリア・ローゼンバーグです」
 リリアが握手の為に右手を差し出した。

「……? 何処にお姉さんが居るんだい?」

 最後の希望が打ち砕かれた瞬間だった。

 ガラガラと音を立てて崩れていくナニカと、サァっと血が一気に下がる感覚。
 強烈な眩暈に襲われ、アレンはその場に蹲った。目の奥がグルグルして、気持ちが悪い。彼が何を言っているのか理解できなかった。したくなかったというべきかもしれない。

「だ、大丈夫かい!?」
 だって、リリアは、姉さんは――既に自分の隣に立っているのだから。
 自分を心配した彼が、が駆け寄ってきたすぐそこに。
「こ、ここに。いるだろう? 僕と似た白髪で。蒼い目と赤い眼の、女性が」
 胃の奥からせり上がってきた胃液を何とか押しとどめながら、アレンはもう片方の手で自分の隣を指さした。その指先を知人は何度も確かめ、引き攣った笑みを浮かべていた。その笑みにアレンの中で何かが千切れる音がした。
 この人でさえ、そうなのか。
「あ、アレン……君、疲れているんだよ。其処に何もいやしないよ」
「どうして」
「今日はもう帰ろう、悩みなら聞くか」
「どうして誰も彼もが姉さんを認めないんだ!! 姉さんが何をしたっていうんだよ!!」
 自分はこんな大声が出せたのか。アレンは自分自身に驚いた。
 もう限界だったのだ。ただでさえ、思春期の不安定な心に信頼していた人の裏切りがトドメを刺してしまった。姉を想う心から、とめどなく涙と言葉が零れ続けた。抑えなければと、冷静になろうとすればするほど心は従ってくれなくて。悲しみと怒りがアレンを支配していた。何も考えられなくなっていた。

「……帰るよ、アレン。もう、僕たち会わない方がいいと思う」
 別れの言葉と、憐れみと蔑みを含んだ視線が投げかけられ、遠くなっていく足音。その足音が聞こえなくなった辺りで、漸くアレンは意識を取り戻した。心配そうにリリアがアレンに声を掛ける。
「アレン、その」
「帰ろうか、姉さん」
 酷く平坦で無感情な声だった。

 フラフラになりながらもアレンは何とか帰宅した。母親が何か言っていたが、聞く気にもなれず無視して自室へ向かう。どっと、ベッドに倒れ込むと同時に疲れが押し寄せアレンはそのまま目を閉じ睡魔に身を委ねた。


「うっ、ひ、う」
 押し殺したような嗚咽が聞こえてきてアレンは目を覚ました。
 気が付けば、日はとっくに沈んで青白い月が昇り、窓から月光が差し込んでいた。
 あれから随分と眠り込んでしまったらしい。眠い目を擦りながらも、その月灯りの下で震えている姉を見つけた時、一気に眠気が吹き飛んだ。
「うっ、ぐっ、ひぅ……」
「姉さん!?」
 慌ててベッドから身を起こし、リリアへと駆け寄った。
 見ていて痛々しい程泣き腫らし、充血してしまった目を見てアレンは自分が情けなくなった。
 姉さんがこんなに泣いているのに、どうして僕は呑気に眠ってなんかいたのだ。数時間前の自分を殴り飛ばしてやりたい気持ちでいっぱいだった。
 何を言われても、我慢し続けて、耐え続けてきた姉さんは昼間の一件でとうとう限界を迎えてしまったのだろう。アレンは罪悪感でいっぱいだった。

「ごめんね、姉さん。僕の所為だ。僕が姉さんを傷つけたんだ」
「ちが、うの」
「違う? 何が違うの?」
「わたし、私が、誰からもっ認められないから……アレンまで、酷い目に遭うんだわ……!」
 自分の為に、姉が泣いている。
 その事実は悲しむべきことなのに、何処かそれを喜んでいる自分が居た。
 そして気が付いた。気が付いてしまった。

(この世界で姉さんを認めてあげられるのは)

 優しくしてあげられるのはアレン・ローゼンバーグぼくだけなんだ。

 さっきまで罪悪感でいっぱいだったのに。
 大粒の涙を零す姉さんを見て心が張り裂けそうだったのに。
 何故か今は姉さんが愛おしくて、愛おしくて仕方が無かった。

 アレンの中で芽生えたソレが、急速に枝を伸ばしていった。
 剪定されず、好き放題伸びた歪な茨の枝が。

 アレンは腕を伸ばしリリアを抱きしめた。
「姉さんには僕がいるよ。僕はずっと姉さんの味方だから」
「本当に? ずっと一緒にいてくれる?」
「うん。もちろん」
 遠慮がちに自分の背中に回された手。その手の温もりがアレンの胸に安らぎを与えた。
『ずっと一緒』という言葉のなんと甘美で、蠱惑的な響きだろうか。それは鎖の様にアレンに絡みついた。幸せな、重みだった。

 アレンは気が付いてしまった。

 彼女の潤んだ赤と青の瞳も。
 春の女神の様な微笑みも。
 鈴を転がしたような声も。

 リリア・ローゼンバーグ姉さんという存在を、独り占めできるのだと気が付いてしまった。
 
 彼女が世界から嫌われる程に、自分への感情が大きくなることに気が付いてしまった。
 仄暗い喜びがアレンの心を満たした。

 愛、と呼ぶには不幸を願い過ぎているだろうか。
 恋、と呼ぶには些か、歪だろうか。

 この日少年の心に一輪の薔薇が開花した。
 たった一輪で咲き続ける赤い薔薇に、焦がれて焦がれて仕方なかった、歪な蒼い薔薇が。

おまけSS『赤薔薇は月光に濡れる』

「私の所為だわ、私の所為で、アレンまで」
 月明りの下リリアは泣いていた。瞳から絶え間なく零れていく真珠のような涙が床に落ちては砕け散っていった。
 両親が自分の事を嫌って、居ない者として扱うことにはとっくの昔に慣れていた。
 今日は、もしかしたら明日はなんて期待してもその期待は裏切られ続け、『お父さん』『お母さん』と呼んでみてもその声が彼らに届くことは無い。

 アレンが彼方此方に連れ出してくれた。
 海洋のレストランで、シーフードの美味しそうなコースがあった。
 一人では頼めないと言われていた。
 練達のブティックで、私好みの可愛らしい洋服があった。
 女性ものだからと言われていた。
 傭兵のバザールで、薔薇の細工が見事な髪飾りがあった。
 アレンとお揃いで買おうかと話していたら、誰と話しているのかと尋ねられていた。

 それでも我慢できた。
 自分の代わりにアレンが、怒ってくれたからだ。
 悲しくないといえば真っ赤なウソだが、アレンが世界に認められているならそれでよかった。
 なのに、今日。
 彼は信頼している人を一人失った。
 差し出した右手が握り返されることは無く、アレンはその場に薄くまり激昂していた。その結果、決別の言葉を投げかけられたのだ。
 自分が、世界に認められないせいで弟が酷い目に遭った。
 その事実が茨の棘の様にリリアに深く突き刺さった。
「ごめんね、こんなお姉ちゃんで、ごめんね、アレン」
 アレンが目を覚ますまで、リリアは自らを抱きしめていた。
  


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