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SS詳細

『Liar GameⅡ ~欺きの中に輝く光~』

登場人物一覧

結月 沙耶(p3p009126)
怪盗乱麻
トール=アシェンプテル(p3p010816)
つれないシンデレラ


「すみません。沙耶さんを見かけませんでしたか?」
「あれ? さっきまでここに居たと思うんだけど」
 避けられてる、と感じたのは今日にはじまった事ではない。一緒に探そうかと声をかけてくれたローレットの仲間にお礼を言って、トール=アシェンプテル (p3p010816)はギルドを後にした。怪盗リンネに初めて会ったその日から、魔法の様に忽然と、彼女はトールの目の前から姿を消した。
 結月 沙耶 (p3p009126)――変わってしまったのは彼女だけではない。

(あの部屋の警備員さんも配属変わったのかな)
 怪盗リンネが現れて以降、ジャネットの屋敷も少しずつ空気が変わりはじめていた。

『トールさん、その宝石はもしや!?』
『……はい。『女神の涙』です』
『さすがトールさん、お嬢様の大切な宝物を守っていただき、ありがとうございます!』

 目元に涙を滲ませながら喜んでくれた青年の警備員。彼は普段、ジネットの書斎の警備を務めていたはずだ。代わりに配属となった警備員は黒いレースで顔を隠し、声をかけても愛想が無い。虚ろな人形めいた冷たさがある。
 この警備員に限らず、ジネットの配下はそういう無機質めいた人物が増えたような――トールはその不信感を、いけないものだと首を振って打ち消した。

(義賊のリンネさんが侵入しようとしたからって、証拠も掴んでないのにジネットさんを疑ったらいけないよね。私には優しくしてくれるし、何かの間違いだと信じたい。けれど……)

 人は言葉を交わさなければ分かり合えない。どうにかして会わないと。
 そんな時だ。トールが中庭の薔薇に隠された黒いカードを見つけたのは。

"今宵、『女神の涙』をいただきに参ります。 ――怪盗リンネ"


――どうしよう、どうしよう! トールは私の事、気づいたかもしれない。リンネの調査を手伝うなんて、本当の事から目を逸らして……私、最悪だ!

 あれから結月 沙耶 (p3p009126)はローレットの依頼に怪盗業にと仕事に没頭し続けていた。そうでなければ…心の隙間を何かで埋め続けなければ、罪悪感が後から後から噴き出して、溺れてしまうと思ったから。
 ただ、沙耶も現実から逃げ続けている訳ではない。虎視眈々とリベンジの機会を伺っていた。

(前回の誤算は、ジネット側にトールが護衛としてついていた事だ。彼女の悪行をトールに気付かせる事ができれば、きっと……)

 きっと、何なのだろう。沙耶の瞳が微かに陰る。
 怪盗リンネが義賊という噂は本物だった。だからといって、正体を隠し続けた事実は変わらない。
 だからと言って、このままにしておく訳にはいかないのだ。

『怪盗コレクター』ジネット・マールブランシュ。その悪辣なる経歴を怪盗リンネは看破した――つもりでいた。その素顔の

(何にせよ、前回使った)


――人間の感情は複雑怪奇で模倣が難しい。ようやく手に入れたをあやす度に考える。

「ジネット様、現場に来てしまっては危ないですよ!」
「私に危機が迫ったら、トールが救ってくださるのではなくて?」
「それは……」

 春の陽のように温かな笑顔のジネットに、トールは何も言えなくなってしまった。
 見上げた先はガラス張りの天窓。中央のケースには今日も『女神の涙』が安置され、夜空を吸い込んだ様な深い青緑色の輝きをたたえている。

「君に忠告をしておくよ。その人とは、あまり関わらない方がいい」
「……ッ!」

 トールは輝剣を手に、ジネットを守る様にして身構えた。仲間の警備員たちも声の出所がどこか分からず辺りを見回す――が、その行為を嘲笑うかの様に一迅の風が吹き抜ける。低い呻きを上げ、次々と倒れ行く仲間達。すぐ傍で倒れている警備員に息があるのを確認してから、トールは暗がりに目をこらした

「リンネさん、どうして貴方はジネットさんの宝石を盗もうとするんですか?」
「愚問よね。私が義賊って事を忘れた訳じゃないでしょう」

 つまりジネットは相応の悪事をしているのだろうか。それは誤解だとトールは首を振った。相手のペースに乗せられる前に先手をうとうと刃をひるがえす。

「ジネットさんにも宝石にも、手は触れさせません!」
「そんな風に言われたら燃えるって、何で分かんないかな!」

 キリキリキリ。リンネが指を弾いた直後、どこからともなく小さな人形部隊が歯車の音を響かせ現れる。撃たれる弾や振り降ろされる剣。ひとつひとつの殺傷能力は薄い――が、どんなに捌いてもキリがない!

「うっ、く…!」

 多勢に無勢で思う様に動けない。ジネットという護衛対象がいれば猶更だ。防戦一方のトールだったが、その剣先は確実に人形の急所を削ぎ、戦力差を埋めていっている。

「君が庇っているお姫様はね、闇社会で『怪盗ハンター』と呼ばれる悪辣な人間なんだよ」
「リンネさん、きっと誤解です! 私の知るジネットさんは、そんな事…っ」

 肩で息をしながらも気高く立ち向かうトール。結晶刃が意志を持つ様に強く輝き、心は未だ折れる様子はない。間近で勇士を眺めていたジネットは、ゾクゾクと身を震わせた。

「嗚呼、なんて素敵なのかしら。私を守る可愛い

 その恍惚とした声に、瞳に。仄暗い狂気を感じてトールは目を見開く。そしてすぐさま、弾かれた様に地を蹴り人形の群れへと駆け出した。

「なっ、ヤケでも起こしたの!?」
「リンネさん、逃げて!!」
「ぇ、」

 大きな影がリンネへと覆いかぶさる。振り向けばそこには歪な翼を広げた、ヒトーーと言うにはあまりにも奇怪なイキモノがいた。ソレが片手を天へ上げると、舞い落ちる羽根が光を帯び、収縮して爆発の予兆を見せる。

(何これ、じゃない。だめ、多くて避けきれな――)

 ドドドドォン!!
 ひとつの羽根が爆発すれば、連鎖的に周囲へ撒かれた羽根も爆ぜる。衝撃と熱気に辺りが包まれ、夜の静寂を切り裂いた。
 しかしリンネは生きている。吹き飛んだ先で薄く目を開けてみると、自分を守る様に姿で倒れている誰かが見える。

「トール!!」

 弾かれた様に起き上がり、大切な人の名前を叫んだ。それはリンネかいとうの真の姿を暴くには充分すぎる悲痛な叫びだ。怪盗リンネの前で、トールは自らの名を名乗った事がない。そこに居るのは義賊の怪盗でもトールの敵でもなく、泣きそうな顔の結月 沙耶 トールの友達だった。

「……やっぱり、怪盗リンネさんは、沙耶さんだったんですね…」
「そういう君は、本当にトールなの?」
「?」

 リンネを庇い爆風を受け、ぼろぼろになったトール。しかしその姿は普段と様子が異なっていた。ウィッグ見慣れた茶髪が落ち、隠していた銀糸の髪が露わになる。膝で触れてしまった胸に、女性的な柔らかさはない。繊細そうでありながらもにしか思えない。

「――ぁ」

 声が、出ない。リンネに男である事ひみつを知られてしまった。
 知られてはいけない、知ってはいけない。それはギフトのろいの引金になるというのに!

「素晴らしい力ね、雛鳥ちゃん! 練達の遺伝子操作を受けて生み出されたデザイナーベビー……いつもばかり掴まされていたけれど、ようやくマシなものが手に入ったわ」
「う…う……」

 興奮するジネットの声に反応し、意味も無く同じ音を繰り返す雛鳥デザイナーベビー。その目が突然、濁った色に淀む。黒きオーロラめいた悪しき輝き。尋常ならざる力の流れにトールは鳥肌が立つ。

「さあ、怪盗リンネを殺しなさい。子犬トールごとで構わないわ! 私は怪盗の命が欲しい。どんな金より、どんな力より! 息の根を止めるという事は、その人間の人生を奪う事。私はリンネの、すべてが欲しい!!」
「う…あ、あ、あ、あ」
「どうしたの、雛鳥ちゃ……きゃあ!?」

 主人の事など眼中にないと言わんばかりに頭を押さえて翼を震わせた雛鳥は、所かまわず黒い羽根をばら撒きはじめた。ジネットの顔が恐怖に歪む。それが何を意味するかは、容易に想像ができたから。

「だめ。だめです。許して、は――」

 リンネさんも、ジネットさんも、倒れている警備員の皆さんも。皆死んでしまう。僕が秘密を守り切れなかったから。僕のせいで――

「諦めないで!!」
「――ッ!!」

 パッション・コールで熱を帯びたリンネの声が、トールを満たす。

(そうだ。羽根はすぐには爆発しない。翼を離れてからのラグがあった!)

 リンネが盾を構え、トールが剣を構える。雛鳥が筋張った手をゆらりと動かす。あの手が上がりきれば爆発する……直感でそう感じた二人は頷き合った。リンネの操る人形部隊が剣を構え、三光梅舟。邪道を究めた確殺自負の殺人剣で、雛鳥へ致命の一撃を喰らわせる!

「あ…あ……!」
「貴方も巻き込んでしまったね。……ごめんなさい」

 デザイナーベイビーは生まれた時から欠落品だ。人の心を持ち合わせず救う手立ては何もない。リンネの一撃で怯んだ雛鳥。がら空きになった胴体へ、反撃の痛恨打デア・ヒルデブラントを喰らわせて――

 攻撃を受けた直後、枯れ木の様にしわがれていく雛鳥。輝き爆発の予兆を見せていた羽根も砂と化し、間一髪。不運は未然に防がれた。

「嘘でしょう!? わ、私の雛鳥ちゃんが怪盗に負けるなんて……」

 その場にへたり込んだジネットへ、リンネが厳しい眼差しを向け、その手で盗んだ『女神の涙』を掲げる。

「『怪盗コレクター』ジネット・マールブランシュ! 貴方の、この怪盗リンネが奪わせてもらうわ!」

 月の光を浴び、青緑色から赤色へと変化する大粒の宝石。トールはそれを間近で見て、ようやく気付いた。
 宝石の奥に隠された小さな黒い塊は、練達製のマイクロチップだったのだ!

  • 『Liar GameⅡ ~欺きの中に輝く光~』完了
  • NM名芳董
  • 種別SS
  • 納品日2023年04月26日
  • ・結月 沙耶(p3p009126
    ・トール=アシェンプテル(p3p010816
    ※ おまけSS『Game and set』付き

おまけSS『Game and set』


 悪徳な商人との裏取引や横領、スリルを味わう為にジャネットは様々な悪事を働いた。金も権力も意のままにした彼女は、ついに練達のデザイナーベビー研究所にまで手を出していたのだ。その証拠となるのが、研究費用の出資を裏付ける帳簿のデータ。
『女神の涙』はその隠れ蓑として造られた代物で、"祖父が残した宝石"などではなかったのだ。

「おかしいとは思ってたけど、警備員さんも人間は全員解雇されて、デザイナーベビーの失敗作にすげ変わっていたなんて……」

 失敗作の中には、主人と認識させた者の命令を聞く個体もあったと、ジネットは臆面もなく練達の習慣施設で語った。証拠の宝石を練達へ送り届けたトールは聴取の席にも参加したが、突きつけられた真実に眩暈を覚えてずっと下を向いたままだった。

「あの場で私を斬り殺してしまえばよかったのに、本当に健気な子犬トール。けれどその純粋さが、いつまでもつかしら」

 去り際、ジネットはトールを見て普段通りの温和そうな笑顔を向けたという。

「清濁併せ吞んででも何かを救いたいと思った時は、私の元へおいでなさい。獄中でも私が貴方のパトロンである事に、変わりはないのだから」


 デザイナーベビーにまつわる情報が出てきたという事は、この件もローレットへ報告をした方がいいのだろう。
『破棄されたデザイナーベビーの製造施設』を調べに調べ、研究施設の場所を突き止めたのはつい先日の事。じきに潜入と調査が行われる。些細な事でも情報を共有するにこした事はない。……とはいえ、ローレットに向かう足取りは重い。

「すぐに向かわないのか? ローレット」
「さっ、沙耶さん!?」

 今しがた思い浮かべた顔が目の前にあって、トールは目を丸くした。

「また避けられると思っていました」
「トールがジネットの護衛として動いている間は、ジネットの監視がついている可能性があったから避けていたんだ。……というのは方便でしかないか」

 事実ではあるが、避けていた本当の理由は別にあったと沙耶はトールへ向き合う。

「ずっと騙していてすまなかった。それでいて、むしのいい話だとは思うが……私が怪盗リンネである事は、周りには秘密にしてくれないだろうか」
「沙耶さん……」
「無辜なる混沌には、正しいだけでは裁けない悪がある。私は立場の弱い人が苦しめられるのを、黙って見ている事はできないんだ。
 すでに私は色々な所で盗みを働き、悪徳商人や貴族から恨みをかっている。トールが私の活動を見過ごせないというのなら……私は、君の前から消えるしかない…」

 捨てられた子猫のように、語尾がしぼんで俯く沙耶。言葉とは裏腹に別れたくないという気持ちが表に現れる様に、トールは小さく息を吐いた。
 信頼していたジネットは自分の事を裏切った。彼女も嘘をついていた。けれど、二人には決定的な違いがある。ジネットは私欲のために、沙耶はトールを危険に巻き込まないように嘘をついていたのだ。

「僕の為に嘘をつき続けてくれて、ありがとう。……そして、僕の方からも謝らせてください。男だという事を隠していて、すみませんでした」

 深いお辞儀をして謝るトールへ、沙耶は慌てて顔を上げる様に促す。

「知った時は驚いたが、トールだって仕方なかったんだろう? あの時のデザイナーベビーの様子は異常だった。心臓を氷の手でつかまれる様な悪寒がして…凄く嫌な感じだった」
「あれが僕のギフトのろいなんです。元いた世界で、女王陛下に誓いを立てた。それを忘れない様にと、戒めのために授かったものなんだろうと思うのですが」

 あのままトール一人でギフトの対処をしようとしていれば、きっと死者が出ていた。秘密が露わになれば、こんなに重い災いが下るのかと、思い出しただけで背筋が凍る。

「お願いです、沙耶さん。僕はまだ、自分のギフトと向き合う勇気がない。これからも僕のそばに居て、助けてはいただけませんか?」
「……いいのか? 私みたいな噓つきを信頼して」
「優しい嘘なら、いいんです。それに僕は、沙耶さんとリンネさんの調査をしていた時間が無駄だったなんて思ってません。二人でいるのは、楽しかったから」

 きっかけは嘘からはじまったものだけれど、その時に楽しかった思い出は、偽りではないはずで。

「これからも僕と、一緒にいてくれませんか?」
「君がそれを望むなら、私だって傍にいたい」

 互いに手を差し出し握りあう。つないだこの手の感覚を、きっと二人は忘れないだろう。未来を祝福するように沙耶の髪飾りが輝いた。

「ところで、二人きりの時でもリンネさんの時みたいな話し方はしないんですか? 女の子らしくて可愛いなって」
「か、かわ……!? べっ、別に必要ないだろう。ただ、まぁ……参考にはしておくっ」

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