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春花が綻べば

挿絵『春花が綻べば』

登場人物一覧

エルス・ティーネの関係者
→ イラスト

 春になると鮮やかな花が咲く。開花の時期になれば、小鳥のさえずりが聞こえるのだと教えてくれたのは誰だっただろうか。
 有存は自室のベッドに転がりながら特段、やることもないのだと怠惰の限りを極めていた。日々が詰まらなく感じているのは自らに大した目標が無いからだ。
 フリアノンの康家に産まれた有存は三男坊である。長兄は康家を継ぐ事が決まり、日々多忙を極めていた。次男にあたる兄は長兄の援助を行ない、共に家を支えると決めて居た。
 両者ともに勉学に秀で心優しい青年だった。有心あじん有末ゆうすえという名を持つ二人の兄はフリアノンの里の者達にもよく慕われていた。
(アニキ達は良いよな。勉強も出来て、イケメンで、モテてさ。それと違って俺はコレだよ)
 勉強は得意ではない。特に暗記が苦手だ。応用力も余りなく、薬学知識に乏しければ医術士というのも夢のまた夢だ。兄達との才能の差に気付いたのは幼い頃だった。特に、年の離れていた有心は有存が物心ついた頃には跡取りとして日々勉学に精を出していたし、有存が簡単な算術を学び始めた頃に有末は独学で兄の真似をして薬草知識を増やしていた。
 秀才タイプの兄に、天才タイプの兄。そして、その何方にも及ばず努力も足りなければ、燻ってばかりで前を向けない末弟。その行く末がどうなるかなど、誰に聞かずとも分かる事だ。
 結果として、有存は家業に携わることはなく日々を怠惰に過ごしている。武術を極めようとする友人達に同行し、鍛錬を眺めながら花を見詰めている程度だ。何故、花を見ているのかと言えば半端に得ている薬学知識のせいで妙に草花が気になったと言う程度だ。
 今日も友人達に同行しようとしたが「今日は結構激しい鍛錬だから危ないぞ」と止められて、一人ぽつねんと置いて行かれた訳である。寝てるなら手伝いなさいと母が叱る声も聞こえたが、家業の手伝いに出ると兄達との圧倒的な違いを見せ付けられて苦しくなるだけだからと寝ているふりをしてやり過ごした。
「また拗ねてる~」
 揺・子雨よう・ずーゆうは誰に断るわけでもなく勝手に有存の自室に入り込んでいた。2つ年下の幼馴染みの少女である。
 可愛らしい赤色の髪には幾つかの髪飾りが結い込まれており光の下では眩くも見える。丸い桃色の眸が細められて、ぽってりと下唇が「ばかあそん」と可愛くない言葉を吐出した。
「あ?」
「じん兄とすえ兄に叶わないからって拗ねてばっかりで、おばかちゃんだなあ」
「ずう、いつの間に入って――」
「おばさんには好きにしていいって言われたよ。ついでに叩き起こして昼ご飯食べさせてって頼まれたし。ご飯、作ってあるからさっさと起きて着替えてよ」
 布団を勢い良く引っ剥がした子雨に有存は「うるせー」と子供の様に返した。ぶっきらぼうな口調であっても子雨は気にしない。何せ、おしめをして居た頃からの中だ。幼少期を共に過ごした以上、家族同様とも言える。
「じん兄とすえ兄は今日も凄いねえ、有存は?」
「朝、母ちゃんに手伝えって言われて配合間違えた」
「それで?」
「それを捨てろって言われて既存の薬にぶちまけた」
「あー」
「叱られて腹が立った時に余所見してすり鉢ぶち壊した」
「役満!」
 からからと笑った子雨に有存は「うるせえ」と呟いた。
「じゃあ、気分転換だ。折角だから、一緒にピクニック行こうよ」

 子雨が用意していたランチセットを手に、安全区域として知られている小川にやって来た。
 相変わらず、腹立たしいことだが彼女の料理は美味しく、有存は胃袋を完璧に掴まれていると少しばかりげんなりとした気持にもなる。
「もしさあ、有存がずっと独りぼっちだったらあたしが貰ってあげるからね」
「ずうが? 何、養ってくれるって事?」
「あそんが養われたいなら、それでもいいよ? ずうの家は結構裕福な方ですからねえ」
 ふふんと鼻を鳴らして笑った幼馴染みに有存は「言ってろ」と唇を尖らせた。
 楽しそうに笑う彼女だ。開花の時に春を告げる鳥が鳴くことを教えてくれたのも、兄達と自分を比べなくて良いと何度も繰返し伝えてくれたのも。
「……まあ、悪くないかも、なあ」
 呟いた有存に子雨はおかしそうに笑った。馬鹿にするなよと呟きながらごろんと転がった有存は目を伏せた。
 兄達と比べず、有存を有存として扱ってくれる彼女の傍は心地良かった。失敗をして落ち込んだ時は彼女は叱ってくれた。等身大の姿で体当たりに想いを伝えてくれるのだ。
 有存は有存の良いところがあると、何度も、何度も励ましてくれる。
(でもさ、俺が好きになるのは子雨みたいな奴じゃなくって、もっと、強い女なんだよな。
 目的がはっきりしていて、何処までも芯が通っていて――それから、さ、弱い奴は護れるような……)
 そんな女、里では見たことないな、なんて笑った有存は自信に影が被さったことに気付いて瞼を押し上げる。
「あーそん」
 子雨の声が上から降った。共に、ふわふわと降り注いだのは花弁だ。視界を覆うような花弁のシャワーに有存は「ずう!」と慌てて起き上がる。
「花? あ、コレ、手、気触れ!?」
「大丈夫だよ、持ち方は知って――あ、指、チョットだけ」
「莫迦!」
 花弁には毒性はないが、葉の部分には皮膚を爛れさせる事があるとして知られている覇竜領域特有の植物だ。それは図鑑で見たことがある。早めに冷やせば後は残らないだろうが――有存は慌てて起き上がり、子雨の手を川へと勢い良く突っ込んだ。
「わ、あそん」
「かぶれて痕が残ったらどうするんだよ、薬指!」
「でも、この痕って指輪みたいにみえるよね。ふふ、ずうが誰とも結婚できなくっても、なんかオシャレで――」
「ばか! 女の身体は痕を残しちゃだめだろ!」
 強がってみせる子雨に有存はもう一度声を荒げた。
 本当は最初から気付いて居る。自分を励ますために花弁を集めたことだって。有存がこの瑠璃色の花を好んでいることを知っている彼女は葉に気をつけながら無理に探したのだ。
 本当はずっと前から気付いて居た。冗談のように笑って言う子雨の気持ち位。応えられないのは自分が何も持っていないからだった。
 けれど、彼女から目を背け続けるわけには行かないと、そう思った。怪我をしたって彼女は自分の為だと笑うのだから。
「子雨」
「なあに」
 改まって言い方だと笑った子雨の腕から手を離してその頬に触れる。大きな桃色の眸が不思議そうに有存を見ている。
「俺、家を継ぐ気は無いんだけどさ」
「うん」
「……おまえんとこのさ、手伝いくらいなら、できるかな」
 ぽつぽつと呟いたのは今の有存の精一杯だった。ぱちくりと瞬いた子雨は「それでもいいかもね」とおかしそうに笑う。
「大丈夫だよ、あそんの事はあたしが支えてあげるから」
「……うるせ」
 俯いた有存の顔をわざとしたから伺うように覗き込んでから子雨はおかしそうに笑った。
「だって、この世界で一番あそんの事を分かってあげられるのはずう様だからね」
「言ってろばーか」
 有存は外方を向いてから、ため息を吐いた。悔しいけれど、図星だ。

 それから、有存が子雨の両親から揺家が担当する農業の知識を学び、その家業を手伝い始めるまでそんなに時も掛からなかった。
 何も言わずとも子雨は彼の気持を察し、支えてくれている。自身を認め、自身を愛し慈しみ、対等に扱ってくれる子雨に対して有存は素直になれないまま、今日も彼女と共に過ごすのだ。


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