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武器商人とヨタカとリリコの話~魔術課外授業~

登場人物一覧

リリコ(p3n000096)
魔法使いの弟子
ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
武器商人(p3p001107)
闇之雲

 死霊術師だ。
 だった、すくなくとも、そう名乗ることもあった。
 しかしいまでは、生活魔術のほうが得意分野になっている。そのことを、武器商人はたのしんでいた。己が変わっていく、変質していく。そんな、ここちよい日々のつらなり、混沌での生活は肌に合い、同時に多少の不便さをも感じる。
 たとえば料理、薪をかまどへ入れ、火をおこすところから始めねばならない(ただし練達を除く)。
 たとえば掃除、箒とちりとりとで、根気よくやるしかない(ただし練達を略)。
 たとえば風呂、これもまた薪がいるし、常に火加減を見なくてはならない(ただし以下略)。
 たとえば洗濯、専用の板へ衣服をこすりつけ、手の切れるような冷たい水をたらいにはってじゃぶじゃぶ。
 じつに、非効率。
 自分がやるのはいい。かまわない。けれども、それをかわいい小鳥にやらせるのは、ちょっと。
小鳥も小鳥で、有言実行なところがあるから、やると決めたら吹雪の日だろうと、土間で洗濯をしていたりする。ストラディバリウスを奏でるだいじなだいじな両手があかぎれまみれになるなんて忍びない。
 かといって使用人を雇うのも、ちょっと。
 商店街迷宮サヨナキドリ中枢、その心臓部であるこの邸宅は、武器商人が認めたニンゲンの前にしか姿をみせない。幾重もの厳重な物理的、魔術的、セキュリティを潜り抜けてくる間者や泥棒がいるのだ。
 あとひとつは、武器商人自身のこだわり。小鳥と眷属たちが集うこの邸宅を、知らないニンゲンが出入りする場所にはしたくない。ささやかだが、大切な想いは、そのモノがヒトめいた感受性を持ち得たことのあらわれだろう。
 というわけで、最近の武器商人は生活魔術の開発に、はまっている。
 生活魔術といわれるとピンと来ないかもしれない。代表的なものをあげるならば、灯りのスペルだろう。この魔術が生み出されたことで、どれほどの人が救われたことか。自分が発光するという手もなきにしはあらずだが、あれは案外つかれる。ランプひとつぶんほどのささやかな灯りがあれば十分な場面は多い。
 生活魔術とは、このように、生活へ役立つ魔術全般を指す。
 そして、武器商人は、あんがい凝り性だった。練達の最先端技術を見聞きしたそのモノは、これを再現せんと力を尽くしたのだ。おかげで小鳥ことヨタカはもちろん、居住区全体が快適な暮らしを満喫している。たとえば冷蔵庫をまねた保存の魔術、そして武器商人自ら最高傑作と認める自動洗浄魔術。ほかにも暗くなれば自動で点灯する街灯、聞きたい歌をリクエストできる囀り鳥、だれとでも言霊をかわせる囁きの魔術、その恩恵は計り知れない。
 かように便利な魔術であるが、それゆえに複雑な術式をもつ。中には混沌のニンゲンがいまだ到達しえない次元の式も組み込まれている。居住区の生活魔術を発動させることができるのは、武器商人だけだ。
 では主がいない時のサヨナキドリ居住区は、どうなっているのかというと、そのときは、居住区を管理する「管理本部・居住区整備課」が、武器商人がかけた生活魔術のメンテナンスをしている。テレビの理屈は知らなくとも、使い方はわかるように、整備課の彼彼女らは、武器商人が発動させた魔術を、途切れさせないよう補修することはできる。
 ハイクラス魔術を使役できることはもちろん、彼彼女らは居住区へ住まう人々の相談役であり、なんでもできないといけないため、整備課はサヨナキドリに数ある部署の中でも、特に優秀な魔術師が求められる。居住区整備課の肩書は、転職の際、高く評価されるほどだ。
 とはいうものの、給料たっぷり、福利厚生もしっかりという、すばらしい職場なので、志望者は多いが退職者はほとんどいない。今日も整備課の彼彼女らは、整備課の証である金バッヂを胸につけ、にこやかな笑みを浮かべながら、居住者の人々のために走り回っている。

「というわけでね」
「…なにが…?」
「あれ、どこまで話したっけか」
「…俺が、居住区の生活は便利だね…って、言ったところから…紫月が、整備課の人たちが、がんばってくれてるんだよ…って、ところまで…。」
「あァ、そうだったね。じつはあのコに」
 そこで武器商人は言葉を切り、食卓の春キャベツの浅漬けを口にした。あのコが誰なのか、ヨタカには見当がついている。豊穣にいる無口な少女のことだろう。
「そろそろ魔術を教えてやろうかと思ってるんだけど、生活魔術からがいいかもねぇと考えていてね」
「…リリコに……?」
「うん」
 当たりだ。ヨタカは予想が的中して、ほくそえんだ。
「…師匠の、課外授業…?」
「そんなところだね」
 武器商人はきれいな笑みを見せた。ヨタカたち眷属とお気に入りたちの前でしか見せない笑みだと、そのモノは気づいているのだろうか。
「……それさ…。」
 ヨタカはできうるかぎり、さりげなく聞いた。
「…俺も、受けていい……?」
「そぉんなに期待されちゃったら、断れないよぉ」
 けらけら笑う紫の月を前に、ヨタカは朱に染まった顔を伏せた。見抜かれている、筒抜けだ、それでも、いやじゃない。紫月は、俺だけの月だから、なにをされても、いやじゃない。
 かるく咳払いしたヨタカは、あごへ手を寄せた。
「…俺も…魔術に、興味があるんだ…。…いままで…カンで神秘の力を行使してきたせいかな…紫月の…その、魔術…? …体系的知識ってやつ…? …それを俺も、正式に習ってみたい……。」
 返事はひとつだ。ヨタカはそれを知っている。
「もちろんだよ、かわいい小鳥」
 その一言が聞けたものだから、ヨタカは会心の笑みを浮かべた。

 そよ吹く風はいまだ冷たいものの、日差しは暖かく、木々は青々とした新芽を天へ向けて掲げている。豊穣にあるその屋敷は、春の気配に包まれていた。
 緑の魔術礼装の少女があたたかな緑茶を盆にのせて、しずしずと部屋へ入ってきた。座布団へ正座をするヨタカのむかいで、武器商人が相好を崩す。
「やァ、アタシの弟子。息災かね?」
「……いまのところは平穏無事よ、私の銀の月」
 リリコはひかえめな微笑みを浮かべた。大きなリボンが、うれしげにさやさや揺れている。
 そういえば魔種にねらわれているのだったかと、ヨタカは思い出した。やっかいで、しつこく、執念深い奴だそうだ。己の力を頼みにする魔種は多いが、彼奴は慎重で策を弄すると聞いた。彼奴の狙いは孤児院最年長のベネラーらしいが、リリコが巻きこまれる可能性は十分にある。たとえば人質にされたり。もしもそんな事態になったら、友人として駆けつけようか、などと思考を巡らせていると、リリコは畳の上へ座した。
「……今日は、どんな御用? 小鳥もいっしょなのね。会えてうれしいわ」
「…俺もだよ…。」
 ヨタカも微笑みを返す。昔に比べれば、我ながらずいぶんと柔らかく笑むことができるようになった。
「…今日は、紫月が魔術を教えてくれるそうだよ……。」
 まあ、とリリコはかすかに目を見開いた。大きなリボンは、驚いたようにわさわさしている。
「……とうとう、実践なのね」
「もちろん兄弟子ほど厳しくはしないから、そこは安心おし」
「……もしかして、小鳥も、教えを受けに来たの?」
「…うん、そう……。」
「……そう。私たち、同門の弟子ね」
「…ふふ…そうだな、同期だ…。…光栄だよ…。」
「……お師匠様、よろしくお願いします」
 頭を下げるリリコを見て、ヨタカは、はてと悩み、武器商人の顔をまじまじとながめた。
「…俺も、師匠って呼ぶべき…?」
「まさか。好きなようにお呼び、ふたりとも」
 苦笑する武器商人に、ヨタカも笑みをこぼす。
「…じゃあ、俺は、変わらず紫月と呼ぶよ…。」
「……私も、引き続き、銀の月と呼んでいいかしら」
「かまやしないよ。どちらもアタシには大事な呼び名だ」
 名は最初の呪であり、最後の呪である。いくつもの呼び名をもちながら、けして縛られることがないそのモノの孤独は、いかばかりだろうか。ヨタカは銀糸の下からのぞく切れ長の瞳へ、一瞬浮かんだ憂いを見逃さなかった。
「…紫月…。…俺はここにいる…紫月をいつも見守ってる…。」
「ん、ありがとうね」
 武器商人はいつもの、何を考えているのかわからない、超然としていながら俗っぽい表情へ戻った。
「さて、なにから手を付けようね。まずは生活魔術からがいいかな。日々くりかえし練習できるし、失敗してもたいして痛手にはならない」
「…戦闘に使えるのも、興味あるな…俺は…」
「そうだねぇ、でもアタシとしては、リリコに戦場へ立ってほしくないかなァ。その『時』までまだ猶予があるようだから、おいおい教えていくことにして、まずは魔術に慣れるところから始めていこうかね」
 なにごとにも順番というものがあるしね、そう言いながら武器商人は袖へ手を入れた。ぴかぴかのノートが二冊出てきた。一冊目は紫の表紙、そこへヨタカの背にあるのと同じ印が、品よく添えられている。二冊目は緑の表紙で、美しく静かな真珠のような光沢だ。
「ふたりとも筆記用具は持っているだろぅ? このノートは万年筆で書いても、念じれば消すことができるのさァ、弟子入り記念にもらっておくれ」
「…ありがとう、紫月…。」
「……大事にするわ、私の銀の月」
「けっこうけっこう。そうしてくれるとうれしいよ。それじゃ、講義から入ろうか」
 武器商人がどこからともなくインク壺を出したので、ヨタカとリリコも愛用のペンをとりだした。そうしながらヨタカは、その壺に見覚えがあると気付いた。
「…それ…紫月の執務室にあるやつだよな…?」
「正解。いまのが空間転移魔術。魔法と魔術の違いはわかるかな、アタシのお気に入り?」
 リリコは残念そうに首を振った。武器商人はおだやかに続ける。
「魔法はこの世界をめぐる不可視の流れを魅了し、ひきつけて行使するものだ。これには天性の才によるところが大きい。たとえば、男より女、大人より子どものほうが才が高いとされている。生まれ持ったギフトのようなものだね」
 対して魔術は、と武器商人が続ける。
「『術』とつくとおり、魔力を扱う技術のことだ。とある異世界では、そのものずばりテクニックと呼ぶこともあるね。これは練磨すればだれでも使えるようになる。魔法よりも大きなことはできないけれども、学ぶ姿勢と努力を忘れなければ、いつかは達することができるのが強みだ」
「…ということは、俺にも使える…。」
「そのとおりだよ、賢いアタシの小鳥。魔法も魔術も入り口は同じだけれど、出口は違うんだ。だからまずは、魔術から覚えていこうね」
 ヨタカとリリコはこっくりとうなずいた。それから武器商人は、魔導具について語った。魔力を導く道具は、本人と相性がよく、よく身に帯びているものがいいらしい。ヨタカはすでに神秘の力を行使できるので、なくてもよかろうということになった。リリコは、いつもの絵本が魔導具になった。
 まずは基本だと、武器商人は緑茶の湯呑を指さす。
「保温の魔術から行こうか。『IVRSYNGLSH、熱よ保て』。魔導具をかざして唱えてごらん、リリコ」
「……イブラシャニグアス、熱よ保て」
 とたんに湯呑の中身が、かちんこちんに凍りついた。ヨタカが目を丸くしている隣で、リリコが恥ずかしげにうつむく。
「発音をきちんと、そのまま、復唱するんだ。もともと異界の言葉だから発音しにくいのはしかたないけれど、そこはしっかりね。なに、失敗したところで、見てのとおり湯呑の中身が凍る程度だ。取り返しがつかなくなるほどじゃない」
 武器商人がついついと湯呑をつつくと、氷がとけてほかほかの緑茶になった。リリコが真剣な顔で再挑戦。
「……イブラシャニグアス……」
「イ『ヴ』ラシャニグ『ラ』ス。『グ』と『ス』には『ュ』をすこし混ぜてごらん」
 何度も何度もやりなおして、リリコはやっと保温の魔術を習得した。カラスがかあかあ鳴いている。
 ほほえましくながめていたヨタカへ、やっと出番が回ってきた。
「…IVRSYNGLSH、熱よ保て…。」
 湯呑は凍りつきも横倒しにもならなかった。ほこほこと湯気をあげている。
「ん、合格。さすがはアタシの小鳥。だいじょうぶだよ、リリコ、おまえには才能があるし、下地も整っている。次はもっとうまくやれるさァ」
 がんばる、と言いたげに、リリコのリボンが揺れているのを、ヨタカは優しい目で見つめた。

  • 武器商人とヨタカとリリコの話~魔術課外授業~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2023年04月17日
  • ・ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155
    ・武器商人(p3p001107
    ・リリコ(p3n000096

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