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百花の王

登場人物一覧

焔心(p3n000304)
九皐会


 寒い冬を越えると、庭先が鮮やかになる。
 牡丹の咲く時期は年に三度あるが、春牡丹の時節が一等好きだ。

 若い頃から何度も死にそうな目にあって、泥水を啜って生きた。この生きにくい世の中で俺たち獄人が生きていくのは骨が折れる。足元を掬われる前に掬う、やられる前にやる、相手のことなぞ蹴落として当たり前、そんなこの世は生き地獄最高。お天道様の光なんぞは選民思想の奴ら八百万にしか届かねェ。いつだって底辺を這いずるばかりで、蜘蛛の糸は垂らされはしない。だから悪事を働き続けるのだが――今の俺は『足を洗っている』。
(何が俺様を変えた?)
 転機は――ああ、そうだ。牡丹だ。
 何度も死にそうになり、流石にもう駄目だと俺でさえ諦めそうになった時があった。
 雪が降る日のことだった。既にひとつの組織を纏めていた俺は、慢心から足を掬われた。真白に俺が零したはらわたが赤を描いて、そんな場合でも無ェのについ『綺麗だな』と思ったんだ。次にこみ上げてきたのは笑みだった。まだそんな事が考えられる余裕があるのかと最後に笑って、そうしてそこで意識が途絶えた。
 次に、痛みで目が覚めた。もう何も感じなかった身体に痛覚が戻った。木の股からでも生まれたのであろう俺の身体は丈夫で、死ななかったらしい。医者らしき爺と若い女が何かをずっと叫んでいて、ぼやける視界に女の着物の牡丹がずっと咲いていた。後から聞いて解ったが、その女が俺を拾ったらしい。
 いくつもの死線を抜けた。いつ失ってもいい命。
 だが、もし助かるなら、牡丹を育ててみるのもいいかもしれない。そう、思った。
 そうしてしぶとい俺は生き残り、暫く普段通りに生き、それから適当な後釜に会を押し付けた。今は所謂隠居暮らしと言うやつだ。……反対の声? あれば潰すに決まってンだろ。

 ――花王番付。それが今の俺の一等の愉しみだ。
 牡丹花合せ品評会に出して、相撲よろしくどの花が今年の一等かを観に来た奴等が選ぶのだ。
 花なんぞ適当に育てれば適当に育つと思っていたが、変わり種を作るのは手間どころでは済まなかった。会合に顔を出し、情報を交換し、次に活かす。勿論手札は全て見せない。腹の探り合いは何処へ行っても変わらない。
 昨年よりも良い牡丹を育てられた筈だが、開いてみるまで解らない。
「まさか俺様がなァ」
 花を見守る日が来るとは、お天道様とて予想外だっただろう。
 嗚呼、開花が待ち遠しい。


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