PandoraPartyProject

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4月_日

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ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド


 この光景を、いつから見ていなかっただろう。
 久方ぶりに感じる、赤い液体を沈む感覚。深く、深く、落ちていった先で、たどり着いたそこを、懐かしいとすら感じる。
 しかし、そこは記憶のとおりとは違っていた。果たしてこれを、悪夢と呼称するべきなのだろうか。いつも通りのはずの赤い赤い部屋は、とても、もうとっくに、春も半ばだというのに、真冬のそれのように冷たく、厳しいものだった。
 その中心で座り込む、サイズとそっくりな誰か。悲恋の呪い。サイズの内にいる、呪いそのもの。
 はじめは敵対していた、と思う。戦いになったのだ。敵対していたといって、差支えはないだろう。しかし会う度に、争うことは少なくなっていったと思う。何度も話した。何度も叱られた。何度も、助けられた。
 その呪いが、どこか諦念も見える顔でこちらを睨んでいる。
「この部屋が気になるかい?」
 呪いの問に、黙って頷いた。冷たく、厳しい。それはやはり、よい状態とは言えないものであろうから。
「お前の影響だよ。名前を付けるなら、そうだな。冬白夜の呪い、ってとこ?」
「白夜って夏の現象じゃ……?」
「五月蝿い」
 すぐに口をつぐんだ。どうやら、余計なことを言ってしまったらしい。
「思い出すだろう、冬や夜の戦いをさ。氷狼との戦い、なんだいあれ。守るべき光りの妖精もろくに守れやしない。なあ、お前さ、本当に妖精の道具なの?」
 辛辣な言葉。それと一緒に、ズシリと重量を感じる。心だけではない。見れば、鍛冶に使うインゴットのようなものが体にのしかかっていた。ひとつ、ふたつ、みっつ。増えるごとに重量も増して、次第に立っていられなくなり、その場に伏せてしまう。床もひどく、冷たかった。
「そいつをつけてしばらく反省してろよ。今のお前には、説教代わりに殴ってやるリソースももったいない」
 何も言えない。自分を顧みれば、言い返せないというのもあるが、何よりのしかかった重量が辛く、思ったように口を開けないのだ。
 悲恋の呪いが立ち上がる。床に伏せ、動けないこちらに歩み寄ると、上から覗き込んできた。
「なあ、わかってる? 奇跡の反動で、ここの部屋を作るコストも馬鹿にならないんだよ。だっていうのにさあ、お前、何人と結婚して? 戦地での結果はどうで? なあ、なあ、矜持見せろよ。お前は何者のつもりなんだよ。妖精の道具なら、せめて妖精を引き立てる程度のことは出来ないのかよ」
 言い返すことができない。言い訳を並べ立てたくもない。自分の不甲斐なさは、自分が一番理解している。だからこれは、再確認のようなものだ。出来なかったことを、振り返っているようなものだ。それがこの先も悩みのタネになり続けるか、奮起する材料と成るかはまだ決まってもいないが。
「なあ―――」
 ため息のような声で、呪いが言う。
「―――、これから、どうする?」
「どう、って……?」
 やっとの思いで声を振り絞る。どう、とはどういうことだろうか。呪いは自分に、どんな回答を求めているのだろう。
「やめたって、いいんだ。なあ、やめちゃえば? 戦うなんてさ、しんどいだろ。不甲斐ないんだろ。苦しいんだろ。じゃあ、無理に続ける必要なんてないだろ」
 それは、あるいは優しい言葉だったのかもしれない。甘い魅力に溢れたものだったのかもしれない。しかしサイズには、その提案が、どこか決定的なものを欠けてしまわせるなにかであるように感じられた。
「食っていけるネタなら、あるじゃないか。可愛いパートナーだって二人もいてさ、それだけだって十分に、幸せだろう? じゃあ、しがない鍛冶屋を終着にするのも、いいんじゃないか?」
 それは、選択肢だ。目指すものに手を伸ばし続ける必要はない。自分が何者かを定義し続ける必要はない。今その手にあるものだって、幸福には違いないのだから。
 だが、ならばどうすればいい。ここまで積み重ねてきた矜持は、意味は、流した血は、なんであったとすればいいのだ。
「わざわざ戦わなくてもさ。そうしなきゃ生きていけないわけじゃない。矜持とか、役目とか、そんなの、適当に折り合いつけたっていい。誰も彼もが思うものに手がとどくわけじゃないんだ。これまでだった。それまでだった。それも、いいんじゃない?」
 それは突き放したものいいだろうか。諦念でしかないものだろうか。捨てられて、おいていかれるようなものだろうか。
 それは優しいものだろうか。甘い言葉だろうか。与えられた許しであるのだろうか。
 なにか、何かを言い返さなければならない。提案を受け入れるのか、反発するのか。幸福に沈み込むのか、矜持に手を伸ばし続けるのか。
 答えが決まらないまま、それでも口だけは開いて。
「俺は……」
「あ、リソース切れた」
 沈む沈む。赤い液体に沈み込む。なんか今日は落ちるのが早い気もする。そんなところにもコストをかける余裕がなかったのか。いつもより若干早回し再生のような速度で、サイズは深い深い赤の中に落ちていった。


 目が覚める。
 体を起こすと、寝室が赤い液体まみれであるのは、あの夢を見た朝にはいつものことで、どこか成れた光景だった。
 しかし、心なしか、その液体も水増しと言うか、薄いもののように感じる。
 いつもなら、ベッドから出て、部屋の掃除を始めるところだが、今朝のサイズはそうはせず、体を起こしたまま、膝を抱えてその場で縮こまった。
 言い返すことは出来なかった。自分の不甲斐なさに理由をつけることも叶わなかった。無根拠に反発しようにも、そうするだけのプライドさえ疲弊していた。
 謝ることが出来なかった。これまで何度も助けてもらったのに。それでも力を活かしきれていないことを、あまつさえ、戦いを放棄するようにと言わせてしまうような自分であることを。頭を下げることすらできずに、帰ってきてしまった。
 膝を抱える。ぎゅっと抱える。わかっている。突き放すような言い方も、諦念にまみれたような提案も、きっとこちらを思ってのものだ。無理に傷つく必要はないと、思うように戦えないことが苦しいのなら、別の道を探してもかまわないのだと。
 矜持でさえ、捨ててしまっても構わないのだと。
 しかし、だからこそ、どうすべきかわからず、己のこれからに選択もできぬまま、ぐるぐると思考だけが渦巻いて。
 それでも時間の流れが待ってくれる筈もなく、朝のそれは無情にも過ぎ去っていく。
 ため息をつくことさえ、罪深いように覚えた。

  • 4月_日完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2023年04月17日
  • ・ツリー・ロド(p3p000319

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