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モブから見たガーベラ・キルロード
登場人物一覧
●はじめに
こんにちは。世界を救う『イレギュラーズ』に密着するこの企画。
今回は鍬を振るう農作お嬢様、ガーベラ・キルロードさんについて密着取材です。
──と言っても、ご本人の取材だけでは得られない情報やモノがあるのも事実。
そこで、今回はガーベラさんに詳しいという三人の方にお話を伺いました。
それでは、ご覧下さい。
●農家・タゴサクの話
最初のインタビュー対象は鍬を振り続けて六十年のタゴサクさん。
キルロード家が管理する大農園、『キルロード農園』の古株であるという。
彼もまさしく、キルロード家に永く仕えてきた使用人の一人とも言えよう。
御年八十四にもなるが、ぴしっと背筋を伸ばして歩く元気なおじいさんである。
──こんにちは。今回はどうぞよろしくお願いいたします。
「おーおー、おめさんが、『いんたびあー』やつけんね。えれえこえとるねえ。ンハハハ」
──??? はい?
「んお?」
どうやら独特の訛りであるらしい。バベルもうまく作用せず、理解するのに非常に時間が掛かった事を追記しておく。
(編集者注:以後、タゴサクさんの発言はほぼ標準語に変換しております。)
──はい、では改めてよろしくお願いします。
「おお、よしきた」
──まず、ガーベラさんについて知っている事をお聞きしたいのですが。
「お嬢様な。あの方ァ重労働つうのに進んでクワ振って下さる。おれらより早く起きて、水やりから害虫駆除までよ。ありがてえよなあ」
──如何にもお嬢様然とした外見としぐさに反して、努力されているのですね。
「おうともよ、おれぁ長ーくお嬢様を見てきた。お嬢様がこんなちっこい頃によ、色々農作について教えてたもんよ。
んだら、すいすいと吸収しちまって、今ではおれが教えを請う事もあらあ。大変な勉強家なのよ」
──凄いですね。人気がある方なのも頷けます。
「ああ、べっぴんさんだし、いつかはおヨメに行っちまうんだろうなあ……」
そう言うタゴサクさんの細い目じりには涙が浮かんでいた。
「おっとお、ちいとしめっぽくなっちまったや。んで、次は何を聞きてえんだ」
──そうですね。ズバリ、ガーベラさんの魅力とは?
「おん……そうさなあ。一つ選べと言われりゃ……苦労して育てた野菜を収穫した時の、あの笑顔かね」
『オーホッホッホ! タゴサク、見てみなさい。とっても立派なトマトですわあ!』
「……おれぁ、お嬢様の笑顔を見るために、生きてきたのかもしんねえよ」
──完璧なインタビューです。感服致しました。
「よせよせ、照れちまうわ」
──では、私はこれで。今回はありがとうございました。
「ほお、もうええんか。んだら、これ持ってけえよ。ほれ、ウチの野菜はうめえぞ」
──良いんですか。
タゴサクさんから、まるまると育った瑞々しいトマトをいただいた。
食べてみるとなるほど、これは抜群に美味しい。
ちなみにキルロード農園、従業員は常に募集中だという。
なお、なぜか保険は加入不可。危ない橋を渡れる方は如何だろうか。
●領民・ペートの話
次はキルロード領に家を構えるペート氏からお話を伺う。
精悍とした顔つきの、19歳の美青年である。
──こんにちは。どうぞよろしくお願いします。
「ああ、どうも」
と、なにやら美味しそうな匂いがあたりに漂っている。
──なんだかいい匂いがしますね。
「ああ。ガーベラ様……というか、キルロード家が自発的に領民向けに炊き出しをやってるんだよ。ガーベラ様がご自分で作られた野菜や穀物を持ち寄ってな」
ほら、とペート氏が指さすと、たくさんの使用人が料理を作ったり配膳している中、ガーベラさんが高笑いしながら子供に野菜たっぷりのシチューを手渡しているのが見えた。
──成程。人気が出るのも頷けます。しかし、随分と炊き出しを当てにする人の数が多いですね……。
「……前当主様が亡くなってなけりゃ、な」
没落の切っ掛けは、辺境伯に甘んじていた叔父である諸侯が、キルロード領を乗っ取る為に反乱を企てたからだと言う事は周知の事実である。
アーベントロート家の仲介で惨事は免れたものの、当主たる両親は死亡。
嫡子であったハルト氏がそのまま領主となったが、大きな柱を失ったキルロード家は一代限りの爵位とも言える男爵位にまで没落した。
──キルロード家から重税が課されている、という事でしょうか?
「バカ言え、重税なんか敷かれてない。俺たちが望んで、キルロード家に税を納めてるんだ。好きでやってるんだよ。
なあ、あんたも来いよ。ガーベラ様は料理こそ出来ないけど、ああやって手渡しされると心があったまるぜ」
それに、メシもウマいしな。と笑うペート氏についていくインタビュアー。
……炊き出しの集団に交じって、黒装束の人物がちらりと見えた。
インタビュアーが目を擦ってもう一度見てみたが、もうその姿は影も形もなかった。
──あの、すみません。先ほど黒ずくめの方が見えたような気がしたのですが、その方も炊き出しを?
「違う。それはキリングロードの……」
──キリングロード?
はっとした顔で口をふさいだペート氏。青ざめて、ぶるぶると手が震えている。
「ああ、ああ。ヤバい。ちくしょう!」
強引にインタビューを打ち切られてしまったどころか、彼はどこかへと走り去ってしまった。
──後日、ペート氏に連絡を取ろうとしたが、彼の行方は分からなくなっていた。
●謎のメイド・デイジーの話
最後はこの方。『永遠の二十歳』を自称するクラシカルメイド服を着込んだ美しい女性。
彼女はダールベルグ・デイジーと名乗った。
──こんにちは。今回はよろしくお願いいたします。
「はい。よろしくお願いいたします」
──まずは、デイジーさんから見たガーベラさんについて教えてください。
「常に民の幸せを願い、常に民に尽くし、常に民に愛されるよう努力を欠かさぬお方……貴族の義務である、ノブレス・オブリージュの体現者と認識しております」
──美しい回答、ありがとうございます。それでは、多少突っ込んだご質問をしても?
「どうぞ」
──ガーベラさんの秘密などをこっそりと教えていただいてもよろしいでしょうか? 紙面に乗せられる範疇で構いませんので。
「……そうですね。お嬢様は恋愛小説をよくお読みになられますよ。物語のような恋愛に憧れておられるのかも知れませんね」
──乙女らしい一面ですね。しかし、あれほどの美貌やお家柄であれば、引く手数多なのでは?
「……どうもお嬢様はご自分のご容姿に今一つ自信を持っておられないご様子。わたくしどもが何度申し上げても、どうにも考えを改めて頂けないようです」
──勿体の無いお話ですね。あんなにお美しい姿ですのに。
「そうでしょう、そうでしょう」
随分と気分が良くなったようなデイジー氏は、聞かれてもいない事を早口で話し始めた。
「お嬢様の鍬ですね、実はキルロード家の家宝たる魔剣、ドラグヴァンディルなのですよ。所有者の望む姿かたちに変わる名剣なのですよ」
──はあ。
「当主様やご兄弟とも仲良くされておりますよ。姉としての威厳を、と常々おっしゃられています」
──成程。
「私はガーベラ様親衛隊のNo.2なのですよ。凄いでしょう? 一桁会員は本当に一握りだけしか存在していないのです」
──それはすごい。
圧倒されながらも相槌やメモを忘れないインタビュアー。
と、此処で気になっていた事を聞く為に口を挟んだ。
──と……すみません。そう言えば、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?
「はい?」
──キリングロード、という単語をお聞きしたのですが、こちらについては……
「何処からその情報を掴んできたかは分かりかねますが──」
目にも留まらぬ速さでインタビュアーの首元に突きつけられるナイフ。
先ほどまでの温和そうな表情はもうない。冷たい目だ。
「深く首を突っ込まないのが長生きの秘訣というものですわ」
──ひっ、ひい……。
「キリングロードはキルロード家の暗部。それが広く白昼の下に晒されたならば、ガーベラお嬢様の枷となるのは明白……。
本来であれば、貴方達のような者の取材など、一切お受けしないのです。ええ、ええ。マスメディアからのインタビューなど、スパイ活動と何ら変わりませんもの」
──な、な……。
「何故、貴方達に限って招き入れたか? と。知れた事。教えて差し上げる為でございます。ガーベラお嬢様の美しさを! 素晴らしさを!
私の知る、お嬢様の全ての魅力をこの世界すべての人間に伝えるよい機会だった……それだけの事でございます」
鼻息荒く早口に捲し立てるデイジー氏。
「……でも、叶わぬ夢でございましたね。このインタビューも、私が話した全ての事も、世界の人々が知る事は無いのですから」
ナイフが押し付けられる。血がじわじわと滲み、じくじくと痛みが襲う。
──た、助けてください! お願いです、私は、本当に何も知らなかったんです!
「……そうですね、口外無用を約束するなら、五体満足で帰して差し上げましょう」
──わかりました! この事は記事に致しません! なので……
「まあ、良いでしょう。もし約束を破れば、出版社もあなたも消してしまうだけ。お行きなさい」
──ひいい……!
命からがら、逃げ出すことに成功したインタビュアー。
カメラが転がり、その場に残される。
「……これは壊してしまいますか。証拠は残さないに越した事はありませんものね」
ぶつん、と画面が暗転した。
●おわりに
(一部のインタビュー記事だけきれいに編集、もしくは切り抜かれている)
いかがでしたか?
ガーベラ・キルロードさんについての詳しい情報は知ることができたでしょうか?
今後も彼女の活躍に目が離せませんね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。