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元世界での最後の話・後編 ~彼が生きるに至るまで~

登場人物一覧

ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペンの関係者
→ イラスト

 これはある魔術紋が混沌世界に至る前の、最後の物語はなし。その後編。
「いやだなぁ」と初めて思って、忌まわしき天敵から逃げ延びようとした……
 絶望から逃れようとした、その先の末路の話。


 粗末な服で、汗を流して。息を切らして、もつれる足で。
 走る。走る。必死に逃げる。
 迫りくる恐怖から……悍ましい天敵から。

 幻想の街並みにも似たある異世界。暗い日陰の裏路地で。
 銀髪に青の眼の青年、魂なきその身に宿る星空色の紋。名無しの魔術紋どうぐである彼は……大切な伊達眼鏡たからものを落とさないよう片手で抑えて、必死に走って逃げていた。

(いやだなぁ……怖い。震える。冷えるような汗が止まらない。
 振り向かなくても解る。
 じわじわと追い詰めるように、追ってきてるのが……!)

 逃げる彼の後方、歩くようにじわじわと付きまとい追い詰めるのは……黒い外套マントを身に纏い、大きな頭巾フードを目深に被った、強大で忌まわしく悍ましい黒炎にも似た魔力を放ち続ける男。
 仮初の魂なき身体に憑依する、強大な禁呪……世界に災厄為しうる害敵。
 『禁呪紋』闇炎の君ドゥンケルフランメカイザー
 世界を支配する皇帝、その新たな器にする為の肉体から無力で不要な魔術紋どうぐを剥ぎ取る、その為に……獲物を弄ぶように、必死の抵抗を嘲笑うかのように。
 じわり、じわりと……悍ましい、闇の炎魔力を纏いながら迫りくる。
 気紛れに嗤って放たれたであろう魔術が、遥か後方の愚か者達貴族夫妻を呑み込み弑したであろう事が、耳障りな二重の悲鳴でわかった。

 戦闘手段はない。対抗手段などない。
 奴の遊びの一撃でも、食らわされれば
 魔術紋は……自分よりも大切な青年の身体託されたものを守る為に。
 ひたすら走って、逃げるしかなかった。

(あと少し走れば、裏路地を抜けられる……!)
 流れる汗を拭う暇さえなく、伊達眼鏡を抑えて彼は走る。
 表の綺麗な街並みに逃げのびて、抜け出して……その先に希望があるかはわからなかったけど。

 僅かな希望を摘み取ろうとするかのように『禁呪紋』の手が彼に伸び……しかしその手は届かない。
 街並みに逃げ延びる彼の後方に、『禁呪紋』の手が触れる直前に
 割り込むように撃ち込まれる、数多の魔術の火弾や光弾。

 ……周囲を吹き飛ばす爆発と衝撃が、辺り一帯を吹き飛ばした。


 土煙の中、痛む体で、吹き飛ばされるように転がって。
 抜け出た見慣れた街並みには……、彼等以外の者は誰もおらず。

 しかし……青い空を見上げれば、いるのである。
 整った衣装を身にまとい、箒や魔術で空を飛ぶ……この世界の魔術師達。忌むべき対象を有無を言わせず処分する、国の精鋭たる……!

(……あぁ、そうか。そういう事か)
 名無しの魔術紋は、この時初めて理解した。

 普段なら表にも裏路地にも数多の人間がいる街並みに、理由。
 事前に人払いされていたのだ。裏路地の貧民達も何かを察して逃げ去ったのだ。
 今ここにいるのは、奴等にとって処分してころしても良い存在だけ。
 殲滅対象の『禁呪紋』と、それを招いた(先ほど死んだ)愚か者達貴族夫妻と……生きても死んでもどうでもいい、処分確定の魔術紋実質的な死人だけ……!

(いやだ……いやだよ、こんなのは)
 恐怖と悲しみに、あるかもわからない心を揺らされながら……それでも魔術紋かれは、息を切らせて逃げ続ける。
 背後に撃ち込まれる火弾死の運命から、それに足止めを食らっているであろう『禁呪紋』てんてきから。
 それでも、疲弊した足は足元の石に躓き、ふらつく身体は転げて。
 地に伏す彼の後方に、何かの魔術が撃ち込まれ……

 荒れ狂う暴風に、その身は彼方に吹き飛ばされた。


 無力に、何もできずに吹き飛ばされ。
 それでもなくしたくない伊達眼鏡たからものを必死に両手で抑え続けて。幸いにもその身につけたままで飛ばされて、なくさずに済んだ。
 良かったと……処分対象に向けられた魔術で、死ななかったのは幸いだったとも。
 そう思えたのは一瞬で。

 気が付けば、風と衝撃で吹き飛ばされて空の中……見慣れた街並みが遥か眼下にある、という事実。
 空飛ぶ魔術は使えない。転移魔術も使えない。習得も使用も何一つさせてもらえなかった許可されなかったから。
 できる事は、このまま無力に落ちるだけ。……遥か下にある地面に叩き付けられて、死ぬのだろう。

 何もできない空中で、やけにゆっくりに感じる落下速度をその身に感じ……
 下方から追撃の光弾が放たれたのを見ながら、彼は最後にこう思ったのだ。
 道具だったままなら感じなかった感情、願い……彼自身としてのささやかで純粋な未練強欲

「あぁ……

 これが元居た世界での最後の瞬間。
 放たれた光弾ではない、不思議な光に包まれる前の……彼の最後の言葉だった。


 覚悟していた衝撃は……しかし、予想外の形と軽さでその身に訪れる。
 気が付けば不安定な体制でどこかに立っていて……こてんと後方に転び、背中に僅かな衝撃を感じた。

「いたた……おや、ここは?」
 気が付けば、遥か下方にあったはずの地面は……街並みではなく、見たことのない石畳と草地になっていて。
 そういえば周囲が騒がしい。ふと見回せば、見たこともない沢山の人々や存在がいて……綺麗な青空には、本でしか見たことのない浮き島もあるようだった。

 それは訪れた運命の日。
 色んな世界から数多の特異運命座標が呼ばれた……無辜なる混沌フーリッシュ・ケイオス、大規模召喚の起きた日。
 数多の純種や旅人の中に、名無しの魔術紋生きたかった彼もまた招かれたのだ。

 時には質問もして、必要な説明を受けた後……彼は混沌世界に降り立つ。
 ローレットに登録し、自らに『ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン』と名を付け、特異運命座標としての日々を歩み始める。

 そこから先は、数多の素敵な冒険や報告書が記していくだろう。
 道具でも処分対象でもない……異世界魔術ウォーカーである彼の、旅人にんげんとしての人生を。

 只の道具から……自らの運命から、
 ヨゾラは歩み、生き……そして奇跡を成し続ける。
 魔術紋自分自身が尽きるであろうその日まで。

おまけSS『After Summon ~後に招かれた、招かれざる客~』

 かくて魔術紋……ヨゾラは混沌世界に召喚された。
 しかし、この物語にはもう1つ……記さねばならぬ話がある。

 ヨゾラが無辜なる混沌に召喚されてから数日後。
 未だ大規模召喚で賑わう空中庭園で、偶然、人が少なかったある時に……一人の男が召喚された。

 黒いフードに身を包む、黒髪の……そしてその身に黒き炎の紋を刻む男。
 フードの奥の表情は歯を噛み締め、何かを堪えており……かつて魔術紋ヨゾラを遊ぶように追い詰めた時の傲慢さや慢心は鳴りを潜めているようだった。

 それはある種の運命なのか、あるいは身に持つ因縁なのか。
 混沌世界に招かれた召喚された、ヨゾラにとっての招かれざる客忌むべき天敵
 戒め破る『禁呪紋』……闇炎の君ドゥンケルフランメカイザー
 後に少し変えた名を自ら名乗るようになり、混沌世界で暗躍しうる可能性を持つ男。

 彼もまたひととおりの説明を受け、混沌世界に降り立って行く。ギルド・ローレットに一瞥だけして……しかし立ち寄る事もなく、何処かへと去って行った。
 その先に何が待つのかやヨゾラとの再度出会う事があるのかは……
 未だ誰にもわからない、先の話である。

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