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元世界での最後の話・後編 ~彼が生きるに至るまで~
登場人物一覧
- ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペンの関係者
→ イラスト
これはある魔術紋が混沌世界に至る前の、最後の
「いやだなぁ」と初めて思って、忌まわしき天敵から逃げ延びようとした……
絶望から逃れようとした、その先の末路の話。
●
粗末な服で、汗を流して。息を切らして、もつれる足で。
走る。走る。必死に逃げる。
迫りくる恐怖から……悍ましい天敵から。
幻想の街並みにも似たある異世界。暗い日陰の裏路地で。
銀髪に青の眼の青年、魂なきその身に宿る星空色の紋。名無しの
(いやだなぁ……怖い。震える。冷えるような汗が止まらない。
振り向かなくても解る。
じわじわと追い詰めるように、追ってきてるのが
逃げる彼の後方、歩くようにじわじわと付きまとい追い詰めるのは……黒い
仮初の魂なき身体に憑依する、強大な禁呪……世界に災厄為しうる害敵。
『禁呪紋』
世界を支配する皇帝、その新たな器にする為の肉体から無力で不要な
じわり、じわりと……悍ましい、
気紛れに嗤って放たれたであろう魔術が、遥か後方の
戦闘手段はない。対抗手段などない。
奴の遊びの一撃でも、食らわされれば
魔術紋は……自分よりも大切な
ひたすら走って、逃げるしかなかった。
(あと少し走れば、裏路地を抜けられる……!)
流れる汗を拭う暇さえなく、伊達眼鏡を抑えて彼は走る。
表の綺麗な街並みに逃げのびて、抜け出して……その先に希望があるかはわからなかったけど。
僅かな希望を摘み取ろうとするかのように『禁呪紋』の手が彼に伸び……しかしその手は届かない。
街並みに逃げ延びる彼の後方に、『禁呪紋』の手が触れる直前に
割り込むように撃ち込まれる、数多の魔術の火弾や光弾。
……周囲を吹き飛ばす爆発と衝撃が、辺り一帯を吹き飛ばした。
●
土煙の中、痛む体で、吹き飛ばされるように転がって。
抜け出た見慣れた街並みには……
しかし……青い空を見上げれば、いるのである。
整った衣装を身にまとい、箒や魔術で空を飛ぶ……この世界の魔術師達。忌むべき対象を有無を言わせず処分する、国の精鋭たる
(……あぁ、そうか。そういう事か)
名無しの魔術紋は、この時初めて理解した。
普段なら表にも裏路地にも数多の人間がいる街並みに、
事前に人払いされていたのだ。裏路地の貧民達も何かを察して逃げ去ったのだ。
今ここにいるのは、奴等にとって
殲滅対象の『禁呪紋』と、それを招いた(先ほど死んだ)
(いやだ……いやだよ、こんなのは)
恐怖と悲しみに、あるかもわからない心を揺らされながら……それでも
背後に撃ち込まれる
それでも、疲弊した足は足元の石に躓き、ふらつく身体は転げて。
地に伏す彼の後方に、何かの魔術が撃ち込まれ……
荒れ狂う暴風に、その身は彼方に吹き飛ばされた。
●
無力に、何もできずに吹き飛ばされ。
それでもなくしたくない
良かったと……処分対象に向けられた魔術で、死ななかったのは幸いだったとも。
そう思えたのは一瞬で。
気が付けば、風と衝撃で吹き飛ばされて空の中……見慣れた街並みが遥か眼下にある、という事実。
空飛ぶ魔術は使えない。転移魔術も使えない。習得も使用も何一つ
できる事は、このまま無力に落ちるだけ。……遥か下にある地面に叩き付けられて、死ぬのだろう。
何もできない空中で、やけにゆっくりに感じる落下速度をその身に感じ……
下方から追撃の光弾が放たれたのを見ながら、彼は最後にこう思ったのだ。
道具だったままなら感じなかった感情、願い……彼自身としてのささやかで純粋な
「あぁ……
これが元居た世界での最後の瞬間。
放たれた光弾ではない、不思議な光に包まれる前の……彼の最後の言葉だった。
●
覚悟していた衝撃は……しかし、予想外の形と軽さでその身に訪れる。
気が付けば不安定な体制でどこかに立っていて……こてんと後方に転び、背中に僅かな衝撃を感じた。
「いたた……おや、ここは?」
気が付けば、遥か下方にあったはずの地面は……街並みではなく、見たことのない石畳と草地になっていて。
そういえば周囲が騒がしい。ふと見回せば、見たこともない沢山の人々や存在がいて……綺麗な青空には、本でしか見たことのない浮き島もあるようだった。
それは訪れた運命の日。
色んな世界から数多の特異運命座標が呼ばれた……
数多の純種や旅人の中に、
時には質問もして、必要な説明を受けた後……彼は混沌世界に降り立つ。
ローレットに登録し、自らに『ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン』と名を付け、特異運命座標としての日々を歩み始める。
そこから先は、数多の素敵な冒険や報告書が記していくだろう。
道具でも処分対象でもない……
只の道具から……自らの運命から、
- 元世界での最後の話・後編 ~彼が生きるに至るまで~完了
- NM名往螺おとき
- 種別SS
- 納品日2023年04月14日
- ・ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
・ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペンの関係者
※ おまけSS『After Summon ~後に招かれた、招かれざる客~』付き
おまけSS『After Summon ~後に招かれた、招かれざる客~』
かくて魔術紋……ヨゾラは混沌世界に召喚された。
しかし、この物語にはもう1つ……記さねばならぬ話がある。
ヨゾラが無辜なる混沌に召喚されてから数日後。
未だ大規模召喚で賑わう空中庭園で、偶然、人が少なかったある時に……一人の男が召喚された。
黒いフードに身を包む、黒髪の……そしてその身に黒き炎の紋を刻む
フードの奥の表情は歯を噛み締め、何かを堪えており……かつて
それはある種の運命なのか、あるいは身に持つ因縁なのか。
混沌世界に
戒め破る『禁呪紋』……
後に少し変えた名を自ら名乗るようになり、混沌世界で暗躍しうる可能性を持つ男。
彼もまたひととおりの説明を受け、混沌世界に降り立って行く。ギルド・ローレットに一瞥だけして……しかし立ち寄る事もなく、何処かへと去って行った。
その先に何が待つのかやヨゾラとの再度出会う事があるのかは……
未だ誰にもわからない、先の話である。