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元世界での最後の話・前編 ~彼がいやだと逃げるまで~

登場人物一覧

ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペンの関係者
→ イラスト

 これはある魔術紋が混沌世界に至る前の、最後の物語はなし。その前編。
 貴族の屋敷の隠し部屋で、元の体の持ち主が残した手紙と伊達眼鏡おくりものと綺麗な夜の空おもいでを得られた彼が、その数日後に迎える……
 平穏な日々が終わる日、結末と絶望に遭遇する話。


 後にヨゾラが元世界と形容する、とある異世界。
 魔術紋という意志ある魔術が産み出され、しかし自由も権利もない道具として使い捨てられる、とある国。青空の下に広がる、混沌世界の幻想国にも似た中世風の街並み。
 風景の中で、それを気にせず一人の青年が歩いていく。

 銀髪に蒼い眼、整った顔立ちに白い肌。
 女性にも見えうる中性的な外見の……どこか高貴さも感じさせる青年。
 しかしその身につけているものは、どこかちぐはぐさを抱えていた。

 病院着のほうがまだ立派とも思える、あまりにも質素で質が良くない無地の上着とズボンと靴。それらとは反対に、大切に頭にかけている伊達眼鏡は疵一つない高品質な代物だ。
 さらにもう1つ。日焼け一つない肌には、星空色ミッドナイトブルーの不思議な紋……異世界なら刺青タトゥーや魔法陣とも例えるであろう、美しい紋様が背を中心として頭と五体に伸びているのだ。

 この紋こそが彼自身。個体名を名付けられていない、名無しの魔術紋。
 魂が抜けた体に憑依させられた身体機能維持用身体を生かす為だけ魔術どうぐ
 身体の元の持ち主である貴族青年に、ある隠し部屋の手紙で間接的に託された身体を維持しながら、手紙と一緒に残されていたプレゼントされた伊達眼鏡を大切にして。隠し部屋で見ることができた大切な夜の星空おもいでを胸に、歩き続ける。

 彼が住まわせてもらっている場所、貴族青年の屋敷へと帰る為に歩き……しかし屋敷の手前で足を止めた。
 人がいるのだ。2人。誰も見かけなかった街並みで久々に見かける人物……それはこの身体の記憶にあり、魔術紋も何度も会っている人物。
 肥満な体と豪奢な衣装で笑う中年の男と、細身な体で煌びやかなドレスに身を包む嫌味そうな笑みの中年女性。
 身体の持ち主である貴族青年の、両親であるらしき存在……悪辣で小悪党な貴族夫婦であった。


 夫婦にまず最初に告げられたのは、平穏な日々が終わる事を示すある事実。
「息子の魂が所定の期間、完全に観測できなかった……実質的にになった」と。

 ここで、舞台であるについて説明しなければなるまい。
 この世界においては、発達した魔術によって肉体から魂だけ抜け出し、ある程度自由に過ごす事ができる文化が成立している。しかしそれは元の肉体に戻ってくることが前提である。

 高慢な貴族により腐敗しているこの国に、嫌気がさす者も多く……肉体と魂の接続を絶ち、二度と戻らぬ覚悟でも少なくなかった。
 そのままだと魂が抜けた肉体は死んでしまう。魂を無理矢理連れ戻し肉体に戻すまでの間、身体機能維持用身体を生かす為だけに短期的に肉体に憑依させられる魔術どうぐ……それが今の時代におけるであった。

 では、魂が抜けても肉体を維持して魂を戻すこの世界・この国において
 まず肉体や魂の完全破損(つまり医療技術や魔術をもってしても救えない死亡)。この場合は当然死亡とみなされる。
 そして、魂が抜けたままの状態の場合……国のある場所に存在するとされる魔術装置によって、抜け出した魂は捜索・位置を観測され、専任の魔術部隊が追跡し連れ戻しにかかるのだ。魔術部隊に発見・捕縛され連れ戻された魂は肉体に戻され、その際に維持用の魔術紋は剥がされる(そして剥がされた魔術紋は記憶や人格を消されて初期化されて再利用か処分される)、のだが。

 魂が逃げ出したまま長期間経つと、理由は不明だが
 魂が実際にどうなったのかは定かではないが、実質的なである。

 そして、魂が一切観測されないまま一定の期間(大抵は数日から数ヵ月)経過した場合……国は見つからない魂に見切りをつけ、観測と捜索を完全に打ち切る。
 行方不明のまま見つからない、とみなすのだ。そして法律的にも死亡となる。

 これがかの世界の『魂が抜けた者が死亡とされるまで』の工程である。
 死亡した(事になった)者の肉体は、もはや維持の必要性がない。戻す魂がどこにもないのだから。肉体維持用の魔術紋は剥がされ、肉体は生命活動が停止した後に葬儀が行われ埋葬されるのだ。


 ……ここまで説明した上で、舞台は元の場所に戻る。

 貴族夫妻は息子の魂が観測されない為死んだと告げた。
 その割に全く悲しんではいないのだが。

 夫妻が悲しんでいない事に疑問を抱かず、しかし魔術紋は思った。
 この身体を託してくれた彼は……彼の魂は、もうどこにもいないのだと。そして、この身体を維持する日々も……今の僕がいる日々も、もう終わってしまうのだと。

 屋敷の前での問答は終わった。しかし話はまだ終わらない。
 最後に屋敷に入る事も許されず、ただ「ついてこい」とだけ指示されて。魔術紋は貴族青年の身体に宿ったまま、貴族夫婦の少し後ろをついていく。

 屋敷の近くを離れ、他に人のいない街並みを歩き、建物の間の脇道へと入る。
 普段の夫婦彼等なら服が汚れる・貧民だらけで汚らわしいと侮蔑し絶対に入らない、薄暗くて不潔な……しかし裏路地。
 思っていたよりはましだがそれでも少し気になってしまう不快な臭いに鼻を抑え……少し先で自分以上に鼻を必死に抑えながら「汚らわしいなんでこんな道を」「あの方の命令だから素直に従え」と互いにぼやきながら進む夫妻の後を、行先も解らぬままに追っていった。

 暫く裏路地を進み……薄暗いが、比較的開けた場所に辿り着く。
 裏路地の中の広場、あるいは……集会か闇試合でも行われていた場所だろうか。十何人も入れそうなほど広く、しかし中央付近の地面はあちこちが何かで黒く汚れている。
 その場所に辿り着いた3人の前に、黒い頭巾フードを被り外套マントを纏う一人の男が姿を見せた。

 貴族夫妻は、彼等にしては珍しく恭しく……機嫌を伺うかのように、男に話しかける。
「あぁ……こんな所に長くお待たせして申し訳ありませんわ、
までに時間がかかりましてなぁ。安価な魔術紋どうぐだとこれだから……」

 黒い外套の男は……低い、しかし尊大さを感じさせる声で静かに告げる。
「……構わぬ。は無事なのだろう。
 ならば問題ない。邪魔者が入らぬ内に、計画を進めるだけだ」

 話についていけないまま、夫妻の後方で立っていた魔術紋は……しかし、次の瞬間に倒れ伏す事になる。
 黒い外套の男は、魔術紋(の宿る身体)を一瞥し……凄絶に、にぃ、という笑みを浮かべ。その瞬間……男から溢れ出した強大な魔力が、周囲に放たれる。
 魔術紋は圧倒され、恐怖し、膝をつき……ついには地面に倒れ伏したのだ。
 ただ震えて、何もできないままで。


 黒い外套マントを身に纏い、大きな頭巾フードを目深に被ったその男は。暗闇にも似た黒く長い髪を垂らすが故に顔もろくに見えない男は。
 僅かに見える肌に、昏き炎にも似た(異界で言うなら刺青にも似た)紋を宿し。その体から、いや紋からは……強大で忌まわしく悍ましい、黒炎にも似た某大なる魔力を放ち続けていた。

 少しでも触れれば、きっとその悍ましい炎に呑まれるに違いない。呑まれた先には、凄絶な末路しかありえない。
 ……そう思えるほどの、圧倒的な、人のかたちをした

 体が震える。冷えるような汗が止まらない。
 蛇に睨まれた蛙、猛獣を前にした只人のように。
 何もできずにへたり込んだまま、その悍ましい存在を見ているしかない。

「……
 魔術紋の宿る肉体、恐怖で圧迫される喉から、声が漏れる。

 そうだ。これは禁呪だ。絶対あってはいけないものだ。
 世界に禁じられた、悍ましく強大なる禁呪……それを用いて作られた忌まわしき魔術紋同類

 立ち上がれない、怯えるだけの魔術紋。その体の両親であるはずの悪徳貴族夫妻は、しかし愉悦と慢心で嘲笑い……満足したように、夫の方が肥満の体を揺らして告げる。
「そうだよ。彼のお方こそが……
 世界を統べ得る、偉大なる『禁呪紋』。闇炎の君ドゥンケルフランメカイザーだ!」


「こんなもので、何を……」
 するつもりなのか。そう聞こうとした魔術紋の言葉を遮り、貴族夫妻は嗤う。先に口を開いたのは太っちょな夫の方だった。

「そんな事もわからないのか、愚かしい。……決まっているだろう? 
 愚かな息子は魂だけで出奔し、魂は消えてもう戻らない。国はあやつを死んだと断じた。
 貴様は剥がされ処分される。貴様が宿って維持している、息子の肉体も処分埋葬される。
 ……勿体ないとは思わんかね? 我等に富を齎す筈の、優秀な貴族むすこがこのまま死ぬのは」

 わからない。そう魔術紋は思った。
 このまま進めば自分魔術紋は剥がされ処分され、大切な身体も死亡扱いで弔われるはずで……その身体を、死なせず奴等が使う方法?
 少し思案して、今の状況を飲み込んで……奴等の悍ましい発想に、辿り着く。
 貴族夫妻の、嫌味に嗤う妻のほうが笑みを浮かべてこう告げた。

「私達に利益を齎す、優秀な貴族むすこが死ぬなんて。そんなのはごめんなのよ?
 だから呼んだの。彼のお方を。優れた性能と強大な御力で世界をも支配し得る『闇炎の君』を!
 愚かな魔術紋あなた。剥がしたあなたは死んでも良いのよ、もう必要ないのだから。
 その肉体には『闇炎の君このかた』が宿る。偉大な皇帝の肉体ものになる。
 私達の愚息むすこは、偉大なる皇帝となって私達を幸せにするのよ!」


 あまりにも惨い発想を自慢のように声高らかに主張して、貴族夫人はけらけらと嗤う。
 その妻である貴族当主も、愉悦愉快と言わんばかりにげらけらと嘲り笑う。
 黒い外套の禁呪紋は、ただ笑みを浮かべて愚者達を眺めるのみ。

 悍ましい言葉の濁流、災厄の発想を為さんと嘲り笑う彼等を前に。
 怯える名無しの魔術紋どうぐは、呆然としながら……しかし、思ったのだ。

(ああ、そんなもの禁呪紋を。悍ましいものを、悪辣な存在ものを。
 この身体、心優しい彼の身体に……君達の大切な息子の身体に、憑かせるというの?)

 ……そんな。そんなの。
 ただの道具の、心もないはずの魔術紋じぶんの中から何かが生じる。その眼からはぽろぽろと何かが零れている。
 暖かく流れるそれが涙であると理解した時、自らの頭にかけた……この身体の持ち主から間接的に託された、大切な伊達眼鏡たからものに水滴がついていると、涙の滴で濡れていると気付いた。
 あの隠し部屋に残された手紙で、間接的に託された……この身体が、宿る魔術紋僕自身が泣いていた。

 何で泣いているのか。恐怖か。絶望か。
 ……違う。恐怖じゃない絶望じゃない、どっちでもない。
 ただ、ただ思うのだ。心優しき青年に間接的に託された、大切で素敵なたったひとつの身体たからものをあんな奴等に渡すのは、使われるのは……

「そんなのは……本当に、

 それは、ただ使われる道具なら、従順に思考せず従うだけの魔術なら絶対に持たなかったはずの言葉。魂などない、心なきはずの魔術かれから湧き出たもの。
 人ならば、湧き出るそれを……感情と、自我と、あるいはいうのだろう。

 身体の震えが止まっていた。恐怖がなくなったわけじゃないけど、とわかった。
 へたりこんでいたその身を起こした。自ずと立ち上がっていた。
 この身体は絶対に渡せない。そんなのはいやだ。
 なら、どうする? ……その答えはもう決まっていた。

 悪辣なる3人から、魔術紋名無しの彼は踵を返す。
 大切な伊達眼鏡おくりものをなくさないように片手で抑え、もう片方の手で壁を伝って。意志ある魔術紋自分自身として、大切な青年の身体たからものを守る為に、
 薄暗い裏路地、希望の見えない道筋を……その身の全力で走り、逃げ始めた。

 自我の目覚め、絶望からの逃亡。ただの道具ではなくなった、未だ名無しの魔術紋。
 その先に何が待っているのか、最後と末路がどうなるのか、
 名前がないまま終わるのか……今はまだ知らないまま。

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