PandoraPartyProject

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雪解けの後に

登場人物一覧

ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
変わる切欠

 この森も、随分暖かくなってきたように感じる。少し変わった森の空気を吸いながら道を歩き、よく目に馴染んだ家の屋根が見えた時、思わず走り出していた。

「リコリス様」

 薬草がいくつも干された庭で、リコリスは待ってくれていた。彼女は息を切らしたジョシュアに驚いて、それからゆっくりと微笑んだ。

「ジョシュ君、おかえりなさい」
「ただいま。無事に帰りました」

 つい最近、鉄帝国で大きな仕事をしたばかりだ。安全な仕事ばかりではないイレギュラーズの依頼だけれど、今回は危険に感じる部分が多かった。リコリスがこの家で待っていてくれることが支えになっていたから、早く会って、話をしたかった。

 リコリスの腕に収まっていたカネルがじたじたと動いて、こちらに前足を伸ばしてくる。カネルを抱えると生き物の温かさが伝わってきて、優しく、だけどぎゅっと抱きしめていた。
 なんだかほっとした。張り詰めていた気持ちがほどけていくような気がする。庭に差し込む陽射しは冷たいようでいて温かくて、自分の居場所に帰ってきたような気持ちになれた。

「花びらが半透明のお花が咲いていたの」

 一緒に見に行くのはどうかしら。リコリスの穏やかな声が心地良い。
 ハーバリウムに入れられていた花を思い出して、ジョシュアは頷いた。生きたままのあの花を、見てみたいと思った。

 荷物をリコリスの家に置いて、再び森に分け入っていく。しばらく前に薬草を探しに行った道を進み、さらに奥に進んでいく。

「ここは冬には小さい生き物がよく眠っているの。その先は――」

 リコリスの話を聞きながら、細い道へ入る。すると、淡い桃色の花がぽつぽつと開花を迎えているのが目に入った。指先ほどの大きさのそれは雪が溶けた場所に花を咲かせていて、春の訪れのようだった。

「綺麗ですね」

 そうでしょう。そうリコリスは微笑んだ。
 聞くと、この森の植物はかつて妖精が持ち込んで育てたものだという噂があるらしい。不思議な植物が多いのはそのおかげだとか。

「きっとこのお花も妖精たちが残していったのよ」
「その妖精たちは、まだ森にいるのですか」
「それは私にも分からないの。でもいたらいいとは思っているわ」

 そうですね、とジョシュアも頷く。その噂が本当だったらいいと思った。

「そっちに咲いているお花、実がなると美味しいの」

 リコリスが指さした先を見ると、赤色の花が咲いていた。その隣には黄色や白をはじめとする色とりどりの花が咲き乱れている。違う世界に来てしまったように感じてリコリスの方を見ると、彼女は花に包まれるようにして微笑んでいる。
 彼女には花が似合うと思った。

「この森にこんなにすごいところがあるなんて」
「ね。だから見せたかったの」

 彼女はそう言って、森の奥にまた進んでいく。しばらくしないうちに道が開けて、倒木がいくつも重なっている場所に辿り着いた。
 腕に抱えていたカネルがすとんと地面に降りて、倒木の隙間を歩いていく。慌ててその後ろについていくと、赤い花の群生がそこにあるのに気が付く。

「この中を探すとね」

 リコリスがしゃがみこんで、花を傷つけないようにそっとかき分けていく。やがて見つけた一輪を手のひらで抱えて、ジョシュアに見せてくれた。

「これが、半透明の花ですね」
「そう。クラルテ、というお花なの」

 透き通る色の花弁だった。後ろで咲く赤い花の色に染まっているが、少し動かすとリコリスの皮膚の色に変わる。作り物のようだけれど、陽光に透かすと現れる花脈や触れたときに感じる柔らかさが、それが生きた花であると教えてくれる。
 こういう特別なものを見せたいとリコリスが思ってくれていること、ジョシュアの傍で微笑んでいてくれることが嬉しい。綺麗なものを見つけられた喜びも合わさって、胸の奥が温かくなっていく。

「連れてきてくれて、ありがとうございます」

 ジョシュアが笑みを浮かべると、「喜んでもらえてよかった」と彼女も表情を崩した。


 リコリスの家について一休みしたら、料理を作り始める。メニューは彼女が食べたいと言っていたドリアと、カネルも食べられるサラダだ。どちらも約束していたものだし、よく調べたり練習したりしたけれど、実際に作ろうとするとどきどきする。
 人のために料理をするのは、なかなか慣れない。でもそれは料理に慣れていないからではなくて、大切な人においしいものを食べてもらいたいから。

「カネル、危ないから離れていてくださいね」

 足元にくっついていたカネルが首を傾げる。あとで美味しいものをあげるからと言うと、尻尾を振りながらリコリスの元に向かっていった。

 キッチンのどこに何があるのかは、なんとなく覚えてきた。今日の料理に必要な道具の場所はもう聞かなくても分かるのが、何だか嬉しい。

 まずはドリア作りから。最初に玉ねぎ、えび、ほたてときのこを炒める。塩胡椒で下味をつけてから薄力粉を振り入れ、バターを加えて炒めていく。薄力粉が全体に馴染んだら少しずつ牛乳を加えて、とろみがつくまで煮る。これでホワイトソースの出来上がり。
 耐熱皿にホワイトソースを薄く広げて、温かいご飯を重ねる。その上にホワイトソースとチーズをかけて、オーブンでこんがりと色をつける。

「いい匂いね」

 カネルを抱えたリコリスがオーブンを覗く。チーズの香ばしい匂いが漂って、彼女と一緒に微笑み合った。

「今からカネルも食べられるものを作りますからね」

 カネルもチーズの匂いが気になるのか、しきりにオーブンを気にしている。だけどジョシュアが目線を合わせて話しかけると、嬉しそうに尻尾を振った。

 カネルにも喜んでもらいたい。そう思いながら混沌世界から持ってきた食材たちを取り出すと、リコリスが楽しそうな声をあげた。

「もしかして手作りのチーズ?」
「ええ。作ってみました」

 大事に袋で包んできたのは、カッテージチーズ。白くぽろぽろとした外観が特徴のもので、カネルも食べられるようにと作ってきたものだ。

「ジョシュ君、すごいのね」

 リコリスの目がきらきらと輝いていているのに気が付いて、頬が熱くなるのを感じた。カネルも食べたいのだと言うように可愛らしく鳴いていて、撫でてあげたくなる。

「あと少しで出来るので、待っていてくださいね」

 今食べて欲しいという気持ちもあるけれど、手作りのチーズは食べるまでのお楽しみだ。
 トマトをくし切りにして、カネルの分はさらに小さく切る。ドリアを作っている間に茹でていたささみをほぐして、トマトとカッテージチーズと混ぜ合わせる。仕上げにオリーブオイルを少しかけて、二人と一匹で食べられる料理の完成だ。

 綺麗に焼き上がったドリアをオーブンから取り出し、サラダと共にテーブルに並べる。リコリスが果実と野菜のスムージーをはにかみながら取り出して、食事が始まった。

 いただきますの声に、カネルの鳴き声が重なる。何から食べようかとリコリスと笑い合って、二人でサラダにフォークを刺した。
 リコリスとジョシュアが食べるサラダには味付けにレモン汁と塩胡椒を用意している。だけど皆で同じものを食べたいから、最初の一口、二口はそのまま食べた。

「このチーズ、とても美味しいわ」
「それは良かったです」

 サラダを口に含むと、トマトのきゅんとする酸味に、チーズの爽やかでまろやかな風味が重なった。ささみのさっぱりとした味ともよく合っていて、口元が緩む。

 食べてくれるだろうかとカネルのほうをみると、小さな鼻ですんすんと匂いを嗅いでいるところだった。ジョシュアがどきどきとしている間にその尻尾が揺れて、サラダに口がつけられた。

「カネルも美味しいって言っているわ」

 カネルが顔を上げて、ふんふんと尻尾を振った。喜んでいるようだ。
 大切な人と囲む食卓は楽しくて、温かい。一緒に食べられるひとが増えたのはもっと嬉しかった。

 何度も練習したドリアも、食材の味が生きていて美味しいとリコリスが褒めてくれた。美味しそうに食べてくれるだけで嬉しいのに、こうして褒められると、また食べてもらいたいと思える。
 リコリスが用意してくれていたスムージーも苦味と甘味が丁度よくて、大切に料理を食べていたはずなのにあっという間に食べ終わってしまった。楽しい時間が過ぎてしまうことに驚いていると、リコリスがにっこりと笑って、戸棚に隠していた包みを取り出した。

「よく行くジャム屋さんで色々と見つけたから、つい」

 手紙で話していた、ジャムがのせられたクッキーだった。二枚のクッキーにジャムが挟まれていて、表面のクッキーにくりぬかれた星やハートの形の穴から、色とりどりのジャムが覗いている。照明の明りで透き通るような様子はステンドグラスのようで、箱に詰め込んだ宝石のようでもあった。

「綺麗。食べてしまうのがもったいないです」
「そう言ってもらえると照れちゃうわね」

 食べたらなくなってしまうけれど、食べないのももったいない。クッキーをそっと口に運ぶと、さくりとクッキーが崩れて、甘酸っぱいジャムの味が広がる。季節らしい、苺のジャムだった。

「美味しい」

 もう一口とかじると、リコリスが嬉しそうに微笑んだ。

「そうだ。ジョシュ君のお仕事の話、聞きたいわ」

 頷いて、最近の仕事の話から始める。リコリスの表情が真剣になったり、ほっとしたり、楽しそうになったりと、優しく変わっていくのが好きだった。

「僕がこうして頑張れるのは、リコリス様のおかげなのです」

 以前は自分の生活のために仕事をすることがほとんどだった。だけど今は、誰かのために自分の力を使いたいと思えるようになった。こんな気持ちを取り戻せたのは、リコリスが包みこむように接してくれて、この家で待っていてくれるからなのだ。

「これからも頑張りますね」

 見守っていてくれますか? 照れくさくなって小さくなった声に、リコリスが嬉しそうに頷いてくれた。


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